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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
必要なのですが無駄に見える事も多々
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    快晴の空を見上げると美しいなあ!と感じ入ります。

    冬の空は特別に透き通って見えますので宇宙に吸い込まれそうです。

    校庭では子供たちが授業前の鬼ごっこをしています、チャイムが鳴ったんでしょう一斉に教室に向かってます。

     

    一時間目から体操の授業もあるみたいで赤い帽子をかぶった小さな子供たちが出てきました、また校庭の周りを走るのでしょうか。

    寒いから裸にならないでと言ってあげたいインフルエンザも流行っているからね。

    無理は禁物です。

     

    北陸の方は降雪に対応せねばなりません。

    NHKのLIVEの映像で小松飛行場を見てまいした。

    6台の除雪車と言うか4台はブルドーザーの前に雪除け用の三角みたいなものを付けてます。

     

    その除雪光景をじっと見てたんですがあっという間に駐機場近辺が綺麗になりました。

    積雪はおおよそ50僂ら1mの間かと思われます。

    昨日は飛行場を閉鎖のかどうか、今朝からの運行のための準備作業が急ピッチです。

     

    雪搔きの作業は実に大変です。

    しかし除雪しなければその場所を利用できません。

    実に厄介な代物です。

     

    どうしても除雪は必要なものですが考えてみれば無駄の代名詞みたいなものです。

    雪が無ければ除雪などと言う苦労はしなくてもいいのです。

    除雪したからと言って何かを生産する訳じゃないし、経費を費やすだけです。

     

    ここ太平洋側は降雪が少ない、いや飛行場で除雪しなければならないほど降りません。

    もし羽田が除雪しなければならないような雪国だったら現状の便数をこなし切れないでしょう。

    欠航が相次ぐでしょう、除雪の無駄な作業が大変な不利益を出します。

     

    そんなことで除雪は必要不可欠しかし実は無駄な経費の消耗、ここんところが雪の困ったところです。

    しかしこうした無駄な経費は雪だけじゃないかも知れません。

    日常的にも同類の無駄が有る様な気がします。

     

    掃除もそかも知れません。

    毎日の掃除は欠かすことが出来ません、しかし掃除から得られる生産性は無いのです。

    汚さなければ掃除も必要ないと思いますが、程度問題です。

     

    昔の生活は風呂など無かった時代に人は身体をどうやって洗っていたんでしょうかね。

    現代は毎日風呂に入るかシャワーで身体を洗います、洗いすぎかも知れませんが。

    考えてみればここでも無駄をしているかもと考えてしまいます。

     

    風呂は三日か四日程度で良いかも、その間は行水で身体を拭く程度でいいのかも。

    経済的な効果は出ると思います、ガス代やら水道代が助かるはずです。

    身体も洗剤で皮膚上部の脂肪分を除去してしまいますから皮膚が弱るのではと感じてます。

     

    アトピーとかかゆみとかに関係が有る様な気がします。

    必要ですが過剰ではないかと思う無駄を探り出して改善することが現代の必要な事柄ではと思うのです。

    除雪を見ていると無駄な作業だなあと、もし雪が無かったらなあと、面白がって見ていていいのかと、そんな気がしたんです。

    | 面白い | 09:05 | - | - | - | - |
    得るものを得たら次も得たい欲望の連続
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      昨日の雪は残雪を溶かしてくれました。

      ここはまだまだいっぱい根雪が残ってましたが大分解消されました。

      歩く道幅も広がり助かってます。

       

      春っぽく感じるのですが節分の勢でしょうか。

      豆まきをして鬼を追い出さねばなりません。

      一番の鬼はかみさんでしょうが既に追い出してしまいましたので豆まきの必要がないかな。

       

      今日は友人のマンション購入のつきそいて行きます。

      ちょっと田舎に行きますと結構いい物件がいっぱいあります。

      選択するのが大変です。

       

