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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
静寂と喧騒 No 3859
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    今朝は静寂と言える雰囲気です。
    小鳥たちも巣にこもっているのかどうか全く鳴き声が聞こえて来ません。
    園児たちも雨の為に室内で遊んでいるのかキャーキャー叫び声が有りません。
    そうなると此処はとても静かです。

    車の音も近くに一本の道しか無いので通行する車が少ないのです。
    雨のせいもあってか騒音と感じません。
    となると、静寂とは耳鳴りがする程と表現されたりしますが本当です。
    良いじゃ無いかと思うのですが若干園児の声が懐かしく感じたりしてます。

    一方世間は喧騒騒がしい所ばかりです。
    矢張り電車の騒音は凄いですかね。
    飛行機も相当なものです。

    結局騒音を出すと言う事は便利性を作ったのが原因でしょうかね。
    自動車が無い時代は馬車か荷車人力車ですから騒音らしいものが無かったです。
    騒音と言う現象は殆ど無かったかも。

    現代は騒音の無い場所が無いかもね。
    時代の流れと共に騒音が大きくなって人の気持ちにも落ち着きが無くなったかどうか?
    どうも上っ面の多い事が気がかりです。
    表面だけで勝負をしているような感じを受けます。

    ジックリと内部深く熟慮する様な傾向が無く、何事も短慮的で、表現も感銘するものが無い様に見受けられます。
    ジックリと腰を入れて進んで欲しい何事も。

    静寂の中であればこそ熟成が出来るのかも。
    騒音の無い社会になって欲しいですが、もうここまで人の世は変化させて仕舞った事に一抹の不安を感じる未来です。
    | 期待と不安の混合 | 09:00 | - | - | - | - |
    終わりから始まるのか No 3805
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      昨日の太陽は久々だったせいか嬉しかったですよ。
      太陽エネルギーの凄さを感じました。
      雲に隠れている時はエネルギーの半分程度しか届いて無いのか?快適温度です。
      しかし昨日はまともなエネルギーに会って暑い事散歩中でも汗が出ました。

      シャワーを浴びて汗を流してさっぱりしました、真夏の経験です。
      もうそうした天気も無さそうで、今日から曇りや雨が続きそうです。
      それもそうです後一週間で11月になりますからね。
      昔の11月は冬の入り口で北風に肌寒さを感じてセーターを着てました。

      平成が終わって令和が始まってます。
      と言うか天皇陛下が即位した事から本格的に令和です。
      令和が始まったのです。
      で、始めとは終わりの後に来るものなのでしょうか。
      感覚的には始めとは無からの出発と思ってますがどうやらそうでも無いですかね。

      国会だって国会を閉鎖終了して再度開会して始まります。
      始まりは継続状態にあっても言う言葉なんだと思うと変な感じがします。
      言葉って使っている時は別に不思議とは感じませんが一歩別の道から覗くと変だなあと思う。

      ま、そんな訳で令和も本格稼働です。
      どれ程続くか分かりませんがある分岐点の期間になるのではと想像させられます。
      昭和時代は戦争と経済成長が国民を挙げて混乱状態だと言えるでしょう。
      平成はその疲れを感じて休息状態になって経済も低成長、国民も意欲を減退した生活でした。

      そうした時代の流れを受けて令和が始まったのですが、この時代は中々難しい難問を抱えていると感じます。
      先ずは財政面で多額の借金をしてしまった日本国ですからだんだん身動きが出来なくなる自縛に駆られるのではと思うのです。

      人口も減少傾向が足早にやって来ます。
      労働不足は何を意味しているか?
      生産能力の減退、結果日本国の収入減が顕著になるでしょう。
      多分GDP もどんどん下がって10位を維持することなど夢になると想定されます。

      借金大国ですから遂には破産も起きうることです。
      令和はとても難しいと言うことは昭和平成の時代に残した借金が重荷になる事です。
      政権がいい加減と国民が適当過ぎる政治関与から来た難問を令和に引き継いだのです。

      歴史は繰り返すと言いますが、どうやらその轍を踏みそうです。
      繁栄と衰退がどの時代にも有ります。
      繁栄が過ぎ去りこれからは衰退期に入ってますから何処で止めるか支えるか?
      令和はその分水嶺になるでしょう。
      | 期待と不安の混合 | 09:53 | - | - | - | - |
      春を待つ、常に次の機会を待っている。期待を持って。
      0

