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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
毎日同じ調子で有る事が順調な証です。
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    湿度が高くなって来たようです、梅雨入りがまじかかも知れません。

    もうそんな季節になったのです、つい少し前は北風に悩まされていたと思ったらいつの間にかねっとりとした空気になったのです。

    時間と言う物差しは正確無比なのでしょう。

     

    朝の起床から寝るまで日々それ程の変化はない様に思います。

    ほぼ半分以上の時間は繰り返し同じことをしているような気がします。

    同じ調子と言う事でしょう。

     

    これが違ってくると調子が悪いと言う表現になるのです。

    成る程、調子と言うものはある一定のリズムなのでしょう。

    調子にもいろいろあってワルツ風にとかスローステップとか最近の速いテンポとか、どんな調子が今の自分に一番近いかを探るのが面白いところでしょう。

     

    現役引退組はどちらかと言えばスローのペースのブルースがお好きなように思います。

    そこに時たま激しい調子が入って来るとどうも調子が狂ってしまうとなります。

    直ぐに平常に戻ればいいのですが、年取ると戻りも鈍くなります。

     

    どうも調子が悪いと言う現象が起きてしまいます。

    ですから日々の生活活動は何も変化させる必要を強いなくてもよいと思うのです。

    変化は人にとってとてもフラストレーションが貯まりやすい要因です。

     

    そんな訳で普段の生活は平穏で十分だと思った方が良いかなと考えました。

    中曾根康弘元首相は100歳を迎えたそうです、激務の首相をされた方が長寿を維持しているのは日々を大事に過ごしておられるからだと思います。

    日々を大事に、これは自己の管理をいかに作り上げるかで決まるでしょう。

     

    平凡で順調な日常が過ぎていれば一番いい事だと思います。

    | 自然・展開(流れ) | 09:06 | - | - | - | - |
    3月も終わり新年度が始まる、仕切り直しで活性化。
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      花見をしている人は全国で何万人いるのでしょうか、日本の一番美しい時期です。

      今日も穏やかな花見日和、実に嬉しい天候です。

      あちこち花見の穴場を探しながらの人も多い事でしょう。

       

      土日はどれ程の人出が有るのでしょうかね、場所取りに苦労することでしょう。

      今年は風も雨も無いので花が長持ちしています、こんなにいい条件は珍しいです、記憶にないです。

      樹々の新芽が出て来て小さな葉っぱの緑が目に入って来るようになりました。

       

      こんな自然界ですが、人間界も新年度を迎える時期になっています。

      新年度と言えばいろんな場面で新人が出来ます。

      新保育園児を始めとして小学生も中学生も高校生も大学生もと、そして新社会人も生まれます。

       

      これがこの春に一斉に生まれるのですから何となく不思議な気がします。

      階段式になっていますから、一つが進めば全部が同様に動く、面白いもんです。

      どこかに不連続的なものが有っても可笑しくないのに、実に整備されています。

       

      新年度となれば国家予算も決まり官庁はお金を使える様になります、それは国民から税金を採り立てることで成立します。

      国家予算が過去最高と言うことは税金も過去最高にならねばなりません。

      予算が膨らむことで仕事量が増えます、経済効果が上がります、しかしその根源・根拠は税金です。

       

      個人で考えれば予算(使う)を多くしたいですが、収入が上がらねば出来ません。

      ベースアップなど数千円程度では予算アップしたくても出来ません、国家は過去最高、個人は変わらないと言う何となく矛盾を感じます。

      年金受給者などは全く変わらないか税金やらなにやらで収入が減っている事ですから、新予算は減額傾向です。

       

      国家予算だけは景気が良く、個人予算は現状維持か減額です。

      これじゃ、景気がいいと感じません、インフレーションになればそれで問題が有るでしょうが、どんどん給料を上げて、年金を増やして、景気を上昇させて、結果国家予算を増やす。

      そうした何か大胆な政策をして貰いたい気がします。

       