      中古マンションですが築20年以内であればそれほど古くは感じません。

      それに田舎は都内と比べたら非常に安いし環境がいいし、空気がうまいです。

      良い事ばかりです。

       

      しかし都内に住みたい願望は依然として高いようで次々に出来るマンションは殆ど即完売のようです。

      公園も無く道路に面していてうるさいし空気は汚いし、3悪がそろっているのに都内に住みたい気持ちはなんでしょうかね。

      田舎とは言っても電車に乗れば都心まで30分とかそんな程度です。

       

      兎も角、住まいを安定させれば安心できます。

      ですが人はそれだけでは永遠に満足するのじゃ無く又次が欲しくなります。

      この欲しい欲望は無くなることが有りません。

       

      お金との相談になるかとは思いますが欲望が消え去ることが無いのです。

      欲望を駆り立てるのは一体どんな悪魔なんでしょうか。

      この節分で悪魔も払いのけた方が良さそうです。

       

      そんなこんなで今日は多忙極まりない一日です。

      早速出かけます。

      | 面白い | 08:26 | - | - | - | - |
      自分の経歴を記録
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        雪国の降雪の猛威も一段落で良かったと思いますがその後も不安は残ります。

        来週は気温が上がり雪崩の危険にさらされると言います。

        早く雪が溶けて春が来てほしいと願っている事でしょうしかし今は屋根に積もった雪を除去せねばならない大事な仕事が残っています。

         

        この作業で事故が起きてしまうのは残念です既に数人が犠牲になっています。

        屋根の上は実に危険そのものです雪国ならではの設計は出来ないものかと思ってしまいます。

        屋根の傾斜を通常よりも強くしておけば雪が積もらずに落ちてくれるだろうと思うのですが一般的じゃないのでしょうか。

         

        今年に入って自分の記録即ち経歴を整理しようと思って始めました。

        生まれたところからその前に両親のことも調べなきゃならないかも、祖父や祖母もしかし今となっては親に聞くことが出来ないので残念です。

        多分に記録は連続的に思い出すことが出来ないので追加追加でまとめる様になります。

         

        まとめ上げれば相当な量(膨大)になるかもしれません。

        役に立ちそうなのが写真です日付が入っていれば都合がいいのですがこれから写真を見直してみます。

        面白くなりそうです。

         

        実に自分と言う存在を意識することが無く日々を過ごしています。

        友人との飲み会の時に歴史(過去)を語り合いそうっだったあの時はと自分を思い出すだけです。

        生きている時はそうしたものでしょうか現在にのみ気を取られて過去などすっかり忘れています。

         

        考えれば自分の存在感とは何か?分からないのです。

        そろそろ74歳になりますがこの世に自分が存在したことがどんな役割だったのか評価すら出来ません。

        生まれた時はいい人生が待っていると親は考えるでしょうが果たしていい人生とは何かも分かりません。

         

        ですから自分の歩んだ道をじっくりと眺めてその中にいい人生がどの位有ったのかを確認してみたいんです。

        逆の悪い面も逃さずに記録してみたいです。

        どうも記憶面ですらすらと出て来る能力を持ち合わせてないので時間がかかりそうです。

         

        出来上がったらさぞかし楽しい経歴になりそうです一年がかりでも作ってみたいです。

        やっと今年の目標が得られました いいところに気付きました。

        ちょっと嬉しい気分です。

         

        そう言えばこのブログを始めたのは2009年1月10日でした。9年を超えたんです3175件を投稿しました。

        | 面白い | 09:27 | - | - | - | - |
        得意不得意は天性か努力か
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          北国は大変な雪の様で気の毒に思います。

          こちらはいい天気ですから勿体ない気持ちです。

          電車の中に閉じ込められた人達の心境を察します。暖房はあったとしても緊張が持続するわけですから精神的な疲労は相当なものでしょう。

           

          今日もその寒気が居座っているそうで早く開放されることを祈ります。これも自然災害の一つでしょう。

          処によっては平年の3から10倍も雪が積もっているとか地域住民は戸惑いも有るでしょう。

          近年は雪が少なくなったように感じていたんですが寒気が来れば大雪の降る条件があるわけです。

           

