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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
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反対も長い時間過ぎれば持続が難しい、辺野古も成田も。
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    日本に寒気が押し寄せているようですがここ都内はその影響が及んでない様です。

    今朝の気温も3度程度でしたからここんところの気温と変わりません。

    日本海側の地域は雪も多く降っているようですし寒さが厳しいようですね。

     

    インフルエンザも寒い地域に流行しているのでしょうか、ご注意です。

    でももうじき春がやってきます、待ち時間も限られて来ました。

    自然の寒気も最後の抵抗でしょう。

     

    沖縄名護市の市長選で反対派が敗北した結果が出ました。

    名護市は何回も行ったところですし辺野古にも行きました。

    自然がそのまま残っている海岸で美しい入江でした。

     

    戦争中はどうもこの海岸からも米軍が上陸して来たような話を聞きました。

    その海が埋め立てられて飛行場が出来るわけです。

    それも民間機用ではなく米軍の専用飛行場です、日本の国土を米軍に提供しなければならないのは戦争が終わっても続いています。

     

    所謂、国土の一部の占領です。

    普天間の騒音や危険性はそこに住んでないと実感出来ないでしょう、農家の方が作物を育てている頭上で爆音を出して戦闘機が発着陸しています。

    それが休みなく続くのです多分にして聴覚に支障が出ているはずです。

     

    しかしこの問題はどの政権でも解決出来ない難問です。

    米軍に国の安全を依存している上では基地の提供を破棄出来ません。

    日本の場合は憲法で戦争を防ぐべき軍隊が無いからです、自衛隊は軍隊(呼び方・実質は軍隊)じゃないのです。

     

    辺野古への移転反対は長い時間をかけて来ましたが実際には飛行場を作る工事が始まっています。

    それを考える時成田空港の反対運動を思い出すのです。

    猛烈な反対運動をした訳ですが、我々の時代人が参加していました。

     

    学生運動家が主体になって反対運動を展開していたのですが時間が経つうちに反対運動も疲れてしまって平和裏に解決への道を選びました。

    そして現代は闘争など有ったのかと思わせる平和な地域になっています。

    世界に飛び出す玄関口として活躍しています。

     

    ですが当時の闘争の過激さは想像を絶するほどでした。

    辺野古はそんな闘争は見られません、それは学生運動家が居ない為でしょう。

    地元の人々が反対し市長選挙でも反対する人を当選させて運動を展開して来てます。

     

    しかしもう反対に対する情熱は冷めて来たのかも知れません。

    反対しても何も得るものが無いと悟ったのでしょうか。

    得るものとは飛行場を別の地域に変更することです、しかし別の場所が見つかる可能性はゼロに限りなく近づいているのです。

     

    ゼロを100にする、これが反対の理由ですが、辺野古も成田も可能性は無かったのです。

    反対の行為は国民に伝わったのですが、その行為で何を得たのかとなるとこれまた難しい事です。

    反対と言う立場は弱者側です、弱者を救済する方法も有ってもいいとは思いますが、強者はその行為をしません。

     

    強いものはあくまでも強さを保とうとして強権を持ちます。

    これは歴史が物語ています、武田信玄が死ねば即信長・家康が武田を滅ぼしにかかり、全滅させました、立ち上げれ無い程に。

    又、秀頼の大阪城を家康は壊滅状態にして全てを崩壊させました。

     

    兎も角、強者は手を緩めません。

    強弱とはそうした関係です。

    弱者の反対に対して強者は容赦なく優位性を取ります、結果弱者の得るものが無いのです。

     

    ですが反対と言う表現は何処にでも有ります。

    それが自由な思考と言うものでしょう、封建時代は反対と言う行為は絶対に許るされなかった。

    現代は自由という確かな保証はありますが次の代償が有りません、自由の代償が平等ではないかと思うのですがどうでしょうか。

     

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