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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
長期の病から健康体になるまでにはそれ相当の時間が必要
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    梅雨空が続いています。

    雨が落ちてこないだけましだと思いますが、明日は晴天になると言う予報に若干の期待をしています。

    日焼けも薄くなったようにも見えます、紫外線対策に長袖を買ってきたんですが必要なさそうです。

     

    さて世界の中で病と思われて来た北朝鮮がついに門戸から出て来た感じです。

    重い扉から出て来た金正恩氏は案外普通の人だったような気がします。

    トランプ氏との握手もなんらためらいもなくスムーズに行っていました。

     

    人はそうしたもんで会って見れば瞬時に分かりあえるものです。

    この先順調に和解へと進むものと思います。

    しかし一般の評論的な話は懐疑的な言い方が多い様に思えました。

     

    でも考えてみれば解ると思いますが長い間65年間も休戦とは言っても戦争状態が起きる可能性が有ったのですから、病が長かったと言う感想です。

    それが一日で全てが解消して病魔が去ってしまうことなど考えられません。

    徐々に回復して行くのが普通です。

     

    東洋医学では同じ時間がかかると言ってます。

    即ち、病魔に侵されて治療するまでの期間と治療を始めて治るまでの時間と同じだと。

    と言うことは今後65年間をかけて正常に戻ると言う長い話です。

     

    現代は急げ急げの気ぜわしい時代ですが、こと病気は昔から変わっていません。

    じっくりと相手と話し合いながら一歩一歩解決に近づけるでしょう。

    拉致問題もやっと話として話題に上ったもので、解決には10年は必要でしょう。

     

    そうしたもんです、日本が朝鮮を支配しようとしたのは古くは秀吉の時代が有りました。

    その後明治維新に西郷さんが朝鮮出兵を言い出しました。

    そして太平洋戦争でついに朝鮮半島を支配下に置きました。

     

    日本は朝鮮半島を支配したい気分が昔から有ったのですから、その気分を現代人も持っているかも知れません。

    ですから、自ら朝鮮に行って頭を下げて拉致されている人を返してくださいとは言えないのでしょう。

    その点元首相の小泉氏は偉かった、自ら出向いてくれましたから、猪木氏も訪問してますが政府筋から嫌味を言われているとか聞きます。

     

    あくまでも日本政府は朝鮮半島を我が物であるとしたいのかどうか、安倍首相の他力本願には呆れます。

    日本の宗教的な感覚は他力本願です、官僚が偉くなるのも自らの力ではなく人の助けがあればこそです。

    白い巨塔の映画は物語っている精神が日本人の中に宿っているのです。

     

    そんな訳で朝鮮半島はしばらくは現状のままでしょうが、徐々に時間が解決してくれること請け合いです。

    安心して推移を見守りたいと感じています。

    トランプ大統領の感覚は素晴らしいものです、政治家と言うよりも一般人の気持ちを持っている市民感覚です。

     

    素人っぽいトランプ大統領と世間知らずの金正恩氏はこれから手を取り合って世界を変えることを祈ります。

    | 自然・感想 | 09:30 | - | - | - | - |
    冷え込みの4月まだまだ冬から抜けきらない
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      肌寒い日が来ます、今朝も14度ですが半袖では寒く感じて長袖に替えました。

      北風の冷たさが残っています。

      春の気分になっているので寒さに敏感になってしまいます。

       

      小学校の校庭に白線を引いている先生がいます。

      今日あたりから運動会の練習をするのでしょうか。

      或いは体力テストをするのでしょうか。

       

      新一年生が入って来たのでどの程度の運動能力が有るかを調べるのかどうか、最近の子供たちの運動能力は優れているような気がします。

      よく走るし、疲れを知らないかのように休まず走っています。

      我々の時代には食料が少なかったためでしょうか、それほどの運動が出来なかったように思えます。

       

