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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
名門故に変わらない、変われない、昔の大大名もそうだった。
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    今朝の花じゃなく鼻の状態は水っぱなに悩まされています。

    早速薬を飲んだんですが効き目は無しと言えるでしょう。

    予報マークも真っ赤かですから、杉花粉の日かと思わせます。

     

    今日は大変な一日になりそうです。

    寒さも戻って来て三寒四温の言葉を作った人は気象予報官よりも優れモノです。

    でも暖房を入れる程でもないし、中途半端な朝です、これから太陽が出て来るのかどうか、嫌な天候です。

     

    そんなこんなで季節は変化していきますが、人間社会では課題がいっぱい有ります。

    又かと思わせる事が度々記事に上ります。

    昨日は神鋼(神戸製鋼)の社長辞任発表が有ったそうですが今朝の記事で読みました。

     

    名門の鉄鋼会社の社長ともなれば、意気揚々と鼻高な位置でしたでしょう。

    しかし5年と言う期間に会社を盛り上げ成功したかに見えた会社が窮地に立たされてしまったのです。

    辞任せざるを得ないことになったのです。

     

    社長の力だけで会社の盛衰は決まらないでしょうが、改革をしなければと言う思いは社長の立場では当然有るでしょう。

    しかし名門には名門らしさが要求される、と言うか名門の名前の陰に潜んでいる虚栄心なるものが問題になります。

    所謂、見栄(虚栄)です、中身が貧弱でも外装を飾る事で、既に飾られていた事で凄いと思われてしますのです。

     

    昔はデパートの包み(包装)がそうでした、お歳暮お中元はバラのマーク(高島屋)でなくてはならない、と見栄を張ったものです。

    今じゃ、スーパーから送っても喜ばれるのは同じです。

    そうした見栄・虚栄の中に、驕慢が蔓延ってしまったことです。

     

    上杉家と言う戦国時代に名門と言われた藩(国)が落ちぶれて会津120万石から米沢30万石に、そして藩主の引継ぎで失態し15万石へとどんどん下がっていったにも関わらず、国を見ている執政者たちは相変わらず大大名の気分でいたために、改革は進まなかったと小説に書かれていました。

    まさしく名門気取りと言うものがこの現代でも引き継がれていることを知らさせます。

    改革は進まない、そして驕慢が不正を導いた、規格外でも納入することに何の疑問も持たなかったと。

     

    社長一人の責任では無いにしろ会社(国)の代表者で有る以上、何らかの行動はしかるべきです。

    しかし社長がどんなに改革したくても周りの見栄保持者がいる限り体質は変わらないでしょう。

    同じようなことは東芝でも起きた事は記憶に新しいことです。

     

    東芝はついに外部社長を選択しました、即ち新殿様は別の藩(国)から来てもらったのです、自分たちの藩の中から見いだせない状態だったのです。

    これは上杉家でも同様でしたが昔は藩を潰すか、永続するならば殿様は家系を守っていかねばならなかったのです。

    しかしもう一つの方法がありました、それは養子縁組をして別の藩から有能な人を連れてくる例です。

     

    こうして藩が滅亡寸前まで名門意識は変わらないのです。

    神鋼も東芝も名門故の苦難に遭遇しているのでしょう。

    日本の企業は今後こうした名門が危機に立たされる可能性が多いと示唆しているのかも知れません。

     

    次の不正はどこに火の手が上がるのか、既に上がっているとも言えます。

    財務省の文章偽装問題が、これも財務省と言う政界の名門中の名門ですから、驕慢も当然のこと蔓延っているでしょう。

    手を打つ事が出来るかどうか、中々難しいですよ、首相だって投げやり的な発言をしているように見えますから。

     

    多分、首相が何を言っても財務大臣(麻生)の大ボスが聴く耳を持たないのが現在の執政者仲間でしょう。

    残念なことですが、平穏な時代が続くとそうした傾向が出て来るのが人間社会です。

    | 自然・気がかり | 09:33 | - | - | - | - |
    雪の首都になるかどうか
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      雲がだんだん厚みを増してきたような感じがします。

