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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
何処まで競争、市場無視?
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    5月の1ヶ月は長かったと言う感想です。
    何故かそう思うのです。
    カレンダーのメモ書きを見ても結構多い事が物語ってます。

    競争の激化は益々増え、止まる所が有りません。
    どんな業界でも、世界各国でも、競争が熾烈です。
    競争の中に融和など存在しません。
    相手を蹴落とすだけが競争原理です。
    市場マーケットの器は限定的で無限に有りませんから、井の中の蛙に似ています。

    一番に位置していれば安泰、とも言えません。
    何時下層部が下克上になって現れるか?安閑として要られません。
    ですから競争原理は原理主義的な思想です。

    そこから離れられないのです。
    その事から何が生まれるでしょうか?
    市場の軽視と言うか消費者への配慮不足に繋がる様な気がします。
    買い物客が有って初めて店の運営が出来ます。
    しかし隣の店よりも売り上げを伸ばすだけに終始すると消費者が求めている物を提供出来るかどうかです。
    最近コンビニでの買い物は殆どありませんがどんどん規模拡大で合併しています。
    その結果、今までの商品群が吸収した会社に横並びにさせられます。
    即ち、商品群が減少する訳です。

    消費者は選択の範囲が狭められます。
    消費者の財布の紐が硬いと言うことは一つには選択する商品がない事も挙げられます。
    昨日も友人(年令3歳ほど上)との会話でも、我々の時代は欲しいものだらけでした。

    良いものを買い、それを大事に一生モノとして扱った物でした。
    しかし現代は安物を買って、飽きたらポイ捨て、又安物を買うの連鎖です。
    消費者は必ずしも安物をだけを狙っているのでは無いと思います。
    欲しいものが、気にあった物が実は無いにではと思うのです。

    個人預金が一千万以上と言う時代になっている現代、欲しいものが必ずあるはずです。
    しかし、個性的な店はなく皆同様な品揃えしかなく、その中で競走が激しくなっているのです。
    もっともっと個性的な商品を揃えて欲しいものです。
    それには小さな会社が作った商品を採用する事です。

    個性的な商品がいっぱい有りますが世に出てこないのです。
    大手企業が大手商社による流通では、個性など出るわけが有りません。
    小さな企業は物作りに懸命です。命がけです。
    そうした商品を扱う店が増えたら面白いのにと感じてます。
    | 激しさ | 09:05 | - | - | - | - |
    栄枯盛衰は現実にいっぱい、実に良く出来た現実です。
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      実に寒いです。
      今日から明日にかけて真冬の気候になってしまいました。
      明日は寝て曜日にしたい気分です。

      繁栄の裏には何か隠された糸引きが有るような気がします。
      いろんな会社が個人が反映する過程では称賛されてどんどん上昇気流に乗ります。
      しかしどうもそこには天井が有るのでしょうか、行きつくとそれ以上は無く、いずれは下降線をたどります。

      右肩上がりもいつの日か修正されて、右肩が平衡になって来ます。
      そして、今度は下がってしまって、ついに衰微に至ります。
      栄枯盛衰の言葉は古くからあるもので、源平が代表的でしょうか。

      平家が落ちぶれて、源氏が勢いを増した、しかし又源氏も落ちぶれた訳で、何時まで経っても繰り返しです。
      何億ものお金を稼いで、より以上の会社を経営しても、一時の事、ちょっと先になれば、経営が危うくなり会社更生法を申請することになる、こんなパターンがスカイマークでも起きました。

      ミニスカートで話題になり、いろんな話題を振りまいていたのは実は裏では相当に参っていたのでしょうかね。
      任天堂だって、あれだけの勢いが有って、相当の儲けていたでしょうが、どんどん低迷し、まさかと思える赤字を出すんですからね。
      ソニーだってとても近いところ(仕事などで)に有ったのですが、大崎に有った工場も無くなり、ビルになっていますが、自社ビルではないのでしょう。
      御殿山の本社ビルも凄いですが、もう売りつくしてしまっています。

      古くてもいいじゃないかと、ソニー本社ビルは工場と一緒だったんです。
      ともかく、そうしたもので、繁栄すればそこに悪魔でも潜んでいそうな感じがします。
      家族間の争いなどと騒がれるドラマが有りますが、それが現実なんですね。