      体力の面では格段の差があるんでしょうね。

      上手いものを存分に食べられる現代は何の不満も無いでしょう。

      子供のころは食い物で兄弟がケンカすることは日常でしたから、現代が羨ましいです。

       

      その影響が残っているのかどうか、美味い料理が出るとちょっとでも大きいものをチョイスしてしまいます。

      買い物だってそうです、それほどの違いが無くても、少し大きいかなと思うものを選びます。

      この根性は貧しさの後遺症でしょう。

       

      ここまで恵まれた生活がやってくるとは、子供のころには想像出来ませんでした。

      全てに隔世の感があります。

      食べのも、衣服、交通、通信どれをとっても激変です。

       

      衣服などは「着たっきりスズメ」と言って、年中同じものを着てたんです。

      穴が開けば繕(つくろ)いをして、継ぎ接ぎ(つぎはぎ)を当てて、新たしい服など1年に1回も無かったでしょう。

      服を買う時には必ず大きめのものを買います、身体が成長しますから長く着るためには当然の事です。

       

      現代はほぼ毎年の様に新しい服を用意して貰っているのではと、贅沢ではなく普通になったのでしょう。

      交通も通信も想像を絶する変化です。

      今机の上に一枚の古い写真があります、バス停の前で撮った写真です、近くの人たちが写っています。

       

      懐かしい写真です、この当時のバスは鼻が有ったんです、エンジンは相当に性能が悪かったのでしょう、燃料が十分に燃焼せずにガソリンが交じりの排ガスでした。

      そのガソリンの臭いが結構不思議な感覚でしたから、友達とバスが過ぎた後にその排ガスを吸ってました。

      今考えるとゾッとしますが当時はそんなことを平気でやってました。

       

      通信だって各家に電話があった訳じゃ無く、呼び出しと言って、お隣さんを呼びに行ったのもです。

      たまたま家に有ったのですが、はっきりって利用する機会はほとんど有りません。

      現代はどうでしょうか、電話もそうですがメールも自由に出来ます。

       

      四六時中スマホに夢中になっていて、スマホを手放すことなど考えられない、と言う時代です。

      過去を知らない人々が現代を謳歌しているのですが、これほど便利な世の中になったことに我々時代人は良かったと言う反面何処か寂しさも湧いてきます。

      懐かしい時代を思い起こすのです。

      | 自然・感想 | 08:35 | - | - | - | - |
      反対も長い時間過ぎれば持続が難しい、辺野古も成田も。
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        日本に寒気が押し寄せているようですがここ都内はその影響が及んでない様です。

        今朝の気温も3度程度でしたからここんところの気温と変わりません。

        日本海側の地域は雪も多く降っているようですし寒さが厳しいようですね。

         

        インフルエンザも寒い地域に流行しているのでしょうか、ご注意です。

        でももうじき春がやってきます、待ち時間も限られて来ました。

        自然の寒気も最後の抵抗でしょう。

         

        沖縄名護市の市長選で反対派が敗北した結果が出ました。

        名護市は何回も行ったところですし辺野古にも行きました。

        自然がそのまま残っている海岸で美しい入江でした。

         

        戦争中はどうもこの海岸からも米軍が上陸して来たような話を聞きました。

        その海が埋め立てられて飛行場が出来るわけです。

        それも民間機用ではなく米軍の専用飛行場です、日本の国土を米軍に提供しなければならないのは戦争が終わっても続いています。

         

        所謂、国土の一部の占領です。

        普天間の騒音や危険性はそこに住んでないと実感出来ないでしょう、農家の方が作物を育てている頭上で爆音を出して戦闘機が発着陸しています。

        それが休みなく続くのです多分にして聴覚に支障が出ているはずです。

         

        しかしこの問題はどの政権でも解決出来ない難問です。

        米軍に国の安全を依存している上では基地の提供を破棄出来ません。

        日本の場合は憲法で戦争を防ぐべき軍隊が無いからです、自衛隊は軍隊(呼び方・実質は軍隊)じゃないのです。

         

