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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
失敗の本質は気づくのが遅かった
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    今朝は昨日よりも幾分外気温が上がったのですが曇っているために寒さは継続しています。

    気温も上昇してません。

    この分だと雪の解ける事もなさそうです。

     

    凍った雪はつるんつるんで危ないです。

    道路の両端にはまだまだいっぱい残っています。

    校舎の屋根にも5冂度真っ白な雪が載っています。

     

    失敗は誰もが経験するものですが失敗が無ければ今頃はどんな生活をしていたかと思うものです。

    前に失敗の本質と言う本を読んだような気がします。

    しかし書かれていた事を何も覚えていないのです、結論はその本から得るものが無かったか、或いは本質と言う内容を気づかなかったのかです。

     

    多分にして多くは気づかずに失敗しているようなものです。

    又気づいても実行しなかったことも有ります。

    いずれにしても意識として強く持つ事をしなかったのです。

     

    過去を思うとあの時にこうすれば良かったとか、しておけば良かったとか、もう反省の山です。

    結局何かの行動を起こして居る訳で、行動に間違いが有ったのでしょう。

    或いは試行錯誤して居る内にチャンスを逃したことも有るでしょう。

     

    実に頭脳がどう働かせるかです。

    しかし人は無限の頭脳を持ちながら使わないでも平気でいられるから面白いです。

    気づきながら平気で見逃しているのです。

     

    後になって理由を付ける時になって頭脳を使うのです、実に変な頭脳の使い方です。

    何だか分かりませんが仮想通貨ネムNEMが不正流出したとか、全くその分野に疎いのですが、580億円も、この失敗の本質も甘い管理を放置といいます。

    気づいていたにも関わらず厳しい管理をしてなかったと、結局失敗して気づきの遅さに気付くのです。

     

    人の意識と言う面に強弱が有って、気づきの面は弱いのでしょうか。

    どうすれば気づいた時に実行すべ強さに発展させる事が出来るかです。

    難題ですがそれを解決しない限り、失敗は継続されて、いい人生を作り上げられないでしょう。

     

    気の遠くなりそうな幻の楽園を追い続けていた人生だったんですが、失敗の本質を見抜けなかったが為に夢は破れたりです。

    夢破れて山河あり、城春にして草木深し ですかね。

    自然と言う風景が又いいかな。

    | 残念 | 09:20 | - | - | - | - |
    どうもダメ
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      今朝のパソコンは変です。

      動きが鈍いのでそれなりに待ちながら打ち込んでましたがついに途中で消滅してしまいました。

      ですので、今日は止めます。

       

      後程再度挑戦してみます。

       

      | 残念 | 09:45 | - | - | - | - |
      時はゴールド・金なり、まさに金・ゴールドに勝るものなし
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        寒い冬がやってきた、木枯らしが来る前に寒気が襲ってきた。

        普通は北風が吹いて木枯らし何号と言いながら寒さが厳しくなるのも、昨夜の寒さは突然来た。

        布団とタオルケットだけでは寒くて電機ストーブを用意した。

         

        パジャマも厚手のものに交換してやっと安心して眠れた。

        今朝も寒さは残っているから太陽が出る前は外でも体操ストレッチは辛いのでやめた、これからやろうと思うがまだ寒い。

        昼になったら公園でやろうと思うがこうしてだんだん寒さを理由に運動をしなくなるものだ。

         

        さてオリンピックの開催がどなるのかと言う記事を今朝読んだ。

        最後はなんとかなるのだろうが現状では豊洲の改修工事にゼネコンが入札拒否しているとか、豊洲移転が実行されなければ築地解体ができず、そのためにオリンピックに支障が出ると言う。

        小池知事も正念場を迎えているようだ。

         

        大手ゼレコンからそっぽを向かれては仕事は進まない。

        ゼネコンは昔から談合は付き物、それにメスを入れたと誉れ高く言い放った時の小池氏は自滅したのだ。

        良い(好調な)時こそ謙虚にならねばならないのだが、人は奢(おご)りたくたくなるのも分かるが地位を考えねばならなかった。

         

