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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
季節の変化 多忙です
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    今朝も涼しくて気持ちのいい目覚めでした、と言いたい所ですが、もう少し寝ていたい気分でした。
    快適温度と言うものでしょう。
    夜中もグッスリ寝ている感じで、トイレタイムは一回です!
    何も毎日同時間に起きなくても、適当でも何ら支障は無いのですが目覚ましで起こされます。
    この習慣は長いこと続いてますが、目覚めの悪さも変わってません。
    ともかくもう少し寝てたいの気分を払拭できないのです。

    ともあれ、秋になって気候が変わりました。
    そうなると、いろんな事を変えねばなりません。
    先ず、手が荒れて来ました。
    食後に食器を洗いますが当然洗剤を使いますので、皮膚の脂まで落としてしまいます。
    ですから、ハンドクリームが必要になって来ました!

    まだ洗い物は水だけですが、もう少し水道水が冷たくなれば温水も出さねばなりません。
    ここは焼却炉の廃熱利用で温水が供給されていますが結構高いんです。
    ですがいつでもお湯を使えます。
    洋服もガラッと変わって来ました。
    入れ替えをしないと長袖が欲しいです。
    短パンももう少しだけでしょうかね、一応秋冬用のズボンはGUで買って来てます。
    その他にも季節の変化で多忙になっています。

    冬支度、そうなんです、これをしっかりとすれば、安心です。
    季節がいいですから何でも順調に運んでいます!
    | 意識的に | 09:24 | - | - | - | - |
    ラッキーセブンの7月も過ぎて後半に成果を見出したい。
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      今日は38度とか、予想するだけで愕然としてしまいます。

      昨日も暑かったです、友人(先輩)と暑気払いを新橋でやりましたが、昼時間でしたからもう暑いのなんのって辛かったです。

      それも日射しの強いところを15分も歩いてしまったので、びっしょり汗を出して気分爽快?でした。

       

      その後のビールがいつもと違ってとてもいい味わいを感じました、なんだったんでしょうかね。

      夏はカレーライスが似合います、カツカレーを食べながらのビールは中々の満足を覚えました。

      もうお酒もたくさん飲むことも無くなり、ジョッキー2杯で終わります、ただそこのジョッキーは普通の居酒屋の2割がた大きなものですから、十分でした。

       

      7月、7が付くのでラッキーな月と思うのですが、結果は何も得るものが無く出費が多く出ただけです。

      暑かったし、思うような行動も出来ずに何処となく可哀そうな月でした。

      でも豪雨災害などを受けた人々はどんなに苦労しているかを考えると、平穏で十分な満足です。

       

      何事もなく、これが一番かも知れません。

      今日から8月、何故か気が引き締まる思いを感じるのですが、今日だけでしょうかね。

      また明日から惰性で過ごすことになるのかどうか、しかし年末には何かやったーと言う結果が欲しいものです。

       

      後半に力を発揮して、努力して、いい結果を作りたい気分です。

      今、松任谷由実の音楽を聴いていますがいいですね、優しい歌声にウットリします。

      優しい、この一言だけでも忘れない様にしたい、由実も卒業写真かな、その歌の歌詞に「優しい」を使っています。

      | 意識的に | 09:42 | - | - | - | - |
      ちょっと立ち寄ってみる、その余裕が
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        台風の影響を受けているのでしょうか?強風が建物にぶつかって不気味な音を発しています。
        隙間から入ってくるかぜの音も騒音となってやかましいです。
        しかし部屋を密閉にすると嫌なんで少し開けてます!

        最近思うのは忙しい人が多いように見受けます。
        歩く姿もよそ見などしない、ともかく目的地にまっしぐら、って感じです。
        スマホを見ながらも多いですが、それとてよそ見などせずに歩行しています。
        一体なぜ周りに目を向け無いのか多少気がかりです!

        空を見上げるとか、緑濃い銀杏並木を眺めたり写真を一枚とか、蝶々が飛んでいる立ち止まって見てしまう!
        そんな仕草を見ません。
        何故でしょうか?多忙のあまりよそ見する余裕がないのでしょうか?

