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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
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姥捨山 有ったとしたら?
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    気温よりも北風がどう吹くかで寒さの基準になりましょう。
    所謂体感温度と言うものです!
    今朝も気温は5度を指してましたが北風が有ったので寒さを強く感じました。

    それにしても園児たちは肌に感じる神経が鈍いのか体験無いのか寒くて縮こまっている事は無いです。
    兎も角走り回って会話????して一時もじっとしてません。
    それに大声を出しています、大声が全てを忘れさせる要因なのかもね!

    確かに辛い時に大声を出せば忘れる事って有ります、神経を大声に集中させるためでしょう。
    そうした幼子(おさなご)が成長して来ると徐々に色んな体験を踏まえて寒さも感じるようになるんでしょうかね?
    そして老人になって今度は背中を丸めて歩く姿に変貌してしまいます。

    そう、昔の話で姥捨山(うばすてやま)って聞いたことがあります!
    これが本当だったんでしょうかね?
    小説などに出て来たことが無いんですが現実に有ったらどんな状況だったんでしょうか?
    子供が親を山まで背負って行ってそこに置いて来るって言う事は気持ち的に出来っこ無いと思います!
    しかし藩の財政が逼迫し年貢の取り立てに喘ぐ状態が続けば或いは有ったかも知れません。

    まさか武士の世界には無いでしょうけど、しかし下級武士はそれこそ極貧だった事を考えるともしやと思ってしまいます。
    そして現代は老人社会に移行しつつある時点で考えることが有ります。
    老人対策はテーマとして売りの言葉です。

    しかし本当に対策を考えている為政者は居ないと言っても過言では無いと感じます!
    それは国民全体が老人への考えを変えねばならないからです!
    政治的にこうしましょうとセリフを並べても国民は納得して実行すれば別ですが、今の日本はそんな殊勝人は居ません。

    先ずは国民の教育から行わねばなりません。
    老人を労わる、愛する、保護する、救済する等々国民がやることはいっぱい有ります。
    しかしその教育を口に出して実行する為政者(政治家)が今後生まれて来る気配が有るでしょうか?

    結局現状の老人を良く見て居ないことです。
    自然に年取ったと思っているでしょうし、健康的な行動をしているから気に掛けないとも言えます。
    電車の優先席を譲る気持ちが無いと言う事はその表れです!

    老人だって時には通勤電車に乗らねばならない事もあるでしょう、しかし乗りたく無いのです、優先席が空いていれば良いですが先ず座れません。
    老人は外見で判断出来ません、ある面で色んなところが磨り減って居るんですから足腰の苦痛を持っている人はほぼ全体でしょう。

    そんなこんな老人の立場を見るにつけ、現代の老人はまるで姥捨山さながらの様相になっているのではと感じたりします。
    子供との一緒の生活はほとんどの場合無いです。
    孫ひ孫と同居している方は本当に幸運な方です。

    老人の外出光景を見ていると1人か老人夫婦連れで孫と歩く姿は見かけません。
    姥捨山は山だったんでしょうが、都会では街中(まちなか)に置き捨てられているのです。
    仮に老人ホームと言う施設へ運良く入ったとしても、そこでは老人集団でしか無く病気も持っていて人も多く一般世間から隔離されて居ます。
    矢張り姥捨山そのものかも?

    姥捨山の言葉は使われませんが現代版姥捨山で有ろうかと?
    姥捨山に変わる言葉を探したいです。
    「世間の置き去り山」とでも?
    | 不幸 | 09:40 | - | - | - | - |