        その時、とても需要なその時を実に捨ててしまったのだ。

        時は金(かね)なり、と言うがお金と言うよりもっと価値が高い金(きん・ゴールド)である。

        お金は金・ゴールド(小判、大判)で作られていたが当然金は少ない、だから銅製のなどに代用させて通用している。

         

        お金は金ゴールドなのである、もしゴールドを手にしたらそう安々と買い物もしないだろう。

        代用品であるから簡単に使ってしまう。

        小池氏も時を代用品と見間違ったのだろう。

         

        都知事都政に専念するなら国政に手を出す必要は無かった。

        今更と言う感じだが時の使い方が間違うとその後は時を拾うことが出来ないのだ。

        お金は落としても、ゴールドを落とす人はいまい、大事に奥深くしまっておくだろう。

         

        大事な時なのだが得てして時を無駄にしてしまう。

        自分を見誤ることになっていても気づかない。

        それが大人の道であるのだが残念ながら小池氏は年齢は初老だが精神面では子供だったかなあと思う。

         

        もう取り返しが出来ない、希望の党の代表を辞退したと言うから今度は都知事も辞退したらどうかと都民の一部は思っているかも知れない。

        住みよい東京、都民ファーストの精神が生かされずにずるずると変な方向に行かねばいいがと今度は心配する事態になった。

        オリンピックはさておき、都民の生活がより良くなる施策が出来るのかどうか、舛添氏のように途中でやめる放棄するなら、今が良いのだが。

         

        引き際が大事だと言う場面にまで来た感じがする。

        女性蔑視はしないが女性都知事は無理だったか、都民は考えてしまう。

        残念の一言。

        | 残念 | 09:30 | - | - | - | - |
        切磋琢磨は現実にあり得ないか現実の社会では
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          昔の日本には干ばつやら飢饉が有ったと言うがこうも雨が多い近年から想像すると意外である。

          実に雨で日照時間が少なく作物への影響が出てきている。

          日照りではなく日照不足による作物の不作で飢饉になったんではと疑いたくなる。

           

          10月のこの時期は秋晴れに恵まれていい気分で過ごせるはずなのに今は何をするにも億劫になる。

          外出時に傘を持つことがどれ程負担を感じるかだ。

          雨に濡れた傘の始末も困るし床も汚れてしまう。

           

          良い事なしの雨だ、だが雨が無かったら干ばつになってしまうことも困りもの。

          適度と言う事象は自然界には無い事であろうか。

           

          さて人の世に戻ると何処へ行っても競争の様相になっている。

          グローバルになったために広い範囲で競争がより激しくなった。

          その競争のために途轍もない誤魔化しをしでかすことも有る。

           

          現実に神戸製鋼の改ざんなどは原因として考えられる一因に競争が有ると思う。

          競争も相手が何かであるが競合先もあろうし社内での出世の場合もある。

          兎も角競争に勝つためには手段を選ばずの法則を利用している。

           

          昔はお互いにこの程度と言うものがあってそれ以上はお互いに妥協したり協力したりしていた気がする。

          川中島合戦の時だって敵に塩を送ったと言うエピソードが有るくらいだ。

          お互いが切磋琢磨してこの世を良くする概念は現代は全く消えた。

           

          切磋琢磨と言う言葉さえ聞いたことが無いインターネット上に書かれていることもない。

          とても良い事なのだがその逆で一方をどん底に落とし込む事のみに汲々としている。

          離合集散的なことも多いがそこに切磋琢磨と言う概念があればいいのだが見出せない。

           

          神戸製鋼では改ざんが50年以上前から行われていたともいうがそうした行為が問題化していないのが不思議だ。

          重大な問題が起きていないことに疑問がわく。

          改ざんしても問題が無いならば基準と言う物差しが何だったのか必要では無かったのか。

           

          疑問は次々に膨らむ。

          改ざんすることを避ける方法は無かったのかどうか寸法が足りないしかし合格とし出荷。

          その問題点を何らかの方法でいい方向に持っていけなかったのか、事実隠しではなく互いに疑問点を追及して改善する方向が出来なかったのか。

           

          事実隠しをお互いに切磋琢磨していたら別だが。

          政界でも選挙中にお互いを誹謗することに終始しないで相手のいいところは見習うぐらいの度量が欲しいものだ。

          小泉進次郎氏は同会場で出くわした相手を尊重し自分の聴衆に相手の話を聞かせたと言う。

           