      不景気ではないけど景気がいいと思えない、これがずーっと続いているんです、そろそろフラストレーションがたまって来ています。

      安倍政権も長すぎの感覚になって来ました、ダレて来たと言う感じです。

      「あべ友」などと揶揄されている問題も多く、いろんな問題が現政権内でも起きているのではないかとも思います。

       

      いっそのこと、この辺で新規新しい政権が出来てもいいかなあ、って思って来ました。

      政権の新年度が選挙と言ういつ起こるか分からない時期になっていますが、年度に合わせて新政権の発足があれば良いと思う。

      米国大統領は1月から新政権が始まるようですが、そうしたスタート時期を明確になっている方が気持ちが良いです。

       

      ともかく、新年度がスタートします、この時期に今までのもやもやから仕切り直しが出来ればいいのですが。

      すっきりと清々しい気持ちを味わえる日本になれるのはいつの日か、待ち遠しい未知の世界です。

      | 自然・展開(流れ) | 10:06 | - | - | - | - |
      弥生三月春の訪れを歓迎、待ってました!
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        雨の朝でしたが強風予報とは裏腹に静かに落ちています。

        既に低気圧が通過したのでしょう、夜中はどうっだたのか気づきませんでした。

        気温もぐんんぐん上がるようで20度に達するとか、すっかり春になりました。

         

        でも現在は暖かみを感じてません、何となくひやひやって感じです。

        弥生、こうした呼び方も今では全く使われなくなりました。

        昔の日本の伝統と言うものがどんどん捨てられてしまうものです。

         

        時代はそうしたものでそどんどん捨てられ、どんどん新しいものへと移行します。

        捨てたものにも良いものがいっぱい有るのですが、無視されてしまいます。

        こうした背景は人の世で長く続いている訳です、今後も同様な動きを継続するものでしょう。

         

        幕末にあれほどの騒動があって、明治が開かれたのがまだ150年前です。

        江戸時代がとても古く感じますが、実はちょっと前だったんです。

        家康が幕府を開いてから約300年間江戸時代として続きましたが、長い間にも変化はどんどん進んだのでしょうが、進捗はのんびりっだたんでしょう。

         

        外国と遮断していたがために、国内だけの進歩しか無かったんでしょうから、ゆっくりも頷(うなづ)けます。

        人間も悠長だったんでしょう、弥生になればお雛様を飾って子供たちの成長を祝ったりして、紅梅白梅を観賞したり、春の訪れを感じていたんでしょう。

        当時の寒さ対策などは綿入れの着物を着る程度でダウンコート・暖かいインナーなど有る訳が有りません。

         

        ですから春はとても待ち遠しいと思っていたでしょうし、弥生になったことで嬉しさが百倍だったでしょう。

        しかし現代は弥生三月は年度末で忙しく、ひな祭りもそこそこに、ひな壇を見る機会も無い状態です。

        明かりをつけましょぼんぼりに・・・などの歌をここんところ聞いた覚えが有りません。

         

        この歌に秘めた感情は何処かに春の穏やかさ、温かさを感じるのです。

        忙しさの中に春を歓迎する気分も持ち合わせて、気候の変化を感じたいものです。

        自然の営みも観察して、木々の芽吹きに気を回してみるのがこの弥生の良い処です。

         

        空も晴れ間が出てきました、本格的に春を演出してくれるか期待がかかります。

        | 自然・展開(流れ) | 09:53 | - | - | - | - |
        頂上は天空まで届かず、有限の範囲で株安の本音
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          晴天が戻って来て校庭の子供のサッカー授業は楽しそうです。

          一部はまだ乾かないようで整備をしている先生が箒で一生懸命です。

          子供たちは全く感知しないのか運動に一途です。

           

          一方日本海側では猛吹雪とか積雪も例年の何倍にもなっているとか寒いでしょうね。

          先日の雪で生活するうえで大変に苦労したものです、それがずーっと雪との戦いが続くのですから並大抵の事じゃないでしょう。

          本当にご苦労様と労(ねぎら)いたい気分です。

           