        今朝も夜明けから空に雲が無かったいい天気になることを約束されたようなものだった。

        今は筋雲が出ているが快晴と言ってもいいでしょう。

        それに気温も上がりそうですから楽な一日で過ごせそうです。

         

        数日後(20日)は大寒ですがそれが過ぎれば徐々に暖かさが来るような気分になります。

        実際には2月が一番寒い時期ですが何となく気持ちは春に向かっていると思いたくなります。

        小学校のプールに水が満タンに入っていますが凍った事がないですからここは暖かいのかも知れません。

         

        そう言えば外に寒暖計をぶら下げてますがマイナスを示したことが有りません。

        朝起きて(6時10分目覚まし)直ぐに外の空気を吸うのですが吐き出す息が白くなる事が薄いのです真っ白にならないのです。

        やはり暖かいのでしょう。

         

        雪国北国では大変な思いで過ごしているでしょうが、そこと比べたらここは天国じゃないかと思います。

        春が待ち遠しいのは雪国だけでなく誰しもの思いでしょう。

        ともかく寒さに対して「もう良いじゃないか」と飽き飽きして来ました。

         

        着るものも重ね着して重装備じゃないですが寒さ対策をしっかりとします。

        しかし部屋の中に入ると暑くていくら温度調整をしているスーパーでも中は暑いです。

        そして外に出ると寒い、この刺激に抵抗しなければならないのです。

         

        春になればそうした葛藤が無くなりますので楽になるから良いですよ。

        そう春を待つとは身体が楽になる、楽に過ごせる状態になるからでしょう。

        人は楽をする事に、その方向に向かおうとします。

         

        楽したい、この気持ちはいつでも持ち合わせています。

        電車に乗っても優先席に若い連中が座っているのも楽だからです。

        先ずは楽が優先(プライオリティー)されるのが普通です。

         

        「楽あれば苦あり」の諺など思う節は有りません、楽したいだけです。

        「春よ来い」の期待とはそんな単純なもんです。

        そう人は常に次を期待してますが内容は比較的単純なものに拘っています。

         

        生きると言う現象は単純なことの繰り返しです。

        その中に生きがいなどを感じるものがあれば幸せなのです。

        今日も何かを期待してスタートしてますが夕方に結果をみれば大それたものじゃ無かったとなります。

         

        いいじゃないですか、日々に何か重大事が連続するよりも、平凡な日常であっても幸せです。

        期待は過剰に持つものじゃ無いと言う結論ですかね。

        | 期待と不安の混合 | 09:09 | - | - | - | - |
        たらい回しの愚挙、今度は新鮮さが欲しい。
        0
          完全に外れた天気予報、窓の外の空は一点の雲も有りません。
          微風、それも冷ややかな柔らかい北風、最高の日和です。
          梅雨のジメジメ感が無く、気分がいいです。

          しかし世の中はジメジメした湿地帯に入ったような、政治の世界は青空になれないのでしょうか。
          舛添の後任選びに翻弄されているのが現状です。
          ニューヨークタイムスで「sekoi(せこい)」と言う言葉が紹介されたそうです。

          今度はせこい政治家を選びたくない、しかし立候補する人は党の推薦者ですから、新鮮な人が出るように思えません。
          党内で「おい、お前が行けよ」てな話で、たらい回し的な選び方をされたんでは、選ぶ方が困惑します。
          立候補した人しか投票出来ないんですから、参政権とは言っても、自由さに限りが有ります。

          ともかく、都知事にふさわしい方が立候補してもらいたい、立候補した人みんなが正しく、乱れていない、品行方正を条件に科挙(かきょ、官僚への試験)の試験を合格してから、そういう段取りが有ってもいいかな。
          又、道徳的な教養を持っていることを条件にするとか、どこかにケジメを付けておかねばなりますまい。

          人気や過去の経験やらでは、その方の資質が読めません。
          大統領(都知事)になってしまったら、人が変わる、では困りますから、選ぶ前に、宣誓させるといいかも。
          「私は公私混同を致しません」と都民にちゃんと手形を発行してもらいたい、気分です。

          もう、今度選ばれた人が金で問題を起こしたら、都知事は要りません、一般市民が都の仕事を行いますよ。
          ボランティアでも、なんでも、ともかく老人がいっぱいいますから。
          老人は遊んでいるのですから、都庁の仕事を職員に給料(税金)を払ってまでやることは有りません。