          これこそが切磋琢磨していい日本の政治を描く方法の一つであろう。

          与野党が重箱の隅をいくら突っついても所詮は何も残っていないのだ。

          実に逆転の思考を行なうことが大事なのだ。

           

          糸川英夫はこの逆転の発想を見事に行った学者である。

          有名人になりたかったら現行から別な道を作ることだ。

          小泉進次郎氏はまだ若いがスイスでは31歳かな新しい首相が生まれそうだ。

           

          早くも小泉進次郎氏への待望論が出て来ても良い時だ。

          小池百合子氏は既に遅咲きの「うば桜」になってしまった。(ちょっと失礼な表現かな)

          しかしこの二人がお互いにいいところを持ち寄って日本の政治をいい方向に進める、所謂切磋琢磨して欲しいと願う。

           

          人の世は一人で出来るものではない、お互いが協力し教え合ったこそだ。

          競争社会を逆にすればどうなるか、競争が無い社会即ち切磋琢磨の社会だ。

          良いところを持ち寄る社会になって欲しい、嘘も振り込め詐欺も無くなる世に。

           

          | 残念 | 09:35 | - | - | - | - |
          英語の使い過ぎか?恥辱的な間違い
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            天候が悪い実に困りものだ。

            折角の土日休日が勿体ない。

            遠足などの予定を早くから立案していた人たちは可哀そうだ。

             

            特に子供たちは嘆き悲しむであろう。

            我々の時代は秋ともなればキノコ採りをよくやったものだ。

            ほぼ毎週の日曜日はおやじに連れられて朝早くなら出かけた思い出が有る。

             

            キノコは実は雨の翌日によく生えているので絶好の条件なのだ。

            雨後の竹の子と言うがキノコもそうだ。

            だから多少の小雨程度ならば山に入った。

             

            キノコは毒キノコも多いから初めは分からずに採ったがだんだんわかって来て食べられるものだけを取れた。

            しかし、しめじは中々見分けがつかない結果食べて食中毒下痢を起こす事が有った。

            他にあけびや栗や山葡萄などなど秋はいろんな実を取ったものだ。

             

            神戸製鋼と言えば日本の誰もが知っている会社名だろう。

            いや世界的にも有名な会社だ。

            それが改ざんと言う不名誉な行動が日常茶飯事で有ったと言う。

             

            なんとも情けない気がしてきた。

            社長の謝罪姿が痛々しいほどであった。

            誰がそうした風習を作ってしまったのか、原因は必ずあるかから解明しなければならない。

             

            コーポレートガバナンスとか言って社内を管理する言葉を使っていたのだろうがどうもその言葉が一般の人にピンと来ていないのではと思う時が有る。

            コンプライアンスもそうだ。

            この二つが多くの問題を起こしている気がする。

             

            横文字は日本人にとって格好いいと思いがちだ。

            だから何かと使いたがる、ソリューションなどもよく使われている。

            実のところ言葉の意味合いがやはりピンと来ないのだ。

             

            結果、何が起きるのか、ピント外れの現象が生まれている。

            写真はピントが外れるとボヤケテしまう。

            そう管理もボヤケテしまって、管理自体が疎かになってしまう。

             

            企業統治に翻訳した人は会社を分かっていない人かも知れない。

            企業統治を国に替えたらどうするか、国統治と言うと何が何だか分からない。

            個人にすれば個人統治である、分からない。

             

            やはりピンボケの翻訳だ。

            ちゃんと一般人に分かる言葉を作らねばならないのだ。

            昔から日本は管理と言う言葉を使ってきた。

             

            それならば、社員は何らかの枠で管理されていると言う気持ちを持っている。

            改ざんはしてはしてはいけない規則に乗っ取って仕事をするのだ。

            これが管理者の指導である。

             

            統治となると何が統治なのか何をすればいいのか漠然としたものに感じる。

            日産も完成車の検査を改ざんではないかろうが同じような過ちを犯していた。

            コンプライアンスもそうだ、何がと言う感覚が無い。

             

