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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
訪問客の準備
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    昨日の忘年会は楽しい時間でした。

    久しぶりにお会いした人もありやはり飲み会は良いものです。

    月島と言う名称になっていますが佃島たっだんです、そこに昔からのもんじゃ焼きのお店が並んでます。

     

    壱区画から四区画まで一列に道路の両側にずらーっと並んでます。

    軒数にしてざっと80ぐらいでしょうか。

    しかしこの月島に行って見て驚くのは超高層マンションですなんと53階のたてものもありました。

     

    たまたま待ち合わせの時間よりも30分早かったので街中を歩きました。

    方や超高層マンション方や昔ながらの建物があり混在しています。

    特に佃島の特徴ともいえる家並みです玄関・土間の戸を開けると目の前にお隣さんが或るんです。

     

    その距離は手が届くぐらいですそう言った小道がここの街並みだったんです。

    再開発されてその面影がどんどん減っていますがそれでも昔の姿がありました。

    夏は小道に朝顔が咲くんです、ほうずきが赤く色づきそんな風景が見えるのです。

     

    再開発してそうした街並みを無くす方がいいのかどうかは多少気がかりですが確かに火事で起きたら軒並み燃えてしまうでしょう。

    消防車も入れないですからしかしホースが届けばいいですからその点は大丈夫かも。

    兎も角変化した街になってしまったのですがここもんじゃ焼きのお店街だけは依然として残っているのが幸いです。

     

    ですがここにも再開発が忍び込み弐区画の片方がマンションでしょう建設中です。

    東京にどんどん超高層マンションが必要なのかどうか我々引退組には理解しがたいものです。

    そうした変化の街でもんじゃ焼きを食べながら突っつきながらビール酒ハイボールを飲む忘年会は最高に盛り上がり次は新年会の予定まで決めました。

     

    1月10日として今度も江戸の味を深川めしを食べることにしました森下と言う場所です。

    深川めしとは小さなあさりの入ったどんぶりめしです。

    これが中々口に入る機会が少ないですからわざわざそこまで行くことになります。

     

    楽しみです。

    そんな訳で忘年会はいいものだとつくづく思うのです。

    そして今日は夕方訪問客が来るんですこれも忘年会の一環です。

     

    その為に家の中を美しく磨いています掃除は一応済ませたので飾り付けでもと考えています。

    こころのおもてなしが何よりだと思うのです。

    夕飯のご馳走は料理自慢できますから嬉しい限りです。

     

    もう料理と言う範疇は得意分野になって来ました誰に食べてもらっても美味しいを言ってもらえます。

    こうまで料理が上手く出来る様になった事が若干不思議です。

    何せ6年前ぐらいからでしょうか自分で料理して食べ始めたのはその後メニューをどんどん増やして来ました。

     

    今度の正月料理もほぼ手料理ですお雑煮は関東風でつくります。

    そんなこんなで今夜の準備にこれから買い物です。

    忙しい年末を迎えて自分の得意分野が発揮出来て嬉しい一言です。

     

    そう言えば春の花見はここの公園で行うことになりましたので腕の見せ所で酒のさなかを作ります。

    又楽しみが出来ました嬉しいこと友人たちに感謝です。

     

    | 自然・性格 | 09:27 | - | - | - | - |
    独り善(よ)がり、ごく普通。妥協は少ない。
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      今朝も寒いが雲一つない物凄くいい天気だ。

      冬の空がやって来た、ついでに北風が追い風になって寒さを加速している。

      日の出はここでは6時24分であったから6時起床の時は薄暮(薄朝かね)であった。

       

      現在の気温6度だがもっと寒い感じがする身体が慣れてない為だろう。

      北海道の寒さは厳しいようでー10度以下になっているようだから想像を絶する。

      乾燥もしている部屋の湿度計は28%を示している山火事が起きても不思議ではない。

       

      自然界は急変が普通で徐々に穏やかに静かになんて事は無い。

      突如の変化に人は驚くしかし刺激になる、いいかもな。

      独り善がり、これは一般的で特別ではない。

       

      人は殆どが自分・自己中心に行動している。

      先ずは人様・他人様の考えなどすっかり喪失してしまっている。

      唯我独尊がこの世の花である、勝ちさえすればいいのだ。

       

      道徳などなくても良い時代だ。

      勿論、道徳などと言う考えは古いとされているだろうが根底にそう言った思想が無くなったらどうなるのか。

      多少の心もとない気がする。

       