      どうやら雪模様になって来たようです。

      天気予報が見事に当たりました。

       

      今外を見たら雪が舞い始めました。9時55分。

      粉雪ですから外気温が低いのでしょう。

      このまま夕方までこの状態が続けば積もることになります。

       

      ここでは珍しい雪ですが雪国では嫌になるほど経験する光景です。

      さて早めに買い物に行かないと足元が不安定になってしまいます。

      それにしても夕方まで降り続けば交通機関に影響が出る事になります。

       

      ニュースでも早めの帰宅を促していますが仕事との関係もあり判断に苦慮することでしょう。

      滅多にない雪の化粧、是非と願うのですが首都だけに交通のマヒ状態は避けたいものです。

      矛盾の中でやはり化粧を見たい気分です。

       

      地下鉄は雪の影響が無いでしょう。

      これは雪だけじゃなく自然災害を避ける方法として最適かも知れません。

      都内は地下と言う地下に鉄道が走ってます。

       

      これほど多くの地下鉄は世界中でも一番でしょう。

      雪に交通遮断されても地下鉄は動くでしょうから混雑はピークになってしまうでしょう。

      必要のない外出は避けて欲しいと天気予報官が言うのも理解できます。

       

      ともあれ、珍しい雪に心が躍ります。

      流石に小学校の校庭には子供たちがいません、体育館で走ってます。

      では買い物に出かけます。

       

      | 自然・気がかり | 10:08 | - | - | - | - |
      愛情が何処に有りますか?
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        長雨は続く、雨雨降れ降れもっと降れ・・・歌の文句じゃないけどやけっぱちになって来た。

        台風も追い打ちだから二重ビンタを喰らった感じである。

        今はビンタと言う行為は禁止されているかどうか分からないが子供のころは良くビンタを張られたのもだ。

         

        ビンタ即ち頬を平手で殴られることだ。

        思い切り殴る先生も居たなあ、痛かったよ。

        ビンタは大よそ軽く殴るものじゃ無いから顔から火が出る時だってあったよ。

         

        それもこれも悪い事の戒めであり更生なのだ。

        殴られて悔しいし殴り返したいが相手が本気の場合は危険であった。

        やはり殴られる理由があるからだ。

         

        ビンタだけじゃない頭をげんこつで殴られるとこれは痛いもんじゃない後々こぶが出来ることだって有った。

        げんこつも死語になったか分からないが最近は聞いたことが無い。

        ついで尻を叩くこともあった、こちらは軽傷?で痛みは少ないが広範囲である。

         

        抓(つね)られる主に頬をやられるこれは局所でとても痛かった。

        これは母親に叱られる時が多かった。

        他にも有ったような気がするが全て愛情の表現だったのかも知れない。

         

        子供の成長には間違いが多いと言うか勘違いや知らないでの行動である。

        それを正すのが叱る理由だ。

        もちろん悪ガキは怒られるのを承知で事をすることもある。

         

        知られなければ悪い事をして面白がる、ばれたら大変な仕置きが待っているのだ。

        このアバンチュールも楽しかったのだ。

        子供と大人の騙し合い的なことだが、いざ自分が大人になったときには同じ様に子供に接するのだ。

         

        しかし我々の時代から相当に変わった気がする。

        我々は戦中に生まれたが戦争は全く覚えていない。

        都下の空襲警報で家の庭の防空壕(穴を作っていたと言う)に母親におんぶされて入ったそうだが記憶は無い。

         

        そうした戦争の苦い経験をしていないのが何らかの生き方に変化が起きたのか?分からない。

        我々は先輩や先生から殴られることが当たり前で育った。

        しかし我々の時代人から子供を殴る行為はしなくなった様に思う。

         