        辺野古への移転反対は長い時間をかけて来ましたが実際には飛行場を作る工事が始まっています。

        それを考える時成田空港の反対運動を思い出すのです。

        猛烈な反対運動をした訳ですが、我々の時代人が参加していました。

         

        学生運動家が主体になって反対運動を展開していたのですが時間が経つうちに反対運動も疲れてしまって平和裏に解決への道を選びました。

        そして現代は闘争など有ったのかと思わせる平和な地域になっています。

        世界に飛び出す玄関口として活躍しています。

         

        ですが当時の闘争の過激さは想像を絶するほどでした。

        辺野古はそんな闘争は見られません、それは学生運動家が居ない為でしょう。

        地元の人々が反対し市長選挙でも反対する人を当選させて運動を展開して来てます。

         

        しかしもう反対に対する情熱は冷めて来たのかも知れません。

        反対しても何も得るものが無いと悟ったのでしょうか。

        得るものとは飛行場を別の地域に変更することです、しかし別の場所が見つかる可能性はゼロに限りなく近づいているのです。

         

        ゼロを100にする、これが反対の理由ですが、辺野古も成田も可能性は無かったのです。

        反対の行為は国民に伝わったのですが、その行為で何を得たのかとなるとこれまた難しい事です。

        反対と言う立場は弱者側です、弱者を救済する方法も有ってもいいとは思いますが、強者はその行為をしません。

         

        強いものはあくまでも強さを保とうとして強権を持ちます。

        これは歴史が物語ています、武田信玄が死ねば即信長・家康が武田を滅ぼしにかかり、全滅させました、立ち上げれ無い程に。

        又、秀頼の大阪城を家康は壊滅状態にして全てを崩壊させました。

         

        兎も角、強者は手を緩めません。

        強弱とはそうした関係です。

        弱者の反対に対して強者は容赦なく優位性を取ります、結果弱者の得るものが無いのです。

         

        ですが反対と言う表現は何処にでも有ります。

        それが自由な思考と言うものでしょう、封建時代は反対と言う行為は絶対に許るされなかった。

        現代は自由という確かな保証はありますが次の代償が有りません、自由の代償が平等ではないかと思うのですがどうでしょうか。

         

        | 自然・感想 | 09:24 | - | - | - | - |
        日々新たなり、この格言は老人になっても同じ気持ち。
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          今朝も寒かったですマイナス4℃程度になっていたかも知れません。

          隣の県埼玉ではマイナス9.1度で過去の統計では一番低いとか冷え込みが厳しいです。

          空は真っ青な美しさが続きます、ふんわりと雲が浮かんでいます、地上の雪と雲が同体の様な雰囲気になっています。

           

          静かな朝です、朝はクラシック音楽を流して聞いています、今朝はシューベルトです、無料のユーチューブ音楽です。

          この静けさはまだ雪が残っているのと寒さで校庭に子供たちが出て来ないためでしょうか。

          プールの水はがっしりと固まっています。

           

          そうした平和な日々が今の日本かも知れません。

          今朝の記事で90歳になられる方の話を読みました、特攻隊予備軍だったようです。

          特攻隊は海軍に所属していたようです、次々と移動する飛行場と言う飛行場は次々に爆撃に会い命がいつ奪われるかと思うほどだったと言います。

           

          そういう戦争時代は命の尊厳など考えられる状態じゃ無かったといつ死んでもいいと思うようでした。

          日々何を考えて暮らしたのか、それはいつ特攻隊として戦闘機に乗れる日が来るのかを待っていた様です。

          広島の原爆も目の当たりにしたそうで、原爆ドームがどこからでも見えたそうです。周りは全て吹っ飛んでしまったのでしょう。

           

          特別な日々それが戦争です、今は平和な日々、そこには日々新たな感じを持つ事が出来ます。

          今年74歳になろうとしてますがそろそろ後期高齢者の仲間に入ります。

          そうした老人組になっても毎日が新しいのです。

           