      どうしてそうなるのか、骨肉の争いに発展する、なんとも不思議な物語です。
      人の社会は結局こうした争いに明け暮れて、繁栄も衰退へと導かれる運命を科せられているんでしょう。
      日本全体もバブル時代は繁栄そのものでした、しかし弾(はじ)けてしまった今、もう戻りません。
      有頂天にならないこと、それが悪魔を呼ばない鉄則かも知れません。

      平々凡々が一番悪魔から遠い場所でしょう。
      | 激しさ | 10:23 | comments(0) | - | - | - |
      どこかに無理が有りそうな現代の傾向。
      0
        いい天気が続き、雪国の方々に分けて上げたい気がします。
        東京の冬は快晴の日が多く、どこからでも世界遺産の富士山が見えます。
        空気もこの正月休みで車が少なくなったせいで、すっきり感が有りました。

        そして今日から道路に車が溢れ、空気の中に微細な物質が飛び散ります。
        PM2.5じゃ無いですが、ともかく真っ黒な微細物質が道路側で見られます。
        現代はこうした矛盾を矛盾と考える人がいないと言う事です。

        どうしたって、人の生活に必要なものを維持しようとすれば、無理しても行動してしまいます。
        しかし必要なもの、それが本当かどうか、十分な検証などしないのが普通でしょう。
        これから買い物に行く、必要なものそれが車だと、決してそうではないはずです。
        買い物袋を提(さ)げている老人の姿が本来の姿ではないでしょうか。

        必要なものへの執着、そこには無理を通しても結果を得たい、そんな風潮が現代のように思えます。
        「無理が通れば道理が引っ込む」と言います。
        道理と言う言葉は使われることが有りません、聞くことも有りません。
        道理とは辞書では正しいことを言うようです。

        即ち、無理を強(し)いていれば、そこには正しさが欠落するのです。
        正しさ、この言葉もどこかに消えてしまっています。
        現代は闇雲の中にいるような気がしています。

        もっともっとこの世で正しいものは何かを追求したいものです。
        無理をすることは無いんです。
        無理すればその後に道から外れることも考えられます。

        そんなこんなで、無理をせずにのんびりと過ごせばいいんじゃないかと、余裕のある時間がいいんじゃないかと、そう思っています。
        | 激しさ | 10:36 | comments(0) | - | - | - |
        興奮に至るもの。
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          冬至まであと数日、今が夜明けが遅く、日没も早くて何となく寂しい気分になります。
          夕方4時半に区の拡声器から「子供たちは家に帰りましょう」と聞こえてきます。
          そのころには薄暗くなりましたからね。
          夏は5時に放送されましすが、日は高くて子供たちは帰りたくないでしょう。

          それにしても寒いです。
          今朝はマイナスになったそうですが、ここはそこまで冷えなかった模様です。
          5時半に起きますが4度程度でした。

          暴発、薩摩の私学校が西南戦争を起こしたときの表現です。
          明治10年、まだ明治維新から日本の姿がはっきりしていなかった時代です。
          即ち、日本の方針に対して不満が有ったために、起こした国内戦争です。

          しかし、暴発は興奮状態から起きるものです。
          興奮すると、冷静さが失われます。
          そんなことって結構あります。
          興奮状態は悪くは無いと思っているのですが、状態が正常さを失くすことが問題です。

          日常の生活の中で、興奮する場面は少ないような気がします。
          普通の、なんとなくの生活には興奮が無いのです。
          そうするとどうも変化が少なく、ダラダラの過ごし方になってしまいます。

          たまには興奮も良いのじゃないかと、そんな気がします。
          興奮状態では血流も多くなっているでしょうし、神経も高ぶっています。
          身体が熱してくるような気にもなります。
          燃える、このことがいいんじゃないかと、時々刺激になることもいいと。

          しかしいつも興奮状態になり、暴発を繰り返していては刺激が強すぎます。
          精神的にも参ってしまいます。
          時々、変化が、この程度がいいですかね。
          原油価格が下がり、ルーブル(ロシア)の価値が下がり、何かこの先興奮状態にならなければいいのですが、何となくどこかで暴発が起きやしないかと、危惧しています。

          戦争が起きるという訳ではないでしょうが、経済危機も戦争のような刺激材料です。
          平穏で有って欲しいのですが、世界と言う現実社会では何が起きるか分かりません。
          年末になって、多忙な日々ですから、自然に興奮しています。
          しかしそれは活気をもたらすもので、いい傾向です。

          正月を迎えるまで興奮は続きます。
          そして年が明ければ、平静さが戻って来ます。
          良い年の始まりです。
          | 激しさ | 09:08 | comments(0) | - | - | - |