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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
まさかこれほど迄の犠牲者が出るとは。
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    夜半から豪雨が凄かったです、これが長い間続けば当然被害は出かねません。

    それが西日本豪雨だったのでしょう、それにしても数字がどんどん上昇して行く犠牲者の数、どうなるのでしょうか。

    安否不明も数字が減りません。

     

    今回この安否不明と言う聞きなれない言葉が使われていますが、何か理由が有るのでしょうか。

    今までは行方不明と言う表現ではなかったかと、安否不明にしたことでより不安を抱かせる様にも感じますが。

    いったいこの自然現象をどう総括するのでしょうか。

     

    近年は自然災害が増えているようにも感じられます。

    やはり危機意識の欠如ではないかと思うのです。

    豪雨でも自動車の中は濡れもしなければ、前に進むことも出来ます。

     

    しかし一旦土砂崩れ等の問題が起きて渋滞したら、その先には行けません。

    この危機意識です、今朝のNHK広島の女性記者の話が出ていました。

    帰宅・通勤に車を利用するのは地方ですから当然と言えるでしょう、その帰宅時に豪雨で渋滞、前に進めない状況になってその渦に巻き込まれたそうです。

     

    しかし危機意識はそれほど感じないで渋滞の中を我慢して走っていたと、そして無事に帰宅でしたと。

    一方、もう一人の記者は呉市方面だったので、渋滞から脱出してリターンして大型スーパーの駐車場に止めて一夜を過ごしたと言います。

    どちらも危機一髪的な状況下で自分たちは被害者的な感覚が無かったようです。

     

    即ち、車はどうにでもなる、車の中にいれば何とかなる、と思いがちです。

    その時に危機を感じて一刻も早く非難すると言う感覚が生まれない様です。

    テレビやラジオで盛んに早めに避難してください、と叫ばれても、車の本人は平気なのです。

     

    記者も早めに避難の意味が浮かばなかったと、日頃そうした記事を書いているのに、どうしたものか。

    結局、被害に会う理由が有るのかも知れません。

    犠牲者がどんな行動を起こしたかを解明できればいいのですが、死者には口が有りませんから、証を掴めません。

     

    言える事は強制的な行動制限です。

    豪雨が激しくなった、最大の警戒が必要、しかしそこには強制は何も有りません。

    個々人の判断に任せて、命を懸けて行動・突進を許しているのです。

     

    避難もそうです、強硬に避難させる行政の力が必要です。

    マイクで呼びかけても、聞いたからってどうするかは個人に任せています。

    ダムの排出量を増やす、その結果は家が危険に晒されるわけですから、命がけで逃げねばならないはず、それが4人もの犠牲者をだしてしまったのです。

     

    実に無責任な行政のやりかたです、避難は個人に任せるのではなく強制して全員を同じ行動を起こさせることが大事です。

    そうすれば犠牲者は激減したでしょう、痛ましい命を水没させてしまったのですから、強権を発しても命を救ってあげるべきだったでしょう。

    悔しく思わないのでしょうか、行政の担当官はどう思っているのでしょうか、ダムの排水は正しかった、法律にのっとってやった、ではない、命を奪ったのですから、その事がまず先に言わねばなりません。

     

    官僚と言う立場は人の命については二の次、法律が先行するわけですから、逆の行動ではないでしょうか。

    法律を犯しても人命が救えるならばそちらの方法を選択すべきです。

    こうした犠牲者の数字が一刻も止まること祈ります。

     

    そろそろお盆です、新盆になられた犠牲者になんと言っていいのか、言葉が有りません。

    | 自然・驚嘆 | 09:57 | - | - | - | - |
    自然に親しむには余りにも残酷
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      真夏日の中での作業はどれほど辛いでしょうか、それも泥やゴミとの戦いですから普段に起きない仕事です。

      どんなに一生懸命に作業をしたって生産性から見ればゼロの仕事です。

      何とも過酷すぎます。

       

      自然がもたらした災害と言うものは残酷そのものです。

      水浸しになったら殆どが再生出来ないものばかりです。

      今の家庭で使っているものは電化製品など、水に浸かったら漏電の恐れがありますから使えないでしょう。

       