          こちらも寒さはだんだん厳しくなって来たように感じますが小学校の校庭では相変わらず子供たちが運動着半袖半ズボンで走り回ってます。

          昨日は全校生徒が縄跳びをしてました、大きな縄を回してその中に入って縄を飛び越えて出て来る単純な運動です。

          次々に回転している縄の輪に入って行くのですがしかし見ているとうまく出来る子と出来ない子がいるんです。

           

          運動にはそれなりの運動神経が必要なんでしょうが何故出来ないのと不思議な思いもあります。

          我々の子供時代の遊びと言えば縄跳びは常でした。

          出来ない子はいなかった様に思い出すのですがどうだったか?

           

          運動はそもそも出来る出来ないの差がはっきりと表れます。

          野球などはプロ選手になるには絶対に上手くなければならない訳で天性の運動神経が備わってなければならないのでしょう。

          この校庭でも土日には子供野球団ジャイアンツが練習しています。

           

          見ているとまあまあって感じですそれなりにやってます。

          しかし上手いと言う動きは自ずと見えて来ますそれは野球と言う型(何となく)にはまっている感じがするのです。

          まずそういった子供は居ないです天性に恵まれた子が見当たりません。

           

          ですから努力で上手くなるしかないのですがこれも限度がありますから それと天性は真剣さへの重みをもっているような気がします。真面目と言うか。

          しかし努力する方はどこかに遊びの方向に向かっている様に見えます。

          この辺の違いがあるんでしょうゴルフもフィギュアスケートもなんもかも天性のある人は真剣そのものでぶつかっていきます。

           

          縄跳びだって単純と言いながら出来ない子がいると言うことは運動とは少なからず天性に恵まれねばならないと言うことでしょう。

          今はサッカーの時代でしょうがこれもまた誰でも出来るものじゃなくプロ級になるには努力だけでは行く着くことは出来ないでしょう。

          では天性とは生まれつきのもの 生まれたときに与えられたもの とすればそれに気づくことで未来が開ける訳ですか。

           

          人は生まれた時は誰もが同等のものを持っていると思ってましたが違うのですかね。

          生まれた瞬間からプロになれるべきものを与えられたのでしょうきっと。

          我もその天性を持って生まれればよかったのになあと悔やみますがこれだけは神様の仕業(しわざ)でしょうかね。

           

          外部から見ていると良く分かりますが自分の中では自覚することは難しいです。

          天性を見抜くこと これが生きる上で早く出来るかどうか 人生の生涯が決まるもの 気づくのが遅かった。

          天性だけじゃない 自分と言う存在もまだ気づかないでいる様に思える。

          幽霊か???

           

           

          | 面白い | 09:14 | - | - | - | - |
          竜馬が歴史から消える(教科書の中で)
          0

            晴天の空を北国に持って行きたい気がします。

            今朝のNHKの動画を見ていると雪が吹雪いて大変な状況を感じました。

            たまたま学生時代の場所が映像に出てまして懐かしく感動しました。

             

            雪の深さは当時と変わらないぐらいです 道路の雪は除去が間に合わないのか車の腹をこすっていました。

            当時も一晩で50兩僂發襪里鷲當未両態でしたから除雪車が出ても一部分だけしか出来ないのです。

            雪の除去はお金をかけても見返りがないものです 捨て金です と官庁の人が言っていたのを思い出します。

             

            今朝の記事で教科書から坂本龍馬が消されてしますと出てました。

            我々は竜馬有りきの歴史ですがどうやら小説で虚構だったのかも知れません。

            しかしそれでも竜馬は歴史上で消すことが出来ない程深く入り込んでいます。

             

