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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
何事も体験、気づきの原点です。
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    暖冬はまだまだ続くのでしょうか、今朝も外気温11度とこの時期としては異常な暖かさです。
    全く寒いという感覚が来ません。
     
    水の冷たさも気にならない、過ごしやすいのですが、どうも気になります。
    何かの前触れなのか、自然が驚愕するような仕業を仕掛けているのかどうか、心配の種はつきません。
     
    昔の人々は異常な天気に対して、異変が起きるのではと不安になったと言う話(小説の中)が出てきます。
    今読んでいる三国志(吉川英治)の中でも、疾風が来れば、何か不吉な兆候と言うような表現が有ります。
     
    何事も科学的な根拠を元に判断するべきですが、しかし気分と言うものも、気がかりなものです。
    しばらくは静観するしかないのかも、そして無事通過してくれれば幸いです。
    今年は失敗のメモを取っています、この失敗は気づきにつながります。
     
    失敗を恐れずに、そのことは体験を中止させないこと、その戒(いまし)めかと思います。
    体験(行動)こそが人として最大の任務であろうかと、そんな気がしています。
    実に体験にはいろんなものが有ります。
    行動すべてが体験ですからね。
     
    しかし何もしない、このことは非常に勿体ないと思います。
    例えば、スマホ、そこにはいろんな情報は有りますが、体験としてはとても貧弱です。
    テレビ、これもそうです。
     
    行動の中にこそ良い体験も悪い体験も有ります。
    人は気づきがとても大事な要素だと思っています。
    気づかない人が多い現代人、何故か、偏った行動しか無いからでしょう。
     
    歩きたばこをする人、他人への迷惑に気づかない、何がそうするのか、なんの体験が不足しているのか、そこんところが鍵です。
    気づかせるために、どんな行動をさせればいいのか、「道路に禁煙の表示」をしても気づかない、困りものです。
    見せるだけでは体験的な感覚を得られない、やはり何か行動させることです。
     
    自転車のめちゃくちゃな駐輪、これも困りもの、赤い円柱に駐輪禁止の表示板をつけて置いても、何ら効果が無いんです。
    止める人はちゃんとその看板を見ています、しかし無視するんです。
    公園に自転車を乗り入れしてはいけない、その表示も無視なんです。
     
    最近は野球が復活(?)、人気になってきて、ボール遊びをする子が増えたそうですが、公園で野球の遊びをしているんです。
    ボール遊びは禁止ですよ、と表示されていますが、それも無視。
    どうやったら気づかせることが出来るんでしょうか。
     
    その点、昔は大人が叱りつけて、殴ったりもして、痛い目にあわせて、実感させたもんです。
    ダメがどうゆうものか、知る体験です。
    実にマナーが無い(低い)、と言うだけでは、どうにも解決しないですね。
     
    体験、体罰、そうした経験をしなければ、気づかない、これは人の特質かも知れません。
    自由な社会、そこに責任と言う大事な任務が有るんです。
    片方だけを優先させて、もう一方を無視、これでは自由社会の崩壊です。
     
    体験は両面を均等に感じ取る(気づく)、大事なものです。
    | 自然・活発な行動 | 10:15 | comments(0) | - | - | - |
    ストレスの刺激でステップアップ。
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      秋雨前線だそうです。
      連日の曇り空はこの前線の影響だとか、中々前線が移動しません。
      日本列島を横切っていますからね、うまい具合に居座るのものです。

      日焼けした腕も顔もすっかり剥げ落ちてしまい、元の肌になって来ました。
      紫外線が恋しい気分です。

      最近ストレスと言う言葉を聞きません。
      昔は何かと、仕事上でも、家族の中でも、友人との間でも、恋人同士でも、ストレスが溜まってしまって、疲れたよ。
      などと言ったものです。

      ストレスは外圧とでも言いますか。
      外部からの刺激で苦痛になることも結構多いです。
      それに負ける場合も有ります。

      しかし、最近はストレスなどほとんど無いんです。
      日々の生活は非常に安定していますし、刺激的な外圧も無いし、自閉症ではないですが自分をいじめることも有りませんし、何となくストレスが有りません。