        昔は親子の間に口論など無い、反抗すればたちまち殴られるのだから。

        時代は親子喧嘩に変化が生まれ口論やら無口で抵抗し陰湿になって来た。

        今はどんな親子喧嘩かは経験してないので分からないがどんどん陰湿化したのかどうか。

         

        陰湿の原因が愛情だと思うのだ。

        我々子供のころは親だけじゃない地域の人々は子供を大事にするがために愛情を与えてたのだ。

        愛情の表現が子供を叱り殴りいい方向に導いたのだ。

         

        確かに殴ることは悪い行為と言えるがしかし痛みは一瞬であり更生する動機付けは十分に働く。

        これが愛情だろうと思い出す。

        実際に叱らない殴らないとなると、本当に子どもに愛情を持っていたかと言うと疑問に思える。

         

        子供を深く思っていないのかも知れない。

        現代の子供たちは無邪気に大声で騒ぎ叱られない。

        その為にレストランなどで老人が騒がしいと怒鳴ったりする。

         

        親よりも老人の方が愛情をもって子供たちに何かを教えているのかも。

        愛情はもう無限にあるものだ。

        しかし姿は無い、表現しても伝わらないことも多い。

         

        愛情に満ち足りることなど有り得ないことだが実は逆なのだ。

        愛情に満足しているからこそ日常の生活が安定している。

        ご婦人方は得てして井戸端会議になると悪口を言うことが普通だ。

         

        しかし言えると言う事実が愛情から発する信頼の証であり安心の世界なのだ。

        もし愛情がなければ夫の悪口など口に出ない出せない、不安だから言ってしまったてばれたら大変な事態が。

        そうなのだ平凡に生きていると言う環境に愛情がいっぱい詰まっているのである。

         

        愛情はどこにと探す必要はないどこにでもあるのだ、そして愛情をいっぱい与えるのだ。

        良い事をするには愛情が根底にある。

        愛情は無駄にはならない、相手に通じないと思うことを止めればいい。

        | 自然・気がかり | 09:30 | - | - | - | - |
        色鮮やかと褪(あ)せた色の違い
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          やっと晴天が戻ってきたしかし夕方には雨になると言う。

          つかの間の太陽に感謝し紫外線を浴びたい、折角の日焼けがどんどん落ちてしまっている。

          早速外出して精一杯歩き回りたい。

           

          紅葉はまだ鮮やかさに至ってないが気温が低くなって来たので間もなく美しさを表すであろう。

          そして色あせて落葉する。

          冬の到来である。

           

          それが自然の姿であるが人の世にも同様なことが起きる。

          人には華やかな時期がは必ずある。

          若い時でも壮年になってからでも老年になってからでも一度はぱっと花咲く時期が有る。

           

          鮮やかなの言葉はとても感動的で感激を覚える。

          しかし褪せて来るとなると何とも言いようがないほど気が滅入ってしまう。

          外部者からは可哀そうにと言う同情さえ生まれる。

           

          色は褪せてはいけないのだがどうにもならないことだ。

          昨日ここの地域の希望の党候補が車に立って手を振って通り過ぎた。

          一昨日は駅前で街頭演説していた、しかしだ反応が全くないのだ。

           

          手も振らないし演説に聞くものが一人も集まらない。

          これほど都民から捨てられてしまったのか、色あせて落ち葉になってしまったのか可哀そうな気持ちで見ていた。

          一度褪せてしまったら鮮やかさを取り戻すことなど不可能だ。

           

          人も皺がでたら元には戻らない、もちろん人工的にヒアルロン酸注入を行なえば皺を無くすことが出来るが自然体で有れば不可能だ。

          そんなことだから今度の選挙は希望の党自体が失敗作であった。

          しかし政界だけの話ではない企業の中にも失敗して鮮やかさを消滅しているところが次々に出て来るものだ。

          その失敗は人為的な原因で起きている。

           

          神戸製鋼が40年前から改ざしていたと言うことが明らかになった。

          ではその鉄鋼を使った橋梁などは本当に安全何だろうか。

          何処にどれだけ使われたのかを調査するのは不可能であろう。

           

