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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
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世の為人のためになることを、しかし殆どが自分の為。
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    今朝は曇り空に薄日が細々と出ている程度で比較的寒く感じますが気温は14度とかなり上昇する模様です。

    雪国はいっぷく状態になるとか雪が落ちてくるのでご注意だそうです。

    深い雪国の経験をしていないとケガをするかもしれません。

     

    ここも先日の雪がまだ日陰に残っています、14度の気温でどうなりますか中々しぶとい残雪です。

    もう真っ黒になっているので汚い感じもしますが自然に融けるのを待つしか無いです。

    近くの公園でもやはり日陰には残雪が有ります。

     

    世のため人のためと言う事で日々努力しているのが人間社会を作る基本です。

    弱者を見れば助けてあげる、自分で出来る事はなにかを考えて行動する。

    その基本的な事は小学校の教育で行われているはずです。

     

    しかし現代はどうでしょうか、殆どが自分のためです。

    電車のプライオリティーシート(優先席)などは典型的な光景です。

    最近の傾向ですが、一般席でも同様に老人が乗ってて来ても席を譲ると言う行為を見たことがありません。

     

    人のためと言う行為がどれほど尊いか、気持ちの良いものか経験者なら分かります。

    しかし現代は子供のころから自分中心に行動していますから一度も人のためという行為をしたことが無いのでしょうか。

    甘やかし過ぎ、これは我々の子供のころは厳しく咎(とが)められました。

     

    お宅のお子さんは厳しく育てられたので立派な行動(行い)をしますね、これが誉め言葉です。

    褒められた親は鼻が高くなった気分になります。満足するのです。

    こうした会話が全く無くなったのでしょう。

     

    ですから人のためになる行為ということ自体が何か、分らないのです。

    人助けや絆と言う言葉は飛び交っていますが、内容が分からないのではと疑いたくなります。

    台湾の地震に対する支援も自衛隊が派遣するのでそれでいいと言う判断になっています。

     

    自分で何かをする、その事については全く関係が無い様な態度です。

    しかし東日本大震災の経験者は違います、同様な災難に有っていることを共用し何らかの行動を自ら起こして居ます。

    自らの行為、これが大事なことです。

     

    人のためを行動をしてみればどんなに清々しい気分になれるかを経験することが必要なんです。

    努力でするものじゃ無く、自然体で、強いて言えば慣れてしまった行動です。

    人のために行うことに慣れてしまえば苦痛もなければ損害も有りません、残るのは気分の良さです。

     

    逆に自分の事だけに拘っていると世の中が何でこんなに思うようにならないのかと、天を恨みます。

    天に唾(つば)を吐く、結果がどうなるか分からない人がいっぱいいます。

    日本人の行儀の良さ、これが日本人の誇りでも有ったんですが無くなった感がします。

     

    スマホを片手から離さず他人など気にしない、歩行中に使わないでください、スピーカーから流れている駅などでも聞こえないのです。

    実に情けない事です、もし人のためにの概念が有ったら絶対に迷惑になるから止めると言う認識が生まれます。

    それが出来ない最近の若者は殆ど大学を出ていますが、人のために気付かないのは「阿呆か」と言われても反論出来ないでしょう。

     

    自分が有って他人が居る、まさにそうですが、「他人が居る」と言う認識の欠落が現代人です。

    欠陥人であることを感じないし、恥とも思っていないのです。

    先ずは一日一回でもいい、人のためになることをする、これが昔の東大の茅学長の言葉でした、身に染みて思い出します。

     

    | 私利私欲 | 09:01 | - | - | - | - |