          たかだか住民票を発行するのに職員など必要ない、老人がボランティアで行えるのです。
          税金の何割を職員に払っているのか知りませんが、勿体ないことです。
          又、職員が都民ならば、給料から都民税を取れますが、他の県から来た人ならば、都税が入りません。

          これは都民として納得しかねるものです。
          小さなことで、「せこい」の範囲に入るかもしれませんが、どうしても都民税を少なくしたいものです。
          企業に65歳まで社員に仕事をさせてくださいと願うよりも、60歳になったら年金を上げます、そして暇になった人は都の仕事をしてください。

          区もそうですよ、老人がどんどんボランティアすれば、職員給料の税金を軽減出来ます。
          老人社会と言いながら、老人への思いやりは全くないのが現状です。
          仕事をすれば、身体も、精神的な面も、充実し、老人の健康状態が維持されます。

          65歳以上で介護や寝たっきりの割合は17.9%もいるそうです、ここんところが元気な老人になれば減少していきます。
          80歳までボランティアで働く、その意気込みを老人に与えれば、健康にしておかねばと、若いころから健康づくりをするはずです。
          80歳過ぎたら、今度はご苦労様と、感謝の意味で、老人ホームを無償で提供出来るようにするとか、老後の心配をさせない工夫がいっぱいあります。

          実際、自営業の農家や酪農家、園芸家、商店などなどは80歳だって毎日の仕事をしています、近所の雑貨屋さんのおばあちゃんが店番をしていたんです。
          昨年亡くなりましたが、92歳だったそうです、90歳までは買い物のおつりをちゃんと計算出来てましたよ。
          何歳でも仕事は出来ます、何も給料をもらわなくても、年金があれば生活に困らないとすれば、ボランティアでいいのです。

          変革とは時代の変化に有った方策を取ることです。
          韓ドラの歴史ものを見ていると、如実に感じます。
          変革出来ないのは、「政治家が政治家のための政治」を行っているからです。

          自分たちのご都合主義、即ち、政治資金規正法などざる法を作って、その中で悠々と公私混同しています。
          韓ドラの両班(ヤンバン)政治と同じです、民(ペクソン)のために政(まつりごと)を行う、と言うセリフを裏腹に、両班が肥えるためにどうするか、だけです。
          いろんなことを考えさせる今回の舛添問題、じっくりと考えねばなりませんが、何せ忙しい世の中、反省よりも、次の人は誰、に走っています。

          7月31日投開票が決まった、しかし候補者が誰も決まっていない、これが政治でしょうかね。
          良い政治家など出て来る予感がしません。
          今日の天気予報が外れたように、いい天気・青空が現れたら、嬉しい喜びも有りますが、期待したいですがね・・・。
          | 期待と不安の混合 | 08:56 | comments(0) | - | - | - |
          3月の声、舵取りはどこへ。
          0
            いよいよ弥生3月、待ち遠しい春が目の前に来ました。
            カレンダーもさくらの満開の絵が載っています。
            月末には花見で賑わいます。

            3月は日本では締めくくりに時期です、いろんな面で終局し、次の準備に入ります。
            企業では決算に向けて、最終的な集計を行います、大変に忙しい時期になります。
            税金の関係でも、青色申告をする人で税務署はごった返しです。

            企業では決算の結果が上々ならば問題は無いのですが、必ずしも予想通りには行かないものです。
            赤字は出したくない、とすれば粉飾してまで黒字を装う東芝になってしまいます。
            東芝だけじゃなくどこでも苦しくなれば、粉飾に似た類の考えが出て来るでしょう。

            創業社長であれば、粉飾など一切思考に無いでしょうが、サラリーマン社長ではそうも行きません。
            自分の責任時代に赤字は絶対に許さない、これが鉄則のように会社を動かします。
            世の中自分の意志通りに動くことは無いのに、勘違いするんですね。

            しかしシャープが心配になって来ました。
            もしも、台湾の企業が契約しなかったら、そう思うとき、ぞっとします。
            どう見ても紆余曲折が多過ぎます。

            どこかに、何かが隠されている感がするんです。
            内緒の話は必ずあるでしょうが、ヒナ臭いところも有りそうな、ちょっと気になります。
            ともかく、今月末には5000億円と言う膨大な借金を返済しなければならない、3月の重荷でしょう。