          500社に及ぶ納入会社が有ると言う購入して作った建物や部品を一々調べることなど全く不可能である。

          では危険範囲の納入品が有ったのかどうかである。

          それすら40年と言う実勢から調べるものも不可能だ。

           

          完全に会社の色カラーを消失してしまった状態になって今後生き残れるのだろうか。

          改ざんをしておきながら堂々と製品を納入していた輩はどんな心境でいるのか是非聞きたい。

          過去にこうした場合はトップの話しか聞けない、改ざん担当者が記者会見する例は皆無だ。

           

          実際に改ざんした人の気持ちは快感なんだろうかそれとも罪の重圧に耐えられない気分だろうか。

          日産自動車でも完成車の検査に素人がかかわったがその担当者が何故そのような仕事をしたのか、実際には問題ないのかなどなど直接聞きたい。

          問題が起きると隠そうとする隠蔽は人間の本性なのだ。

           

          自分に立ち返っても嘘をつきたくなるそして失敗する。

          鮮やかな時代には決して失敗する原因を作らない、色あせて来ると焦りが出て来て失敗に次ぐ失敗を犯す。

          結果希望が無くなってしまって萎(しぼ)んでしまう。

           

          終わりである。希望を失った気分は辛い。

          | 自然・気がかり | 09:08 | - | - | - | - |
          昼食と中食があるとは知らなんだ
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            急な天候の変化に戸惑っている。

            昨日までは28度と言う気温が今日は17度の予報だ。

            確かに身体に感じる空気も冷たい気がする。

             

            寒さを感じるのは空気と水だ、水はまだ冷たいと感じていないから冬と言うイメージになっていない。

            だがトイレのウオシュレットの水は温水にしないとひんやりする。

            便器にも温度を入れたそうじゃないと座ったときにヒヤッと冷たい気分になるのだ。

             

            中食とは昼飯のことかと思ったらどうやら違っていた。

            総菜や弁当を買って家で食べることをそう言う様だ。

            夫婦共働きが多いから帰りに総菜と弁当を買って家で家族で食べることが多くなっている。

             

            その規模は何と10兆円、数字に驚いた。

            その内コンビニが3割も売っているとか。

            最近コンビニに行ったことが無いから実感がわかないが売り場の様相が変わったのかな。

             

            特にセブンイレブンがこの種に力を入れているとか、確かにコンビニで総菜が手に入れば家で料理したくない。

            と言う主婦も多くなるであろう。

            仕事から帰って食事の用意は大変とも言えるが、食後に食器やらの後片付けが結構負担になる。

             

            であるから、買ってきた容器で食べれば空になった容器を捨てるだけで終わり。

            洗い物は無し。

            直ぐに休息時間になる、テレビもドラマも見ることが出来る。

             

            コンビニ即ち便利さが現代の過ごし方だあろうから、10兆円も有りうることだ。

            だがセブンイレブンの営業利益率は43%もあるそうだから、それも総菜は利益率が高いと言っていることから、素材の倍以上であることは間違いないところだろう。

            確かに素材を買ってきて何かを作る、しかし素材が適量ではない、バラ売りが少ないからだ。

             

            とすれば総菜が必要量を手にすることが出来れば無駄が無くなるかも知れない。

            便利さや効率から考えれば中食も悪くは無い。

            しかし家庭の料理が無くなってしまって、家庭ごとの味わいが無くなっていしまう気がする。

             

            所謂、母ちゃんの味である。

            味付けとはその人独特のもの、同じ味を出すことが出来ない。

            だから母親の味料理が良いのである。

             

            味噌汁にしても煮物にしても料理をする人は気を配って最高のものに仕上げる努力をするものだ。

            味が濃い足りないの失敗もいっぱいあるがその中で旨いという境地に行くのである。

            どんな人でも親から離れたら母親の味噌汁が飲みたいと思うのだ。

             