      家具だって泥だらけになってしまって清掃など無理でしょう、結局廃棄するしか手が無いのです。

      尊い人命も150人以上になってしまって、まだまだ行方不明者もいるといいます、自然の猛威に唖然として何も言えません。

      しかし自然だけの問題だったんでしょうか、これほど世の中が発展し天気予報もスーパーコンピューターを何台も使って豪雨の兆候を知り得たのではないかと思います。

       

      しかし分かっていたはずの豪雨に対して、人の備えが不十分だったと指摘されても反論は出来そうも有りません。

      被害者を出さない、これが自治体の行政の最大の課題でしょう。

      気象庁が警戒を発表しても自治体がのんきに構えていたら、被害は出るのは当たり前です。

       

      ですから、自然災害とは言っても人災とも言えます。

      被害が出てから自治体は右往左往して自衛隊の派遣を要請したりしていますが、予報が出た時点で被害の想定を行ない、事前に自衛隊に派遣準備をしてもらうとか、いち早く現場に来てもらって対応をするとか、やるべきことが有ったはずです。

      そこんところが自治体の弱さだろうと思います。

       

      自治体は枝葉の様に分割しているのでしょうから、小さな自治体にどんな力が有るでしょうか、精々住民票の管理程度が出来る程度の自治体も有るでしょう。

      そんな田舎の自治体が被害に直面するのですから、どうにも被害を出さない様な対応は出来ません。

      被害が出る前に、即ち危機管理と言う面は大きな自治体が面倒を見なければ出来るはずが有りません。

       

      自然災害と言ってしまえば事が収まるのではないです、被害を犠牲者を出さない、これが行政の最も大事な仕事です。

      危機管理こそ行政の一番大事な仕事です。

      自然は過酷です、それを野放図に見ているだけでは災害と言うものを容認しているのと同じです。

       

      河川が氾濫する、これは大昔からの現象です、江戸時代などもその氾濫を抑えるためにどれだけの普請をしたか、小説の材料です。

      しかしこれほど発展した現代も同じような災害を出しているのです。

      何も発展していないじゃないかと、そう言われても反論は出来ません。

       

      自然の残酷さは日本だけでは有りません、アフリカとかサウジ半島とか気温が50度にも達したとか、残酷極まりないです。

      日本は豪雨対策だけでもしておきたいもの、犠牲者が出ない方策を行政に関わる人々は真剣に考えてもらいたい。

      自然の過酷さを知っているのは被害者や犠牲者だけです、それを国民みんなが知らねばなりません。

       

       

      | 自然・不安 | 09:32 | - | - | - | - |
      痛ましい命を救えなかったのか、数字がどんどん大きくなって心が痛みます。
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        真夏の日差しが強くて外の仕事は出来そうも有りませんが、被災地ではそんな言い訳は通用しないでしょう。

        一刻も早く被害に会ったところを復旧せねばと、心の余裕など無いかと思います。

        本当に無念です。

         

        犠牲者の数がどんどん増えてしまって、数字を見るたびに心痛に襲われます。

        どうにかならなかったのか、その思いでいっぱいです。

        酒を飲んで談笑もいいでしょうが(自民党議員)、一方では非常事態の雨が降っていたんです。

         

        豪雨で多少の犠牲者は出るだろう程度の思考しかもってなかったとしたら、もはや国家の安全を任せられません。

        常に非常事態を想定した政治をしなければ、こうした異常な災害になってしまうのです。

        絶対に災害を止めるべき対応が必要不可欠になっています。

         

        多くは住宅に問題が有ります、先進国でこれほど災害で犠牲者がでる例は有りません。

        災害の国と言う不名誉な環境ですが、その対応については全く野放しです。

        犠牲者の原因は殆どが住宅・家です。

         

        崩壊などで中に住んでいた方々が犠牲になったと言うとんでもない原因です。

        住宅がしっかりしていれば、犠牲者は出ない事が分かっているのですが、何も施策をしません。

        勝手に住宅を作らせて(建築許可)、安全と言う点では耐震・火災のみです。

         

        木造住宅は昔は25年と言われていますが、今は70年とか言ってますがそれも老朽化でぼろぼろの状態まで使っての話です。

        RC鉄筋コンクリート造にしなければこうした災害時に耐える建物じゃない事を誰でも知っています。

        しかしそうしないのが日本の行政です。

         

