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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
対岸の火では無い、活断層の恐怖
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    北陸地方の大雪は大変な事態でしょう。

    車社会ですから車で移動するのは特別では有りませんが雪の日に使うととんでもない事が起きることを物語っています。

    車の中で数時間だってじっとしていられないでしょうが20時間以上も動けなかったらどんな状況になるのでしょう。

     

    想像すら出来ません、外は寒いし食事も取れないし、トイレにも行けない、死ぬかもしれないと思った、これは実感でしょう。

    経験者はもうこりごりだと恐怖を振り返っていると思います。

    自然の猛威が雪でも起きてしまうものです。

     

    台湾の地震を見てまさかと思ってしまいます。

    ビル・マンションが傾くのですからこれまた想像外です。

    それも外見からみて古い建物じゃないように感じました。

     

    活断層の近くだったとか、建築する時に分かっていたはずでしょうが、設計する段階では十分な計算はされていたんでしょう。

    しかしこれも自然の脅威と言うもので人間の計算上に無い働きが起きているのです。

    直下型で深さ10劼世噺世Δ海箸任垢こうした条件は日本でも過去にたくさん有ったと思います。

     

    都内ではどんどん超高層のマンションが出来ています。

    時々夢を見る事があるのは台湾の傾いた建物と同じように、マンションが傾いてしまうのです。

    ピサの斜塔を思い起こすのです。

     

    絶対に起きないであろうと思われた高層建築が欠陥が有ったにしても倒れ掛かっていること自体ショックです。

    日本には活断層が無いところを探すのが難しいくらいにあちらこちらに散らばっているといいます。

    先般の熊本地震も活断層でした、その断層の上にもし高層ビルが有ったら、どうなっていたんでしょうか。

     

    原発の下にも活断層が有ると言う話も以前に話題になりましたがその後どうなったんでしょうか。

    確かに1000年単位で起きる大型地震ですがでもそれに直面した時にどれ程の恐怖を感じたかです。

    雪の中での生死も怖いですが地震による一瞬の出来事は最も恐ろしい体験ではないかと思います。

     

    地震発生時のスマホの映像でしょうか幾つか報道されていますが、過去に見たことの無い程の揺れ、ものが散乱する様子を見るにつけ恐ろしい一言です。

    直下型の恐ろしさ、瞬時の出来事で生命に関わる事が起きるのですから自然は侮れません。

    兎も角自然災害が起きてしまったのですからその後始末を十分にケアーして欲しいものです。

     

    不完全な人の世に自然は容赦なく襲い掛かります。

    仕方がないことでは済まされませんが起きた以上二次災害だけは起こらない様に十分な注意を払って災害復旧するしかないです。

    活断層を軽く見る、甘く見る事が重大事を引き起こす原因、本質ではと思っています。

    | 恐怖の中で | 09:18 | - | - | - | - |
    突然の恐怖が到来、防ぎようがない、殺傷力の有る武器には。
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      感じとして、梅雨が明けたように思うのですが、どうでしょうかね。

      もう十分に夏の雰囲気です。

      気温も30度を越したんですから、前線も北の方に移動していますし、条件は夏模様です。

       

      いや〜暑いです、朝から外の寒暖計は30度を指しています。

      今年の太陽は地球に近づいて来たんでしょうか、あり得ないことでも、そう思いたくなります。

      この先が思いやられます。

       

      ダッカ、バングラデシュ、どの辺か地図の調べました。

      昔の東パキスタンだったんですね、我々の教科書にはそうだったんです、バングラデシュはいつ頃になったのか知りませんでした。

      あの辺はとても複雑な宗教関係が有ったようで、インドと一緒にならなかったようです。

       

      ガンジーも同盟関係を模索したと記憶しています。

      しかし、ヒンズー教、イスラム教、仏教と言う宗派の違いは決定的な生き方の違いが出るんでしょうか。

      宗教と言う分野を深める(勉強)機会が無かったので、殆ど知らないですが。

       

      宗教の精神とは貧民を助けるものと思っていますが、宗派が違っても同じような貧民を同じように救えないのでしょうか。

      どうしてお互いに争いをしなければならないのか、理解できない処です。

      救いを求める、この切ない希望は捨てきれないのが人の気持ちです。

       

      ユニセフのCMは生々しい映像を流しますが、その真意は救済を待っているのです。

      しかし、多くの人々は目をつぶってしまいます。

      中々救済の気持ちを出す気持ちになれません、何故かは分かりませんが。

       