            それが中食では決して無いことだ。

            この先おふくろの味は無くなってコンビニの味が最高で母の味は不味いとなれば最悪である。

            どちらを選ぶか当然母親の料理だ。

             

            仕事から帰って夕飯の支度をしている母親を見て育った子はきっといい母親になれると確信する。

            いい母親の継続が要望される、希望的観測かも知れないが。

            希望はあくまでも希望である現実になることは少ない。

            | 自然・気がかり | 09:21 | - | - | - | - |
            混乱・乱れ・統制不能変革・改革の時に起きる
            0

              涼しくなった。

              寝苦しい事など全くなくなった。

              良く熟睡出来て起きたときはスッキリ感が有ると言えばウソで眠さが続いている。

               

              もし目覚まし時計が無かったらいつまで寝てしまうか。

              子供たちの大声まで寝ているかも知れない。

              この時間には保育園の子供たちの雄たけびが凄い。

               

              選挙もこうも混沌とするとはこれまた想定外で有ろう。

              日本の政治はまだまだ未熟と言えるであろう。

              政治家は自分だけの思想で動いているだけで国民無視の感がうかがえる。

               

              くっついたり離れたりの混乱が続いている。

              焦りもあろうが見苦しい行動だけはやめて欲しい。

              芯を持って貫き通す気構えが必要だ。

               

              しかし混乱は悪い事でもない、概ね大きな変革がある時は必ず乱れた状態が起きる。

              信長が光秀にやられ秀吉が光秀を撃ち、勝家と戦い、天下を取るまでは大混乱であった。

              その後も家康が天下を取るまでは日本中の大名が右往左往した。

               

              どっちが甘い水かを見極めながらあっちに付きこっちに移動する。

              勝てば良いのだが負けた組に居たらその後が大変惨めな境遇になった。

              今まさに候補者の姿がそうである。

               

              負けるわけにはいかない勝たねばならない、とあちこちを見渡す。

              小さな池の中で(選挙区で)泳ぎ回っている。

              相手を倒せばいいだけの事、全体(与野党の数)がどうなってもいいのだ。

               

              一時は反安倍政権と言う同意で出発したものがここに来てそんなことはどうでもいいのだ。

              自分さえ勝てば当選すればいいのだ。

              それで国政でどれだけの力が発揮出来るであろうか。

               

              いやそんな輩は議員になれるだけで十分であり、国会議員様に収まればその後は裕福な生活が出来るのだ。

              もし落選すれば次の選挙まで冷や飯を食うしかないのだ。

              なんとも政治家個人の貧困思想に驚く。

               

              日本はスッキリすると言う概念が無い気がする。

              どこかにジメジメしたウジ虫が湧きそうな雰囲気が有る。

              乾燥した秋の空気環境が見当たらない。

               

              人間は日々必ず成長しているのだろうが速度はゆっくりと動いているのだろう。

              秀吉の1600年代から比べたら現代はどれ程発展したか比較できない。

              しかし人間の考え思想は戦いと言う面では何ら変わっていない。

               

              戦いは混乱であり相手を撃つことだ。

              どんな手段でもいいから結果を出さねばならないのだ。

              堂々と戦うことなど有り得ない、こそこそとイタチの様な動きしか出来ないのが日本の候補者のような気がする。

               

              一本の木を大木にする様な育てることをしないのだ。

              根っこが育たないと木は倒れるここの公園でも大きな木が倒れているのを見るが根っこが発達してない。

              二大政党論が言われて久しいが実現できない日本人は何とも寂しい。

              | 自然・気がかり | 09:42 | - | - | - | - |
              休日も必要 年中無休は疑問
              0

                昨日の空は久しぶりに眩しいくらいな青空であった。

                この遠視のメガネは偏光ガラスを使っているので明るくなると茶褐色に変わる。

                即ちサングラスになるのだ。

                 

                為に明るさが制限されるので眩しさは抑えられて快適だ。

                メガネを外すと極端に明るく眩しさを強く感じる。

                便利になった偏光グラスである。

                 