          株価がこれほど生き物とは思ってませんでした。

          上昇がこれまで通り続くと思ってましたが急激な下落には驚きとしか言いようが有りません。

          地上には高い山がいっぱい有りますが一番高いところが必ずあります。

           

          それが頂上と言ってますが即ち限界点です。

          どんどん高くなって無限に頂上が天空まで伸びる事が無いのです。

          確かに雲の上まで頂上が高いものも多いですがどんな山でも人は到達してます。

           

          株価が無制限に上がることが無い事を今の現象が物語っています。

          しかし下落が急すぎるのも、雪崩と一緒に滑落しているような感じです。

          誰が予想していたでしょうか、どんなに専門家でも予想外の症状では無いかと思います。

           

          最近の記事の中に株価大幅下落を予想すると言うものが見当たりませんでした。

          頂上に上り詰めたから一転して下りに入ると言っている人が居たんでしょうか。

          結果論ばかりを追うのが評論家ですから、今更どんな話を聞いても真に迫るものは有りません。

           

          兎も角、こうした上下の動きは今後どう影響するかです。

          企業の業績が順調に上昇していたのですが個人消費が冷え込んだら一転して業績悪化になります。

          上昇している時に水を差すような話をしたくないのが人情でしょうが、今から業績の変化を慎重に読まねばならないでしょう。

           

          そう「水を差す」これは料理をしていると良く分かります、沸騰している鍋に冷水を入れると一変に様相が変わります。

          それは見事と言えます、その見事さを見抜ける事が出来たらと思いますが誰にも見抜けないのでしょう。

          今後数日はどんな風に動きが有るのか興味深々です。

           

          そしてその後の経済への影響は評論家の出番でしょうが期待するほどの話はないでしょう。

          話題的な話で茶を濁す程度じゃないかと、実際分かる人はいないでしょうから。

          現実の社会は亡霊なのかも知れない気がします。

           

          | 自然・展開(流れ) | 09:47 | - | - | - | - |
          正月明け1週間過ぎでもう世界は動きが活発
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            今日は小正月とか余り知られてないですが1月15日に決まっているとか、とすれば大正月も有るのです1から7日です。

            松の内とは大正月の7日までしかし小正月までを松の内としていたとも言います。

            松の内即ち松飾を付けている間ですが最近松飾を見る事が少なくなりました。

             

            もう正月は終わりました。とも言えますが世界は正月など関係が無いように動いています。

            昔のように正月は特別の日々から普通になってしまったのでしょう。

            のんびりしている暇が無くなってしまった感があります。

             

            南北の朝鮮韓国が話し合いに応じたと言うニュースは世界に伝わって多くの人が何かしらの安堵を得たのではと思います。

            しかし日本の扱いニュースはそれほど大きく無かったのではと思います。

            どうやら南北が平和裏に決着することを安倍首相は望んでいないような雰囲気があります。

             

            今朝の解説でもそうした内容の記事が有りました。

            朝鮮は李(い)氏が朝鮮国を統一してからの歴史が有り南北が分かれたのは最近のことです。

            即ち1948年と言うことですから我々が生まれた数年後です。

             

            それまでは統一国だったわけで朝鮮民族の集団です多民族の混合ではなかったんです。

            ですから統一するのは当たり前なのですが分断してしまうと中々元に戻れないのでしょう。

            しかし冬季オリンピックを契機に話し合いがもたれ平和的な内容だったといいます。

             

            安堵することが出来ました。

            この先何が起きるか分かりませんが一歩前進した気がします。

            でもこれに対して安倍首相は不満のようで戦争も辞さないと言う考えが有ったようです。

             

            もう日本は戦争など絶対に起こしてはいけないのに挑発的な発言を続けています。

            制裁と言う言葉は弱い者いじめで「黙って従え」的な軍隊意識です。

            昔の日本の戦争はアジア各国を占領し「黙って従え」を行なって来ました。

             