        このまま改善・改革無しに進めば、当然の様に豪雨に耐えられずに犠牲者の発生が出る事は明らかです。

        これから台風も豪雨をもたらします、行政・政治家はどれほの犠牲を出せば気が付くのでしょうか。

        都市造りに関しては、抜本的な改革が必要です。

         

        何回も指摘していますが、住宅は5階以上のRC構造物にすること、道路は広く、川も広く、広い公園をたくさん作る、これだけで自然災害は90%防げると思います。

        狭い国土を自分のモノにする、即ち持ち家です、土地が無ければ空に向かうしか無いのですから(ジャックと豆の木)、高層化が生まれて当然です。

         

        しかしそれは目的とする土地の利用とは別な内容で作らています。

        とにかく、必要なのは頑丈な家に住めると言う条件です。

        川が氾濫しても5階の建物が水に埋まることは無いでしょう、そして集合して住む訳ですから連絡も楽に出来ますし、安否の確認も確実に出来ます。

         

        一戸建ての住宅が何故多く建てられるのか、日本人として日本に住んでいて、最大の不思議さを感じています。

        過去に一戸建て住宅に住んだ経験は戦後の疎開していた当時です、結婚後はRC構想の住宅だけです。

        木造一戸建て住宅に寝ることは不安でなりません。

         

        地震だけじゃなく、豪雨だってそうです、台風も、津波も、竜巻も、災害になると必ず犠牲者が出るのはこうした住宅が原因ですが、しかしメディアも政府も木造住宅の欠陥についての話は全く聞きません。

        先進国の住宅はRCか古いものは石造りです。

         

        200年など普通です、頑丈そのものです、実際にRC構造の建物を取り壊している現場を見かける事が多いと思いますが、中々壊れません。

        100年など平気でしょう、インフラのメンテナンスをしっかりしていればですが。

        さて、こうした考えが有っても実際には行政に届きません、届いたところで、政治家は票集めに住民のお祭りやイベントに出る程度で、頭の中に災害防止など無いのですから。

         

        日本人は何年先に本来の危機意識が持てるのでしょうか。

        | 自然・不安 | 10:11 | - | - | - | - |
        被害の大きさを知れば知るほど悲しいです。
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          晴天が戻って来ているようですがまだまだ泥水が引いてくれないのでしょうか、大変な状況でしょう。

          これから普通の生活になるまでどれだけ掛かるのか途方に暮れている事でしょう。

          遠くから見ているだけで何もできないもどかしさもあります。

           

          水が無い、食べ物が無い、電気が無い、道路が寸断されている、ガソリンが無い、普通に有ったものが突然無くなってしまった訳です。

          どれほど不便な生活を強いられるか、想像することが出来ません。

          早急に復旧とは行かないのが自然災害です。

           

          日本は自然に恵まれてい素晴らしい国ですが、反面自然から多くの災害も貰います。

          瀬戸内海の静かな、温暖な、のどかな地域を豪雨が襲ったわけですから、地域の人々は何が起きたのか未だに理解出来てないのではと思います。

          多くの犠牲者が広範囲に広がって、自然の猛威と言うものを感じさせます。

           

          人災の部分も有るでしょうが、想像を超えると行動が出来なくなることもあると思います。

          これから真夏日が続き暑い最中に傷跡の治療をせねばならない、とても大変なことだろうと、これまた想像以上です。

          老人はどうすればいいのか、これまた困りものです。

           

          国の支援を早々に行ってもらいたいです。

          もうボランティアに頼っている訳に行かないでしょう、専門家の集団が集合してくれねばなりません。

          仮設住宅も必要でしょう、インフラの整備も急がねばなりません。

           

          悠長な復興ではいけません、一刻を争う気構えで事に当たらねばならない、国家の威信にかけても。

          | 恐ろしいこと | 09:39 | - | - | - | - |
          人命まで奪う自然の猛威に成す術は無いのか。
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            昨夜友人と電話で会話中に彼(横須賀在住)が地震だと言ってましたが、こちら(練馬区)はまだ感じてませんでした。

            その後1秒程度でしょうか、揺れが来ました。

            地震の伝わるのに時間差があることを実感しました。

             