                毎日懲りずにブログを書いているがどうも癖になってしまったのか書かないと落ち着けない。

                この作業をすることで一日がスタートし完了するような気がしている。

                その他の時間は予備的なものだと、しかしそうではない。

                 

                圧倒的に他が多いのだから、そちらがメインである。

                年中無休と言うところが多くなっている気がする。

                スーパーマーケットやコンビニはすでにそうである。

                 

                居酒屋とかファミレスも喫茶店もいろんな業種に広がっている。

                もちろん公共の交通機関等は始まって以来休暇は無いであろう。

                しかし年中無休にはそれなりに無理が生じている気がする。

                 

                例えば飲食店などは衛生面で十分な対応が出来ているかどうか疑問だ。

                店舗内はほとんど太陽など入らない、空気も空調機で動いているだけだ。

                自然から隔離された空間を何年も何年も使うわけだ。

                 

                そう考えるとちょっと不気味である。

                気持ち悪い感情を持ってしまう。

                今日の様に窓を全面開放し、部屋の空気を入れ替える様な事が必要だと思う。

                 

                多分にカビやゴキブリなどは当然いる訳でその対応に何らかの化学薬品を使っている。

                殺虫剤と言うものをしかしこれは積もり積もれば部屋中に充満しているとも言える。

                だから衛生面で問題ないと言えるのだが人に対して従業員お客にはどんな影響が有るのだろうか。

                 

                やはり休日を作って全面的な開放を行うことを希望する。

                確かにお客は年中来てくれるだろけど休日の看板があれば諦めもある。

                前もって休日を知っていれば行かない。

                 

                昔はデパートが水曜日だったか休日だった今は無休だろうが。

                だからなんとなく水曜日が特別に気にした日だった。

                休日は大事な人の営みの中で有るべき姿であろう。

                 

                一週間を作ったのは誰なのか調べてないのでわからないが日曜日は休日にした。

                実に人の行動に必要としたもので優れモノだ。

                ともかくそうした休日をもうけるような方向が働き改革で有ろうと感じる。

                 

                実は一斉に休日もいいかなと思う。

                町中が商店街が皆で休む町は静かになるだろうよ。

                そんな動きとは逆に年中無休にシフトする傾向が多くなった昨今である。

                | 自然・気がかり | 09:08 | - | - | - | - |
                危険水域に達して来た 警戒だけでいいか。
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                  またもや曇天に戻ってしまった。

                  全面青空は一日だけだったのか。

                  今年はこうした空が特徴として記録されるだろう。晴天日数が最低になるような気がする。

                   

                  北がこれほどまでに執拗に軍事関連を急ぐ理由は何であるか、疑問である。

                  水爆実験を行う理由も何なのか。

                  その行為をすることで世界中を敵に回さねばならないのだから、普通では全く理解に苦しむ。

                   

                  しかしそれでも友好国として中国やロシアが応援してくれているとしたら、これは世界戦争にならずるを得ない。

                  原油の話が記事にでていた、90万トンの需要に対して中国が50万トンロシアが25万トン輸出していると言う。

                  日本でどんなに制裁の声を発しても北朝鮮はびくともしない。

                   

                  原油の制限をする、どこかで聞いたことがある、そうだ日本が世界戦争に突入するきっかけであったのだ。

                  大東亜共栄圏を作る理由は原油の確保のためだったのだ。

                  今は石油なくして経済は成り立たない、当然軍事も成り立つわけがない。

                   

                  そうである、軍事が成り立たなくするために原油輸出に規制を掛けようとしているのだ。

                  しかし、その前に危機は迫っている。

                  即ち、石油がある間にやってしまうことがあると思っているのだ。

                   

                  それは弾道ミサイルICBMに核を搭載して電磁パルス攻撃することだ。

                  高高度で爆破させればその下にある地域は電力インフラ電子部品が壊滅すると言うのだ。

                  もし日本の上空で爆破したら、電気が使えなくなることになる。

                   

