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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
台風の準備に停電対策を
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    台風の影響がここでも現れていそうです!
    厚い雲に覆われて雨が落ちています!
    沖縄は大変だった様です。
    友人からのメールで停電になってその過ごし方を教わりました。

    ロウソクと懐中電灯で灯りを確保、冷蔵庫は開けない、即ち温度が上がってしまったら食品が腐る為でしょう。
    ですからクーラーボックスに氷を入れて食品を管理しているとか?

    食べ物はガスが止まらないのでインスタントラーメンとか温めて食べるそうです!
    レトルトも良いかもね。
    いつもチンして温めているのが停電では出来ません。
    停電は不便にさせます!
    勿論エレベーターは止まるでしょうから、階段を使わねばならないでしょう、お年寄りは大変でしょう?

    沖縄は台風の時年中停電があるそうです、慣れていると言ってました。
    停電の経験は覚えてない位に有りません。
    しかし災害に会えば必ず停電は覚悟せねばならないでしょう。
    インドネシアの地震でもやはり停電になり真っ暗な夜を過ごしたと記事に有りました。

    そういえば、先般の北海道の地震は全域停電だったんですよね。
    どんなに苦労したか、苦労話は意外に報道されなかったですね!
    電気は文明に欠かせない重要な位置づけですが、停電と言う現象は起き得る事です。

    対応策を考えて置かねばとメールから再確認しました。
    これから夜半に関東を通過すると言う予報です!
    停電にはならんでしょうが、ロウソクだけは用意して置きます!
    | 自然・気がかり | 09:00 | - | - | - | - |
    呪いか?自然災害の連続
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      ニュースでビックリしました。
      又もや自然の脅威に晒された地震、直面した人々の恐怖は想像以上でしょう。
      家が潰れた、土砂に押しつぶされた!
      こんな事って、地震でも豪雨でも起きるのですね。

      何故山の麓近くに家を建てるのか?先祖代々の住宅だったのか?
      どうもこの辺が合点がいかないのです。
      好き勝手に家を建てる、結構ですが、行政の指導で制限させても良いのではと前から思っています。
      雨量が多くなるから土砂災害に注意と言う天気予報官が必ず言います。

      じゃなくて、山の麓近くに住まない様にして下さい、と言う表現は出来ないでしょうか?
      裏山はいつでも危険をはらんでいるのです。
      映像で見る限り、想像出来ないエネルギーを自然は出すものだと驚嘆しています。
      人の考えが及ばない膨大なものなのです。
      しかし日本の住宅事情は危険地域だらけです。
      都内の高潮による水害も想像以上に広範囲です。
      しかし現在住んでいる場所が危険だと思っている住民は少ないでしょう。
      安全だからと思っているからこ、そこに住んでいるのです。

      いざ自然の超エネルギーが襲来した時、対応出来ずに混乱してしまいます。
      犠牲者も出ます、混乱は混乱を引き起こします。
      今北海道は全域停電しています、火力発電の停止が全域に及ぶとは考えていなかったのでしょうか?

      何処かに安全と言う信頼が盲信の感があります。
      安全が地に着いていない気もします。
      ともあれ、被害に遭われた方々の救出が先決です。
      次は裏山の無い住まいに移動する事を全国的に行うべきです。
      企業の財産が400兆円も蓄えているのですから、その内の1兆円程そうした人々の住宅替えに役立たせては如何でしょうか?