            韓国の慰安婦問題も戦争当時ならば「反問無視・黙って従え」で収まったでしょうが現在はどうしたって心から謝らねばならない事です。

            中途半端な謝り方では済まないはずです。

            戦争時代の事だから慰安婦も当たり前的な感覚は当事者からみれば絶対に許せないことです。

             

            兎も角日本の軍人はデタラメだったのでしょう慰安婦に対する行為は想像を絶するくらいに凄かったようです。

            バラックの部屋が並んでいてその中に慰安婦が軍人を受け入れてセックスする訳です。

            軍人の長蛇の列が出来ていたとか聞きます。

             

            次々に迫られる行為に慰安婦も苦痛の連続だったと思います。

            その苦い経験者が訴えていることへの保証は過去に日本で行ったのかどうか分かりませんが心から謝ることもしなかったのでしょう。

            今始まった訳じゃなく昔からこの問題は有りましたが韓国の国力が低い時には何も言えなかったのではと思います。

             

            しかし今は経済的にも国力も世界に引けを取らなくなってきましたから言いたいことを表現しているだけです。

            安倍首相は今回のオリンピックに参加しないと表明していますが参加して心から謝り哀悼の言葉を残して来ればいいと思うのです。

            世界は平和を望んでいます安定した日々を送りたいのです。

             

            面子に拘っているのかどうか或いは慰安婦は当たり前なのであると認識しているのか安倍首相の内面が読めません。

            日本人として恥ずかしい行為だったんです。

            今年は是非平和な世界になることを願っていますトランプ政権もおとなしくなるような気がします。

            日本だけ取り残されない様に安倍政権の行くへが心配です。

             

            | 自然・展開(流れ) | 09:38 | - | - | - | - |
            ままならぬ日々 常の事
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              今朝は気温もいつもより高く楽でしたが腰痛でストレッチが出来ず残念でした。

              腰痛も普段も多少感じるのですがぎっくり腰の腰痛は実に辛いです。

              怖さも加わります再びギクッと来やしないかと心配なんです。

               

              昨日は座って立つときに痛みを感じるので立ったままの姿勢を保とうとして努力する始末です。

              しかし立ったままづーっとしていられませんからどうしたって座ります。

              その後が痛い痛い痛いで腰を伸びきるまで苦痛が伴います。

               

              もう何回もこの経験をしているので要領は分かってますがしかし現実の痛みには変わりません。

              一か月前でしたか友人もぎっくり腰で辛い思いをしたと言う話を聞いていたばかりに注意しておくべきでした。

              でもぎっくり腰は突然襲ってくるもので地震みたいなもんです。

               

              何の予報・予感も無くギクッと来ちゃうんです。

              今後の対応策として炬燵の生活は止めました。やはり座って立ち上がる時の負担と座った要る姿勢が腰に悪影響が有りそうな気がしてます。

              ですから椅子ソファーのスタイルに変更しました。立ち上がる時にスムーズに行動できます。

               

              それから何と湯たんぽを買って来たんです、もう子供のころに使った以来の出来事です。

              子供のころは冬は湯たんぽで布団を暖めから入らないと寒くてとても眠れませんでした。

              その湯たんぽですが非常に快適でした。

               

              温度加減が何とも柔らかいのです人肌と言いますか温い(ぬくい)感じです。

              トイレに行った後足が冷えていますがそれも即解消しますいいものです。で値段はと言うと2.8ℓいりももので約1000円でした。

              これでベットの中は春の気候になり熟睡です。

               

              多分痛みはまだ続くでしょうが何せ年末です養生しなければなりませんが寝ている訳に行きません。

              儘(まま)ならないのが常のことです。

              これも何かの仕置(しおき)なんでしょうか従うしか有りません。

               

              でも生活スタイルを変えるきっかけになりましたからいい経験です。

              いつも思い通りになっていたら有頂天になってしまいますから仕置もいいもんです。

              これから買い物ですが兎も角野菜が高くなったものです年末のいつもの事ですが今年は異常です。

               