      きっと、遠いところでの出来事として見るためでしょう。

      震災で義援金を集める時には、コンビニの箱に簡単に入れるのですが、ユニセフの箱には入れにくいです。

      やはり、現実を見て感じるものかも知れません。

       

      バングラデシュは遠い国、どんな国にかも知りません、そこで悲惨な事件が起きてしまった。

      JICAの派遣された人々、即ち日本を代表して相手国に貢献しているのです。

      古い話ですが、中国にJICAの仕事で行ったことが有ります。

       

      パスポートは赤じゃなくて濃紺です、そこから違っています。

      仕事は相手国にとって必要なものを提供する重要な役割を担っています。

      今度もそれ相当の技術を持って行ったはず、それが事件に遭遇してしまった。

       

      何とも残念なことです、哀悼の意を表したいと思います。

      世界はとても複雑化したため、危険、恐怖等々がどこに潜んでいるか全く気づきません。

      普通の行動をしているのに、特別な危ない橋を渡っていないのに、事件に巻き込まれてしまいます。

       

      どんなに危機意識を持っても、その恐怖から脱しえないことに、人の世の地獄を見るおもいです。

      隣人愛、世界は皆な兄弟の精神など今の世に通用しないのですか。

      武器の開発はどんどん進んで、簡単に人を殺傷出来てしまいます。

       

      必要なものは武器ではなく、穏やかな心です。

      ブッタも、モハメッドも、多くの宗教を広めた人々は心を説いたのではないでしょうか。

      しかし「心ならずも」の言葉が出て来てしまうのは、何とも情けないことです。

       

      静かになる世界をいつも望んでいます。

       

       

      | 恐怖の中で | 09:03 | comments(0) | - | - | - |
      恐怖が続きます、連続の地震に逃げ場も無いでしょう。
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        新緑のいい季節が来たと言うのに、大地震に見舞われた熊本の方々は今も恐怖の中でしょう。
        早く収まって欲しいものです。
        数分、数十分おきに地震を感じると精神的にも参ってしまいます。

        あの東日本大震災のときも、ここ東京でも連続して余震が有りました。
        テレビから流れる異様な地震予報の音が不気味に響き、恐怖を感じたものでした。
        今、震源地の方々はその真っただ中にいるのです。

        無理をしないで、じっと収まるのを待って欲しいです、出歩くととても危険でしょうから。
        続いて大分県にも活動が伸びている気配ですから、とても心配です。
        阿蘇山の噴火とは関係ないようですが、何かのはずみでマグマが噴き出すこともあり得るでしょう。

        そうした危険が起きたら、地元だけでは対応できないでしょう。
        近隣の県に避難するような対策を作っておくべきではないかと、気がかりです。
        最悪を考えておきたいものです。

        今朝のが本震で、一昨日のが前触れと言いますが、もし阿蘇山の噴火が起きれば、今の地震が前触れとなるでしょう。
        そうならない事を祈りますが、しかし最悪も一考する必要が有ります。
        自然現象の動向は人の力の及ばないところ、自然を侮れないことを肝に銘じておきたいです。

        現在でも余震が頻繁に起きているところで生活しなければならない、とても辛い日々でしょう。
        出来ればその場から避難する方法を政府が考えて欲しいと思います。
        災害が起きれば、地元の自治体が中心になって、政府は応援程度ですが、政府が中心になって欲しいものです。

        もし、東京が大震災に会えば、政府が中心にならざるを得ません。
        ですから、大震災は政府・国が対応する問題です。
        そして早急に次の手を打つことです。

        揺れが終息して復興へと、いばらの道が待っています。
        阪神淡路大震災、東日本大震災、に続いて今回です。
        復興に時間がかかり、多くの国民が困窮するわけですから、自治体頼みではなく、国の力で復旧をすべきでしょう。

        これほど多くの自然災害が有る訳ですから、復興省などではなく、災害省をつくり、常に日本国土を見回って災害を最低限に抑える仕事をして欲しいです。
        復興省は起きたら後の処理で、後ろ向きです。
        災害省であれば、予防対策も含まれるので、積極的な活動が出来るものです。

        日本は災害から逃れられない運命が有るのですから、行政のやり方を変えねばなりません。
        震災、洪水、土砂崩れ、河川反乱、台風、津波等々他の国に比べて自然災害は多いと思います。
        もちろん人的な要因の災害もあります、それらをすべて検討する省庁が設置されてもいいはずです。