        いやいや違います。
        気持ちがおおらかに育ってないんです。
        世知辛く生きる事だけを念頭に子供の頃から指導されて来たのです。
        よそ見をしてはいけません的な事です。
        ですから、傍目からは余裕など感じられません。
        以前にも書きましたが、日本の老人はベンチでノンビリと過ごす風景は見当たりません、外国では何処でも見られる光景です。
        目的地に行く、の行動は常のことです。
        その時に時間の余裕を作ることが肝心です。
        早く出ることで余裕が生まれます、生まれた時間をよそ見に使います。
        途中での立ち寄りもいいです。

        ちょっと別な角度から見るとそこに新鮮味が感じられます。
        常に新鮮味を求めているのが人です。
        新鮮味を得るためにはけもの道になってしまっては落第です。
        寄り道する、子供の頃は親に叱られたものです、真っ直ぐ帰りなさいとね。
        これが現代では寄り道を進める時代かも知れません。
        もっともっと余裕を持ちたいものです。
        | 意識的に | 08:45 | - | - | - | - |
        世話をする、根底は愛から出ていると思う。
        0

          大型連休中ですが学校は登校日です、子供たちにとって学校の方が活発に遊んでいる様に見受けられます。

          校庭で走り回っている姿は実に楽しそうです、鬼ごっこなにか兎も角鬼を追っかけているのです。

          この時期は気候がいいですから気分も乗っているのでしょう。

           

          大声も聞こえて来ます。

          まあよくもあんなに大声が出るものだと感心してます。

          お世話様でした!と言うお礼の言葉が有ります。

           

          世話をする、この事ですが中々出来るものでは有りません。

          老人になれば誰かに世話になりますが、現代は介護と言う制度で保護されています。

          その世話をする、これには根本的に愛の存在が必要だと思うのです。

           

          逆に言えば、愛がなければ世話をすることが出来ないかも知れません。

          愛の本来の意味合いは世話をすることが出来ることかとも思っています。

          誰にでも心から愛を出せるものでは無いと、そう感じます。

           

          一生懸命にその人のために行動することはこころの奥に愛情が存在している様に思えてきました。

          その反応は相手に通じます、意識的に言動や態度を示さなくても通じます。

          そんな経験を最近感じてます。

           

          この世が愛で満たされればこれ程幸せな事はないでしょう。

          現代は愛が少なすぎる様に感じていますから、少しでも愛の有る世話をしてあげたい気分です。

          大げさな事じゃなくても小さな事でも愛は良いもんです。

           

          | 意識的に | 08:42 | - | - | - | - |
          飾りの有る空間を模索
          0

            大雨が降っています、春雨にしては強すぎじゃないかと思うくらいです。

            春の雨は冷たさが無くなって穏やかな感じがします、秋は氷雨で冷たいですからね、刺すような感じです。

            季節によって雨の味わいも変わる、自然を感じるときです。

             

            そう言えば、日本的な感覚は質素・素朴がいいのでしょうか。

            この地域は住宅専用地で、戸建ては無く全てが6階以上の建物が並んでいます。

            広大な敷地に100棟以上も有るでしょうか、整然と計画的に環境が整っています。

             

            住宅地の中は電柱はありませんから見た目も美しいです。

            樹々もけやき、イチョウ、くすのき等々たくさんの樹木が並木を作っています。

            至る所に公園が有り、広大な公園も控えています。

             

            花もボランティアの方々が丹念に育ててくれて何時も花壇に花々が咲いています。

            そうした良い環境を作った地域ですが、少し足りないかなと思うことが有ります。

            それは日本的で足りないのではなく、質素と言う事かも知れません。

             

            何が、それは外国の住宅風景にあるベランダの手すりに花を飾る事です。

            日本は手すりに布団を干す事が多く、見た目は汚いですが平気に行っています。

            ベランダは洗濯もので占有されてしまって、プランターの置き場も有りません。

             

            日本人もそろそろ「美」について興味を持った方がいいのではと思うようになりました。

            先ずは手すりに小さな鉢を据えて・掛けて見たい気分です。

            赤い花が好きですから育ててみたい気になりました。

             