                  現代のすべてが電気で動いていると言っても過言ではない。

                  前から思っていたことだが、もし電力系統が攻撃を受けたら爆弾などで都市を破壊する必要なないほどの破壊力を持っている。

                  都市機能だけではない、全ての社会的な動きがいっぺんに無くなるのである。

                   

                  社会インフラが全滅するのだ。

                  経済がどうだこうだと言っていられなくなるのだ。

                  水道も来なくなるし、停電が続くし、医療も停滞する。

                   

                  ともかく電力系統だけは被害に会わない様にしなければ、現代の生命線であるのだから。

                  電磁パルス爆破によって社会がめちゃくちゃになる可能性が大きくなったと言ってもいい。

                  そうした軍事内容はこうした動きの中で我々は知らされる。

                   

                  もっともっと我々は現代の軍事関連技術を知り危険が極々近くに有ることを認識してなければならない。

                  今超高層マンションが人気で作れば即売するそうだ。

                  しかし電気が止まったら、そのことを考えてしまえば、買う人が居なくなるだろう。

                   

                  実際に北朝鮮がこれ以上にエスカレートしたら、想定外の現実が来るかも知れないのだ。

                  戦争とはすべてが想定外で起きるのだ。

                  理性を持って戦争などするわけがない。

                   

                  無軌道状態になることで「何でもあり」を実行するのが戦争だ。

                  日本人は戦争が絶対に起きないと思っている人が殆どだろう、100%近く。

                  しかし戦争とは起きないところに起きてしまうものだ。

                   

                  テロとは違う国家的な行動である。

                  国家がこうすると言うベクトルを示せば国民はそうせざるを得ないのである。

                  過去の日本もそうだったと思う、戦争に反対と言う思想があれば絶対的な権力で封じ込めた。

                   

                  今考えれば愚かだと言うだろうがそれが戦争なのだ。

                  来ない起きない戦争が起きたら、今はそれを考えておく必要があるのだ。

                  これは政府だけが考えれば良いと言うものではない。

                   

                  国民全体が戦争になったらを想像しなければ安閑としていられない時期なのだ。

                  msnニュースなどは芸能的な内容が殆どで、戦争になったらと言う記事はどこにも見当たらない。

                  これでは日本人は悲劇のヒロインになってしまう。

                   

                  韓国はその点ある年齢で軍隊に入隊する義務があるから、軍隊即ち戦争と言うことが身近に感じているはずである。

                  とても辛い訓練だそうだ、以前に経験者に聞いたことがある、絶対に軍隊に入りたくないとも。

                  しかし多くの経験者は戦争が起きたら即軍隊に入隊させられる。

                   

                  そうした思想が定着しているから、戦争に対する一定の考えを持っていると思う。

                  しかし日本は平和の中でほとんどの人が戦争など考えることをしない。

                  過去に戦争が有ったなど実感を持ち合わせていない。

                   

                  実弾が飛んで来たら、そう思う日があってもいいかも、今は現実の北を見ておかねばならない。

                   

                   

                  | 自然・気がかり | 09:57 | - | - | - | - |
                  遅きに失した感じがする防衛技術
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                    行楽日和がやってきた。

                    今日を逃したらこの後いつ来るか分からない。

                    絶対にどこかへ行きたい。

                     

                    取りあえずこの夏海に行ってなかったから、電車で三浦海岸まで行こうと計画した。

                    ここからだと2時間で行けるから比較的便利だ。

                    電車も乗り換え一回で大丈夫である。

                     

                    今朝の記事で迎撃ミサイルに対する新たな技術開発を行うと言う。

                    87億円の研究費を投入すると言うからあっけに取られた。

                    今更、もうそうした対応策が出来ていると思っていたが、これからだと言う。

                     

                    安倍首相の言う国民の生命を守ると言う文言は全くあてに出来ないことを物語っている。

                    連発して発射されれば対応はほぼゼロに等しいのではと思わずるを得ない。

                    どうして人命を維持できるのか具体的な説明を求めたい。

                     