      金儲けは目的では無いです、手段です、目的は如何に利用するかです。
      困っている人への援助こそ最大の目的になります。
      経営者の脳にその様な思考が有れば良いのですが、空洞化でしょうかね?
      | 自然・気がかり | 09:41 | - | - | - | - |
      防災の日、決して忘れない理由は母の誕生日だから。
      0
        今年も9月に入りました。
        初日が防災の日、即ち関東大震災の日です。
        その恐ろしさを母も経験しました。

        詳しい話は聞きませんでしたがたまたま浅草の親戚の家に行っていた時だったので、生きていたのがやっとだった様です。
        上野の山に逃れて無事だった様ですが、悲惨な震災だったのです。
        多くの犠牲者が焼け死になったんでしょうから火災から逃れる事の困難さを知ります。

        直ぐ未来に南海トラフが動き大震災に発展する予測です。
        しかし関東もこの先起こる可能性は充分に高いです。
        自然の法則が大震災を起こすわけで人為的な事故とは違います。
        必ず発生する震災を防御せねばなりません。

        しかし普段は防災など気にしていません、忘れています。
        即ち忘れた頃にやって来るこれが大震災です。
        昭和時代は長かったんですが震度7が無かったそうです。
        平穏な日々だったんです。
        しかし平成になったら7以上が3回もやって来たと言う事です。
        溜まっていたエネルギーが吐き出されたのでしょうか?
        来年から平成の次の年号になりますが、震災とでもして決して忘れない様にしておきたいものです!

        東日本大地震では津波でしたが首都圏では火災が怖いです。
        耐火構造の建物とは言っても、中にあるものはほとんど燃えるものばかりです!
        家屋の中だけで済めばいいですが当然外部に火が漏れてきます、結果延焼は免れません。
        大火災を想定せねば、そうなると煙です。
        風上にいなければ煙に巻かれます。
        どんな状態になるか中々想定しずらいでしょう。
        火の勢いで風向きは変わります。
        いずれにしても震災に遭遇したら平常心で行動出来ないでしょう。

        日頃から強い意識を持つ訓練が必要です、どんな方法が有りますか?
        個人で独自でその方法論を考えておきたい。一般論は通用しないと思うからです。
        | 自然・気がかり | 09:40 | - | - | - | - |
        真面目にと適当に、どちらがいいのか?
        0

          今日で最後の猛暑日にしてほしい、実に予報では35度です。

          一日だけ耐えればその後は楽になります、と言うお墨付きが手渡されたら辛抱も出来ると言うもの。

          しかし大型台風も接近していることから、まだまだ安心できる状態ではない気がします。

           

          今年の天気も気まぐれと言うか気が狂ってしまったように思えます。

          気候・自然がそうですから、人の行動だって気まぐれでも良いじゃないかと思うのです。

          生真面目に生きようとして、現役時代は何かと一生懸命に一応それなりの買い物をしたります。

           

          特に住宅の購入です、我々の先輩たちは定年の退職金で家を買ったり建てたりしたようです。

          それが我々の時代になると自宅をローンで買う様になりました。

          金利が高かったんですが家持ちの方向に進みました。

           

          そして今住んでいる家は老朽化し、又郊外の立地条件もそれほど良くないところが多いです。

          そうなると、子供はその家に住むような条件にならないのです。

          空き家が増えている現状は今後も続くでしょう。

           

          真面目に一軒家を買って子供を育てて、老後は安心できると思っていたのに、寂しい老後になってしまっています。

          自分は大学にも行けなかったのに、子供は必ず大学に行かせることも真面目に実行しました。

          そして子供たちは我々から見れば贅沢な生活をして、親の面倒どころか自分の子供の学費やら生活費で目一杯です。

           

          最近若い連中は自家用車を買わないと言われているようですが、ちらっと聞いた話ではローンやスマホとかでお金を使いすぎて実は車が買えないと言うそうです。

          現役の若い時代はとても余裕など無いと言います。

           

          だったら、自宅マンションなどのローンを止めて親の住宅に住めばいいのですが、それをしないのが普通です。

          結局、真面目に行動した事が老後になって寂しさだけが残ったようにも見えます。

          日本人の性格・性が見え隠れします。

           

          見栄っ張り、これが根底に有ります、それ相当な生活をすればいいのですが、マンションは必ず買う、子供は必ず大学まで行かせる、その間の塾が通いもさせる、スマホを持たせる、もう自分の持っている潜在能力を越しています。

          しかしそれに気付かずに一生懸命に真面目にその方向へと邁進します。

           