            とすれば、地震の警戒信号も出せるものだとも思いました。

            千葉県沖の不気味な動き、まだまだ安心出来ないといいますから気持ちを引き締めておかねばなりません。

            やはり緊急時の対応策を考えにいれておかねばと思うこの頃です。

             

            西の方ではこれまた大変な状況になってしまって本当に気の毒な事です。

            自分じゃどうにも出来ない自然の猛威にただただ天候の回復を待つだけです。

            台風ならば被害も出ることを予想しますが、雨だけで死者が50人以上も出るなんて考えられない事です。

             

            警戒が追従でていたはずなのに何故避難しなかったのかと思うのです。

            安全な場所が有ったはずなのにそこへ移動する余裕が無かったのでしょうか。

            雨ですから行動は制限されるにしても命を奪われるとなれば、必死に逃げねばならなかったはずです。

             

            地震ならば建物の崩壊も考えれられますから、動物のように逃げることが頭に有るでしょうが雨では逃げる気分になれないのかもしれません。

            そう言えば愛玩している動物たちはどうなっているのでしょうか?逃げ場を確保して上げているのでしょうか。

            救助の舟・ボートの映像の中には動物は居ない様です。

             

            ともかく痛ましい災難になってしまっています、梅雨明けを宣言したのに、結局梅雨前線の影響な訳ですから実際には梅雨明けして無かったのです。

            今日一日は最大級の警戒が必要と言うことですから、近所、隣さんとともに避難してともかく安全を確保せねばならないでしょう。

            命が奪われてしまうほど悲しいことは有りません。

             

            家が浸水しても、家財が使われない様になったとしても、命が一番大切にせねばならないでしょう。

            一刻も早く逃げる、これが自然との戦いで必要不可欠な条件でしょう。

            雨、即ち水です、水のエネルギーがどんなに恐ろしいかをいろんな場で見せつけられています。

             

            昨夜の地震で津波の心配はありませんと報道されると一安心します。

            津波も水のエネルギーです、水は命を飲み込むことを平気で行います、逆に水がなければ命が枯れてしまいます。

            有っても無くても水は命に直結しています。

             

            水を甘く見ないこと、これが生きる上での鉄則でしょう。

            いつだったか、大阪地域だったと思いますが、小さな川で子供たちが遊んでいたら、そこに鉄砲水が押し寄せて犠牲者が出たと言うことが有りました。

            今水が無いから安心ではなく、上流にどれだけ水が有るか、降ったかで下流の安全が決まる訳です。

             

            情報を軽く受け流ししない事です、これは報道側でも強く行って欲しいのです。

            最大級の警戒と言う繰り返しと同時に、この情報を軽視してはいけない、同時に言ったた方がいいでしょう。

            命を守る、と言う観点にたてば、警戒よりも、強い指導であろうかと思うのです。

             

            自治体には限度があります、支援は報道です、メディアの立ち回りが命を救う事になることは事実です。

            災害に直面したことが有りませんが、多分にして報道を頼りたい気分は大きいのではと思います。

            命の大切さ、皆で真剣に考える時です、安全への道筋を完成させることです。

            | 変なこと | 09:35 | - | - | - | - |
            大雨の痛ましい傷跡、今広島県の上空映像を見て
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              大雨が想像以上だったのでしょうか。

              今NHKがヘリコプターから広島県の有る場所の映像を流しています。

              どこの場所かは解説なしです、どうやら海岸に近いところのようです。

              瀬戸内海の静かな、のどなか処でしょうが大雨には対処しようがないのでしょう。

               

              道路が川になって泥水が流れています、あちこちでがけ崩れの様子もうかがえます。

              被害はどうなのか気にかかるところです。

              ここも昨夜一時的に相当な雨量でしたが特別な被害は無かったと思います。

               

              いずれにしても日本は自然災害に見舞われやすい環境かも知れません。

              上空の映像を見ているといろんな事を感じます。

              先ずは住宅ですが、上空から見ると一目瞭然で乱雑な施工に複雑な感じを覚えます。

               

              整然と住宅地を開発した訳じゃなく、次々と何も考えずに建てているのが分かります。

              道路だって整備されてなく、曲がりくねった道です、川も雨量に対する考慮も無く溢れる条件は当然のようです。

              家並みはちゃんと整然と並び、道路も広くつくり、災害時に対応できる体制が必要だとつくづく思います。

               