        今後は富士山の噴火だって考えておきたいもの、前触れ的な事象を完全に掌握できていればいいですが、現時点では自然の動きをキャッチできるものは何もないと言っても過言では有りません。
        研究機関が多く有りますが、その力が結集されているのかどうか、一同に会して共同研究を行ってもらいたい。

        今はインターネットの時代、会議を開く必要もなく、情報の共有化で見える研究ができる時代です。
        その研究を我々も覗き見ることが出来れば、多少の安心が持てるものです。
        これほど進んでると思われる現代ですが、自然には無知なことだらけです。

        日本特有の自然災害にもっともっと真剣に打ち込むことを日本は考える時期に来ています。
        恐怖に怯(おび)えないためにも。
        | 恐怖の中で | 09:42 | comments(0) | - | - | - |
        どちらにとっても怖いことです。
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          この暑さ、想像を絶するものです。
          もしこの暑さが欧州に押し寄せたら、どれだけの犠牲者がでることでしょうか。
          もしこの暑さが江戸時代に有ったら、とても夏を過ごせない状態だったんではと。

          現代はエアコンで状態を変更できますが、外は自然そのままですので、これはたまりません。
          この先一週間の予報でも暑さは変わらないようです。
          しかし7月の日々が過ぎるのが早いような気がします。

          なんのかんのと言っても、その内に秋風が吹くことになります。
          お彼岸までの我慢です。
          しかし、日本の気候は我慢比べみたいなもんです。

          トップの判断で、このことが一般的な大きな事象に言えます。
          この決断で、行き先が上昇か衰退かに係わる重大なものになる訳です。
          トップがどんな決意でそれを行うか、単純では無いでしょう。

          しかし、決断をするとき、トップも怖いし、決断をされて従わねばならない方も怖いのです。
          今、安保の問題もそうです。
          首相だって怖いんです、ましてや国民はもっと怖いんです。

          お互いに怖い環境が有りながら、変化させて行くのです。
          恐怖から発生するものって結構多いです。
          秦を倒すきっかけは、恐怖の中から生まれたものです。

          どうせ死ぬならば、秦を倒そうと結論に達したわけです。
          企業のトップが利益を誤魔化しても成果を見せる、その判断をして配下に徹底させる東芝、しかしトップも怖かったはずです。
          それを指示した元トップも怖かったのです。

          そして実行する幹部・取締役も怖かったんです、自分のそれまでの立場を失いかねないのですから。
          皆が怖いと思っていることをするのが人の社会なんでしょう。
          やれねばいいものを、と思っても怖いものへ挑戦します。

          戦争などはその代表でしょう。
          戦争を怖がらない人はいないでしょうから、しかし戦争を布告することは今でもトップが実行します。
          恐怖の無い解決方法が有ればいいのですが、いつの時代も怖さから逃れられずに、怖さに向かうのです。

          自分社会だけでも怖くない日々を過ごしたいものです。
          しかし環境が怖さを作りだします、それに従わざるを得ません。
          現実の社会とはそうしたものです。
          | 恐怖の中で | 09:55 | comments(0) | - | - | - |
          異常な状態の中では異常さが確認されていないのです。
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            晴天が戻りましたが、同時に寒さも逆ものどりしました。
            今朝の空気はひんやりと冷え込んでました。
            いつもの様に窓を開放すると部屋の中にどっと冷気が侵入して来ました。

            西郷さんの最後の場面に近づき、いよいよ「翔ぶが如く」も終わります。
            10巻の長編歴史小説もここまで来るともう少し続けて欲しい気になります。
            しかし最後の方になれば、壮絶な戦いが行われます。

            そこには平時に考えられない異常さが有ります。
            人を殺傷することが最大の目標になり、そのために手段を選びません。
            どんなに不利な状況になったとしても、自分が死を決してまで相手を殺傷する様は異常よりも狂人であると思います。

            それがこの西南の役だけでなく、あらゆる戦争・戦いで起きています。
            平時は人に殺傷させた場合は重罪になります。
            しかし戦いの中では許される、いや勲章者になるのです。
            異常としか言いようが有りません。

            何故、と言う疑問が起きないのでしょうか。
            今の世界を見るとまだまだその状態を作る人々が居るんです。
            人の考えは千差万別ですが、善悪を知っているはずです。
            それは教育と言う手段などなくても、自然に分かることです。