            法律と言うものがピンと来ない。

            言葉の重みをもたせるのが大事なことだが、横文字にすれば格好いいが内容が伝わらない。

            重厚な言葉を昔から使っていたんだから戻す方がいいのだ。

             

            コーポレートそのものが一般用語であるかのようだが実際にはコーポレートガバナンス程度にしか使われていない。

            会社説明会をコーポレート説明会など聞いたことが無い。

            会社の社長の謝罪にコーポレート社長なども無い。

             

            結局横文字は曖昧さを作る基だ。

            管理を徹底的にすることが大事だ。

            コーポレートガバナンスを徹底する、これを完全に理解できる人がいるだろうか。

             

            日本的、日本の習慣、日本の伝統をもう一度元の鞘に戻ることを祈る。

            | 残念 | 09:15 | - | - | - | - |
            希望とは現実に無い事への羨望である
            0

              今日も暑い一日が始まっている。

              もう25.9度(部屋の中)に気温が上がっている。

              湿度も高く蒸し暑い感がする。

               

              太陽も出て来たのでこれから辛そうだ、散歩は早めに済ませたい。

              希望が叶うことなど中々である。

              実際に希望通りになった事など少ないか無い。

               

              今回の選挙でも希望はあくまでも希望であって、上手く成果を出すことが難しくなったようだ。

              そうであろうよ、急な行動に誰が信頼できるかと言うことだ。

              「信」日本人は昔から「信」(信義)を重んじて来た。

               

              信義とはとても強い関係を持つもので簡単に出来るものではない。

              日本人の心の奥の方にはそうした信念が宿っているのだ。

              急に希望と言う名が出て来ても本当に希望に沿えるかどう分からない。

               

              岸洋子の歌に「希望と言う名のあなたを忘れて 遠い国から又汽車に乗る・・・」が有った。

              希望はそうした淡い水泡のようなもの期待できる程のモノにはなり得ない。

              残念だが今回は脱落してしまったようだ。

               

              小池氏が選挙に出なかったのは賢明な選択であった。

              しかし第二党になることは確かであろうが与党に入る可能性も大きい。

              となれば日本の国会はほぼ全部与党で色塗りされる。

               

              そうなれば国の方向も一致して進めることが出来、早めにいろんな改正ができるかも知れない。

              良い事かも知れないし、一方同じ器の中で切磋琢磨することも出来るような体制も有り得る。

              中国の汚職の蔓延も現在粛清されてきてどんどん処罰されているようだ。

               

              数千人規模で免職などされていると言う、自浄作用であろう。

              大方が与党になれば内部で自浄作用が起きていい組織になるような気もする。

              今までは追及する野党が光っていて与党は茶を濁す雰囲気だったが、これからはお互いに仲間同士となれば誤魔化しは出来なくなる可能性もある。

               

              希望とはそうした国会の再編成になることも考えられる。

              態度(首相指名)はどうなるかは選挙後と言う小池氏は与党になる前提での話で有ったのか。

              22日以降が日本の将来を決める決定的な瞬間になるような予測を持つ。

              大胆な変化、即ち改革であろうか。

              | 残念 | 08:49 | - | - | - | - |
              悔恨の後始末
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                校庭では子供たちが元気いっぱいに騒ぎまわっている。

                授業の始まる前なのにそんなに暴れまわったら授業時間は疲れてしまうだろうが子供たちは平気なのだ。

                それだけエネルギーを持っているのだろう。

                 

                中には居眠りする子もいるかな。

                兎も角老人からすれば羨ましい限りだ、あんな時代が有ったんだろうかと思うのだが。

                もっと小さな保育園の子供たちはもうすぐ集まってくる、保育園も一階に有るのでこれも喧騒になる。

                 

                この子供たちは授業がないからずーっと自由に騒ぎ立てている、そのエネルギーは小学生以上だ。

                よくもそこまでしゃべりまわるかと思うくらいだ。

                こちらは殆ど聞き取れない会話が多い、思い思いの表現をしてお互いに会話になっていないのが普通だ。

                 