          昨日よりも今日は違っているのです。

          新しい日を迎えているのです。

          それが自然でありますが意識せずに過ごしていたような気がしています。

           

          改めて今日と言う日を大事に過ごすそして明日を迎える、そんな気持ちを持ちたい気がしてきました。

          戦争は決して無いとも言い切れない昨今の情勢、北からの攻撃が皆無と言いきれるかどうかです。

          戦争体験者は憲法改正などを危惧するのは戦争に入ってしまってはいけないことを示唆しています。

           

          我々も戦争体験はしてませんがその後の物資の無い時代に青年になるまで辛抱しました。

          この寒さとは言っても暖房で寒さ知らずの部屋ですが我々の青年時代は部屋に石油ストーブさえ無かったのです。

          寒さに耐え忍んで生きていたんです。

           

          学生寮は旧校舎の後を利用していたもので、部屋は天井が高く、ガラス窓は隙間だらけ、夜中に雪が自分の顔に積もっていたんです。

          寒さはどれ程だったか思い出すとゾッとします。

          そんな中で日々の未来をどう考えていたか思い出せませんが唯々一生懸命に過ごしていた様に思います。

           

          今ほど平和な時代はないかも知れません、そんな中で日々を無駄に出来ません。

          日々新たな気持ちで向かっていけたらばと思い直しました。

          進歩は若い時だけじゃない年齢に関わらず前進することが大事なことでしょう。

           

          日々新たなり、これを再認識してこれから日々を過ごしたい気持ちです。

           

           

          | 自然・感想 | 09:15 | - | - | - | - |
          大人(玄人)と子供(素人)との対決で有ったと言う結末
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            寒い土曜の日になった。

            気温もさることながら雨も追加されているから余計に気分を損ねる。

            秋はやはり天高くでなければならない。

             

            選挙もまだまだ候補者にとっては折り返しになっていないが予想は終盤いや終わったのだ。

            もう数字が変わることが無いであろう。

            今度の選挙は大人と子供の戦いで有った。

             

            大人は慎重に慎重に注意深く体制を作って時には相手に油断をさせたりもした。

            大変苦しい選挙だと言う表現で相手を優位に立たせている風に見せかけた。

            実は最初から大勝利を予期していたのだが劣勢を装っていたのだ。

             

            しかしそれとも知らず子供たちははしゃぎまわって大いに騒ぎ立てちょこまかとそこいらじゅう走り回っていた。

            まるで保育園の園児だった。

            結果はそうした素人の仮面をはがすことは簡単で有った。

             

            家康が「正しい事は時が来れば成就する」と言ってたそうだ。

            子供たちは正しいかどうかなど関係なく騒いでいたのだから時は成就に結びつかなかった。

            まさに素人の行動であった。

             

            子供に対して国民は騙されないぞとばかりにそっぽを向いてしまった。

            実のところ日本人の多くは殆どは保守主義なのだ。

            そこに革新だと言っても多くは賛同しかねるのだ。

             

            その辺を野党は知らないのでは無かろうか。

            革新と言う言葉さえ使ってはいけないのだ。

            変化程度ならば多少そこに何が有るかを見たい気分になる。

             

            しかし革新となれば拒否反応が生まれる、現状でそれほど困っていないのに大幅な革新などが起きたら不安の方が大きく膨らむ。

            共産党を除くすべての党は保守主義を主張すべきなのだ。

            連合だって組合即ち労働者は現状でいいのだと言う保守なのだ。

             

            日本はいや世界の国は全て保守の政治が望まれているからこそ革命が起きないのだ。

            それが改革せねば日本はだめになるなどと言ったら笑いものだ。

            それが子供の悪戯になるのだ。

             