            自然界がこうして無事に時間が過ぎるのも、自然と言うものが悪事をしないためではないかと思います。
            もし、悪事をしようと思ったら、台風でも地震でも噴火でもなんでも出来てしまう気がします。
            しかし自然はじっと動かずに、たまに人に刺激を与えようと多少の微動を行いますが、全体的には静かなものです。

            それに比べて人は騒がしく、落ち着きが無く、無謀に生きています。
            それが異常だと思わないのです。
            実に今の世の中は矛盾だらけですが、誰も今を異常だと言いません。
            人の世はもっともっと平常な状態が有るはずです。

            どんどん変化し、異常さを推進していることに気づかねばなりません。
            未来を平穏な世にするために、異常な状態に目を向ける大事な時期に来ています。
            戦いの場を経験している人の遺伝子、どこから戦いが始まったか、それは集団で食い物を確保することからの様です。
            即ち、集団を作る、これが戦いの始まりなんですから、人の集団など無い方がいいのではないかと思います。

            ともかく、人は集団を作りたがります、西南の役、それは鹿児島・島津藩の集団が決起したものです。
            私学校なる集団の巣が決起の要因です。
            集まりは何々サークル程度でいいのです、大きな集団を作れば必ず他の集団と戦いが始まります。
            世界が一つになればいいのですが、分散した集団作りに昔から勢力を注ぎ込んだ人の社会、なんとも矛盾の多いことをしているのか、人の世は愚かなものです。
            | 恐怖の中で | 09:35 | comments(0) | - | - | - |
            地震は怖いです、昔から地震カミナリ火事親父といいます。
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              一瞬の出来事、恐怖の中に埋没してしまいます。
              たった数十秒の間に、何十センチもの地盤を移動させる力、想像を超えたものです。
              自然の力・エネルギーの巨大さに怖さと凄さを感じます。

              いったいそのエネルギーの源はなんなんでしょうかね。
              地震のメカニズムを良くプレートの動きと言いますが、よく理解出来ていません。
              プレートがなぜ動くのかも分かりません。

              マグマが上昇して冷やされて、何がどうなっているのか、分かりやすく知りたいものです。
              そして地震は怖いと言う観念から、地震と言うメカニズムを理解をすると言うものへ変われば、多少の恐怖から解放されそうな気がします。
              プレート云々(うんぬん)ではどうもピンとこないんです。

              これからも無くなるものでない地震、地震への恐怖を常に持っていなければならない、日本の地盤をもっともっと理解したいものです。
              活断層と言う言葉もはっきりと分かっていません。
              どんな状態で、そのものがどうなるのか、いずれは地震が来るだけでは、心配ばかりです。

              来た後の対策、即ち防災ではなく事後対策、こちらの方だけに力が行ってしまっている感が有ります。
              耐震の備え、まだまだ住宅で弱いものがいっぱい有るそうです。
              しかしこの地区は地盤が弱い、と言う評価など全く無視して、戸建ての新築住宅を販売するのが現代の姿です。
              昔はあそこは軟弱な地盤だから、家は建てない、そう言って警告なりしてました。

              現代はええあんなところに住宅地が開発されたの、って驚くこともしばしばです。
              沼地だったところが、土地の低いところが、もう跡形も無く住宅の群れになっています。
              それ自体が地震に対する無視ではないでしょうか。

              日本は狭い面積に多くの人がひしめいている、そう思うのですが、実際には都会集中型で、地方はいっぱい広い空間が有ります。
              土地の利用、そのことに日本をリードしている方々には感覚が無く、視野に入っていない気がします。
              田舎、そこには都会と違ったいいものがいっぱい有ります。
              しかし田舎への誘い、老人になれば、田舎暮らしが出来る誘い、そう言うものが少なすぎるような気がします。

              都会の老人一人暮らし、その言葉が無くなるような、田舎疎開的な行政が行われないと、都会はどんどん年寄りの集合体になってしまいます。
              都会に地震は来る、これは絶対に有ります。
              そして、多くの老人が犠牲になることは間違い有りません。

              恐怖はそうしたお年寄りが一番感じているのです。
              地震が怖い、この恐怖を多少でも少なくすること、それをもう少し進めることが出来ないものでしょうかね。
              | 恐怖の中で | 09:58 | comments(0) | - | - | - |