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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
休日 旗日と言ったNo3659
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    涼しい日になってほっとしてます。
    暑い日が続いて辛かったです!
    今日は楽です。
    運動会の練習も炎天下で光化学スモッグが発令されてる中で行なってました。
    児童の体調も先生方は気を使った事でしょう。

    今朝の記事で休日の話しが有りました。
    数えて無かったので多少驚いたのが祝日です、昔は旗日と言ったんです。
    家庭では国旗を門の所に飾った物です。
    今じゃ国旗を家庭では持っている所は極々僅かでしょう、滅多に国旗を見ることが出来ません。
    オリンピックもある事だから国旗でも買って来ましょうかね?

    それは別にして祝日が22日もあるそうですからええと驚きです。
    我々子供の頃は半分程度しか無かった記憶です。
    そんなに多い事になれば、土日も休みですから一体1年間でどれほどの休日があるんでしょうかね。

    確かに一週間を追っているともう土曜日で休みかと思う事しばしばです。
    今は土日も無い年中休日ですが働いていれば休みがやたらと多い気がするでしょう。
    休日の過ごし方など特別に考えなくても、次々に休日が来ますから成り行きで十分ですかね。

    返って我々の年中休日組は計画が必要になるかもね。
    土日を避けて行楽地へ行こうと、天候の最良の日を選んでとか、混まない場所などいろいろ検討します。
    ともあれこれ程多い祝日が有りますから生徒たちも勉強の時間が少ない思います。

    それに夏休み冬休み春休みと学校での勉学時間はいよいよ少ないです。
    ですから塾が繁盛しているにでしょうか?
    塾通いの子供達を良く見かけます、急いで塾へ走る子もいます。
    学校だけでは間に合わないのでしょうかね?

    我々の時代は塾などに行きませんでした。
    学校で教えられた事を復習で修学したものです。
    社会に入っても土曜日も半ドンで午前中は仕事でした。
    兎も角一生懸命に勉学し、仕事も夢中でした。

    現代は休日が多い事から多少は緊張感が欠落していると思います。
    緊張感が無くなると自分勝手な行動に向かってしまう傾向が生まれるのではと考えます。
    他人へ迷惑を強いても特別な感覚がないと言えます。
    もう少し緊張感が必要な日本ではと思います。
    | 意外なこと | 09:55 | - | - | - | - |
    現代人の不遇か No3650
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      暑くなって来てますが風は今のところ涼しいと言うかひんやりです。
      気持ちが良いですね。
      これが夏に吹けば良いのですがそうはいかないのが自然界の掟ですか。

      昔と現代の比較は色々なカテゴリーが有るでしょうが、その内でも飾ると言う面で見ると様変わりです。
      我々の時代は景気が良かった為もあったでしょうが、異常と言えるほどブランド品に目が行きました。

      特に女性はビトンのバックじゃなきゃ持たない!と言う事で本物を持てない人はコピー即ち海賊版を買ってました。
      香港からドンドン海賊版の商品が入って来たんです。密輸でしょうけども。
      洋服だってそれ相当なブランド品が多くあったしデパートで買うことも多かったですよ。
      ブランドの直営店は無かったからね、今じゃ世界のブランド品は直営店ですから、しかし着ている人は稀です、殆ど見ません。
      セレブしか買えないのか、一般庶民はお金を安いものへ移行しているのか?

      そう考えると我々の時代は贅沢三昧だったのか?
      ネクタイはエルメスだけ今でも100本程有りますが使いませんね。
      良い時代を過ごしたのかどうかは分かりませんが、現代人の不遇を感じます。
      ビトンのバックを持っている人などこの近所じゃ見かけません。
      財布だってビトンじゃなきゃダメなんて男性だってそうだったですが、それも見かけません。

      ダサいと言うのは可哀想ですが現代人は贅沢やおしゃれに気を回さないんですか?
      昔だったら相当に恥ずかしくて道を歩くのも嫌になったでしょう。
      当時は何もビトンじゃ無くたって良いんじゃ無いと感じてました。

      しかし今になって考えればビトンのバックぐらいは持っても贅沢したっていいじゃん!
      と思えて来ました。
      本当に貧乏になったのか、それとも異常さに気付いたのか?
      確かに一流メーカーは欧州が多いですが欧州に行った経験ではそれ程ブランドにこだわって無いと聞きました。

      そんな訳で現代の方が正常とすればやはり異常かとも言えます、でもね、現代の異常は住宅ではと思うのです。
      高額な住宅を手に入れて汲々とした生活がいいかどうかです。

