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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
奨学金返済出来ず自己破産、親子で何故。
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    春がやって来た感が強まって来ました。

    中庭の白梅も満開に近い状態で春を呼び込んでます。

    梅は一輪の花が美しく、満開だからと桜みたいに感動が有りません、しかし一輪をよくよく見ると可愛いそのものです。

     

    雌しべか雄しべか分かりませんが開いた花の中にいっぱい出ています、まるで長いまつげのような感じで勢いを見せつけます。

    春がそこまで来たんだと期待させるものがあります。

    今日はバレンタインデーです、今日から春と言ってもいいと思っているんです、実は例年今日から花粉症が始まりますから。

     

    しかし今朝は鼻水が出ていません、ひょっとしたら延期されたのかなと思いたくなります。

    花粉症が無くなったら経済効果も減退するでしょう、薬にマスクが売れなくなりますから、関連企業は大変な痛手を受けるでしょう。

    バレンタインチョコが無くならない様に花粉症も継続するのでしょう、100年先までも。

     

    昨日でしたか奨学金の返済が出来ずに自己破産している人が増えていると言う記事がありました。

    疑いたくなるような記事でした、今まで聞いたことが無かったからです。

    学生時代は奨学金だけで過ごしていたものですからとても気になったのです。

     

    我々の時代は普通の奨学金は月額3000円で、特別奨学金で8000円(返済は3000円のみ)でした。

    その8000円で1か月の生活費とか授業料とかをやりくりしてました。年額96000円。

    家からの仕送りは皆無でした。

     

    卒業後は毎月返済し、後半どういう利点が有ったか分かりませんが残りを全額返済した覚えが有ります。

    社会に出てから初任給は確か28000円程度じゃ無かったかと、その内から3000円ですから負担になることは有りませんでした。

    ところが現在の状況に驚きました。

     

    無利子の奨学金で年間237万円、有利子で343万円だそうです。

    我々の時代と比較すると驚く数字です、24倍から35倍以上もの金額になっています。

    何故にこれほどのお金がかかるのでしょうか。

     

    もちろん国立大学だったですから授業料は安かったし、地方の田舎にありましたから娯楽費など喫茶代と酒代程度で現代の様な生活スタイルでは有りませんでした。

    勿論携帯電話も無ければスマホも有りません、テレビも個人で持ってなく食堂でみんなで見る程度でした。

     

    ですから個人で使う金額はさほど必要では無かったのです。

    実は卒業時に何万円か覚えてませんが預金してました。

    生活は簡素でしたし自然に囲まれていたので夏は毎週の様に登山(約2000m程度)してました、冬はスキーです。

     

    4年生の最後の冬は教授が普通の日にスキーに行こうかと言い出し、何回かスキーに行きました。

    ゲレンデが近場に有ったんです。

    リフトも回数券で確か200円程度じゃ無かったかと、11回使えるものでしたかな。

     

    兎も角学校と寮を行ったり来たりの毎日で、クラブは野球をしてました。

    お金を使う機会が少なかったですので奨学金で十分に過ごせました。

    そして物価ですが学生ラーメン50円か30円だったか、大学の理髪店が100円か150円か覚えてませんがそんなもんじゃ無かったかと。

     

    チキンラーメンのインスタントラーメンが発売された時期で10円ぐらいだったのか、そんな具合です。

    今は学生ラーメンがあるかどうかは分かりませんが普通で500円程度でしょうか、安いところでは380円ぐらいがありますか。

    理髪も安い処では1000円ですか。

     

    普通の生活面での金額差はせいぜい10倍から15倍程度じゃないかと。

    しかし奨学金が24倍も出してもらっているのですから、必要以上ではと思ってしまいます。

    月に20万円近いお金を使う訳ですから裕福な生活をしているのです。

     

    そして社会に出て貰う給料は手取りで20万円程度といいますから、学生時代と変わりません。

    しかし社会人になればそれ相当にお金を使うことになります、学生時代とは雲泥の差がかかります。

    となれば毎月何万円かの返済もままならない事になるでしょう。

     

    返済期間が長いですから結婚したり子供が生まれたりしたら返済する負担がますます上がります。

    給料だって我々の時代の様に毎年150%から200%の上昇など無いのですからね。

    我々は倍々ゲームのような上昇でしたよ、数年で10万円の給料になってましたよ。

     

    ですから返済が楽に出来たしいっぺんに返済も出来たんです。

    現代は給料が上がらず日常生活は経費が嵩むし、お金不足になってます。

    と言うことで返済が出来ずに個人破産をする方向を選択しているようです。

     

    しかし本人だけじゃ無いのです、保証人となった親も自己破産しているのです。

    そうでしょう、親は現役で働いていればまだしも年金生活であれば返済に協力するゆとりは無いでしょう。

    親子お互いに大学を出でることで奨学金など返済に困らないと思っていたでしょうが多額の奨学金で有ったために苦難の道になってしまったのでしょう。

     