            大人と子供の違いを知らせた選挙で有ったと過去形になっても良いじゃないかと思う。

            大人同士の戦いはいつ来るのか楽しみだ。

            希望が持てるのか待っていたい。

            | 自然・感想 | 08:25 | - | - | - | - |
            意欲と努力しか無い、自己の発展
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              夜中は気温が下がっているようで、布団もそろそろ冬支度しなければと、まだ夏布団とタオルケットの二枚で過ごしていますから。

              それにしても花は寒くなると強くなるのでしょうか。

              花が元気に長持ちするんです、暑いと水分バランスに苦労しているようです。

               

              菊の花が枝いっぱいに咲き誇っています、黄色です、間もなく赤が咲き始めるようで、つぼみがだんだん大きくなって来ました。

              つぼみから開花まで時間がかかります、1週間以上も。

              開けば美しいですから、期待が大きくなります。

               

              先ずは意欲でしょうか、何事も自分で何をしたい、このことが無いと先が無くなります。

              そしてその後は努力でしょう。

              したい事、これを遂行するには並大抵の努力じゃ出来ません。

               

              相当に気を張り夢中にならねば、やり遂げられません。

              どんなことでもいいですから、事を成すことへ挑戦したいものです。

              意欲には興味と言う次元が必要でしょう。

               

              しかし他人から意欲を与えても中々聞き入れないもんです。

              毎日繰り返しの日々に別の事柄を入れるのは意欲が働かねばなりません。

              教養だけでなくとも、料理なども特に意識しないと、その枠(カテゴリー)に入って行きません。

               

              料理はやってみるととても面白い分野です。

              奥が深いし、感動も多いし、自分流にも自由に選択出来ます。

              しかし教えるから、と言っても拒否するような人が多いです。

               

              興味が無いからなのか、面倒なことだからと思うのか、嫌なのか、意欲が無いのです。

              食べる、これは生きる基本です。

              いつでもどこでも食べられる(外食)からいいじゃないのです。

               

              料理をしない、不思議なことなんです。

              食べる意欲は旺盛なのに、作る方に意欲を示さない、生き方の基本を捨てています。

              意欲と努力の積み重ねが生きがいじゃないかと、そんな感想です。

               

               

              | 自然・感想 | 09:27 | comments(0) | - | - | - |
              ナンセンス(無意味なこと)が多すぎる気がします。
              0
                今年は晴天が少ないような気がします。
                今週は二日ぐらいしか太陽が顔を出さなかったではと、恋しくなる日光です。
                冬の小春日和の方が気分がいいかも。

                しかし何といっても春です、寒さから解放されただけで嬉しいものです。
                身体の動きがちじこまっていた時の倍以上です、動きがスムーズになっています。
                いやはや寒さは嫌いですよ。

                ナンセンス(Nonsense)、この言葉をよく使いますが英語のスペルを知らなかったです、そして意味もちゃんと。
                ばかげている、無意味なこと、意味をなさない等がこの言葉です。
                中々うまい言葉(表現)です、いろんなところで使われるのもその為でしょうか。

                政治家が自分たちの議員数を議論し、そして法律を作り決めます。
                0増6減とか、議論がいろいろと出て、中々決まりません。
                それはそうでしょう、自分たちの利権が無くなる訳で、減らされたら議員の生命を失うことになりかねません。

                議員数を決めるのは国会議員じゃなくて、別なところで、例えば裁判所とかかね、ともかく利権に関わらないところで検討しないと、前向きになりません。
                この現象をナンセンスと言ってもいいかも知れません。

                この世はこうしたナンセンスが山のように高く積みあがっています。
                しかしこのナンセンスは決してなくならないのが不思議です。
                ナンセンスだと思っていても(分かっていても)、それを修正しないのですから、判断の基本が間違っているのかも知れません。

                ところが違えば、考え方も違う、とは言っても、平均的な・バランス的な考え方にのっとれば、そうばかげたことにならないと思うのです。
                しかしどうにも人の行為は自分勝手ですから、この矛盾を知りながら、ナンセンスを繰り返しています。
                過去の歴史の中身もナンセンスだらけです。