      我々の時代はまだ高級住宅が少なかったですからある程度で満足して逆に日々の買い物にブランドを狙ったのでしょう。

      比較論ですからねどうだって良いのですが、現代人の不遇を感じざるを得ません。
      一度ぐらいはビトンのバッグと有名ブランドの洋服を身に付けたいと思いませんかね。
      靴だってブランド品は品格を感じさせます、そうか現代人は品格など考慮にないのかもね?
      残念です。
      | 意外なこと | 10:11 | - | - | - | - |
      廃棄食品600トン以上 異常です
      0
        今日は平成最後の花見日和と言ってますがもう結構ですと言いたい所です。
        葉桜になりつつあり綺麗の状態が過去のものになってます。
        あせた感じです。
        そんな事も有りますがやはり多忙だった人は今日を逃さずに花見に行ってください。

        今朝の記事で食品ロス廃棄される量が600トンを超えているそうです。
        都民が1年間に食べる量以上だと言いますから膨大な数字です。
        何故に廃棄されるのか?
        賞味期限切れ前に陳列棚から取り出して新たな商品を並べる様です。

        確かに賞味期限が本日と言う商品は見当たらないかも知れません。
        新しい商品は奥の方に陳列して古い方から買って下さいと売り手は考えています。
        しかし殆どの人は奥から品物を取り出して買い物かごに入れます。
        その影響が食品ロスに繋がると言う関係になっているのです。

        それじゃ陳列台を小さくして古いのが売れ切ったら新しい商品を並べればいいのですが、そんな事は面倒だし人手も掛かるので出来ないと言う事でしょう。
        何ともロスを考えれば古い方から買いたいですが、奥に日付の新しいものを見るとそちらに手が行ってしまうのです。
        この辺に消費者の心理が働いてロスを出しているのだと思いました。

        我々の子供時代は食物は全て残さず食べました。
        皿に残ったきな粉も舐めて綺麗にしたもんです。
        残すとバチが当たると言われてましたからね。

        それが現代は残すことが当たり前、皿など舐めると気狂いか言われそうです。
        感覚の違いがロスを生む原因でしょう。
        一度でも大災害に遭って見れば分かるものでしょうか?
        食い物の有難さを、ロス程勿体ないものは有りません。

        商品を作る側は丹精込めて美味しいものを何処よりも安く、新鮮な内に食べて貰いたいと言う意識は込められています。
        そうした気持ちがこもった食品を捨てるのですから生産者に泥を塗る様なものです。
        困った事態ですがこうした傾向はこの先も続くでしょう。
        人は我欲で生きています。
        我欲が薄れたらこの世で生きている意味が無いとばかりに、我欲に旺盛です。

        いつまで続くのか分かりませんがきっとロスする事への警鐘が神によって促される時が来るでしょう。
        大飢饉が襲来する事もあるでしょうし、大震災に見舞われる事も有るでしょう。
        今は輸入すれば何でも手に入る時代ですが、もし制裁を受ける様な事に事態が急変したら、北朝鮮の様に兵士がガリガリ状態と同様なことが起きるかも?
        大切にしたい食品、ロスを無くする為にも前の方から買いますと宣言したいです。
        今日もこれから買い出しです、前の方からカゴに入れます。
        | 意外なこと | 09:13 | - | - | - | - |
        おもてなし 言葉だけ
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          雨の月曜日、学校も始まった模様です。
          新学期ですから何かと変わった事が多いでしょう。
          教室も変わり、新入生の新しい顔、そして先輩だった六年生が居ない、先生も移動で新旧が有ったり。
          小学校の6年間と言う長い教育を同じ所で受ける訳で人生を作る上で重要な時でしょう。

          当時はどんな考えで教育を受けていたのか思い出せませんが一生懸命だった事は確かです。
          我々の時代はテレビは勿論有りませんし、ラジオだって大人向けの放送が多かったです。
          パソコンやらゲーム機、スマホで遊んでいる現代の子供たちとは雲泥の差が有りました。

          しかし子供は遊びの天才と言われるように何らかの遊びをしてました。
          夕方暗くなるまで家に戻りませんでした。
          疎開中は田舎だったですから帰り道が真っ暗で寂しい思い、怖い思いが常でした。
          お墓の前を通る時はもう一目散に走ったりもしたのを思い出します。

          しかし良い時代だったと思うのは人の交流です。
          何か例えば同級生の誕生日などには「お呼ばれ」と言って友人のお家に行ってご馳走を頂くんです。
          母親が作った料理とは違った新鮮味を感じてうまいなあと思ったりしてました。

          逆にこちらでも友人を誘って家でもてなす事もあります、簡単なおやつ程度の物を母親が出してくれて嬉しかったですよ。
          即ち家を行き来する事が普通でしたし多かったです。

          それが最近はお呼ばれも無ければ、おもてなしも無いです。
          この寂しさをどう考えたら良いのか?
          せいぜい子供の家に行く程度、それも年に一度か二度程度。
          他人の家に入った事など相当前に記憶が途切れています!