              魚もさんまも昨年は漁獲量が少なくて中々口に入りませんでしたが今年はもっと少なかったと言います。

              ですから店に並んでいるサンマは冷凍を解凍したものです。生のさんまは貴重品です。

              ホタテが全滅に近いそうです昨日のニュースでしりましたがそれに比べて真蛸が通常の何倍かの漁獲量とかタコをいっぱい食べましょうか。今までタコは高かったからね。

               

              そんなこんなで今年もままならない年末の風景は変わりません来年に期待です。

              | 自然・展開(流れ) | 09:50 | - | - | - | - |
              今年も残り70日余り早い一年
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                今日も雨、このセリフが今年の大賞になるのだろうか。

                {長崎は今日も雨だった}の歌ならば好きな歌だが現実の雨には閉口する。

                しかし雨の中でも日々の食い物だけは買い物に行けねばならない。

                 

                最近いい八百屋さんを見つけた、八百屋とはいってもちゃんとしたスーパーだ。

                八百屋と言うイメージが強いのは外で野菜を皿と言うか所謂山盛りに盛って品物を売っているのだ。

                包装されていない野菜の姿であるので新鮮だ。

                 

                包装して出荷すればそれだけ時間が経過しているはず、丸ごと段ボール出荷すれば早く店に到着するし店でも即展示できる。

                そして産地直送と言うことだから市場を経由していないのだろう。

                実にいい感じだ。

                 

                昨日リンゴとミカンを買ったが山盛り5個のでっかいリンゴが680円、ミカンが30個ぐらい入って500円と言う安さ。

                それが本物の美味さを感じたね。

                ここから歩いて25分程度か離れているが何の苦にもならない。

                 

                ジャガイモなどは山盛りで150円、数日前は100円だった。

                商品が包装され輸送され陳列されている商品とは中間経費が掛かり過ぎている。

                高いし古いとなると買いたくなくなってくる。

                 

                楽しい買い物になるのでお気に入りだ。

                そんなこんなでカレンダーを眺めたら10月20日なのだ。

                もうここまで来てしまったかと思う気分だ。

                 

                残りを数えるとなんと70日ちょっとである。

                今年何をしたんだろうかと思ってしまう。

                あっという間に日々が過ぎてしまった様に感じている。

                 

                人生80年と言うことだろうが、女性は90かないずれにしても何時かはそこに到達する。

                寿命が来ることは間違いないことだ。

                日々を大切にと思っても日々は何となく過ぎ去って行くのを感じてしまう。

                 

                徒然なるままに、と言う文言が自然体のように聞こえて来る。

                良いのかも知れない。

                人間だけは自然界から離脱している訳じゃなく自然に溶け込んでいるのだから当然の話だ。

                 

                セミや秋の虫のあの騒がしさもすっかり潜んで今は静かな空間になった。

                これも自然がなす技(わざ)だ。

                あの暑かった時期に冷たい水が欲しかったが今は水道の水を冷たく感じるようになったのだ。

                 

                寒さも日一日と追加されてきて外出時にはコートも必要となる、今じゃコートじゃなくジャンバーだが。

                昔着ていたコートもあるが着たことが無い着てみようかな似合わないであろうよ。

                単純な日々に飽きもせずに過ごしている。

                 

                趣味的なものとしては料理が有るから助かる。

                もし料理をしなかったら何もしない日々になっていたろう。

                テレビ観戦、読書、音楽鑑賞、映画、等々だけじゃ自分のものが無い。

                 

                やはり自分で何かを作ることが喜びにもなるし誇れる。

                人間は人に喜んでもらえることが非常に嬉しいことだし必要なことだ。

                平凡の中にも自分の意欲と言う気分気持ちが有ればいいのだ、それには作ると言う行為を持つと分かる。

                 

                こうしてブログを毎日書き続けているが自分を表現しているのだ。

                存在と言う証を作っているとも言える。

                ま、そんな訳で今年の残りを作るに専念するわけだが誇れるものを作る努力もせねばならない。

                今年も良い年だったと言えるように。

                 

                | 自然・展開(流れ) | 09:33 | - | - | - | - |
                これで良し、しかし改善改革が来る切りがない。
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                  空に入道雲が?まさかそんな雰囲気が感じられる。