                しかしそろそろ運動会がありそうで、庭でダンス?の練習をしている。

                見ているとちゃんと手をつなぎ教えて貰ったステップをするのだから、これには驚く。

                そう言えば散歩している光景を良く見るがこれも手をつなぎ行儀よく歩いている、ごりっぱと褒めたい気分だ。

                 

                さて急な選挙の話になって北のミサイル話が吹っ飛んだ。

                大丈夫かと思うのだが現政権にしてみれば国民よりも自分たちの国会議員を保持したいがために、なりふり構わずの態だ。

                新しい政党が元気づく前に潰してしまう作戦で有ろう。

                 

                しかし国民が果たしてそう言うシナリオに乗っかるであろうか。

                現政権は国民を馬鹿にしれいる感がある。

                図に乗った行為で有ろうかとも言える。

                 

                その中で涙の会見をせざるを得ないエリート議員が何人も出て来そうだ。

                早速その話が隣の県のそれも近い街で起きた。

                暴言暴力をして議員を止めそして再び候補者になろうと会見を開いたが支援者は姿を消した。

                 

                実に本人にしてみれば閑散とした会見場に呆れたであろう。

                過去は支援者で会場が埋まったのであろうからその段差は大きく感じたろう。

                その時の気持ちは悔恨に塗りつぶされていたであろう。

                 

                エリートであるが故に他人が馬鹿に見えてしまう。

                驕りの世界が本人には解らない、当たり前のことだと思ってしまう。

                現政権も同様な行動を起こしているような気がする。

                 

                選挙後に自民党が悔恨しなければいいと思うくらいだ。

                一時(いっとき)の快楽?のために時期選挙で後援者が居なくなる人も出てきそうだ。

                こちらもエリート議員だった。

                 

                他にも言葉巧みに逃げ回っている議員だっていっぱいいる。

                首相本人だって森友、加計から逃れるための工作として選挙をぶち上げると言われている。

                何が本物で何が虚偽なのか分かったものじゃ無い。

                 

                悔恨を隠しながら選挙戦に入る議員はヒヤヒヤものだろう。

                悔恨を持たない経験のない政治家をこれから選びたい。

                純な無垢な人が政治に素人でもいいから出てきてほしい。

                 

                政治の場に入ってからでも十分に能力を発揮できると思う。

                政治家が長くなれば商売になってしまって烏合の衆の一員でいれば安泰でると言う輩も結構多いだろう。

                選挙の時だけ頑張ればその後はのんきな家業であろうから落選さえしなければいいのだ。

                 

                それにしても日本の政治家はのんき過ぎではないかと思う。

                国連で北朝鮮の問題を真剣に討議されていると言うのに日本国内では選挙にすべてをかけているのだ。

                解散反対の声明を出す政党が無いのだろうか、首相の専権とは言っても反対表明しても一向にかまわないのだ。

                 

                選挙中にドカーンとミサイルが日本に落ちないとも限らない。

                そんな危機的な時に国会を召集する必要が無いのか、関係者間で対応すればいいのか、国民には分からない。

                その辺も説明を望みたい、国家の安全安心に国会議員は必要ないのか。

                無いなら選挙したっていいじゃないかと。

                | 残念 | 09:05 | - | - | - | - |
                北に行って話し合って来て首相様
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                  今朝は朝から小雨天空は厚い雲に覆われている。
                  一日中降りそうな雰囲気である。
                  気温は低いけど湿度が100%近く有りそうだから不快そのものだ。

                  除湿(エアコン)をつけっぱなしだが外出時は除湿器を背中に背負えない。
                  どうすべきか?
                  こんな時にミサイルが飛んで来たら発見が遅れるかも。

                  実際にミサイルは相当高い所を飛んでいた様で目視出来無いかも。
                  それにしても北は200発もミサイルを持っていると言う。
                  何処でどの様に作ったのか?不思議である。

                  製造の能力が有るのだろか?
                  輸入するにしても大型ロケットであるから大変だ。
                  だから自分達で作っているのだろう。
                  となると技術面でも決して侮れない。

                  先般北海道でロケット実験をした民間企業が有ったが見事に失敗している。(ホリエモン)
                  それ程に宇宙への道のりは容易では無いはず。
                  いとも簡単に弾道ミサイルを作ったのであるから自信を持っている事は確かだ。

