RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

02
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
--
>>
<<
--

自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
代官の時代と今の都役人は変わらない?
0

    どんどん気温が下がっています。

    今朝の外気温度は(6:30)14度でした。

    晴天だったので、放射冷却現象でしょうか、もう冬の現象が出ているのかも知れません。

     

    年齢と伴に体力が減退します、高齢者の方々はこの急激な変動に困惑しているでしょう。

    寒さ対策をしっかりしたいものです。

    暖を取る、昔は火鉢が有って、これが結構いいもんでした。

     

    ちょっと寒いときに火鉢で手を暖めるホッとする一時です。

    寒さが強まると、火鉢では背中が暖まりませんから炭をいっぱい入れて部屋を暖めます。

    しかし昔の部屋(建屋)は隙間が多かったから、冷たい空気が侵入して来てこれまた大変でしたよ。

     

    今よりもずーっと寒さが厳しかったと思いますのでよく耐えてと感心しているものです。

    今日はパソコンの動きが鈍くて、倍の時間がかかっています。

    しかしなんですね、都の市場長の話、市場の話が出てから5人ですか、次々にその職に就いたようです。

     

    上手い汁を吸うことが出来る長(役職)なんでしょうか。

    そして何ら責任も持たないで、内容も掌握しないで、次の人へバトンタッチ、これじゃ市場配属職員は勝手なことが出来るはずです。

    空洞化なども何のその、市場長に相談したって回答が得られるものじゃ無い。

     

    まるで江戸時代の代官と同じです。

    代官は幕府の直轄地、天領に派遣された人たちです。(約50名)

    その代官はほぼ2年程度で次々に天領を渡り歩いていたそうです。

     

    赴任するとき、次の赴任先を申し出ていたといいます。

    これと同じように見えるのが市場長の職です。

    代官は悪代官として見られますが、少ない期間に私腹を肥やす、これは慣例だったかも知れません。

     

    現代も同じだとすれば、由々しきことです。

    農民一揆じゃないですが、都民一揆をせざるを得ませんか。

    黙っている現代人、代官はやりたい放題、都民の窮乏は益々増幅します。

     

    しかし今も、代官時代と変わらないことをやっているとは情けない限りです。

    世の中進歩した、人間も有能になった、と思っているのが幻想だった、と言えるかも知れません。

    人間の根本的な思考に進歩も改善も無かったと、日本式伝統なんでしょう。

     

    確かに伝統は守る必要が有ります、それは良いものだけでいいのです。

    しかし多くは悪いのもが残ること多しです。

    悪い事、これが優勢であって、劣勢にならない必然性がありそうです。

     

    お代官の代名詞が悪であれば、今の都役職者も悪の継承者と言われてもしかたがない、そんな振る舞いです。

    ですが、やはり変化が生まれ、寛政の改革で代官は次の場所を指定できなくなり、長くその場で仕事をしなければならなくなった。

    又、代官の75%を入れ替たため、古い悪代官が居なくなった。

     

    結果はいいお代官様が多くなり、領民は代官様を神様に仕立てたところも生まれたと言います。

    小池知事はその改革をするのか、小池改革が生まれるのか、頓挫するのか、数年いや10年先まで見たいものです。

    現代の腐れ切った都政を本来の正常なものへ替える、小池知事はいい場所を与えてもらいました。

     

    歴史の本を紐解くのもいいことです。

     

     

    | 悲しみ | 09:55 | comments(0) | - | - | - |
    東京空襲、その災難を逃れていました。
    0
      久しぶりに晴天が戻って来ました。
      空の色がこんなに素晴らしいのに、邪魔な雲のお蔭で見ることが出来ませんでした。
      風が多少吹いていますが気温は14度まで上がるようですから春本番になりそうです。

      70年前の今日東京が空襲に有った日です。
      まだ1歳になっていなかった時期で、何も覚えていませんが、焼夷弾(しょういだん)とかが降ってきことを母から聞きました。
      防空壕が庭に掘られていたそうで、そこに隠れたそうです。
      住まいは下町では無かったので、難を逃れたようです。