                  30度近い気温が数日続いているので夏を思い起こさせる。

                  空の雲も地上を模倣しているのか、いや逆に空が地上の気候を左右しているのだ。

                   

                  それは良いとして残暑が戻って来た。

                  朝夕はまだ過ごしやすいが昼の日中は辛い。

                  散歩も途中で汗びっしょり着替えしたい気分だが散歩後のシャワーまで待たねばならない。

                   

                  早朝に散歩をすればいいのだが朝食の用意が有るので出来ない。

                  ま汗を出すのもいいことじゃないかと気温上昇後に歩いている。

                   

                  これで良し、の結果を得てしばらく行動する。

                  しかし良しとした事がまだ十分ではないとなる。

                  そして改善改革が行われ再び「これで良いし」を得る。

                   

                  実にこの繰り返しが多い。

                  部屋の模様替えをするのが好きだ。

                  年中モノを動かしている。

                   

                  そしてこれがベストだと思って落ち着く。

                  だがどうもここに違和感があると思うとさっそく変更するのだ。

                  そしてああこれがベストだったんだと落ち着く。

                   

                  しばらくは満足しているが何処かに難点を見つけてしまう。

                  じゃこうしようかと移動させる。

                  やっぱりこうでなくっちゃといい気分になる。

                   

                  この繰り返し部屋のモノだけではない世間のことも概ねそうだ。

                  先般スーパーマーケットの店内での商品移動があった。

                  理由は解らないがいろんなケースが入れ替えされた。

                   

                  今までの売り場に商品が無い探すしかし見つからない店員さんに聞くと言う混乱を来たす。

                  しかし店側は商品を見やすく取りやすく売れるような工夫をしているのだろう。

                  以前の配置で「これで良し」としたはずがもう一度検討しようとなったのだろう。

                   

                  そうして日々改善改革と言う作業を繰り返している。

                  実に面白いことだ。

                  昨日も100円ショップに行った、お客はいっぱいだった。

                   

                  お目当てのものを探すと言うより見ていいものが有ればと思っていった。

                  中々いいものと言うものは見つからない。

                  その内にこれはいいじゃないかと思い買ってしまう。

                   

                  一部分を改善するためだ。

                  どうやら改善にはお金がかからない場合と必要な場合がある。

                  金銭的な問題で改善が出来ない、こちらが大きな問題だ。

                   

                  この難題はどうしようもない。

                  一方改善したいがやれないと言う場面もなる。

                  手を出してはいけないやれない場合もある。

                   

                  様々な改善が人の世では必要で継続される。

                  「これで良し」は一時しのぎ、一時の満足かも知れない。

                  でも満足することを味わえるなら「これで良し」を経験した方がいいと思っている。

                   

                  実に楽しいのだ。

                  | 自然・展開(流れ) | 09:15 | - | - | - | - |
                  デパートに客がいる
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                    今朝は寒かった。
                    昨夜寒くてエアコン(暖房)を入れて寝ました。
                    寒気が来ている様で、北国は相当に冷え込んでいるでしょう。
                    暖かくしてお過ごしください。

                    今はユニクロの暖かい下着がありますから、二枚重ねがより暖を取りやすいと実験結果を出しています。
                    先日二枚重ねをしたら、暑くて途中で一枚外しました。

                    昨日昼の時間帯で友人と忘年会でした。
                    時間が有ったのでデパートに入りましたら、ちょっと雰囲気が違うのに気づきました。
                    ウイークデーのデパートは人がいないのが普通です。
                    しかし昨日はちらほらいるんです。

                    混雑する程いませんが先ずはお客さんが来てくれた、そんな感じです。
                    年末ですからボーナスも支給されて、たまにはデパートで買い物でもと思って出かけて来たのか?
                    ともかくデパートの不況感は傍目で見ても気の毒なものです。