          その結果、老後になったら子供たちは親離れし、マンションは老朽化し、現代の姿と同じことになりそうです。

          もう少し、ゆったりと周りを気にしないで、自由に生きた方が良さそうな気がしてなりません。

          大家族で住む、じいさんばあさん、お母さん、子供、孫、ひ孫まで一緒に暮らせるそんな理想郷が作れないものかと、感じます。

           

          そうした大家族が住める家は今じゃ作ってないですから、昔はともかくいい時代でした。

          便利さなどは現代と比べ物にならない程、不便そのものでした。

          しかし不便と感じないことも確かです。

           

          人との待ち合わせ、携帯電話など無いですから、来るまで待つのです、10分、30分、いやいや1時間も待つ事だって有ったんです。

          結局来なかったと言うことだって有ったのです、連絡が取れませんから相手がどんな状態か分かりません。

          ですから待つのです、これが不便と言えば不便ですが、そこには人間性と言うか、待つ心が有ったんです。

           

          感情が豊かだったように思えます、会えた時の喜びは飛び上がりたい気分でした、待つことの苦痛など吹っ飛んでしまいます。

          こうした適当な時間管理でも人は喜びを持てるのです。

          現代は真面目さだけが目立って、適当さに中に人間の暖かみを感じないものです。

           

          適当と言う言葉の中身はほんわかとしたホッカロンの暖かみが存在します。

          この暑さではホッカロンなど必要ありませんが、心の中では暖かさを欲しがっているのです。

          | 自然・気がかり | 09:27 | - | - | - | - |
          こんな時(猛烈な暑さ)の危機管理はどうなっているのでしょうか?
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            もし電気が来なかったら、そう思う事は無いでしょうか。

            どうすればいいか、熱中症で多くの命が奪われてしまうでしょう。

            こまめに水分の補給、塩分の補給だけで生きていけるでしょうか。

             

            とても気になりだしました。

            都内に(通勤・仕事・遊び・買い物等々)昼間はどれほどの人数かは把握できていないでしょうが、その内の何割かが熱中症になり、搬送先の病院も電気が使えないとしたら、どんな危険が待っているでしょうか。

             

            政府はその辺を何も説明していません。

            なった暁に大惨事が起きたと言う結果論だけになるのでしょうか。

            事前に手を打つ事はないのでしょうか。

             

            月曜日は都内で39度の予報が出ています、恐ろしい数字です。

            もしその時、雷雨でもって変電所が数か所機能停止になったら、その地区はどうなるのでしょうか。

            考えたくない事柄ですが、自然の猛威は人間・動物に遠慮はしません。

             

            水害でもそうでした、ちょろちょろ流れている水は決して害になりませんが、暴れた濁流になれば人を呑み、家を崩壊し、作物を壊滅してしまいます。

            全てが重大な被害に会います。

            危機管理とはそうした災害が来る前にやるべき事を考えるのが筋でしょう。

             

            もし停電になったら、この一点だけでも考慮しただけで、相当な対応策を考えておかねばならないでしょう。

            停電即冷房が使用不能、そうしたらどう対応すればいいのでしょうか。

            気温35度とは言っても、直射日光は50度程度になっているはず、屋外に居る人は干からびてしまいます。

             

            水が貴重だと水害で水道水が使えなかった人々は口々に言っています。

            砂漠でも一滴の水が命の泉になります。

            停電は水道水を送るポンプが停止します、即ち水道水を得る事が出来ません。

             

            気温体温が上昇し、水分補給が出来ない状態になったら、そういった危機を想定する必要は無いのでしょうか。

            戦争で敵が来襲してくるために、戦闘機を数千万で買う、これも危機管理で必要でしょうが、現時点で後10日間は日照りが続くとしたら、当面の猛暑対策を考えておくべき時です。

            家庭では水の確保を十分にしておくこと、塩飴などを用意しておくこと、冷蔵庫に氷をたくさん作っておくこと、保冷材も冷やして置く事、団扇の用意、涼しい場所の確認、等々それはそれはたくさん有ります。