      しかし東京だけでなく、いろんなところで無差別の爆撃を受けたのです。
      爆弾を落とす側は命中したと喜んでいたんでしょうが、その下にいた人々は悲惨な状況になったわけです。
      一回の空襲で10万人もの人の命が奪われる、想像を絶する行為です。
      10万人の遺体を並べたら、どれほどの広さが必要でしょうか、とても正常な考えだとは言えません。

      戦争だから、命の尊さが無視される、これが人の行為なんです。
      これから戦争が起きない、そう思いたいですが、もし戦争が起きてしまったら、同じようなことが繰り返されるでしょう。
      人の社会はなぜ憎みあうのでしょうか、大塚家具の親子対決を見ていると、戦争と同じような隣人を憎む、愛することを忘れています。
      愛すると言うことは本当に尊いもので、愛されていると思えばどんなに幸せに思えるか、誰でも経験しているはずです。

      母からの愛情を誰でも感じて育ったのですから、愛と言う心は常に持っています。
      しかし愛を忘れる、これが人の尊さを失くし、無謀な行為を平気で行ってしまう、恐ろしい精神です。
      集団と言う組織にも問題が有ります。
      集団は方向を強く出すことで一体化します、しかし方向を別の面から見ようとはしません。

      この集団こそが悪の根源かも知れません。
      集団になれば怖いもの知らず、一人では戦えない、しかし集団になれば考えが変わります。
      集団的自衛権の行使などと憲法改正をする意味合いは、集団に入れば戦争は正当化されるからでしょう。
      戦争はこうした目に見えないところから徐々に入り込んで行くものです。

      平民が犠牲になる、これが戦争の中で起きる現象です。
      10万人もの人の命、一瞬の爆撃で、平和な暮らしがいっぺんに消滅する、こんなことが二度と起きてはいけないのです。
      命の尊さの心、それは愛情から生まれるものです、人を愛しましょう。
      周りの人をみんな愛人にしたっていいじゃありませんか。
      | 悲しみ | 09:48 | comments(0) | - | - | - |
      命が尽きた日、兄の命日になりました。
      0
        晴天の休日、行楽地は多くの人が出ることでしょう。
        今日は何の日、建国記念日です。
        日本国がこの日に成立したのかどうかは分かりませんが、米国の独立記念日みたいなはっきりとしたものが無いのも、なんとなくぼんやりとしていて、いいかも知れません。

        何を祝うのか、具体的なものが無いので漠然とした感じを持ちます。
        どうしたもんでしょうかね、何となく形が欲しい気がしますが、まそんなに気にすることも無いでしょうかね。

        がんの闘病が13年続けた兄が今朝永眠しました。
        一昨日の見舞いが最後になりました。
        辛そうに顔をしかめていましたから、やっと病魔から解放されて、安寧の世界へと旅立ったのかと、そんな気持ちです。

        命が終わる、尽きる、必ず生き物はそこに到達します。
        自分もそうなることを知りながら、しかし自分の我欲に毎日を過ごしているのですから、何か無益なことかと思ってしまいます。
        悲しみ、それは一時的で、再び自分の生活に戻ると、もう命が有ることさえどこかに捨て去っている感じがします。

        生きている、この尊厳は自分では分からないのでしょうかね。
        生きると言うものは辛いことなんですね。
        動物だって、鳥などは始終(しじゅう)餌を求めて必死になって生きています。
        人だって、「何を」と言うものが無くても、ともかく必死に生きています。

        終点があるにも関わらずです。
        命が有ればこそ、困苦に耐え忍ぶことが出来ます。
        しかし言えることは我欲を多く持てば、それだけ困苦が多くなるような気がしています。
        静かに、無欲に、とはいきませんが、出来るだけ平静さを維持したいものです。

        兄の冥福を祈ります。
        | 悲しみ | 11:00 | comments(0) | - | - | - |