            個人的にも3月は身の振り方を見直す時期でしょうかね。
            今年は何か学問的な勉強をしたい気分ですが、少し程度で考えて見ます。
            日常の中に、ちょっと変化をさせる気分を持ちたいです。

            お金の決算だけでなく、気分の決算もして、気分を改めたい気分です。
            気分とは、この回答は中々難しいです、ころころ変わるのが気分、どこから発しているんでしょうかね。
            いい気分、悪い気分、ともかくいっぱい有る気分の形、その辺を研究してみますか。
            | 期待と不安の混合 | 08:47 | comments(0) | - | - | - |
            人間の知恵は野鳥よりも劣りますか。
            0
              秋の空が広がり、空気は乾燥して気持ちのいい一日になりそうです。
              これが秋の気候だったのに、長雨はいったい何故起きたのでしょうか。
              温暖化の影響は深刻極まります。

              深い爪の傷跡、現地に行ってないので想像だけですが、記事の内容から察して、東日本大震災の現場と変わりないような気がします。
              その時は気仙沼の傷跡を見ましたが、それはそれは見ることがいけない気がしました。
              それと匹敵するくらいの、災害とはそうした皮肉な結果が有ります。

              早急に復旧をと、ボランテアも応援に、しかし破壊した家を元に戻すには簡単では有りません。
              被害者の方々のご苦労に、苦難に、心から頑張ってと言いたいです。
              元に戻る日が必ず来ることを、希望を捨てないで、日々活動して欲しいと、そう思います。

              そうした自分の家を失くす、大変なショックでしょう。
              ところが、最近難民の話を記事で読んで、何が起きているのか、驚いています。

              トルコからドイツへ、何万人もの人が移動、難民となっているそうです。
              ミュンヘンの受け入れも極限に達しているとか、一日1万人以上の人が電車で街に到着するそうで、何故なんでしょうか。

              故郷を離れて、生まれた街を離れて、行く先の不安よりも、離れることが優先させている現状は何が有るのでしょうか。
              人間は本当に英知を持っているのでしょうか、本当に優れた知能を持っているのでしょうか。

              スズメたちは難民(難鳥か?)になることは絶対にない、自分の生まれたところから絶対に移動しない、(渡り鳥だって、生まれた場所に戻るから)、縄張り意識が強い?とも言えますがね。
              現在の難民数は何百万人、いや何千万人かも知れません。

              一方では政権を取って、難民を追放する人間もいるのです。
              人の行為には、過酷な、冷酷な、冷淡な、差別的な、言い表せないほどの言葉が並びます。
              神は人間にそうした行為を許したのでしょうかね。

              人は弱者を見ようとしない、見ないように努める、強者を崇(あが)める、称賛する、見習うようにする、等々馬鹿げた知恵しか無いのです。
              経済が順調に伸びて、株価が上昇して、そんなことよりも、弱者にどれだけ協力を惜しまずに、行動したか、を崇めるべきなのです。

              報道にはそうした記事が全く有りません、しかし日夜努力している難民救済を真剣に手助けしている人々がいっぱいいます。
              その方々を常に取り上げて、その苦労や、何故難民が生まれるのか、等々社会問題、いや世界の問題として、世間に訴える報道が必要です。

              そうしれば、難民を出す、出した責任者、その人々はこの世に大きな顔が出来るはずが有りません。
              改革、改善はメデアから発することが多いです。
              東芝だって、メデアから発して、あのように真実が表に出たのですから。

              人の知恵、それを表すのはメデアが一番です。
              良くも悪しくも、メデア次第、ですから欧州ではメデアを大事にしているそうです。
              フランスでは「活字メデアは歴史、文化的遺産」と言うそうです。
              ドイツでは「新聞は思索のための食料」と、英国では「知識に課税しない」即ち新聞への課税は無し。

              人間の知識は動物の中で最高、しかし野鳥に劣るような低レベルな知識しか発揮できない場合も有りそうな、難民を考える時に、感じたのです・・・・・・・

               
              | 期待と不安の混合 | 10:02 | comments(0) | - | - | - |
              今年の後半は世界的な動揺に終始するように思えます。
              0
                寒い一日になってます。
                窓を開放していると冷気が侵入して来て、閉めてしまいました。
                明日から天気が回復し、太陽が顔をだし、気温も上がってくれることを期待したいです。