            地域全体がそうしたベランダにしたら、花の都じゃないですが、花の住宅地になってくれると思います。

            その内に競争心が生まれて、いい花を飾る様になるでしょう。

            ぜひ質素から飾り窓に変えることになれば良いです。

            | 意識的に | 08:47 | - | - | - | - |
            休息、一服もいいことです、張り詰めの連続は衰退へと。
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              若干の曇り空ですが着実に春に向かってます。

              気温も上がってきましたので寒さの感じ方が変わって来ました。

              インナーも薄手に変えてもいいかなと気分は春です。

               

              お陰様でインフルエンザも感染しませんでしたし、もう風邪の時期は通り越したと思えます。

              花粉症も何だか分かりませんが症状が出ないです、助かってます。

              このまま花粉症が無くなればいいのですがね、その内ドッと押し寄せて来るでしょう。

               

              緊張と張り詰めの日々を送っていると休息を忘れています。

              身体が要求に答えようと一生懸命なっているんです。

              順調の時も、しくじった時も同様な状態になります。

               

              そんな時にちょっと気づいて身体に休息を与えてやることが大事かと思っています。

              たばこを吸う、これはいっぷくしようかと言う気持ちが安らぐ時です。

              昔はキセルで吸ってましたから、いっぷくはとても良い表現だったと思います。

               

              現代は一本を付ければ数分間も吸い続けねばなりません。

              身体にも吸い過ぎになりますし、煙が周囲に悪影響しています。

              昔のキセルにすれば禁煙条例など必要ないかも知れません。

               

              ともかく、いっぷくは必要であり、かつ次のステップへの活力になります。

              今日はそんな意味でブログもいっぷく状態です。

              さっそく出かけて気分転換して英気を養いたいと思っています。

               

              春に向かって身体づくりをせねば、散歩と階段上りは欠かせません。

              | 意識的に | 09:02 | - | - | - | - |
              準備(対応)は何処まで、いざ災害時に
              0

                朝方雨が落ちていたが上がってくれて助かる。

                それにしても小学生の元気さに驚きを覚える。

                自分たちの頃はこれほどの元気は無かったんじゃないかと思う。

                 

                小学校に入った時代は戦後10年になったかどうかだから貧しい生活で食い物だって何が有ったか。

                よく覚えていないが学校に行って校庭を走り回る元気など無かった気がする。

                今では食べ物も豊富だし栄養満点エネルギッシュな子供たちであるからして、元気に遊ぶことしかり。

                 

                心配なのは頭の方だ勉学にもエネルギッシュになっているかどうかだ。

                現代は世界のレベルでどの程度か知らないが我々の時代から比べたら相当に落ちている様に思う。

                学校参観でも有ったら行って見たいが父兄だけなのかどうか。

                 

                今日はこれから9時から停電になる。

                午前も午後もあるから長時間である。

                停電することで復帰時の対応をしておかねばならない。

                 

                或いは停電中にどんなアクシデントが起きるかも想定しなければならない。

                特別な医療器具など使ていないからその点は心配ない。

                電子機器類はと言うとそれほどのモノも無いパソコンなどは問題ないし、光テレビが回復時に操作が必要かもしれない。

                 

                ルーターの電源が切れるからその後スムースに働くかどうかだ。

                冷蔵庫が心配だ、この時期だから即モノが腐ることは無いだろうが、冷凍ものがどうなるかだ。

                冷凍庫は殆ど使っていないのが現実で作った氷がどうなるか程度である。

                 

                しかし冷凍食品を買っている家庭では十分な注意が必要だろう。

                保冷剤を使うことで幾分かは対応できるだろう。

                一方炊飯器の保温設定がどうなるかだ、通電再開時に保温の設定が保持されるかどうか。

                 

                そんなところかな。

                電源(ブレーカー)は出来るだけ落とすようにと言う。

                なるほどそれも一理だがちょっと気がかりな面も無いではない。

                 