             

            災害で多くの犠牲者は今度の水害でもそうですが、老人です。

            老人は危機に対応する能力が減退しています、それを援助支援するのが危機管理の仕事でしょう。

            危険は迫っています、気象も危険状態に突入しています、今行う危機管理は?政府は熟慮する時です。

            | 自然・気がかり | 09:42 | - | - | - | - |
            梅雨の戻りか、台風か。湿度が気になります。
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              いやはや湿度の高い事、身体がべとべとした感じです。

              梅雨の戻りかも知れません。

              梅雨前線が日本中をすっぽり覆っています。

               

              雨も降っていますから気分がのりません、保育園の園児たちの声も聞こえて来ません、部屋の中で騒いでいるのかどうか。

              今年は台風の当たり年になるのかどうか、もう8号が発生して大型に発達しているとか、これまた日本に影響するでしょう。

              梅雨明けで暑さにまいってましたが、今度は湿度でまいってます。

               

              天候に左右されて体調を崩している方もおおくいるのではと、腰痛持ちですからちょっと辛いところが有ります。

              重いと言うか、軽い痛みも感じます、湿度のせいだと思っています。

              なんにしても灼熱の太陽が出てくれた方が歓迎です。

               

              じとじとした雰囲気は良くないです。

              友人(大学の同級生)が一昨日亡くなりました、胃がんと心筋梗塞だったようですが、半年間の闘病の末に天国に行きました。

              もう我々は寿命が近づいていますから当然の成り行きです。

               

              74歳は徳川家康の寿命と同じです、これから10年の間が不幸の知らせを受けることが多くなるでしょう。

              もう「幸多かれ」の場に招待されることが無くなってます。

              人生とは梅雨の様なじめじめしたものかもしれません。

               

              梅雨の合間のカラッとした天気は人生でも同様に少ないです。

              それにしても豪雨で各地の被害が心配です、孤立してしまった家を救助する自衛隊に期待したいです。

              自衛隊は憲法を変えて軍隊にすると言うことになれば災害時の派遣はどうなるのか、これまた心配です。

               

              何もない平穏な自然現象になって欲しい、の一言です。

              | 自然・気がかり | 09:21 | - | - | - | - |
              人口問題が出ていた、子供を産む勲章。
              0

                雨の一日が始まっています。

                校庭は水たまりがあちこち見えます、運動は出来ない状態で教室で子供たちは騒いでいるのでしょうか。

                ちょっと可哀そうです。

                 

                今朝の記事に日本の人口減少についてありました。

                人口がどんどん減って行く状況に歯止めがかからないようです。

                あと何年かすれば1億人も割ってしまいそうだとも言ってます。

                 

                そうなると、子供を育てる事に意味が無くなってしまいそうな気がします。

                子供が大人になってどんなに苦労するのかを考えれば、子供を産むと言う意識が途絶える様にも思えます。

                とても悲惨な状況になって来たと思います。

                 

                人口問題は働き方改革以上に問題が大きいと考えねばなりません。

                老人の人口も増え続けています、社会保障と言うものが破壊するのは時間の問題でしょう。

                年金や医療費等々の保証が有ればこそ老人は暮らしていけます。

                 

                それが子供たちが大人になった時に働けど働けど給料の半分以上が社会保障費に取られてしまう時代が来ます。

                働く意欲だって無くなってしまうでしょう、暮らしも貧困状態に落ち込むことでしょう。

                昔江戸時代の農家の年貢と同じような取り立てをされたら、サラリーマンは一体何を楽しみに生きていくのでしょうか。

                 

                働き方改革で女性の働く場を多くすることはいいとしても、子供を産む事を優先する方針が必要だと思うのです。

                少なくとも子供は4人から5人を育てる環境を作るべきでしょう。

                その為には住まいを大きくせねばなりません、今の住宅事情では5人を育てるスペースが有りません。

                 