      最近友人の友達の話を聞いた、成金になって今は豪邸に住んでいる700へーべの家を買った。

      室内はもちろん外も豪華そのものであったと言う。

      そこには40前後の夫婦と子供3人が生活していると、部屋数は10個以上もあるのだ。

       

      どうしてそんな豪邸が必要かと思わせる。

      結局金の世になってしまっているのだ。

      独り善がりで他人を救済する気持ちは全くゼロである、もちろんユニセフなど知らない。

       

      持ち物はエルメスだけワインは高級ものだけ。

      そうした生活が良いのかどうかは別にして盲目の世界に入ってしまった感が有ると言う。

      そうした金持ちは現代はワンさと居るだろう。

       

      金儲けはチャンス到来をものにすれば誰でも出来る時代だ。

      今回の株急上昇でもどれだけの人が億の金を稼いだろうかと思う。

      金は金を生むもので、ニワトリの卵のようにどんどん産めるのだ。

       

      そして強者になり独り善がりになり他人など同等な感覚を失ってしまう、奴隷化させてしまう。

      ものを頼むのもお願いの言葉をすっかり忘れて命令的な言動に変わる。

      相手の立場も考えない、過去の事なども思い出さない、世話になった人への恩返しもしない、現在にのみ生きがいを感じている。

       

      こうした現象は金持ちだけであろうか、実社会では権力と言うものもそうしたものだ。

      最高権力者即ち首相になれば誰でも独り善がりになってしまうだろう。

      そして独善的な行動言動が普通で丁寧な説明などする必要性が無いのだ。

       

      格好を付けるだけでいいのだ。

      何でもありの自我の満足を得る事のみに奔走する。

      こうした世の中は実は人の世では普通のことで特段特殊でもなんでもない。

       

      過去を覗(のぞ)けばすぐにでも理解できる、昔も王様、皇帝、殿様、老中、兎も角地位を確保した連中が支配者になり全てを自分中心に行動して来た。

      近代が始まって平等と言う言葉が生まれたがまだまだその域に達していない。

       

      逆に平等など消してしまいたい気分に動いている、格差こそが現代に必要なもので、仕事面でも能力主義と言う格差を重要なものにした。

      当然金銭的な平等など有り得ない、奪い合いなのである。

      戦国の世が現代に再現している様にさえ見える。

       

      結局歴史は外見・外貌の違いが有っても、中身は同じなのだ、人の世が変わるはずがないのだから当然のことかも知れない。

      人のDNAが変わったら人じゃ無くなるからそこに含まれる何らかの糸(構造)に左右されること請け合いである。

      独り善がりは無くてはならない人間の条件なのだろう。

       

      そうなんだと思えば金持ちを羨望したってしょうがないと結論が出る、しかし豪邸に住んでみたい気分も無いとは言えない。

      これが人なんだよと悟る次第だ。

      | 自然・性格 | 09:11 | - | - | - | - |
      同時に複数の思考は出来ないです。
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        今日は一点の雲も無く日本晴れです。
        日本晴れとはこうした美しい空を言うのでしょう。
        なんとも気分が良いです。

        大いに羽ばたける気候が来ました。
        お彼岸です。
        彼岸花が真っ赤に燃えています。
        彼岸花は葉っぱが無いんですね、不思議な花です。

        墓参り、そしておはぎを食べて、落ち着きのひと時です。
        日々喧騒の中で動き回っていますが、今日は静かな湖畔にいるような気分です。
        さざ波が静かに静かに起きています。
        静寂な空間が少ない現代、今日だけはその中に居たい気分です。

        同時に物事は考えられませんね。
        本を読んでいる時に特に感じます。
        物語が進んでいるのに、途中で別なことを考えたりすると、目は字を追っていますが内容がさっぱり分からなくなってしまいます。

        今朝もこのような現象に会いました。
        ですから、もう一度読み直さねばなりません。
        同時に、これは頭脳の性格上(性能上)無理なことなんです。
        もし同時に二つの考えが成立したら、どうなっちゃんでしょうかね。

        混乱極まりないかも知れません。
        ところがこの同時をやろうとする人が結構多い様に見受けられます。
        耳で音楽を聴きながら、スマホを見ている読んでいる人が居ます。
        同時に聞くと読むが出来るのでしょうか。

        時々こちらを、あちらをと言う事になるでしょうね。
        そうすると、中途半端な状況が続きます。
        内容がとぎれとぎれになりはしないでしょうか。
        一途に、これが好きなんですが、現代は喧騒の中、静かさなど無いから同時が出来るんでしょうかね。