              日本は世界のGDP3位の国ですが、こうした住宅等を見るとアジアの国々と変わりません。

              何の計画性も無く、雑然と家が建てられ、自分のエリアを確保した、と言う安堵感だけが先行しています。

              地域の環境、美観、災害時の対応など殆ど無視された状態がこうした上空映像で見せつけられます。

               

              日本人的な個人主義がそうさせているのか、政治が貧困なのか、GDPが何を意味しているのか、大企業だけがりっぱ、個人は最低とか、我々の時代の経済成長から長い時間をかけて現在まで来ているのに何も変わっていないのです。

              日本中どこを見てもごちゃごちゃ感は痛感します。

               

              災害が多いと言う大前提が有るのに、何故そうした対応に政治は行政は手を付けられないのか。

              今後起きるであろう震災で何十万人もの死者が出る事が予想されても、野放しです。

              手が付けられない、の一言なのか、手を付けたら大変なことになってしまうからか、先ずはこの問題を感じる政治家が生まれることが大前提です。

               

              大都会、とは言っても広い道は全体の1%にも満たないかも知れません、住宅地に入って行けば通学道路も確保されていないし、自転車などは危険極まります。

              自動車優先とばかりに、歩道の確保をする手すりさえ無いのですから、貧困社会です。

              電柱も非常に邪魔ですが、無電柱化は全然進んでないと言えます、工事をしているところを見たことが有りません。

               

              街中を優先するのではなく、住宅地域子供の通学路、買い物の人たちが通るところ、その辺を優先するのが心の有る行政です。

              この住宅地域は電柱が有りません、ですから電柱のある地域に行きますととても歩きにくいのです。

              それに見上げると空が見えずに電線がこんがらかっています。

              美観など何も有りません。

               

              こうした行政の仕事が多いはずなのに、一向に仕事をしているのが見えません。

              豊洲、築地などに多額のお金をかけ、道路にも莫大なお金をつぎ込み、住宅地は手を付けない、人を人と思わない行政は早く改善せねばなりません。

              今校庭ではサッカーの練習を一生懸命にやっています、その子供たちが大人になって目覚めるためにも、今から環境・美観・災害について教えをする時でしょう。

               

              豪雨の後の傷は痛々しいです。

              | 恐ろしいこと | 09:55 | - | - | - | - |
              梅雨の戻りか、台風か。湿度が気になります。
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                いやはや湿度の高い事、身体がべとべとした感じです。

                梅雨の戻りかも知れません。

                梅雨前線が日本中をすっぽり覆っています。

                 

                雨も降っていますから気分がのりません、保育園の園児たちの声も聞こえて来ません、部屋の中で騒いでいるのかどうか。

                今年は台風の当たり年になるのかどうか、もう8号が発生して大型に発達しているとか、これまた日本に影響するでしょう。

                梅雨明けで暑さにまいってましたが、今度は湿度でまいってます。

                 

                天候に左右されて体調を崩している方もおおくいるのではと、腰痛持ちですからちょっと辛いところが有ります。

                重いと言うか、軽い痛みも感じます、湿度のせいだと思っています。

                なんにしても灼熱の太陽が出てくれた方が歓迎です。

                 

                じとじとした雰囲気は良くないです。

                友人(大学の同級生)が一昨日亡くなりました、胃がんと心筋梗塞だったようですが、半年間の闘病の末に天国に行きました。

                もう我々は寿命が近づいていますから当然の成り行きです。

                 

                74歳は徳川家康の寿命と同じです、これから10年の間が不幸の知らせを受けることが多くなるでしょう。

                もう「幸多かれ」の場に招待されることが無くなってます。

                人生とは梅雨の様なじめじめしたものかもしれません。

                 

                梅雨の合間のカラッとした天気は人生でも同様に少ないです。

                それにしても豪雨で各地の被害が心配です、孤立してしまった家を救助する自衛隊に期待したいです。

                自衛隊は憲法を変えて軍隊にすると言うことになれば災害時の派遣はどうなるのか、これまた心配です。

                 

                何もない平穏な自然現象になって欲しい、の一言です。

                | 自然・気がかり | 09:21 | - | - | - | - |
                隠れた処に重大な疑問が有るものです。
                0