                日本は住宅にお金がかかり過ぎです、もっと安いく住宅を供給する方策が今求められているものです。

                新婚の夫婦には特別でもいいから、広い部屋を提供し、子供を5人程度になっても暮らせる環境を作ってあげて欲しい。

                我々の時代は兄弟5人、6人は普通でした、同級生の中には12人もいた人もいました。

                 

                もちろん、我々の生まれた環境は戦争中か終戦直後ですから子供を育てるには苦痛を伴っていたことでしょう。

                しかし子供はどんな環境でも育つものです、布団など無く兄弟が一つの布団で3人も寝ていたものです。

                そうして育った我々が日本の経済を世界第二位まで押し上げた力の基になったのです。

                 

                現代は子供が3人いれば多い方で2人どまりになっているのでしょう、2人じゃ絶対に人口増加は望めません。

                社会の規模を小さく出来ればいいのですが、国家予算は毎年上昇させている現状では税金の額も増える一方です。

                人口減少と比例して、国家予算も減らす、そのような政治を行なえば、国民としても何らかの方法を駆使して子供を産むことになると思うのです。

                 

                喫緊の問題は人口減少です、社会保障の恩恵を受けている我々老人はまだ救われています、が20年先や50年先にも老人は存在する訳です。

                その老人が恩恵から見放されたら、どんなに辛い老後になるでしょう。

                想像するだけでも空恐ろしい社会です。

                 

                今からでも遅くは無い、政府が真剣になって子供作りの対策を推進することが大事なことです。

                セクハラがどうとか、言う問題はそれはそれで罪をきせねばなりませんが、子供を産むと言う事に敬意を払うための賞を、勲章を授与すべき時期に来ています。

                文化勲章も良いですが、子供を産むことの方が勲章に値すると思えて来ました。

                 

                | 自然・気がかり | 09:07 | - | - | - | - |
                名門故に変わらない、変われない、昔の大大名もそうだった。
                0

                  今朝の花じゃなく鼻の状態は水っぱなに悩まされています。

                  早速薬を飲んだんですが効き目は無しと言えるでしょう。

                  予報マークも真っ赤かですから、杉花粉の日かと思わせます。

                   

                  今日は大変な一日になりそうです。

                  寒さも戻って来て三寒四温の言葉を作った人は気象予報官よりも優れモノです。

                  でも暖房を入れる程でもないし、中途半端な朝です、これから太陽が出て来るのかどうか、嫌な天候です。

                   

                  そんなこんなで季節は変化していきますが、人間社会では課題がいっぱい有ります。

                  又かと思わせる事が度々記事に上ります。

                  昨日は神鋼(神戸製鋼)の社長辞任発表が有ったそうですが今朝の記事で読みました。

                   

                  名門の鉄鋼会社の社長ともなれば、意気揚々と鼻高な位置でしたでしょう。

                  しかし5年と言う期間に会社を盛り上げ成功したかに見えた会社が窮地に立たされてしまったのです。

                  辞任せざるを得ないことになったのです。

                   

                  社長の力だけで会社の盛衰は決まらないでしょうが、改革をしなければと言う思いは社長の立場では当然有るでしょう。

                  しかし名門には名門らしさが要求される、と言うか名門の名前の陰に潜んでいる虚栄心なるものが問題になります。

                  所謂、見栄(虚栄)です、中身が貧弱でも外装を飾る事で、既に飾られていた事で凄いと思われてしますのです。

                   

                  昔はデパートの包み(包装)がそうでした、お歳暮お中元はバラのマーク(高島屋)でなくてはならない、と見栄を張ったものです。

                  今じゃ、スーパーから送っても喜ばれるのは同じです。

                  そうした見栄・虚栄の中に、驕慢が蔓延ってしまったことです。

                   

                  上杉家と言う戦国時代に名門と言われた藩(国)が落ちぶれて会津120万石から米沢30万石に、そして藩主の引継ぎで失態し15万石へとどんどん下がっていったにも関わらず、国を見ている執政者たちは相変わらず大大名の気分でいたために、改革は進まなかったと小説に書かれていました。