            小説が全て真実でないと決めつけたら我々歴史小説の好きなものからすれば「いいじゃないか」と反論したくなります。

            実際に竜馬が歴史に係ることが少なく日本の夜明けに関係してないと言うのが真実ならば「じゃ誰がそうしたのか」をはっきりさせて欲しいと思います。

            大政奉還を進めたのは竜馬じゃないとするならば誰が慶喜に提言したのか 慶喜自身が気づいたのかを明確に説明してもらいたい。

             

            司馬遼太郎だって頭の中だけで書いた訳じゃないし歴史書をいっぱい読んでから書いたのでしょう。

            中国史 司馬遷が作った「史書」だって小説的なものですがちゃんと歴史書になっているんでしょう。

            歴史はいや現実も本当の事など分からないことが多いです。

             

            誰の発案かなど言って見れば官僚の地位の低い人が居ても無視されるでしょう竜馬だって無名だったんではないだろうかと思う。

            しかし竜馬はそれなりに広範囲に行動し顔が広くなり言動が重視されたのではなかろうかと思うのです。

            だから竜馬は言わなかったじゃなくて行ったかもしれない程度でもいいから歴史の教科書に載せて置いてほしい。

             

            じゃないと歴史小説が全面的に否定されてしまう気がするし これから読もうとする子供たちにも小説を読んでも参考にならないと思われてしまうかも知れない。

            歴史は小説から入っていくと楽しくてもっともっと読みたい知りたいと言う世界です。

            教科書から何の楽しみも無いし興味も持てないのですから是非小説を敵視しないでもらいたい。

             

            歴史小説に魅せられてもいいじゃないですか。大河ドラマも全て否定ですか。

            | 面白い | 09:17 | - | - | - | - |
            竜馬が歴史から消える(教科書の中で)
            0

              晴天の空を北国に持って行きたい気がします。

              今朝のNHKの動画を見ていると雪が吹雪いて大変な状況を感じました。

              たまたま学生時代の場所が映像に出てまして懐かしく感動しました。

               

              雪の深さは当時と変わらないぐらいです 道路の雪は除去が間に合わないのか車の腹をこすっていました。

              当時も一晩で50兩僂發襪里鷲當未両態でしたから除雪車が出ても一部分だけしか出来ないのです。

              雪の除去はお金をかけても見返りがないものです 捨て金です と官庁の人が言っていたのを思い出します。

               

              今朝の記事で教科書から坂本龍馬が消されてしまうと出てました。

              我々は竜馬有りきの歴史ですがどうやら小説は虚構だったと言うのでしょうか。

              しかしそれでも竜馬は歴史上で消すことが出来ない程深く入り込んでいます。

               

              小説が全て真実でないと決めつけたら我々歴史小説の好きなものからすれば「いいじゃないか」と反論したくなります。

              実際に竜馬が歴史に係ることが少なく日本の夜明けに関係してないと言うのが真実ならば「じゃ誰がそうしたのか」をはっきりさせて欲しいと思います。

              大政奉還を進めたのは竜馬じゃないとするならば誰が慶喜に提言したのか 慶喜自身が気づいたのかを明確に説明してもらいたい。

               

              司馬遼太郎だって頭の中だけで書いた訳じゃないし歴史書をいっぱい読んでから書いたのでしょう。

              中国史 司馬遷が作った「史書」だって小説的なものですがちゃんと歴史書になっているんでしょう。

              歴史はいや現実も本当の事など分からないことが多いです。

               

              誰の発案かなど言って見れば官僚の地位の低い人が居ても無視されるでしょう竜馬だって無名だったんではないだろうかと思う。

              しかし竜馬はそれなりに広範囲に行動し顔が広くなり言動が重視されたのではなかろうかと思うのです。

              だから竜馬は言わなかったじゃなくて言ったかもしれない程度でもいいから歴史の教科書に載せて置いてほしい。

               

              じゃないと歴史小説が全面的に否定されてしまう気がするし これから読もうとする子供たちにも小説を読んでも参考にならないと思われてしまうかも知れない。

              歴史は小説から入っていくと楽しくてもっともっと読みたい知りたいと言う世界です。

              教科書から何の楽しみも無いし興味も持てないのですから是非小説を敵視しないでもらいたい。

               