                それにしても世界が何となく騒がしくなって来た感じを覚えます。
                ギリシャだけでなく、中国の経済鈍化・株暴落や、韓国の輸出低迷に伴う先行きが不透明、日本も株が急落し今日は回復するのかどうか、円高へ移行していくのかどうか、ともかく気分的にも落ち着きません。

                後半に入ったばかりなのに、こうも急激な変動を起きては先の不安が消えません。
                何となく安定していた社会・世界が急変する予想さえ出てきます。
                この世はお金の社会になった現代、お金でもめ事が起きることは戦争と同じようなものです。

                武器の代わりにお金・マネー戦争をしているわけですからね。
                人間のお金に執着する強さは計り知れません。
                お金はいくら有っても邪魔にならない、とばかりに、お金を集めることに日夜努力しています。

                考えてみても分かりますが、お金は無限に有るわけではないのです。
                限られたパイ(数)の中で取り合いをしているだけです。
                何処かにいっぱい集まれば、どこかで不足することになります。

                この単純な数式に人間は翻弄され、お金で騙し合いをしを、東芝が過剰に表現(水増し)するのも、お金がすべてだと勘違いしている経営者、担当管理者の情けない姿です。
                お金は自分のもの、そう思いがちですが、実は一時的な仮置き場なんです。

                江戸時代の鬼平犯科帳でも泥棒が横行した内容の物語、現実に有った話でしょうが、蔵に唸るほどの大判をため込んだとしても、結局自分で使いきれずに、悪の道へ使っていたわけです。
                お金は少ない時は正しく使われ、多くなると悪に使われるような気がします。

                何はともあれ、今年の後半が無事に終わって欲しい、そのことだけです。
                貧乏でなければ、普通の生活が出来れば、それ以上に金の亡者(もうじゃ)にならない方が賢明です。
                自然はお金に縁のない世界です、自然を見る機会を持たねばなりません。
                | 期待と不安の混合 | 09:21 | comments(0) | - | - | - |
                先行き不透明、この世の定めでしょうか。
                0
                  梅雨の中休みでしょうか、いい天気です。
                  とは言っても、今年の梅雨は休みばっかり、まるで連休中です。
                  この先どんな天候が待っているのか、読めませんが、しかし必ずやってくるその日が有ります。

                  そう先が見えないのがこの世のものです。
                  ギリシアがこれからどのように変化していくのか、心配の向きも有るでしょう。
                  特に株やFXで金を稼ごうとする人々には不安の闇の中かも知れません。

                  ギリシアと言えば、文明の発祥地で有ろうかと、文明とは人の生活にとって高度化する要因ではないかと。
                  そうした地域・国が現在窮地に立たされています。
                  何を意味しているのか、不吉な感じがするんです。

                  急にチャールズ・ダーウインの進化論を思い出したんです。
                  何故か分かりません、それで進化論を読みたくなって、教科書でも買ってこようかと思っています。
                  ギリシアから出発した人間社会、この先の人の社会が変化して行き、こうしたギリシア風に風化してしまうのではなかと。

                  一抹の不安を覚えるのです。
                  繁栄がどこまで続くのか、その質問に答えるのがこのギリシアの現象ではないかと、そうも思えてくるのです。
                  もちろん、進化とは飛躍的に進まないようですが、来世紀100年後人間社会が混迷の状況にならなければいいのですが。

                  確かに、古い時代、即ち今までの過去は進歩する時間経過は現代と比べたら、非常に遅かったと思います。
                  のんびりと進歩していましたが、現代に至っては異常さを感じざるを得ません。
                  ギリシアもそうした進捗速度に対応できなかったのでしょうが、高速で走っている米国や日本や中国は異常な速度ではないかと、そんな気がします。

                  そんなに急いで、何処に行くの、と問われても、答えは返って来ないでしょう。
                  行く先が見えないのですから、一寸先は闇、このことですよ。
                  今朝はいきなり株価が下落して始まったようです。

                  不安が不安を呼び、気になっている方々は多いでしょう。
                  先行きが見えない、不透明、これがこの世の習いですから、致し方が有りませんよ。
                  | 期待と不安の混合 | 09:36 | comments(0) | - | - | - |
                  喉元過ぎれば熱さ忘れる、これが現実です。
                  0
                    昨日は実に真冬の感じでした。
                    朝方の雨は雪が混じってましたからね。
                    日中も気温が上がらず外出時はたくさん着込んで行きました。