                  まさしく名門気取りと言うものがこの現代でも引き継がれていることを知らさせます。

                  改革は進まない、そして驕慢が不正を導いた、規格外でも納入することに何の疑問も持たなかったと。

                   

                  社長一人の責任では無いにしろ会社(国)の代表者で有る以上、何らかの行動はしかるべきです。

                  しかし社長がどんなに改革したくても周りの見栄保持者がいる限り体質は変わらないでしょう。

                  同じようなことは東芝でも起きた事は記憶に新しいことです。

                   

                  東芝はついに外部社長を選択しました、即ち新殿様は別の藩(国)から来てもらったのです、自分たちの藩の中から見いだせない状態だったのです。

                  これは上杉家でも同様でしたが昔は藩を潰すか、永続するならば殿様は家系を守っていかねばならなかったのです。

                  しかしもう一つの方法がありました、それは養子縁組をして別の藩から有能な人を連れてくる例です。

                   

                  こうして藩が滅亡寸前まで名門意識は変わらないのです。

                  神鋼も東芝も名門故の苦難に遭遇しているのでしょう。

                  日本の企業は今後こうした名門が危機に立たされる可能性が多いと示唆しているのかも知れません。

                   

                  次の不正はどこに火の手が上がるのか、既に上がっているとも言えます。

                  財務省の文章偽装問題が、これも財務省と言う政界の名門中の名門ですから、驕慢も当然のこと蔓延っているでしょう。

                  手を打つ事が出来るかどうか、中々難しいですよ、首相だって投げやり的な発言をしているように見えますから。

                   

                  多分、首相が何を言っても財務大臣(麻生)の大ボスが聴く耳を持たないのが現在の執政者仲間でしょう。

                  残念なことですが、平穏な時代が続くとそうした傾向が出て来るのが人間社会です。

                  | 自然・気がかり | 09:33 | - | - | - | - |
                  雪の首都になるかどうか
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                    雲がだんだん厚みを増してきたような感じがします。

                    どうやら雪模様になって来たようです。

                    天気予報が見事に当たりました。

                     

                    今外を見たら雪が舞い始めました。9時55分。

                    粉雪ですから外気温が低いのでしょう。

                    このまま夕方までこの状態が続けば積もることになります。

                     

                    ここでは珍しい雪ですが雪国では嫌になるほど経験する光景です。

                    さて早めに買い物に行かないと足元が不安定になってしまいます。

                    それにしても夕方まで降り続けば交通機関に影響が出る事になります。

                     

                    ニュースでも早めの帰宅を促していますが仕事との関係もあり判断に苦慮することでしょう。

                    滅多にない雪の化粧、是非と願うのですが首都だけに交通のマヒ状態は避けたいものです。

                    矛盾の中でやはり化粧を見たい気分です。

                     

                    地下鉄は雪の影響が無いでしょう。

                    これは雪だけじゃなく自然災害を避ける方法として最適かも知れません。

                    都内は地下と言う地下に鉄道が走ってます。

                     

                    これほど多くの地下鉄は世界中でも一番でしょう。

                    雪に交通遮断されても地下鉄は動くでしょうから混雑はピークになってしまうでしょう。

                    必要のない外出は避けて欲しいと天気予報官が言うのも理解できます。

                     

                    ともあれ、珍しい雪に心が躍ります。

                    流石に小学校の校庭には子供たちがいません、体育館で走ってます。

                    では買い物に出かけます。

                     

                    | 自然・気がかり | 10:08 | - | - | - | - |
                    愛情が何処に有りますか?
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                      長雨は続く、雨雨降れ降れもっと降れ・・・歌の文句じゃないけどやけっぱちになって来た。

                      台風も追い打ちだから二重ビンタを喰らった感じである。

                      今はビンタと言う行為は禁止されているかどうか分からないが子供のころは良くビンタを張られたのもだ。

                       