      ストレスはいつでも悪いものではなく、ストレスが有って活動的になる場合だって有ります。
      刺激と言った方がいいかも知れません。
      いい刺激、これが欲しいですね。

      それには活動範囲を広げて、多種多様な経験をすることだろうと思います。
      そこんところです、現役を引退、隠居とでもいいますか、そうなると日々の活動は限定的になります。

      一歩別の世界にと思っても、億劫になり、積極性に欠けてきます。
      刺激を求めて、これは若いころのものだったんですかね。
      しかし消極的な発想だけではいけない、そんな気持ちも有るのです。

      友人から来月の予定のメールを貰いましたら、会合の多いこと、いろんな人々と会う機会が有って、物凄く刺激的な生活をしているなあと、気づきました。
      何時も同じ、けもの道的な生活スタイル、そこから抜け出さねばと、決意したいのです。

      これが思うだけで、実行が難しい、と言うか、士気が上がらない、困ったものです。
      腰が重い、と言いますか、動きが鈍いですね。
      なんとかせねばと、最近は意識しているんです、もう少し友人を作って、ストレスごっこをしたらいいでしょうかね。

      そう、子供にかえって、遊びをもっと作ればいいのかも、遊びは大事な生活の一部なんですね。
      ストレス、これを感じるように、ステップアップしなくっちゃ。
      自分を奮い立たせる、このことです。
      | 自然・活発な行動 | 09:27 | comments(0) | - | - | - |
      いい日和、幸先がいい。
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        今朝は久しぶりの晴天にほっとしました。
        気温も丁度快適に過ごせる程度で、申し分のない一日になりそうです。

        これから出かけます、海の見えるところに行けるのがとても嬉しいのです。
        海が大好きなので、毎日海が見えるところに住みたい気分です。

        海からの太陽が昇る姿がいいですね。
        そんな光景はもうずいぶん見ていません。

        今年はそうした場所へ行くように予定でもしましょうかね。
        さて、いい日和には何かを計画していると、とても幸せに感じます。
        今日はそうした日和に恵まれたので、思う存分楽しんで来ます。

        散歩も灯台の見学も、そして汗ばんだ後のビールの上手さと、場所がら旨い魚と、親友が側に居て、もう十分な条件が備わった一日です。
        では、いってきます・・・・・・
        | 自然・活発な行動 | 08:06 | comments(0) | - | - | - |
        忙しい、時間管理が大切であります。
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          今年は寒さも厳しく感じられます、先ほど雪がちらつきました。
          近くまで外出しましたが、コートのフードをかぶって歩きました。
          これからも天候は良くならず空は雪模様です。

          大寒、気候を表す言葉がこれほど当たっていとはちょっと驚きです。
          そんな中、今年に入ってから多忙が続きます。
          忙(せわ)しない行動になっています。

          気分的にも余裕がなくなるときも有ります。
          時間配分、これが大事なことだと思っています。
          ブログを書く時間帯も朝方から昼へと変えることにしたいと、いろんな行動のチェックをしています。

          どうしても朝の時間帯になんでも集中しがちで、ここを分散するように考えています。
          一日の時間は限られ、夕方の夕日が落ちると、仕事が終了と思ってしまいます。
          これは会社時代に培われた習慣でしょうか、しかし今は夕日から家事の仕事が始まります。

          家庭を守っている主婦はこうして一日の終点が曖昧です。
          家庭の仕事に給料は支払われません、これが主婦の可哀そうな状況です。
          ですから、家事は夫婦が協力することが大事でしょうかね。

          今迄、家事をしたことが無かったので、今はとても反省しています。
          主婦が一日を多忙で過ごす日々、それも毎日、時間管理など自分で出来ないほど、見逃していた場面です。
          これからも主婦業を自分で行って行きますが、多少なりとも時間管理をして、自分の余裕の時間を作り、楽しみを持ちたいと思っています。

          そんなこんなで、今年は多忙になる一方です。
          | 自然・活発な行動 | 10:57 | comments(0) | - | - | - |
          残り少なくなった今年、しかし多忙な日々です。
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            暦と言うものはこうも生活に密着しているものだと、年末は思います。
            残り何日、それまでにあれやこれやとしなければならないことが有ります。
            もし、暦が無かったら、こんなに気忙しいことが無いはずです。
            何時の時代から暦が出来たんでしょうかね。