                これが災害に見舞われるとなれば大変な状況になるのだろう。

                電機は無し、ガスも無し、水道も無し、電話も使えない等々無いもだらけだ。

                そろそろ切れる。途中だが投稿する

                 

                | 意識的に | 09:00 | - | - | - | - |
                街づくりが出来ない都市
                0

                  雲に覆われた空は間もなく晴天域になる予報残暑が厳しい。

                  セミも最後の踏ん張り時期に来た。

                  残って鳴いているのは子孫繁栄に貢献しているのか、セミはオスしか鳴かないそうだからメスを最後まで求めているのだろう。

                   

                  何とも男らしいし微笑ましい、人間の不倫と同質にされては困ると言っている。

                  それにしても人はどうして不倫に走るのだろうか、それ程不満の日々なのだろうか。

                  不倫が満足を与えてくれるだろうか。疑わしいことだ。

                   

                  記事に都内の分譲マンション5万棟余りあるがその内1万棟余りが老朽化して来ている。

                  建て替えが必要としている。

                  分譲だから住民の資産だ、壊すも建て替えるのも住民が行うことになる。

                   

                  勿論住民がお金をださねばならない、しかし建て替えにはいろんな条件があり簡単ではない。

                  現状の住居数で建て替えられれば良い方で部屋数が減ることになる。

                  住民が全員入れないのだ、あぶれた家族は住めない。

                   

                  しかし老朽化した分譲マンションを見るとなんとも街の中に無理矢理スペースを作って建てている感がある。

                  周りの景観も日照も度外視し街にそぐわない建物が多い。

                  もちろん街にとっては邪魔物的な印象さえある。

                   

                  以前から街つくりについて気がかりだった。

                  美しい街を作れないのかと言う思いがずーっとある。

                  今住んでいるこの地域は理想的な住宅街になっている。

                   

                  まず人の歩く道が独立している、一般の車が来ないので危険な場面が無い。

                  買い物でも通学でも車事故の心配がない。

                  老人向けだけではないだろうが階段にエスカレーターやエレベーターが付帯しているところが多い。

                   

                  住宅はすべてRC構造の建物で耐震基準を全てクリアーしている。

                  建物も密集していなく全て空間がある、日照も景観も十分に考慮されている。

                  そして最も気に入っているのが近所とはいっても同敷地と言ってもいいだろうが広大な公園(約70ヘクタール)が隣接している。

                   

                  毎日公園を散歩するのはこうした条件があるからだ。

                  これほどゆったりとした街は贅沢過ぎるがその十分の一でも今の街に作れたらと思う。

                  渋谷は駅前の街はどんどん変化しているが建物だけの人の街になっている。

                   

                  自然を極端に排除してしまっている。

                  銀座も変わったがすべてコンクリート化している。

                  今度池袋が変わる駅近くにある公園を音楽できる公園になるようだ(野外音楽)。

                   

                  街は変わるが人の街として変わる訳じゃない。

                  人工的な街になるだけだ。

                  秀吉が長浜に城を作り街を商店街を作ったと言う、信長は安土城と街を。

                   

                  家康は江戸を、それぞれ街は人のために作った。

                  しかし現代は経済的な面だけで作られている。

                  分譲マンションなどは売れればいいと言う発想で人の街を壊している。

                   

                  誰も規制が出来ない自由な街破壊が可能なのだ。

                  もういっぺん江戸時代の初めに戻って、ここは鍛冶屋町、ここは呉服町、ここは市場街等々作り変えたらいいだろうがね。

                  もう出来ない街になってしまった。

                   

                  人はそうした窮屈な汚い町並みで生活し生きなければならないのだ。

                  極端な言い方をすれば難民のスラム街と変わらない気もする。

                  一見綺麗な街並みに見えるが実は危険いっぱいの歩道に電柱、人は車を避けながら自転車をよけながらの通学買い物が現実だ。

                   

                  よくも事故が少なくて済んでいると思うくらいだ。

                  どうしようもない街になってしまった、どうすることもできない出口が無い迷路に入ってしまっている人の街。

                  ゴーストタウンとは人が居なくなった街ではなく、人がいっぱいいても住みにくい街のことを言うのかも知れない。

                  | 意識的に | 09:55 | - | - | - | - |
                  適度な範疇
                  0
                    この曇り空でも紫外線が強いのか肌は日焼けが進んで有る様だ。
                    それにしても雲の多い日々が続く。
                    台風の影響も出て来ているのかも。