                    4月にこんな天気は珍しいのではと思いました。
                    今朝も外気温4度でしたから、まだ暖かい感覚になれません。
                    早く普段の気温に戻って欲しいものです。

                    しかし数日後には20度程度になりそうな予報ですので、そこんところに期待したいです。
                    過ぎてしまえば、もう過去を忘れるのが人(人間の癖)のいい処かも知れませんがね。
                    毎日時間は過ぎて行きます。
                    そして過去になっていきます。

                    それでもその現実の時間と言う中には悩みや苦しみやら、歓喜やら有頂天になるやら、ともかく喜怒哀楽を繰り返しています。
                    そして苦しかったことなどが過去になった時点で忘れるのです。
                    良く言うことに、病気とは忘れたころに治っていると、怪我でも切り傷でも痛いと感じている間は治っていませんが、その内に痛さなど気にならなくなります。

                    いろんな問題がこの世に発生します。
                    しかしその問題とは忘れてしまえば解決したように見えます。
                    実際には解決と言うものが出来ないことが多いのでしょうから、忘れてしまえ、そうなるのでしょう。

                    以前から気になっているお偉方の頭を下げる映像(シーン)は後を絶ちません。
                    何故なんでしょうか、結局のところ解決など出来ないで終わっているのでしょう。
                    過去になってしまえば、もう忘れてもらえる、これが人の世なんでしょう。
                    喉元過ぎれば熱さ忘れる、この言葉を作った人は人の癖をよく理解しているのですね。

                    過去、現実、未来と言う時間が有る限り、忘れると言う行為も続くんでしょう。
                    問題が多い、これも人の社会で当然なのかも知れません。
                    としたら、問題をそれほど大きく取り上げる必要もなさそうな気がします。

                    最近のテレビはそうした問題を長時間取り上げて、くだらない、そんな印象を持たせます。
                    どっか違うような気がしています、取り上げる問題は未来への課題にしてほしいものです。
                    未来志向がいいのではないでしょうか、過去は戻って来ないんですからね。
                    | 期待と不安の混合 | 08:50 | comments(0) | - | - | - |
                    何にでも裏側が有ります。
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                      雪ですね。
                      雪化粧 瓦(かわら)のうろこ 埋没し
                      なんてね。
                      もう数センチ積もったようです。

                      気温も0.5℃ですから、寒いです。
                      さっき沖縄の友人からメールが届き、東京は雪ですね、って羨ましい気分でした。
                      そうですね、沖縄に雪が降ったら、太陽が西から上るでしょう。
                      さっそく、雪化粧を写メしました。

                      雪で覆われた銀世界、その内側(雪化粧の前)は微粒子で汚れた屋根(瓦)だったんです。
                      雪解けの時ほど雪が可哀そうなことは有りません。
                      だって、雪が真っ黒になるんですから。
                      地上近くの空気の汚れが雪に付着して落ちるんですかね。

                      交通への影響が出なければいいですが、どうなりますか。
                      雪の下はどんな常態か、それは表から見えない裏側です。
                      この世はそうした裏側が必ず有ります。

                      食品(食)の裏側等々の本が多く出ていますが、実に食に関する裏側の恐ろしさを知ることが出来ます。
                      どんなところでも、表面に出ていない部分と言うものは、奇怪で恐ろしいものが多いです。
                      個人にしたって、雪化粧では無いですが、厚化粧で内面を知ることが出来ません。
                      しかし厚化粧の下は恐ろしいの一言です。

                      どんな社会も実に裏側の事を知ると、びっくり仰天が多々あります。
                      ですから、裏側を知らない方が不安要素が少なくていいのかも知れない気がします。
                      楽天家になれば、それでいいのでしょう。

                      しかし現代はいろんな方法で裏側を探りいれ、表に出そうとする傾向が有ります。
                      自由の表現と言うことでしょうが、裏側だけを強調する向きも有り、多少の調整も必要かなとも思います。
                      何にしても裏側の世界は恐怖を与えるに十分なネタがたくさん有ります。
                      雪化粧が美しい、裏側(内側)を考えないで単純に表面だけにうっとりしていればいいかと、そんな風に雪を見ています。

                      「蛍の光 窓の雪・・・・」 そろそろこの歌が流れてお別れです。
                      窓からの雪明り、とても素敵では有りませんか。
                      | 期待と不安の混合 | 10:03 | comments(0) | - | - | - |