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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
お気づかいなく、このフレーズ(語彙)を聞くことが無くなった。
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    台風が近づいている予報ですが、晴天です、暑いです。

    嵐の前の静けさでしょうか。

    明日は関東に接近するそうで、無事通過して欲しいものです。

     

    昨日はまたまた豪雨、凄かったですよ、ちょうど買い物に行っている時にもザーザー降りでした。

    道に降った雨水が川のように流れていました。

    それが小川に集まれば水位上昇、危険水域になります、最近神田川の氾濫が無くなってますが、昔は溢れたことが度々有りました。

     

    日本近海に発生する台風は珍しいですが、こんな珍しい現象はいりません。

    早々に過ぎ去ってもらいたい。

    台風も気づかいして欲しいもの、太平洋の真ん中で威張っていればいいのもを、陸地に接近するんですから困ったもんです。

     

    それにしても、「お気づかいなく」この言葉が全く聞こえてきません。

    日本語の中でもいい言葉ですがね。

    使いすぎの傾向も有ったかも知れませんが、何かにつけて言ったもんです。

     

    ちょっとしたお土産を持参、その時には「まあまあ、お気づかいなく」と、お返しの言葉、決まり文句です。

    こうした気持ちを表す、いいことだと思うのですが、そう言った風習が無くなるのが寂しいです。

    気持ち、誰にでも有るもの、しかしその表現が上手く出来ないのは残念です。

     

    気づかいは誰もが使いたいものですが、気づかった後の相手の態度によって、決まります。

    もし、何らかの反応があればいいのですが、最近は「ありがとう」さえ使われません。

    何かしてもらう、その行為が当たり前としか感じない、感謝すると言う感想を持ち合わせないのです。

     

    自分でしていることの大部分は他人の助けなく成し遂げられません。

    しかし現代は一人で何でもやっていると勘違いしています。

    一人生活で、食事を外食している、お金を払えば何でも食べられる、そこに相手への感謝など生まれないのです。

     

    逆に提供側もお客さんに対する気づかいもしなくなって、その態度があらわに出ます。

    通り一遍の「いらっしゃいませ」「またどうぞ」程度です。

    お互いに気づかいが有れば、何らかの言葉が交わされるのですが、無いんです。

     

    最近の政治を見ていても、権力者はどこまでも権力を振るい、弱者に気づかいすることは有りません。

    強い立場の人が弱者を見てあげる、この気持ちが気づかいだと思います。

    我々は社会に入った時に、先輩から、お客さんから、友人から、いっぱい教えを受けたものです。

     

    そうして一人前の会社員になれました、みんなが気づかってくれていたんです。

    先輩を大事にしたい気分も生まれました。

    気づかいが普通に出来る社会、穏やかな気分になれます。

     

    みんなが家族的な雰囲気になれます。

    リレーで銀メダル、この快挙は「気づかい」そのものです。

    お互いを信頼し、お互いにいい状態を作り上げる、最高へ導く、一人では絶対に出来ないこと。

     

    ちょっとでいいですから、「気づかい」に気付いたらいいのにと、最近感じます。

    「お気づかいなく」、この言葉が普通に聞かれる日が来ましょうか。

     

    | 素晴らしいこと | 09:27 | comments(0) | - | - | - |
    後世に残せるものを作る、やはり凄い人なんです。
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      曇天(どんてん)の朝は静かなせいか、起床が一時間も遅くなってしまいました。
      そのために、時間が押せ押せになって、何かと忙(せわ)しないこと甚だしいです。
      やっと机に座ることが出来ました。

      日曜日も今では休日などと意識しませんが(毎日が休日)、それでも何か習慣的になっているのでしょうか、ほっとする朝なんです。
      気分もゆったり感にもなります。
      良く寝るんです、10時に寝てから起床の7時まで、指折り数えると9時間にもなります。
      やはり7時間ぐらいがいいようですが、この二時間の調整はどうするかです。

      現代までいろんなものがこの世に残されて来て、現在が有る訳です。
      それを残すことが出来る人はどうしたって凄いと思います。
      名前を残すことだって、家康や秀吉、信長などなど戦国期の武将たちも凄いです。
      家康没後400年になるそうですが、この間家康を忘れた人はいないでしょう。

      言葉もたくさん残されています、名言、名句、ことわざ(諺)などなどいっぱい有ります。
      孔子曰(いわ)く、などは紀元前の話です。
      凄いですよね。
      ナポレオンと言う英雄もその時代は相当な切れ者だったんでしょうね、「わが辞書には不可能の言葉が無い」と言い残しているのにはただ驚嘆するのみです。

      建築だって大阪城などは再建されているとは言え、秀吉が作り、加藤清正は熊本城をつくり、りっぱに残っています。
      江戸城が無いのが寂しい限りですが、家康も悲しんでいるんではと思うのです。
      ともかく、現代が有るのはこうして残すことを偉業とした人々の結果であろうかと言う気がします。
      しかし、現代ほど多くのものを出す(作る)時代は無かったかと思います。

      ですが、無秩序になされているような印象が有ります。
      この近所でも大型マンションが工場跡地に作られましたが、この街の景観とか環境とか雰囲気とか全く無視した建物になっています。
      無造作な思想になんの興味も出ません。

      バランスを考えて、そのような考えは日本人には無いのが不思議でならないのです。
      住宅環境の悪さはここ東京のどこにでも見られます。
      住宅は新築で美しく出来ていますが、その周辺の環境を考えることが出来ないのが残念でなりません。
      このような状態で残されれば、残してくれたことに未来人は嘆き悲しむような気がします。

      日当たりの悪い一戸建てなど、この近辺にはいっぱい有ります。
      庭も無いほどにぎりぎりに建てています。
      しかし親たちが居なくなり、子供たちはマンションに住むようになれば、こうした家は空き家になってしまうでしょう。
      そうしたものを残すことは決して良い事ではないのではないかと思います。

      後世に残す、それはやはり意義の深い、立派さが必要です。
      そうしたものが残るのでしょう、家康の名前が消えないのも封建社会とはいえ、長い長い安定した社会(幕府)を作ったからでしょう。
      「いいものを作り残す」、このことが今後の課題になって貰いたい気がします。

      「いいものつくり」の意識が芽生えないかと、そう変化していくことを願うばかりです。
      経済優先、しかし無茶苦茶な方向だけはやめて欲しいのです。
       
      | 素晴らしいこと | 11:37 | comments(0) | - | - | - |