          良い習慣だったと思うのですが、外食と言う変な文化が変えてしまったのです。
          今じゃ街中を歩いていると外食関連の喫茶店、どんぶり飯屋、ラーメン屋、回転寿し屋、居酒屋、焼き鳥屋だけが目に付きます。
          そこで人々は友人と時間を過ごすのです、友人の家族など全く知らないのです。

          その点家を訪問すると家族との遭遇があり、調度品なども興味を持って眺めたり、参考にさせて貰ったりするものです!
          それが友人だけだと会社員同士だったらいつも同じです。
          そこに何を見出すのか?
          特に居酒屋などでは大声を出して会話をするご婦人が多いのには問題です。

          昔の居酒屋はほぼ男性社会でしたから、酒の場を心得てました。
          現代のご婦人方はそうした雰囲気を知らない、思い切り高揚しているのです。
          外食ではおごってあげると言われても、おもてなしされていると言う雰囲気が生まれません。
          何処かに心温まるものを演出する必要がおもてなしの根本に有ります。

          そんな気がする居酒屋風景、寿司屋風景です。
          | 意外なこと | 09:28 | - | - | - | - |
          子作りの疑問
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            ちょっと寒い感じですから桜もパッと満開になりませんね。
            この分だと長持ちしそうな気がします。
            さくらはパッと咲いてパッと散るのが良いところですがどうでしょうかね。
            28日に花見の予定ですから丁度いい状態かも。

            昨日でしたか今度の区議会か都議会かに立候補しようとしているだろう若者が街頭で話しかけていました。
            一方的にですけれども。
            男性です。
            話の中に子育てに関する彼なりの意見を言ってました。

            そう彼なりのです。
            言って見れば最近の若者即ち子供を産み育てる頃の人たちです。
            そう言う人たちが子供を産み育てようとしないから、将来は大変な事になると力説してました。
            そうです、今はその点が日本では一番の問題でしょう。

            そこまでは良いのですが次に言う言葉、子育て支援を充実させて子供を産み易くしてあげたい。
            この点が錯覚か理解力に欠けているかです。
            今でも充分過ぎるほど支援していると思いますよ。
            我々の頃は何の支援も有りませんでした、確か3人以上子供を持つと幾らかのお金が区から支給されたかも知れません。

            保育園昔は幼稚園ですが全額個人持ちです。
            それでもせっせと子作りに励み苦しい家計を維持しながらも頑張ってました。
            現代の甘ったれた考えでは将来などを想定して子供を増やすと言う感覚は生まれないでしょう!

            候補者に言って貰いたいのは早く結婚をする事です。
            猫も杓子も大学に行く時代、その為にどれだけ婚期が遅れているかです。
            早婚すれば当然子供は自然に出来る法則があるのですから、自然の法則を利用すれば簡単に子供が増えます。

            子育ても保育園に入れなければならない法則など有りません。
            自分で子供教育をすれば良いのです。
            その方が親子の関係が親密になり親に対する愛情も深くなります。
            自分の方針で子供を育てる事が出来ます。

            支援が無ければ子育て出来ないと言う論法は間違いです、それを候補者は理解して無いのです。
            親戚に四人の子供を育てた人がいます。
            それはそれは苦しい生活の連続でした、が今は皆ちゃんと結婚して子供を持ち孫が十数人もいます。
            二人の夫婦から四人次にその三倍にとねずみ算の様に人口が増えるのです。

            これが自然なんです。
            難民生活をしていると貧困者達も子供が自然に増えているのです。
            極自然な状態を作れば人口は増える事を若者に認識して欲しいのです。

            もし子育て支援を訴えるならば、学生結婚をする人達にやって欲しい、即ち早婚の勧めですよ。
            学生結婚をしたら学業も疎かになるかもしれないけど、学問よりも人口問題がどれほど重大な事かを知るべきです。