                      ビンタ即ち頬を平手で殴られることだ。

                      思い切り殴る先生も居たなあ、痛かったよ。

                      ビンタは大よそ軽く殴るものじゃ無いから顔から火が出る時だってあったよ。

                       

                      それもこれも悪い事の戒めであり更生なのだ。

                      殴られて悔しいし殴り返したいが相手が本気の場合は危険であった。

                      やはり殴られる理由があるからだ。

                       

                      ビンタだけじゃない頭をげんこつで殴られるとこれは痛いもんじゃない後々こぶが出来ることだって有った。

                      げんこつも死語になったか分からないが最近は聞いたことが無い。

                      ついで尻を叩くこともあった、こちらは軽傷?で痛みは少ないが広範囲である。

                       

                      抓(つね)られる主に頬をやられるこれは局所でとても痛かった。

                      これは母親に叱られる時が多かった。

                      他にも有ったような気がするが全て愛情の表現だったのかも知れない。

                       

                      子供の成長には間違いが多いと言うか勘違いや知らないでの行動である。

                      それを正すのが叱る理由だ。

                      もちろん悪ガキは怒られるのを承知で事をすることもある。

                       

                      知られなければ悪い事をして面白がる、ばれたら大変な仕置きが待っているのだ。

                      このアバンチュールも楽しかったのだ。

                      子供と大人の騙し合い的なことだが、いざ自分が大人になったときには同じ様に子供に接するのだ。

                       

                      しかし我々の時代から相当に変わった気がする。

                      我々は戦中に生まれたが戦争は全く覚えていない。

                      都下の空襲警報で家の庭の防空壕(穴を作っていたと言う)に母親におんぶされて入ったそうだが記憶は無い。

                       

                      そうした戦争の苦い経験をしていないのが何らかの生き方に変化が起きたのか?分からない。

                      我々は先輩や先生から殴られることが当たり前で育った。

                      しかし我々の時代人から子供を殴る行為はしなくなった様に思う。

                       

                      昔は親子の間に口論など無い、反抗すればたちまち殴られるのだから。

                      時代は親子喧嘩に変化が生まれ口論やら無口で抵抗し陰湿になって来た。

                      今はどんな親子喧嘩かは経験してないので分からないがどんどん陰湿化したのかどうか。

                       

                      陰湿の原因が愛情だと思うのだ。

                      我々子供のころは親だけじゃない地域の人々は子供を大事にするがために愛情を与えてたのだ。

                      愛情の表現が子供を叱り殴りいい方向に導いたのだ。

                       

                      確かに殴ることは悪い行為と言えるがしかし痛みは一瞬であり更生する動機付けは十分に働く。

                      これが愛情だろうと思い出す。

                      実際に叱らない殴らないとなると、本当に子どもに愛情を持っていたかと言うと疑問に思える。

                       

                      子供を深く思っていないのかも知れない。

                      現代の子供たちは無邪気に大声で騒ぎ叱られない。

                      その為にレストランなどで老人が騒がしいと怒鳴ったりする。

                       

                      親よりも老人の方が愛情をもって子供たちに何かを教えているのかも。

                      愛情はもう無限にあるものだ。

                      しかし姿は無い、表現しても伝わらないことも多い。

                       

                      愛情に満ち足りることなど有り得ないことだが実は逆なのだ。

                      愛情に満足しているからこそ日常の生活が安定している。

                      ご婦人方は得てして井戸端会議になると悪口を言うことが普通だ。

                       

                      しかし言えると言う事実が愛情から発する信頼の証であり安心の世界なのだ。

                      もし愛情がなければ夫の悪口など口に出ない出せない、不安だから言ってしまったてばれたら大変な事態が。

                      そうなのだ平凡に生きていると言う環境に愛情がいっぱい詰まっているのである。

                       

                      愛情はどこにと探す必要はないどこにでもあるのだ、そして愛情をいっぱい与えるのだ。

                      良い事をするには愛情が根底にある。

                      愛情は無駄にはならない、相手に通じないと思うことを止めればいい。

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