                    国会中継じゃないが大よそ問答は現実味のない話ばかりだ。

                    記者団も慣れ合いの質疑ばかりだから新鮮味もなければ核心に触れないことがおおにしてある。

                    結論は北のミサイルに対して防衛する手段は無いと言えるのだろう。

                     

                    だからか知らないが緊張感を持たせるような発言が無い。

                    官房長官の顔に何ら緊張したものが見えないし、話にも切迫している感じを受けない。

                    他人事のような対岸の火を見ているような態度だ。

                     

                    これで本当にいいのか、Jアラートが発せられてどうすばいいのか具体策を危機管理手帳でも作って欲しいものだ。

                    東京都が出している防災手帳以上に必要な事じゃないかとも思う。

                    地下に潜り込めその地下が無いと言う都市は多い。(地下鉄等)

                     

                    頑丈な建物に入れ、しかし日本の戸建ては木造であるから頑丈とは言えない。

                    学校などに行くには間に合わない、先般の時間的な感覚からすれば5分以内が条件であろう。

                    もし頑丈でないところにいたら爆風で吹き飛ばされると言うことが中東での実際の話だ。

                     

                    ミサイルは非常に恐ろしいものだ。

                    核爆弾を装備してなくても爆発の威力は相当なものだと言う。

                    自衛隊も実際にミサイルを爆発して確かめてみてはどうか。

                     

                    それを我々国民に知らしめてはどうか。

                    これほど威力があり怖いものだと認識しているだけで避難に対する真剣さが出ると思う。

                    おおよそ日本国民はミサイルに対してそれほどの脅威も心配もしていない。

                     

                    安倍首相が言う生命を守ると言う一言で安心しきっている。

                    全く唖然とする思いだ。

                    遅きに失したことにならないためにも、脅威の公開を早くすべきだ。

                    恐怖の緊張感が今必要だ、行楽日和にミサイルが襲来、どうするか。

                    | 自然・気がかり | 08:42 | - | - | - | - |
                    風邪・インフルエンザが流行っている。
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                      とても素晴らしい青空が広がっているのに、北風が非常に冷たく感じます。

                      朝のうちに花の鉢を整理し、来春まで休憩します。

                      菊はまだ咲いているので、残しました。

                       

                      今日もパソコンのスピードが遅くどうにもなりません。

                      書くの止めようかと思うほどひどいです。

                      インフルエンザが流行っているそうですが、現代ほど住宅事情がよく、食べ物も豊富で、着るものも暖なものが多い、なのに何故って思うのです。

                       

                      我々は冬は寒さに耐えることだけ、懸命に耐えました。

                      住宅は隙間だらけ、すきま風が寝ている時に部屋を冷やして、風邪の引きやすい条件がありました。

                      食べ物は野菜だけで、肉類はほとんど有りませんでした。

                       

                      着るものは重ね着をして、兎も角達磨のようにまん丸くなっていました。

                      そんな中でも、風邪を引くことなど無かったですよ。

                      第一医者に行くことが出来なかったです、常備薬の薬箱に入っているのを飲むだけです。

                       

                      寒い時には薄着をしない、これが鉄則ですが、今の人は膨れるとかで、薄着が多いですね。

                      これじゃ、身体が冷えて、風邪のウイルスに対抗できないでしょう。

                      それと、夏場に日焼けしないようにしているのが問題でしょう。

                       

                      現代は一見健康そうに見える人が多いのかも知れません。

                      姿、形にこだわり、頑強な身体を作る考えが無いのかどうか。

                      ともかく、風邪は万病のもと、お年寄りはより注意して、インフルエンザに引っかからない方がいいでしょう。

                       

                      やっとここまで書けました、予定をオーバーしながら、今日は実はスマホを買うことにしたんで、行かなくっちゃならないのです。

                      急ぎの時に、パソコンは言うことを聞かない、困ったもんです。

                      | 自然・気がかり | 10:37 | comments(0) | - | - | - |