            これは若い候補者だけでなく老化した国会議員連中に気づいて貰いたいのです。
            早婚したら生活の保障をしてあげます!この公約を実行まで持って行ければ、国民は誰も反対しません。
            この地域は老人ばかりです、これから買い物に行きますがスーパーの客の80%近くが老人ですよ。
            この先次々と老人が増え子供が居なくなる時代を憂慮するなら、早婚支援など簡単に出来る事です。

            晩婚により疲弊が出ていることを早く気づいて貰いたい、この一言です!
            | 意外なこと | 09:26 | - | - | - | - |
            権力とその裏側
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              又も曇天になって春爛漫を満喫出来ません。
              春を待つ気持ちとは春爛漫です。
              暑かったり寒かったりの繰り返しでは無く、柔らかな太陽の光を浴びる事です。
              今年暖冬だった事から気象が乱れて居るのかも!
              桜も開花の遅れが出るとか要注意して情報を待ちます。
              今年の花見はちょっと離れた場所に設定する予定ですから(洗足池)確認作業が出来ないのです。

              権力と言う魔物はあらゆるところに存在していると思います。
              会社でも政治でも官僚でも国でも組織が存在する所には必ず権力が生まれます。
              その強弱によって悪事に発展する事も出てくるわけです。
              権力が集中し絶対的な支配をすれば独裁者になれます。

              ヒトラーが最たるものでしょう。
              そこに蔓延る部下たちの放漫な仕草など目に余ります。
              権力の裏側に何が潜んでいるのか、良い事が多ければ良いのですが、悪魔がしでかす悪事には目をつぶる訳には行きません。

              ゴーン氏もやっと刑務所から解放されましたがこれから嘘の上塗りに一生を掛けるのかと思うとメディアに取り上げない様に注意したいです。
              一度権力を握って独裁者になった人の話など聞いたって参考になるものは何も無いんです。
              裏側で悪事を重ねたのに無罪だと言う、誰が見たって馬鹿げた事です。

              今後こぞってメディアがゴーン報道をするでしょうがやめなさい!と言ってやりたいです。
              権力とは何でもありにする癖が有ります。
              江戸時代の雅楽頭(うたのかみ)も権力をほしいままにし悪事も相当に働いた様ですし、柳沢吉保だってそうです。
              善政をした時もあり、その後権力が集中してくると悪事へと進むのが人の行動なのですかね。
              方程式としての成立しているのかも!

              権力を持ちたいと思っている人はその権力を分散させる思考を持った方がいいと思うのです。
              権力と言うものは集中しやすい性格を持ったものです。
              そこに飲み込まれて多くの人は悪事へと流れてしまいます!
              即ち悪事と言う事が正義になってしまうのです。

              権力闘争なども常々行われていますがその時点で既に悪事への道筋が出来ていると思っても過言では無いでしょう?
              権力を施工するには一人では無く、取り巻きによって成立します。
              取り巻きを作る事が権力集中の基盤になります。
              この後もこうした権力の被害が継続して出てくるでしょう、人間社会の欠陥です。
              | 意外なこと | 09:54 | - | - | - | - |
              当てずっぽう
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                三寒四温でしょうか、今日は若干寒い気がしました。
                気温も5度でしたから実際の数字も低かったようです。
                この辺の気温差を身体はちゃんと判断するのです。

                さてっと、最近はとても穏やかな日本の様な気がします。
                大きな問題も課題も持ち上がっていないです。
                災害も特に無く平穏です。
                沖縄では県民投票を行なっている様ですが、その結果をどうするのか?
                大きな問題でもありますが政府は無視するでしょう。

                問題視しない方針でしょう。
                沖縄と言う地域は一体日本のどんな位置付けなのか?
                戦争がもし勃発すれば沖縄は戦地の前線になるでしょう。
                怖い事です。

                差別が色んな所に出て来てますが、沖縄はその最たる現象です。
                県民がどんなに騒いでも本土には届きません。
                やはり外国いわゆる独立国的です。
                それも日本の属国で、あたかも日本が米国の属国の様なものです。
                日本は米国に沖縄の基地を撤退せよと言えないのです。
                戦争後の爪痕が残っているのです。

                政治・政府とはそうした属国、主従の関係を打破出来ないのです。
                戦争を始めれば別ですがやれば負ける戦はしません。
                日本は戦争をしたくない、となれば属国でいなければならないのです。
                独立国と言ってもこうした関係ですので、沖縄もどうにもならないでしょう。