                  台風一過とは言えない曇りと湿った空気、すっきりしません。

                  昨夜は久しぶりの雨だったように思いますが、木々は元気を取り戻したかな。

                  毎日夕立があるといいのですが晴れると乾燥状態になり、でも最近は湿度が高くて気持ち悪いです。

                   

                  さて、今朝の記事にアベノミクスに関する知ることが出来ない事が書いてました。

                  一読して直ぐに理解出来るものじゃ無いと思ってお気に入りに入れました。

                  じっくりと読んでみたい気がしたものですから。

                   

                  我々が知り得ないと言う事が重要な気がしています。

                  表向きに表現されていることしか情報を得る事が出来ません。

                  特に経済問題は難しくて突っ込み出来ないのです。

                   

                  そこでこういった記事を見ると本当はそうなんだと、表に出ている内容・説明がいい加減な事かを知らされます。

                  いい加減でも暮らしに影響がなければジョークで見逃せますが、実際には未来まで大変な悪をしているとすれば一大事です。

                  しかしこうした一大事など殆どメディアに出てきません。

                   

                  サッカーは良いですが、芸能人がどうしたかも良いですが、こと生活に関係するような内容の記事をもっともっと多く流す事が必要でしょう。

                  報道されている事柄があまりにもくだらない事ばかりでうんざり感があります。

                  児童たちが校庭で活発に動き回っている、そして20年後に青年になり仕事に従事しています。

                  その時に、日本ってこんな社会だったのかとガッカリさせたくないのが心情です。

                   

                  ですが、このままの状態で異次元緩和だかなんだか訳の分からない経済を進めていたら、児童の嘆きを今から心配するのは過剰な反応とは言えない気がします。

                  2042年に65歳以上の老人がピークに達すると言います、即ち若者が少なく老人社会になっているのです。

                  後20数年後にそうした社会が来るのです、今の児童たちが大人の時代なのです。

                   

                  何も知らずに校庭を走り回っている児童、学校でどんな教育をしているか知り得ませんが、老人社会になることぐらいは教えておきたい気がします。

                  先日も先輩との会話に学校の生徒が少なくて教室が成立しないところが多くなっているとか。

                  それも都心からちょっと離れた電車で30分の田舎で、戸建ての家が多い地域で老人が圧倒的に多くて、子育てをする人を見かけないと。

                   

                  未来を託す児童たちに何を残すのか、膨大な借金・国債を残すのか、或いは今は苦しくても借金を減らして健全な財政を残すのか、どちらかを選択しなければなりません。

                  生き物は未来永劫生きるために努力をせねばなりません、しかし先輩たちの残した負の財産で苦しむことはしたくないでしょう。

                  何時の時代からか、こうした未来への負を積み上げたのか、罪深い事です。

                   

                  国債の発行を停止させる、これが出来る政治家が出てこなければ、20年後の児童の未来は有りません。

                  | 自然・疑惑 | 10:44 | - | - | - | - |
                  ちょっと立ち寄ってみる、その余裕が
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                    台風の影響を受けているのでしょうか?強風が建物にぶつかって不気味な音を発しています。
                    隙間から入ってくるかぜの音も騒音となってやかましいです。
                    しかし部屋を密閉にすると嫌なんで少し開けてます!

                    最近思うのは忙しい人が多いように見受けます。
                    歩く姿もよそ見などしない、ともかく目的地にまっしぐら、って感じです。
                    スマホを見ながらも多いですが、それとてよそ見などせずに歩行しています。
                    一体なぜ周りに目を向け無いのか多少気がかりです!

                    空を見上げるとか、緑濃い銀杏並木を眺めたり写真を一枚とか、蝶々が飛んでいる立ち止まって見てしまう!
                    そんな仕草を見ません。
                    何故でしょうか?多忙のあまりよそ見する余裕がないのでしょうか?