                    適度にと言うとそれぞれの判断で決めてしまっている。
                    どこまでが適度に当てはまるのか?基準は無い。
                    小学校の校庭で子供達のサッカークラブの練習を見ていると酷過ぎる気がしてくる。

                    何もそこまで真剣にやらなくても良いじゃ無いかと。
                    しかし練習をしている子供達は上手くなりたいが為に練習が一番であると思って励む。
                    だが、スポーツには天性と言う物が必要だと思う。

                    誰もが練習すれば素晴らしいアスリートになれるとは思えない。
                    頭脳だってそうだ。
                    絵の天才はやはり才能が左右される。
                    どんなに絵の勉強をしたって天才の域に達せない。
                    音楽だって、彫刻だってあらゆる場面で天性が支配している。

                    だから適度にと言う言葉が生まれたのだろう。
                    諦めろと言うのでは無く適度に程度で抑えるのも良い事だと思うのだ。

                    過度の追求は逆に減退になる気がする。
                    しかし人はその事に中々気付かない。
                    やれば必ずやっただけの結果があるはずだと猛進してしまう。
                    人とはそうした信じる所を持って生きているのであろう。

                    外野からは頑張れと励ます。
                    これも客観的では無い、天性を見抜ければ適度にと言う表現になるだろう。
                    兎も角人はいい加減な動物かも、適度にの範疇を見定める事が出来ないのだ。
                    一寸先は闇の諺が人の行動を暗示している。
                    | 意識的に | 10:36 | - | - | - | - |
                    疑惑製造機関
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                      今日も曇り空に気持ちが上向かない。
                      上を向いて歩こう、しかし曇天では面白みがない。
                      雲も青空にぽっかり浮かんでいる状態は可愛いが空いっぱいを支配されては面白くない。

                      湿度も高く今年の夏は異常ではなかろうか?この先も曇りマークが続いている。
                      そんな曇り空に疑惑と言う灰色がぴったりで有る。
                      疑惑製造をしている政権与党は一体どうしてなのか?

                      一向に晴れ間が出てこない混沌として来た疑惑の渦、天候と似て来てしまった。
                      国民も諦めてどうにでもなれと思う様になり始めた。
                      1つでも疑惑が解明されたら、どれ程スッキリする事か。

                      多くのお偉い官僚の方々が記憶にない、聞いていない、そんな話は無い等全て逃げ腰で対応する。
                      誰一人として疑惑を晴らす行動を取らない。

                      とすれば疑惑じゃ無いかもと思ってしまう。
                      しかしメディアは疑惑だと報道する。
                      では、疑惑製造機関はメディアなのか?
                      そうでもなさそうだ。
                      先般の自衛隊における情報リークは内部からのもので、クーデターとも言われている。
                      本当にそうだとしたら、いよいよの時に自衛隊が独自の行動に出て来る事だって有るわけだ。

                      昔の日本軍の様に大本営を作ってしまう事だって有る。
                      疑惑を隠そうとする、隠蔽体質が今の政権に見えて来た。

                      官房長官自身が政権を維持するために工作する事が多いと思いたくなる。
                      多分細かな情報網を持っていて、細部に渡って指示していると思われる。
                      江戸時代初期の諸大名を制圧する為に敷かれた政策と似ているように感じる。

                      何れにしても疑惑を作る事が誰であれ正直になれば解消する筈。
                      嘘で誤魔化そうとすればする程、窮地に陥ってしまう。
                      結果稲田氏の様な辞任劇に至る。
                      数日後に閣僚が決まる、そしてその中から疑惑が登場する。
                      この繰り返しが現政権で有る。
                      自民党体質とは疑惑の温床で有るのだ。

                      小池知事に疑惑が生じることは無い。
                      何故か?自民党と対決する側にいる人だからだ。
                      自民党推薦で当選していたら、疑惑製造をどんどんやっていたと思う。
                      過去の石原氏、次の猪瀬氏舛添氏を見れば納得で有る。

                      疑惑製造機関は自民党なのだ。
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