                不幸かどうかは分かりませんがね。
                というのも、経済面では米国に頼り切っているのです。
                米国の自動車の販路がもし縮小されたら日本経済は壊滅するでしょう。
                しかし米国は今の状態を維持してあげていると思うのです。
                何故なら、日本の基地を維持するのとバーター取り引きしてると思うからです。

                大きなカラクリを日米は行なっているのですよきっと。
                安倍さんが尻尾を振ってトランプ氏についていくのはそう言った関係からどうする事も出来ないのでしょう?
                その点欧州は小国であっても独立国です。

                あの小さなオランダに米軍基地など無いですよ!
                オランダに言って見ればとてもゆったり感を覚えます。
                老人は早朝から喫茶店でコーヒーを飲みながら外の街を眺めています!
                あちらは喫茶店の席は外が多いですから解放された空間です。

                日本にはそうしたゆったり感を求める事が難しいのです、忙しない状況しか無いんです。
                金カネ金の欲求を四六時中求めて止みません。
                何故でしょうか?
                日本には危機的な危険を察知している神経が有るのかもしれないです。

                そうなれば頼りはお金です。
                人間相互の愛などで生きていけないと思っているのです。
                隣人を愛せよ!など到底出来ない人種なのです。
                一人一人が独立して孤独なんです。
                隣人が逆に邪魔なんです。
                島国根性とはそうした閉鎖的な思考に陥る可能性が高くなるのかどうか?

                大きな心を持って大空に羽ばたく精神面が欲しいと思うのです。
                | 意外なこと | 10:51 | - | - | - | - |
                実感は現実、予測は架空かも
                0
                  雲が厚くなって来ましたので雪になるんでしょうか?
                  何となく雪国の空です。
                  学生の頃雪国で生活しましたが毎日こうしたどんよりした空が続くんです。
                  晴れたりすると銀世界が眩しくてサングラスが必要になるくらいです!

                  都会ではそうした自然に接する事が出来ない子供達は可哀想です。
                  都会で降った雪は道脇に真っ黒の残雪を見るのですが、雪国の残雪はあくまでも真っ白です!
                  この辺の違いも経験しないで生涯を過ごす都会人は自然から隔離された変人です?

                  ともあれ現実を知る、即ちこの目で見、この手で触って、この鼻で香りを感じ、この足で大地を歩くのです。
                  実感とはそうしたものです!
                  経験が何よりも大事な気がするのです!

                  特に子供の頃は大いに多方面の経験を作った方が良いと思います。
                  即ち経験豊かになれば多少の変化に驚きはしません。
                  右往左往する事も少ないでしょう。
                  井の中の蛙大海を知らずの様になっては言っている事が想像だけになってしまいます!

                  想像逞しいと言うのは多くの経験則から生まれるのであれば聞く耳を持ちますが、逆は面白みが無いんです。
                  予測も機械で計算されたものは実感が無いですが、経験則で言われると何となく信じたくなります!

                  天気予報などもそうです、西の空が曇って来ると此方も曇って雨になるかもとか?
                  コンピュータの予測よりも当たる確率が高い気がします!
                  現代は経験則よりも計算が優先しています!

                  しかし天気予報の正確さは確率にしたら50%も無いでしょうね?
                  ですが地元の漁師さんなどが言う予報はほぼ間違い無いほどの確率でしょう?
                  実感のある説得力のある、この事は現実に直面して得た経験則です。
                  想像に長けた子供達が多い様に見受けられますが、もっともっと経験を積んだ方が良いと感じます!

                  園児が公園まで手をつないで散歩してます、これは保育園以外で経験させるものでしょう。
                  ただ何時も同じ場所を歩いている様です、ここに多少の考慮があったらなあと思います。

                  いずれにせよ新しい経験は楽しくもあり魅力でも有ります。
                  75年の経験でもまだ足りませんか?未だに未経験を探索してます!
                  | 意外なこと | 09:17 | - | - | - | - |
                  瀬戸際って難しい判断
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                    今日は暖かいです!
                    どことなく春を感じさせる気がします!
                    気が早いでしょうか?まだまだ寒さが続くでしょうけども。
                    しかし今日は節分ですから季節の変わり目です!
                    昨日で大寒も終わったことから、もう大丈夫だと一人思ってます!

                    瀬戸際って色んな所で遭遇します。
                    危機一髪の時など何らかの瀬戸際が有った筈です。
                    勝負事でも引く時の瀬戸際が必ず有ります。
                    分水嶺の様なものかも?