                  日本には無い即ち国産化して無いと思っているだろうから相当に優越感を持っているだろう。
                  軍事的な優劣を考えたら日本は足下にも及ばないであろう。

                  もし戦争が起きたら日本は全滅せざるを得ない。
                  救いは北の軍隊はひもじい生活をしていると言うから体力的にどうかと思う。
                  1発ミサイルを打ってと言う事じゃなく、100発も都心に撃ち込まれたらどうなるだろうか

                  中途半端な対応で済むわけが無い。
                  首相自ら危険を冒してまでも北まで行く事が急務だ。
                  人に頼って国連決議だとかトランプ大統領の行動に期待するとか言っている場合では無い。
                  国民を守るとは必死な態度が必要で有る。

                  話し合いで決着せねばならないのだからその場を自ら作るのが有能な政治家だ。
                  政治とは命を惜しんでは出来るものでは無い。
                  迎撃ミサイルと言っても近くに来なければ撃ち落せないものだと言う。
                  相手が高い所を飛んでいる時に今持っていると迎撃ミサイルでは到底どうにもならないのだ。

                  もっと良い性能を今後配備するそうだが北では滑稽に思っているであろう。
                  先日迎撃ミサイルを使って落としたら良いと書いたが、全然話にならなかったのだ。
                  500キロ上空を飛んでいたミサイルを300キロまでしか飛ばない迎撃ミサイルではオモチャである。

                  現実にこうしたものだからPAC3だかわからないがそんなオモチャでは子供騙しだったのかって呆れる。
                  本当に人命を守ると言い切れるならば自衛の内容を明らかにして、根拠を示して貰いたい。
                  迎撃ミサイルで全てが解決出来るわけでは無い。

                  相手はドンドン撃ち込んでくる。
                  撃ち込む車(ミサイル発射台)は50台も有るそうだからいっぺんに50個を発射出来る。
                  それに対して迎撃ミサイル発射台は何台用意されているのかもチャンと知らせて貰いたい。

                  多分にして軍備は貧弱そのものだろう。
                  ここで急激に軍事費を増やしても軍備を充足出来無い。
                  中古品を買ってくるなら出来るだろうが相手が次々に新しいミサイルを撃ってくるんだから間に合わない。

                  とすれば、軍備の増強等具の骨董、首相たるのもが命がけで北に行く事だ。
                  外交の安倍首相と言われているのならばここ一番やってみては如何かな。
                  変なヒトラーの話をしている閣僚などいる様だが正にヒトラーに会談を申し出る様なものだろう。
                  やって成功して事が穏便に解決すれば世界中に安らぎを与えられる。

                  結果、ノーベル平和賞を受ける人になるのだ。
                  やってたもんさい。
                  西郷どんは絶対にやるね。
                  | 残念 | 10:07 | - | - | - | - |
                  夏の思い出は曇天
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                    もうすぐ夏休みが終わり今年も後半の追い込みに入ります。
                    今朝も曇りの空から始まり徐々に雲が薄くなって来ました。
                    暑さも数日で涼しい秋に突入でしょう。
                    冷夏だったから作物が実ったかどうか多少の心配が有ります。

                    曇天雨が21日も続いたんですから影響が出ないと良いですが?
                    気候の変動が起きてしまったのか?
                    来年の夏を良く観察しておきたい。
                    しかし来年になると昨年はどんな夏だったかと思い出すのが難しいです。

                    そこんところを良く覚えて起きたいところです。
                    記憶など本当に当てにならない事を物語ってます。

                    昨年の秋はどうだったっけ。
                    それすら思い出せないのです。
                    体感しているのに過ぎた一年を思い出せない。
                    ましてや30年前の気候など想像も出来ません。

                    但し今年の曇天の夏は忘れないかも知れない。
                    夏の思い出を作った子供達はどんな絵日記を提出するのか?