                その辺を整理して、これがナンセンスだったと、反省が出来ないもんでしょうか。
                現代の経済もナンセンスと思えることが多々あります。
                平穏な世界にするために、そこにベクトルを合わせれば、ナンセンスな競争は必要ないのではと、共生の試みは出来ないのでしょうか。

                北朝鮮のミサイル実験は誰が見てもナンセンスです、しかし続きます。
                それが何故続くのか、そこにメスを入れねばならないのですが、批判的なことばかり、挑戦的な行為だと。
                もし継続しなければならない理由が知れば、それに対して対策を考えてあげれば、ことがすむかも知れません。

                ミサイルもナンセンスですが、それを見ている側もナンセンスな行動です。
                結局、この世は全てがばかげたことをしている、と言ってもいいでしょうかね。
                温暖化もナンセンスな話でしょう、しかしその原因も対策も知っていながら、行わない、それをナンセンスじゃないと、今の世間がそうなんです。

                もうこのナンセンスの言葉が不要になっているかも知れません。
                | 自然・感想 | 09:52 | comments(0) | - | - | - |
                スズメの行動から気づくもの。
                0
                  毎朝の事になり、スズメたちも警戒感が薄れて来たように見受けられます。
                  保温状態にしている炊飯器に乾燥したごはんが付着していますら、それを丁寧に取ってスズメに与えます。

                  与えている時に寄って来るんです。
                  出来れば小さくしてあげればいいのですが、小指程度の塊でポイと投げてやります。

                  それを夢中で食べるのですが、よくよく観察していると、口に入れて飲み込む状態は物凄く小さくなってからです。
                  ですから、ごはんの米粒を何回も口に入れては、又口から出して、飲み込める大きさになるまで繰り返します。

                  その時間は結構かかります。
                  そこで気づいたのですが、そうした食べ物を一羽が占有していれば余裕でしょうが、側から別の一羽いや二羽が横取りしようとするんです。

                  他にご飯粒が有るんですが、食べている一羽のものが欲しいのか、場合によっては喧嘩状態になります。
                  ここんところです。

                  動物は常に食べ物が欲しいものです、それが十分に得られれば幸せものでしょうが、中々そうは行きません。
                  有りついた食物、自分だけにしたい気持ちはそれぞれ持っているのであろうと思います。

                  これが人間社会でも同じような気がします。
                  子供の頃、食料は非常に少なかったですから、食べ物に関しては欲求が高かったです。

                  その影響で、兄弟げんかは多分に食べ物の取り合いから発生しました。
                  今のスズメを見ているのと同じです。

                  現代のような豊富な食料(飽食)が有る時代では考えられないことです。
                  即ち、利害関係が有った時に、喧嘩が起きることを知らしめています。

                  現代はお金の利害関係だけで、そこに泥試合をしているのです。
                  企業だってそうでしょう、相手に負けてはいけない訳で、一流だった会社が倒産を余儀なくされています。

                  利害関係が無ければ、喧嘩は起きずに済みますが、この資本主義では喧嘩が本道です。
                  スズメも食事が済めば楽しく飛び回って喧嘩などしないでしょう。

                  ともかく、この現代の資本主義は終わったと言う方々は多くおります。
                  しかし次の時代はどんな形か、その姿が見えていません。

                  自然界の姿(スズメ)を見ていて、人間社会も利害関係(喧嘩・戦争)を失くす手立ては無いのかも知れません。
                  永遠に自然は相争いを繰り返すように、神(天)が仕向けたのでしょうかね。
                  それに従順になっている人間、そこから脱皮する能力が出たら、それは神への冒涜になるのでしょうか。

                  争いの無い社会、無いのか、紀元前から、孔子から、永遠のテーマなんでしょうが・・・・・
                  | 自然・感想 | 09:48 | comments(0) | - | - | - |
                  貴重(きちょう)、この言葉のかげが薄くなった気がします。
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                    涼しい微風が有りとても過ごしやすい気候になっています。
                    この時期は本当に身体にとって一番適した気候なんでしょうかね。