                    そこんところを超えてしまうと坂道は下ってしまう。
                    即ち頂点から下降するのです。
                    ここんところを見極める事が出来たら苦労が無いのでしょう。

                    いつでも頂点に君臨出来るのですから。
                    至高の世界です、しかし人の世は頂点に居座る事など不可能に近いです。
                    ちょっとの間は頂点に登る事が出来ても、直ぐにズレ落ちてしまいます!

                    実に人が努力をすると言うのは頂点が有るからでしょう?
                    努力も得てして無駄が多く、実を結ぶ事など時々有るかどうかです!
                    人は欲を持ちます、そこには何かが有ると思い込んでいます。

                    その欲を得た所で人生がいっぺんに頂点へ到着する訳じゃ無いのに?
                    ちっちゃな欲の集合体を持ち続けます。
                    「少年よ大志を抱け」と言う言い方は普通の欲が小さい事を物語っています!
                    欲と瀬戸際は切る事が出来ない関係でしょう!

                    欲張り過ぎると墓穴を掘ります。
                    ゴーン氏の姿が正直に表現していると感じます。
                    引き際の瀬戸際が有ったのですが、残念と思っているでしょうかね!
                    ともあれ瀬戸際を知る、これは神さましか分からない事かも、しかしこの辺でいいか?と言う程度で判断しておけば怪我なく済みそうです!

                    でもそれさえ出来ないのが人です!
                    欲の張合いなど欲については無限に話せるでしょう?
                    無限の欲の頭脳を持った人の世でした!
                    | 意外なこと | 09:54 | - | - | - | - |
                    疲れは精神面からかも 体力は温存
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                      やはり大寒の様相になって来たようです。
                      今朝の寒さは吐く息で分かりました、白さが多いのです。
                      太陽が昇る前が一番気温が低いのですが、丁度その時間に外でストレッチをしているんです。

                      今朝の日の出は6時46分ごろですからそのちょっと前の気温は2度でした。
                      今月末頃までこの寒さが続くでしょうかね!
                      いや2月も決して油断出来ませんよ、雪も降るのが2月に多いですからね。
                      でも着実に春が見えて来ました、まるでマラソンのゲートが見える様な感じでしょうかね?

                      そういえばマラソンは大変な体力を消耗する競技でしょう。
                      走り終わった時の疲れは並大抵では無いと思います。
                      しかしゴールのシーンを見て何処かに疲れ方の違いが見受けられます!

                      と言うのは優勝した選手はどのシーンでもまだ元気さが残っている風に見えます。
                      余裕があるのです、それは体力の消耗は誰しも同じ程度でしょうが精神面では全く異なること表していそうな気がします。
                      勝ったと言う満足感が有れば疲れと言う神経を忘れさせる様にも思えます。

                      即ち疲れは体力の消耗からくるのでは無く敗北感から来るのでしょうかね?
                      多くのスポーツに共通した見方が出来そうです!
                      一般の疲れもそうかも知れません。
                      階段を登って疲れたと感じるのはその事に対する満足の仕方によると言えます。
                      登ったと言う実感からよく出来たと言う判断をし満足すれば疲れたって感じがしませんよ!
                      駅の階段を登る建物の階段を登る神社の石段を登る色んな所でエネルギーの消耗が有りますが、疲れたと思うのは嫌いや登ったからでしょう。
                      良くやったと自分を褒めて満足すれば疲れを吹っ飛ばしてくれます。

                      結局疲れって精神面の副作用で実際には疲れなんか無いのかもね?
                      疲れたと言う言葉を自分の辞書から消せば疲れの無い人になれそうな気がするんです。
                      現実面でも例えば階段を登って疲れたからって一時的に身体を休めようとは思わないですね。
                      要はエネルギーの消耗とのバランスで減れば補給する、この繰り返しでしか無いのではと思います!

                      小椋佳の「疲れを知らない子供の様に・・・」って歌が有りますが子供だけではなく皆んなが疲れを知らないんです。
                      自分で疲れを決めつけているだけです!
                      と言う事を感じたんで今日から疲れたと言わない事にしたいです。
                      でもね人はロボットじゃない弱いものですから疲れたも弱さの表現としては可愛いかなって思うものです。
                      人は弱いんです、強がり言っても陰ではメソメソもあり得ます。
                      いいかね、そろそろ疲れたからこの辺でやめにします。って表現を!
                      | 意外なこと | 09:07 | - | - | - | - |