                    いやいや違います。
                    気持ちがおおらかに育ってないんです。
                    世知辛く生きる事だけを念頭に子供の頃から指導されて来たのです。
                    よそ見をしてはいけません的な事です。
                    ですから、傍目からは余裕など感じられません。
                    以前にも書きましたが、日本の老人はベンチでノンビリと過ごす風景は見当たりません、外国では何処でも見られる光景です。
                    目的地に行く、の行動は常のことです。
                    その時に時間の余裕を作ることが肝心です。
                    早く出ることで余裕が生まれます、生まれた時間をよそ見に使います。
                    途中での立ち寄りもいいです。

                    ちょっと別な角度から見るとそこに新鮮味が感じられます。
                    常に新鮮味を求めているのが人です。
                    新鮮味を得るためにはけもの道になってしまっては落第です。
                    寄り道する、子供の頃は親に叱られたものです、真っ直ぐ帰りなさいとね。
                    これが現代では寄り道を進める時代かも知れません。
                    もっともっと余裕を持ちたいものです。
                    | 意識的に | 08:45 | - | - | - | - |
                    日本の社会に疑問がいっぱい
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                      今朝も起床時に空を見上げますと青一色です。
                      見ただけで今日も暑くなるなあ!と即刻判断出来ます。
                      案の定どんどん気温が上がっている感じがします。

                      部屋の湿度計が66%を示しています、と言う事は蒸し暑い状況です。
                      首筋が汗で粘つく様に感じます!
                      スカッと爽やかな夏は海に囲まれた列島には無いんです。

                      スカッと感覚は秋まで待たねばならないと言う環境に置かれています。
                      それにしても、保育児も学校児童も元気に走り回っています。
                      どこに元気の源があるのかと、元気の出るドリンクを飲んでるわけじゃないのに。

                      CMで何才になっても元気で歩行するには何々を必要とか、サプリメントに頼ります。
                      しかし子供は何も無くても元気です。
                      この違いを老人は認識することが必要でしょう。

                      本来生物は元気なのです、元気が無くなれば生命を保つ事が出来ません。
                      人間本来病気など無いので有りますと言う言い伝えを聞いています。
                      そうだと思います。

                      それなのに、日本の医療費は国の負担分だけで30兆円と言う膨大なお金を使っています。
                      国の税収入の半分以上も医療費に使っています。

                      ここに不思議さを感じない国民や政治家が異常な感覚であると言えます。
                      老人は病気になる、病院に行く、これが当たり前。
                      しかし病院に行けば必ずお金が必要です。

                      このお金が問題です、国が9割、8割を負担してますから病人は助かります!
                      国がここんところです、国が商売して稼いでいるので有れば、その利益の一部分で賄うと言う事で有れば問題なし!
                      しかし税金で賄うとしたら健康保険料で徴収する訳です。
                      本来病気など無いとすれば、子供達の元気さが保持していれば、医療費はかかりません。
                      しかしタバコの喫煙者は将来肺がんになる前提で喫煙してます。
                      大酒飲みの場合は胃がんを覚悟してます。
                      飲食に無制限の人は体重オーバーで脳溢血などの障害も視野に入れています。
                      いろんな病気になる要因を自分が作っている事は事実です。
                      そうして病気になる、そこでは多額の医療費が待っているのです。

                      しかしその医療費の殆どが国が負担してますから、ここんところにメスを入れねばと思っています。
                      日本は社会主義だと言う人もいます。
                      全体をみんなで面倒見ましょうと言う具合に。
                      平等など関係ないのです。
                      喫煙者が肺がんになっても医療費は負担してあげますよ!と言う過保護の話です。

                      これじゃ病院に行かない人にとっての健康保険料は一体何かと疑問せざるを得ないのです。
                      ともあれ、日本は裕福な国から貧困の国に進行していると見えます。
                      それは福祉と言う名目で税金を使っているからです。
                      平等を踏まえて行政を行えば問題ないのですが、不平等を蔑ろにしている、この事がとても不愉快です。
                      米国の様に医療費は個人負担にする方策を練らねばならない。
                      と思います、しかし政治家はこの事項についてはタブーです、誰も口にしない、トランプ大統領が日本の政治を見て欲しい!改革したい事項が無限に有ると言うでしょう。

                      良き日本を作るには良き政治家が必要です、しかし国が衰退して崩壊する迄に現状を続くのが歴史で物語っています。
                      江戸幕府の崩壊も従来の政治では続けられなくなったからです。
                      現代の政治ももう末期的な所だと思う気持ちが必要です、現状がいいから継続、これが危ないのです。
                      | 解決策 | 08:47 | - | - | - | - |