            暦が無かったら、いろんな事が変わって来るでしょうね。
            面白いんじゃないかな、とても自由な時間空間が出来て、気ままな生き方が出来そうです。
            今何日、今何時なんて必要が無いんですからね。

            大昔の人びとはそうした時間感覚や年など気にしなかったでしょうから、鳥や動物たちと同じで自由奔放な生活をしていたんでしょう。
            時間を割り当て、日にちを決めてしまってから、人の生き方はガラッと変わったことでしょう。
            しかし人が決めたこと、自然の中に居るのに、無くても良かったような気がします。

            こうして年末が近づき、あわただしい気分にもなることなく、何となく気軽な日々になりそうな気がします。
            しかし作ったものは変更することが出来ないので、時間・日と言うものにがんじがらめされた生活から抜け出せません。
            人はそうした自由な空間からだんだん狭い空間へと押し込む性癖をもっているのかも知れません。

            どんどん法律が作られ、その枠内での生活を余儀なくされます。
            しかしその法律も場所・地域・国によって違いがいっぱい有ります。
            ですから、法律が正しいものとは言えないのです。
            人の世はそうした法律に押さえつけられています。

            今年も年末、これは暦からの圧迫です。
            残り一枚のカレンダーも人が作ったものです。
            もし10年間のカレンダーを作れば、まだまだ残りが多く有るので、なんとなく焦りを感じないのですが、一枚になっちゃうと何もかも今のうちに、そう言う圧力に抵抗せねばなりません。

            いやはやそうした暦の力に屈服して、残りの時間を過ごします。
            今日も友人と忘年会です、昼ですがね。
            今時分の多忙な日に忘年会をしなくてもと思うのですが、この時期だからの時間感覚です。
            不思議な暦時間、それに従うしか無いのです。
            | 自然・活発な行動 | 08:56 | comments(0) | - | - | - |
            じっとしていることは辛く不自然な姿です。
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              真っ暗な空から今にも雨が落ちて来そうな雰囲気です。
              部屋の中は暗がりのため照明が必要です。
              もし照明の無い大昔の時代、こんな日は何をしていたんでしょうかね。
              鳥たちのように巣にこもっていたんでしょうか。

              じっとして、動かずに一日を過ごしたんでしょうかね。
              しかし動かない、じっとしている、これは辛いことです。
              入院すればほとんどがそうした静の世界に入ってしまいます。

              実に動かないと言う行動(?)は難しいものです。
              健康であれば、もっと難問です。
              しかしそうした時間もたまには必要な気がします。

              のんびりと、静的な空間で、何も考えずに、自然を眺めていたい、そんな気分もいいものではと思ったりします。
              思い出すのは大学受験勉強が終わって、目的の受験も達成し、さてこれから何を、と思った時に、じっと長い時間庭の草木を眺めていました。
              その光景を思い出し、とてもいいものだったと言う感慨に浸ります。

              その後はそのような自然体でのんびりと過ごすことが無かったような気がします。
              せかせかとした日々を、時間を過剰に意識して、周りの人びとにいい人だと思わせるような、裕福な生活に憧れ、ともかく自分への労(いた)わりなど考えませんでした。

              でもこうして現役を引退し、生活も安定し、他人の目も気にせずに、自由に、思い通りに出来る、そうした時なのですが、中々じっとしていません。
              毎日が決まったように、同じことを繰り返しています。
              静かな状態にしていないんです。

              せかせかと、これが収まらないのです。
              結果、じっとしていること、これは実に辛いことで、疲労の原因になるんでしょうかね。
              闊達な行動こそが自然体なんでしょうかね。
              人と言うものはと貧乏性なのかも知れません。

              優雅に時間を過ごす、その中に忙(せわ)しないものが混じってくる、どうもそうした雰囲気があるような気がします。
              だから、結論は忙しなく動いていてもいいのかも知れませんね。
              さっそく、この天気の悪い状況の中で、外出準備をしているんですから、不自然な行動かどうか、これが自然体なのかどうか、分からないばかりです。
              | 自然・活発な行動 | 08:33 | comments(0) | - | - | - |