              歴史小説に魅せられてもいいじゃないですか。大河ドラマも全て否定ですか。

              | 面白い | 09:17 | - | - | - | - |
              竜馬が歴史から消える(教科書の中で)
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                晴天の空を北国に持って行きたい気がします。

                今朝のNHKの動画を見ていると雪が吹雪いて大変な状況を感じました。

                たまたま学生時代の場所が映像に出てまして懐かしく感動しました。

                 

                雪の深さは当時と変わらないぐらいです 道路の雪は除去が間に合わないのか車の腹をこすっていました。

                当時も一晩で50兩僂發襪里鷲當未両態でしたから除雪車が出ても一部分だけしか出来ないのです。

                雪の除去はお金をかけても見返りがないものです 捨て金です と官庁の人が言っていたのを思い出します。

                 

                今朝の記事で教科書から坂本龍馬が消されてしますと出てました。

                我々は竜馬有りきの歴史ですがどうやら小説で虚構だったのかも知れません。

                しかしそれでも竜馬は歴史上で消すことが出来ない程深く入り込んでいます。

                 

                小説が全て真実でないと決めつけたら我々歴史小説の好きなものからすれば「いいじゃないか」と反論したくなります。

                実際に竜馬が歴史に係ることが少なく日本の夜明けに関係してないと言うのが真実ならば「じゃ誰がそうしたのか」をはっきりさせて欲しいと思います。

                大政奉還を進めたのは竜馬じゃないとするならば誰が慶喜に提言したのか 慶喜自身が気づいたのかを明確に説明してもらいたい。

                 

                司馬遼太郎だって頭の中だけで書いた訳じゃないし歴史書をいっぱい読んでから書いたのでしょう。

                中国史 司馬遷が作った「史書」だって小説的なものですがちゃんと歴史書になっているんでしょう。

                歴史はいや現実も本当の事など分からないことが多いです。

                 

                誰の発案かなど言って見れば官僚の地位の低い人が居ても無視されるでしょう竜馬だって無名だったんではないだろうかと思う。

                しかし竜馬はそれなりに広範囲に行動し顔が広くなり言動が重視されたのではなかろうかと思うのです。

                だから竜馬は言わなかったじゃなくて行ったかもしれない程度でもいいから歴史の教科書に載せて置いてほしい。

                 

                じゃないと歴史小説が全面的に否定されてしまう気がするし これから読もうとする子供たちにも小説を読んでも参考にならないと思われてしまうかも知れない。

                歴史は小説から入っていくと楽しくてもっともっと読みたい知りたいと言う世界です。

                教科書から何の楽しみも無いし興味も持てないのですから是非小説を敵視しないでもらいたい。

                 

                歴史小説に魅せられてもいいじゃないですか。大河ドラマも全て否定ですか。

                | 面白い | 09:16 | - | - | - | - |
                変化の中で生き抜く人の世
                0

                  北日本は大荒れの天候が映像で見てここ東京がこんなにも晴天に恵まれていいのかどうかと何処となく不公平さを感じます。

                  風も穏やかで冬の気候としては大満足です。

                  小学校も今日から冬休みに入った模様で登校する生徒がいませんとなると学校もひんやりと静まり返っています。

                   

                  学校のプールの水が冷たそうに見えます夏の子供たちのはしゃぎようが嘘のようです。

                  今年もいろんな変化が有りました。

                  終わりに近付いて今年の十大ニュースも取りざたされる時期ですが我が家も変化してます。

                   

                  この変化こそが生きている証(あかし)なのかも知れません。

                  平穏無事の中にも必ず変化しているものがあります。

                  変化もいい方向と悪い方向が出てきます。

                   

                  悪い方向と言えば北朝鮮のミサイルや核開発でしょう。

                  これほど世界を混乱させるものは有りません。

                  いい方向かどかはまだ評価に至らないでしょうがトランプ大統領の就任でしょう。

                   