        ともかく、静かさの中が必要です。
        こうして文章を書くのも静かであればこそ、周りがうるさかったりしては出来ないのです。
        騒音の中で生活することに慣れているとは言っても、たまには静かさを求めたいものです。
        そう湖畔のさざ波が聞こえる静けさです。
         
        | 自然・性格 | 09:49 | comments(0) | - | - | - |
        姿勢の決め手は筋肉・筋力ではと思います。
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          今朝も小雨、涼しいですが、気分最高と言う感覚からほど遠いのです。
          この気分を転換させるにはどうすればいいでしょうかね。
          最高の気分にしたい、この願いを誰に頼りましょうか。
          結局、自分で変換しなければならないのでしょう。

          しかし、どうしたらいいのか分かりません。
          嬉しいことの連続でも有ればいいのですが、そう簡単に手に入るものでも有りません。
          なんだか、否定的なことを考えてしまうのが、気分向上につながらない理由でしょう。
          何事も素直に受け止め、素直に従順し、素直に行動する、これがいいかも知れません。

          そのためには、どこかにちゃんとしたものが無ければならないと思います。
          それが筋肉ではと考えています。
          年齢を増すごとに、身体の姿勢が崩れてきます。
          先ずは前かがみの姿勢になります。

          頭が垂れてくるような、肩が前に出ているような、首筋が下がってくるような、なんとなくしゃきっとしない感じです。
          花で例えれば、切り花などそうですが、だんだん花が前に垂れてしまって、もう終わりかなと思うものです。
          姿は大事なもので、背中が曲がってくるのを見ると、なんともいい感じがしません。
          その原因は背筋の減少かも知れませんが、もう一つは胸筋、胸の張り具合も有ると思います。

          胸を反らしていてもおかしいですが、胸に筋肉がついていれば、前に倒れることが無いはずです。
          そう言う意味から、毎朝胸を張る運動を、ストレッチをしています。
          もう一つの醜さは、腰が曲がることです。
          前かがみの姿勢は知らず知らずになっています。

          70歳を過ぎると、身体の柔軟性もなくなり、固まってしまうような気持ちになります。
          しかし、ストレッチで柔らかなものに出来るような気がしています。
          特に、下部、大腿筋やふくらはぎの部分の筋肉、これを鍛えれば、歩く姿勢が綺麗です。
          腰を曲げない歩き方が出来そうです。

          自分でも気にかかるようになります。
          姿勢を鏡に映して見るようになります。
          頭は前に出ていないか、腰は曲がっていないか、背筋が伸びているか、点検してからお出かけします。
          いずれの筋肉もストレッチで現状を維持することが出来るような気がして、毎朝約20分ほど行っています。

          また、大腿筋は歩くことでも維持出来るでしょうが、自転車で坂道を上ると良いような気がして、毎日自転車に乗っています。
          最近、新しい自転車を購入し、3段切り替えのものを、それに乗って快適にサイクリングしています。
          しかし、快適なはずがこの天気ですから、メガネに霧雨が付いて前が見えなくなって、困りものです。
          それでも毎日乗っています、筋肉は維持されているように思います。

          なんにしても、筋肉が落ちてしまうと、腹が出てしまって、姿勢が悪くなって、見た目が良くなくなります。
          そうすると、老化現象が顕著に見え始めます。
          「立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合の花」、てな訳には行かないでしょうが、そんな気分でいいのじゃ有りませんかね。
          それには筋肉、筋力が頼りです。

          昔のご婦人方の体は筋肉質だったんでしょうかね、歩く姿は百合の花、いいですね。
           
          | 自然・性格 | 08:33 | comments(0) | - | - | - |
          広いのですから、広げたいです。
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            今朝も涼しい朝です。
            天候が曇りですから、今日はこのまま涼しいのでしょうかね。
            この先もこの地域は曇り空が続き、太陽の光が欲しくなります。
            人は勝手なもので、曇ればいい天気を求め、太陽がギラギラになれば、曇って欲しいと願います。

            雲の空色、灰色です、一面灰色です。
            しかし、この色は特別に意識させない色です。
            もしこれが茶色などだったら、どうにも押しつぶされそうな雰囲気になるでしょう。
            自然の色合いはなんとも不思議なものです。