                    先生方は結構楽しいだろうな。
                    絵日記か?小学校以来書いた事がないがそう絵日記をつけて置けば、昨年の夏を思い出せるかも。

                    老人になれば暑さが厳しいと運動不足になりがち、しかし雨の日々も同様である。
                    やっと運動散歩が出来る様になって日々公園を1時間歩いている。
                    びっしょり汗を流してシャワーでスッキリ、これが最近の日課で満足である。
                    そう言えば体重も多少減った気がする。
                    運動と適量の食糧がバランス良く取れれば体重だって普通になる筈である。

                    ダイエット食品で体重調整をとテレビコマーシャルが凄い。
                    本当に正常値にしたいなら適量のと言う言葉を実行する事だ。
                    通販商品を山の様に部屋いっぱいにしている輩が多いのではなかろうか?
                    勿体無い。
                    体重調整は自分の自制から。
                    | 残念 | 09:40 | - | - | - | - |
                    災害が起きてから手を入れる
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                      暑さと言うものは慣れる事が無いです。
                      毎日の様に30度以上の気温に平気な状態になれません。
                      やはり暑いのです、耐えねばならないのです。
                      それに比して、小学校の校庭では子供たちがワイワイ走り回っている姿を見ると元気の源は何処になるのか?
                      子供時代に戻って見たい気がします。

                      九州の被害はだんだん詳細が分かって来ました。
                      恐ろしい程広範囲に被害が有ったんです。
                      豪雨の濁流と言うものがどれ程エネルギー化したか?を知らされます。
                      人のエネルギーで豪雨のエネルギーを除去しようと懸命に作業していますが、何百分の一でしか有りません。

                      豪雨は延べ8時間程度だったとか?しかし復旧するには何ヶ月もかかります。
                      鉄道の橋は3年もかかると言います。
                      自然のエネルギーは人の計算外です。
                      どんなにCPを駆使しても自然の力を求めることは出来ません。

                      それはそれとして、やはりと言えるのがそこは危ないと言う事です。
                      過去にもその箇所で被害が出ていた、しかし手を入れれ無かった。
                      結果今回も決壊やら洪水やらを起こしてしまった。

                      丁度この豪雨で被害が出そうな時に書きましたが、地方の片田舎に手入れの予算が回らないのです。
                      地図で見て気づいたのですが、この地区に高速道路が走っています。
                      高速道路の建設にどれだけのお金をかけたでしょうか?
                      その一部分のお金を田舎に回してくれていれば、護岸工事をしておれば安全な河川になっていたはずです。

                      今度の様な被害は想定外と言うだけで済ましてはいけないと感じるのです。
                      地元の人は危ないところを知ってます。
                      県の職員とか市の関係者だけでなく、地域の人も加わって災害に関する検討が必要でしょう。

                      江戸時代は普請組が河川を隈なく調査して危険な所に手を入れてました。
                      現代はそうした仕事は様々な区割りがあり、縦の行政で一括管理になっていないのが問題でしょう。
                      一級河川(国)と三流河川(地方)ではお金の配分が違うと言う事です。
                      危険な所を知っていても手が出せない、こう言う所は全国的に見たら無限に近いのではと思うのです。

                      軍備費用は大切です、しかし戦争の起きる確率は0.001%でしょう。
                      起きないと言えます。
                      そこに戦闘機やら潜水艦やら兎も角高額のお金を投資してます。
                      人命に関わる重大な事として認識させています。

                      しかし自然災害で尊い人命が必ずといっていい程痛ましい事になっています。
                      土砂崩れの被害といって仕舞えばそれでおしまい、ですが土砂崩れの危険な所は前もって分かっています。
                      起きない為の対策、「転ばぬ先の杖」です。
                      用心する事への配慮です。
                      毎年災害でどれだけの方が犠牲になっているか?数字を数えるのでは無く、防げる事が出来る筈です。

                      戦争が起きたらと言う仮想はいいとしても、自然災害で人命が失われると言う現実を直視して政治を行わねばならないと思います。
                      都市では災害対策に万全を期しています。
                      ここでも災害時に必要なものは近場に用意されています。
                      立派な倉庫の中に緊急物資を詰め込まれています。
                      しかし、今度の田舎はどうでしょう。
                      緊急物資など近場に無かったのではと思うのです。
                      不自由さが数日だとしても、その間で精神的に参ってしまいます。
                      都市部よりも田舎を重視する方向が必要だと今度も思いました。
                      | 残念 | 08:33 | - | - | - | - |