                    「春眠暁を覚えず」朝は寝坊してしまいそうですが、毎日6時には起床してメリハリを付けています。
                    寝る時間も早いので約9時間も睡眠している計算になり、ちょっと多すぎかと思っているものです。
                    しかし昼ごはんを食べた後も眠くなる癖が有り、若干ソファーでうとうとします。

                    ですから一日の半分ぐらい寝ているんですかね。
                    そんな訳で一日の短さを感じています。

                    箱根山がどうなるのか多少心配です。
                    東海道の一番の難所であろう箱根山、今はすいすい車で登り難所と言えませんが、昔は大変な山越えだったんでしょう。
                    大涌谷の水蒸気が気がかりです。

                    一昨年行きました、ロープウエーから望める地獄谷、それは恐ろしい雰囲気です。
                    そこが今は行けなくなったそうですが、実にその景色は怖いもんです。
                    行くことが出来ない、普通はそうでしたが、時代の進歩が行けないところを行けるようにしてしまいます。

                    つまるところ、そうした処がいっぱい有ります。
                    過去に貴重な神聖な場所も今では簡単に行けてしまうのです。
                    何かそうした貴重なものが影が薄くなってしまって、だんだんつまらなくなった気がします。

                    金沢まで新幹線が走ってしまって、金沢と言う遠さを失くしてしまいました。
                    遠い、これも貴重な一面だと思うのですが、簡単にその時間を消してしまうのです。
                    そうした発展は何を意味しているんでしょうか。

                    貴重さの遺産を壊してしまう、破壊的な行動が現代版技術革新なんでしょうかね。
                    便利性の陰に・裏側に貴重なものが消失しています。

                    もう少し大事なものはそのままにして置きたいきがしてなりません。
                    | 自然・感想 | 09:46 | comments(0) | - | - | - |
                    今年も残りわずかです。
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                      今朝のらラジオで熊本でこたつを出したとか、ええと思いました。
                      どの辺かは分かりませんでしたが、どこもかしこも寒さが忍び込んで来ています。
                      関東でももう零下になっているところが有るそうですから、早い冬になりそうです。

                      一方ではまだ銀杏が色づいていません。
                      美しい黄色、黄金色とでも言えましょうか、好きですね。
                      黄色が好きな色ですから、銀杏の紅(黄)葉を特別な気分で見ます。

                      今年も残り2か月になりました。
                      今年の一年がどうであったか、そろそろ気になります。
                      もう寒さも厳しくなりますから、この先の行動は限定的になってきますので、そう多くやることも無くなるでしょう。

                      毎年こうして過ぎて行きます。
                      しかし無事に過ごしている、平凡でも何事も無く過ぎてしまう、これがなによりです。
                      変化も少ない方がいいような気がします。

                      大きな変化はいろんな刺激になりますが、一方ではそのことで負担も多くなります。
                      今年はそうした変化が有りました。
                      特に家庭的なことですが、直接的に影響が大きいです。

                      具体的なことはさておき、変化の後の生活スタイルが変わりました。
                      人のためにやれることは何か、それが大きな変化です。
                      今迄と違って、時間の活用も制限されるようにもなりました。
                      緊張感も増えました。

                      結構そうした変化に満足しています。
                      それから考える時間が多くなりました。
                      深く思考するのでは無く、日々の生活を見る時間が増えたと言う事です。

                      本も読む時間が増えました。
                      自分なりに時間割も作っています。
                      今年は残り少なくなりましたが、この先もそうした変化した生活が続くわけで、精いっぱい頑張りたい気分です。

                      この先にも何かの変化が待っているかも知れません。
                      そうしたことを踏まえて日々を確実に過ごして行きたいと、寒空に向かって話しかけています。
                      | 自然・感想 | 08:53 | comments(0) | - | - | - |