            その空の広さ、それに匹敵するのが人の心ではないでしょうか。
            心は広くすれば、無限に広くできます。
            一方、心を狭くすることも簡単に出来ます。
            人はどうしたって、自分が中心ですし、自分との比較で物事を考えます。

            度量の広い人、狭い人、それがその人の持っている特質なのでしょう。
            自分ではその広さ、狭さを判断出来ないのが普通です。
            広い心を持ちたいと意識すれば、それは可能だと思います。
            狭量になっているときは、何となくわかるんです。

            その後に、何か自分に悔やみを残すような気がします。
            そんなことをしなければ良かったとか、そうして上げれば良かったのにとか、あんな言葉を使わなければ良かったとか。
            それらは自分の心を大きく持って判断すれば、そんなことにならなかった、そんな気になるものです。
            度量の広い人に巡り合うと(中々めぐり会えませんが)、そこは楽園のような気分になります。

            安寧の世界になります、心配ごとを感じない、ゆったりとしたソファーにうずくまれる感じです。
            逆に、狭量の人と接していると、不安ですし、怖いですし、落ち着きません。
            そわそわしてしまいます。
            逃げたい気分になります。

            長い人生を送ってきて、そうした経験を豊富に持っています。
            しかし、人は年齢を重ねるだけでは、広さを作ることは出来ないようです。
            ここ一番、自分は広い心を持つんだ、と意識しない限り、今までの広さしか出せないのです。
            そう思ったことがごく最近経験させられました。

            人の世、何も嫌味やいじわるなどしなくてもいいのではと思うのです。
            しかし、嫌味もいじわるも平気でするんです。
            悪態もつきます、悪口もします、邪魔もします、何故そうするか、しなくても良いものを。
            ここで意識を働かせ、じっと自分を見つめて、自分の広さを出す努力をしたいものです。

            灰色の空の広さも、青空と同じです。
            広いこと、これに憧れています。
            | 自然・性格 | 08:31 | comments(0) | - | - | - |
            のんびりできない性格、周りは多少忙(せわ)しなく感じます。
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              もう今年も半分に近づきました。
              5月ですよ。
              早いもんです。
              寒い、寒いからさくらを待ち、そして五月晴れを望み、ゴールデンウイークを迎えています。
              新緑の美しさに満喫し、ピクニックにお出かけ、木陰で弁当を広げて、楽しい一日が約束されます。

              年齢が嵩(かさ)むと、時間の経過はどんどん早く感じてしまいます。
              高校時代だったか、早く大人になりたいと思ってました。
              試験の無い大人になりたかった、それが大人になり、あっという間に定年を迎え、そして高齢者の健康保険証が届きます。

              時間は止まらずに進みます。
              のんびりと、ゆったりと、余裕を、そんなことが許されない、そうした性格の人が結構多いでしょうか。
              最近、そうした性格の方に出会い、もう何かをしてないと気が済まない状態になっているのです。

              こちらの方はのんびり型なんですがね、せかせかと周りで動かれると、どうしても気になってしかたがないんです。
              時には邪魔だなあ、そんな気にもなるんです。
              しかし、気忙(きぜわ)しい人は周りもそうなんだと(気忙しい)思うようで、一向にこちらの性格(のんびり)を理解せずに気にも留めません。

              これだけの性格の違いは180度ぐらいの感覚です。
              面白いものです。
              「のんびりしてください」、そんな言葉が通じません。
              人の一生はどんな風に過ごすか、それは人それぞれです。

              のんびり、気忙しい、短気、血気盛ん、いろんな性格が有り、それを持ち、個性の中で生きています。
              それが人のいいところかも知れません。
              すずめがいろんな性格を持っているとは思えません、カラスだって、アホウドリだって、しかし人は個性の宝庫です。

              「個性的な魅力」などと表現する場合が有ります、これはいいことです。
              しかし逆に個性を出しすぎる、となると、嫌悪感になります。
              一橋慶喜(よしのぶ)は最後の徳川将軍ですが、この人の個性は当時としては相当に強いものを持っていたようです。
              大政奉還をした経緯(いきさつ)のところを今読んでいますが、慶喜の性格が出ていると感じます。

              いずれにしても、個性、性格、の違いは当然有ります。
              そこんところを、嫌悪せずに、そんなもんかと、楽しみに出来ればいいのではと、そう思っています。

              *4月一か月のアクセス数は7951でした、過去最高の数字です。感謝しております。*
              | 自然・性格 | 08:33 | comments(0) | - | - | - |