                    店員さんたちは客のいない空間にただただ立っているだけです。
                    1日が長いのではと暇ほど辛い物は無いですから。
                    これからクリスマス商戦、年末商戦とか言っても、デパートは取り残されてしまった感が有ります。

                    デパートの権威みたいなものが無くなって、しかし売り場に客が居なくても我慢している、意地っ張りの様に見えます。
                    どうするんでしょうね今後のデパート経営は変化して発展が期待出来るのかどうか?
                    心配です。
                    結局日本の場合それそれと乱立する癖があるのが問題ですかね。

                    老舗も新参者も一緒にされてしまう。
                    何処でも同じ商品を並べてしまう。
                    特徴、特有の商品の差が無くなって、価値の基準が無くなった、海外ブランドも同様です。
                    昨日のデパートを見て少し元気が出たかな?そんな感じを持ちました。
                    頑張れ!のエールを送りたいです。
                    | 自然・展開(流れ) | 08:13 | comments(0) | - | - | - |
                    義理立て、犠牲的な行動になりがち。
                    0

                      今朝はちょっと寝坊して7時半ごろ起床しました、実は昨夜久しぶりに遅くまで(10時頃)飲食していました。

                      通常は遅くとも7時には夕飯を終え、その後の飲食は無しです。

                      健康的な日常かも知れません。

                       

                      しかし羽目を外すこともたまにはいいかと、旨い酒と魚に時間を忘れました。

                      隣に居るのが恋人(?)ですから、何時間でも一緒に居たい気分です。

                      年齢に関係なく恋することは永遠です。

                       

                      相思相愛はお互いに義理立てて行うものじゃなく、心が溶け合っているものです。

                      しかし義理と言う行動が結構多く有ります。

                      共同生活の中では義理を通さねばなりません。

                       

                      この義理立てのために、自分が犠牲になっていることも確かに多いです。

                      こうなると、どこかに歪(ひずみ)が生まれます。

                      どんどん歪が大きくなると、ストレスとして感じるようになります。

                       

                      そして爆発、地震のメカニズムはそうしたものですが、人間は爆発出来ないのです。

                      どこまでも犠牲的な行動を行い、相手に迷惑をかけない、これが主婦かも知れません。

                      日々の仕事は家族のために、それのみで有ろうかと。

                       

                      日常の行動をもう少し変化させられないかどうかです。

                      例えば、三食の食事を二食に変えるとか、江戸時代までは二食だったんじゃないですかね。

                      下着・靴下とかは毎日替えますが、洗濯しなくてもいいように使い捨て下着等にするとか。

                       

                      部屋の掃除も何らかの方法で清潔に保てるようになるとか。

                      所謂家事から主婦を開放する手段・方法を何とか作り出せないだろうかと、思うのです。

                      主婦の犠牲的な献身には頭が下がります。

                       

                      叙勲、4000人余ですが、その中で女性は1割以下です、380余です。

                      献身的な、犠牲的な行動を日々行っていても、誰も認めようとしない、当たり前と言う認識です。

                      もし、家事をしない女性が多くなったら、仕事場もいっぱい出来るし、芸術への打ち込みも真剣にできるし、活躍する場に躍り出ることも多くなるでしょう。

                       

                      そしたら、男性の活躍以上の活躍があると思うのです。

                      叙勲も逆転するのではないかと、今年の叙勲は久しぶりに男性が多かったね、などの会話が生まれるかも知れません。

                      大事な生涯、犠牲に強いられて過ごす女性の生き方、そろそろ真剣に検討すべき時代になって来た気がします。

                       

                      少なくとも、叙勲は男女半々になって欲しいと願うものです。

                      それには女性への愛情ある開放を男性は持つ必要が出てきました。

                      男女しかいないこの世、男尊女卑は女性の屈辱です、下に見てはいけない、犠牲を強いてはいけない、このことです。

                       

                      | 自然・展開(流れ) | 10:30 | comments(0) | - | - | - |