                  意外性の面で大きな話題です。

                  これからもこの地球上で何が起きるのか想像してみるのも面白いですか。

                  予想が出来ればいいのですが突如として変化が起きることがありこれだけは困りものです。

                   

                  良い事ならば歓迎ですがこの世は一般に良い事が少ないです。

                  そう言えば日本では今頃と思う時期にフィリピンでは台風で200人以上の犠牲者が出たと報道されています。

                  イギリスBBCテレビが大々的に報道してます天気予報官(向こうにそいうものがあるかどうか知りませんが)が天気図を説明したりしてます。

                   

                  自然の変化は予測できる場合と出来ない事があります今度の台風は予測は出来たでしょうが雨量など河川が氾濫するところまでは分からなかったようです。

                  鉄砲水のような突然の一瞬の事だと住民の話でした。

                  年の瀬に来て又もや自然災害に有ってしまう地球の悪戯は大きすぎます。

                   

                  何せ今年も残りわずか無事に過ごせるようにしたいものです。

                  今夜も忘年会が有ります飲み過ぎだけは注意せねばなりません気持ちは解ってますが実行が伴うかどうかが多少の気がかりです。

                   

                  | 面白い | 08:51 | - | - | - | - |
                  時間の経過 切迫感で緊張
                  0

                    寒さは本格化して来た感じがします。

                    今日も各地で寒さが厳しいようで北海道では最低気温がマイナスになっていいる日が続いているようです。

                    東京はなんだか気温がそれほど下がらないようで助かります。

                     

                    いよいよ今週が今年の最後のお仕事なりそうです。

                    来週は年末のごあいさつ回りなどになるでしょう。

                    忘年会も三々五々あちこちで行われるでしょう。

                     

                    我々の仲間4人は19日に忘年会をします既に予約も入れています。

                    最後の忘年会は26日にありますこれは10人程度の集まりで所謂会社関係です。

                    そうして今年は終わり2018年が幕を開けます。

                     

                    明けましておめでとうの言葉が待っているんです。

                    時間と言う物差しで世の中が変化している様はどこか変だなと思うことが有ります。

                    時間はどんどん経過して行きますそれを人は物凄く意識します。

                     

                    特に所定の時間決められた時間には厳格さをもって対処します。

                    電車の運転時刻などは一秒単位で管理されているかも知れません。

                    我々の場合も待ち合わせ時間は守ろうとします少しでも遅れまいとします。

                     

                    それ程に時間と言うものが大事な要素になっています。

                    しかし考えてみればもし時間が厳密に刻まれてないならもう少し気分的に楽になるような気がしてなりません。

                    大体の時間で動けば切迫感が薄れるでしょう。

                     

                    江戸時代は一刻(いっとき)は二時間でした即ち現代でいえば一時間ぐらいの感覚でしょうか。

                    倍の長さの物差しだとすれば今の倍の悠長さが有ったような気がします。

                    昔は多分ですよ時間などそれほど気にしてなかった様に思うのです。

                     

                    だいたい時計が自分の家に有った訳じゃないしましてや腕時計など無かったなら「今なんどきだ」と言っても正確な時間は分からなかった。

                    寺の鐘が時計代わりだったんだから聞こえない場所では全く時間感覚は無かったでしょう。

                    又お寺だって時計が有ったのかどうかわかりませんが適当に鳴らしていたんじゃないかと思う。

                     

                    そんなのんびりした時代は切迫感など無かったように思えて良い時代だと羨ましく思う。

                    追いつめられる様な時間の圧力は現代のストレスの要因で大きな位置を示していると感じる。

                    最近腕時計をしていない何故かと言うと電池が切れているから電池交換で5000円もかかるので。

                     

                    で腕時計が無いから不便かと言えばそうでも無いスマホを開けば時間が表示されている。

                    腕時計をしている時は時間が気になって良く見るのだが持ってないと意外に時間を忘れている。

                    結果時間の余裕が生まれているような気になる。

                     

                    時間だけが人生じゃないよと言いたい気分だ。

                    現役時代はスケジュールがいっぱいになっていたことも有った。

                    どれ程追いつめられていたかを思うと馬鹿バカしくさえ思えて来る。

                     

                    時間的な区切りだけで動いていると実質的なものが得られない様に思えて来る。

                    中途半端になりがちである時間ですからこの辺で終わりましょう的な雰囲気は必ずある。

                    こうして次々に時間に追われているといい加減な気持ちが生まれる様にも思える。

                     

                    即ち忠誠心なるものが欠ける欠如するようになる傾向が生まれてしまうのではと。

                    日本の大企業が不正や隠蔽などすることが出来るのはこうした時間的な切迫によって重要な部分を切断するためではと感じる。

                    法律順守を徹底的に管理するには十分以上に時間を掛けねば見抜けないことかも知れない。

                     

                    個人の資質から見て行かねばならない完成車の検査を資格のない人が行った例は管理者の資質に問題が有ったためだ。

                    法律を云々(うんぬん)する前に管理者の資質を見抜けねばならない。

                    だが管理者にする条件は時間なのだ前任者と変わらねばならない状況に至るからだ。

                     

                    そうして管理者は次々にところてん式に押し出されてくる。

                    一々取締役が管理者の資質まで検討する時間は無いのだだから現場のことなど知る由もない。

                    時間がすべてを牛耳っている現代法令遵守などに気をまわす時代ではないと現場では思っているかも知れない。

                     

                    時間は確かに重要な要素だが重視しすぎる傾向を変化させるのが余裕につながる様に思う。

                    余裕が生まれれば見直しも出来るし反省改善も出来る。

                    しかし時間は刻一刻と過ぎると行動に圧迫を与えてしまう、気分は切迫して来る、結果抜け道を作らざるを得ないとなっていい結果が得られない。

                    最後は誤魔化し即ち法を破ることにつながる良い事ではない。

                     

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                    感情の表現で怒気が一番多いか。
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                      実に寒い朝であった。今も寒さが続いているが。

                      小学校の生徒の登校を見ていると前かがみになっている。

                      でも今は校庭中走り回ってしる身体が暖まることだろう。

                       

                      今朝温度計を外に出して測定したら5.2度まで下がった、予報の気温2度には達しないがここまで低いで多少の驚きだ。

                      ここから秩父方面の山が見えるがネットで秩父の気温を調べたらー3度(7時)になっていた。

                      もう近場まで冬将軍が来ているようだ。

                       

                      怒る、この現象が感情表現で最も多いのではないかと思う。

                      簡単に異常な感情状態に置きやすいことが理由かも知れない。

                      この盛り上がりが脳のどこの部分から出て来るのか面白い現象だ。

                       

                      何とかホルモンの分泌の多くなるからだろうがそのホルモンを過剰に持っている人は直ぐに怒ることが出来るのか。

                      随分古い話だが先輩でケンカを直ぐにしてしまう人が居た。

                      些細なことでも簡単に感情をむき出しにして怒気を表す、それで収まらずに手まで出てしまう。

                       

                      昔はケンカすること自体それほ珍しい事では無かったがそれでも先輩は多かった。

                      やはり何かのホルモンが多かったのかも。

                      そんな感情であるが、中々感情を高ぶらない人も多い。

                       

                      何をしても冷静で静かなものだ。

                      これはホルモン不足なのかも知れない。

                      いずれはホルモンと言う何か分からないものに人は支配されているようだ。

                       

                      適度に的確なホルモンが分泌されていれば良いのだが本人自身分からない。

                      過剰も良くないし少ないもの良くないだろう。

                      何か最適条件を作る方法が在るのだろうか。

                       

                      さて、今友人から電話があって会うことにした。

                      この辺でホルモンの話はお預けにしたい。

                      今日のホルモンはどんなものが出るのか分かれば面白いだろうに、知らないこともいいかも。

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