    今後も増え続ける自己破産をどこかで制御せねばならないでしょう。

    お金は有れば使ってしまうのが人の行為です。

    少なければその中でやりくりするものです、少なければ工夫して利口な使い方をします。

     

    不思議に思った奨学金返済の自己破産に驚きを感じたのです。

    大学に入ることが本当に必要でしょうか、高校で十分な勉強をしているはずです、大学は必要ないと言っても過言では有りません。

    社会人として十分すぎる教育を高校までに受けています。

     

     

     

    | 自然・疑惑 | 09:33 | - | - | - | - |
    奨学金返済出来ず自己破産、親子で何故。
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      春がやって来た感が強まって来ました。

      中庭の白梅も満開に近い状態で春を呼び込んでます。

      梅は一輪の花が美しく、満開だからと桜みたいに感動が有りません、しかし一輪をよくよく見ると可愛いそのものです。

       

      雌しべか雄しべか分かりませんが開いた花の中にいっぱい出ています、まるで長いまつげのような感じで勢いを見せつけます。

      春がそこまで来たんだと期待させるものがあります。

      今日はバレンタインデーです、今日から春と言ってもいいと思っているんです、実は例年今日から花粉症が始まりますから。

       

      しかし今朝は鼻水が出ていません、ひょっとしたら延期されたのかなと思いたくなります。

      花粉症が無くなったら経済効果も減退するでしょう、薬にマスクが売れなくなりますから、関連企業は大変な痛手を受けるでしょう。

      バレンタインチョコが無くならない様に花粉症も継続するのでしょう、100年先までも。

       

      昨日でしたか奨学金の返済が出来ずに自己破産している人が増えていると言う記事がありました。

      疑いたくなるような記事でした、今まで聞いたことが無かったからです。

      学生時代は奨学金だけで過ごしていたものですからとても気になったのです。

       

      我々の時代は普通の奨学金は月額3000円で、特別奨学金で8000円(返済は3000円のみ)でした。

      その8000円で1か月の生活費とか授業料とかをやりくりしてました。年額96000円。

      家からの仕送りは皆無でした。

       

      卒業後は毎月返済し、後半どういう利点が有ったか分かりませんが残りを全額返済した覚えが有ります。

      社会に出てから初任給は確か28000円程度じゃ無かったかと、その内から3000円ですから負担になることは有りませんでした。

      ところが現在の状況に驚きました。

       

      無利子の奨学金で年間237万円、有利子で343万円だそうです。

      我々の時代と比較すると驚く数字です、24倍から35倍以上もの金額になっています。

      何故にこれほどのお金がかかるのでしょうか。

       

      もちろん国立大学だったですから授業料は安かったし、地方の田舎にありましたから娯楽費など喫茶代と酒代程度で現代の様な生活スタイルでは有りませんでした。

      勿論携帯電話も無ければスマホも有りません、テレビも個人で持ってなく食堂でみんなで見る程度でした。

       

      ですから個人で使う金額はさほど必要では無かったのです。

      実は卒業時に何万円か覚えてませんが預金してました。

      生活は簡素でしたし自然に囲まれていたので夏は毎週の様に登山(約2000m程度)してました、冬はスキーです。

       

      4年生の最後の冬は教授が普通の日にスキーに行こうかと言い出し、何回かスキーに行きました。

      ゲレンデが近場に有ったんです。

      リフトも回数券で確か200円程度じゃ無かったかと、11回使えるものでしたかな。

       

      兎も角学校と寮を行ったり来たりの毎日で、クラブは野球をしてました。

      お金を使う機会が少なかったですので奨学金で十分に過ごせました。

      そして物価ですが学生ラーメン50円か30円だったか、大学の理髪店が100円か150円か覚えてませんがそんなもんじゃ無かったかと。

       

      チキンラーメンのインスタントラーメンが発売された時期で10円ぐらいだったのか、そんな具合です。

      今は学生ラーメンがあるかどうかは分かりませんが普通で500円程度でしょうか、安いところでは380円ぐらいがありますか。

      理髪も安い処では1000円ですか。

       

      普通の生活面での金額差はせいぜい10倍から15倍程度じゃないかと。

      しかし奨学金が24倍も出してもらっているのですから、必要以上ではと思ってしまいます。

      月に20万円近いお金を使う訳ですから裕福な生活をしているのです。

       

      そして社会に出て貰う給料は手取りで20万円程度といいますから、学生時代と変わりません。

      しかし社会人になればそれ相当にお金を使うことになります、学生時代とは雲泥の差がかかります。

      となれば毎月何万円かの返済もままならない事になるでしょう。

       

      返済期間が長いですから結婚したり子供が生まれたりしたら返済する負担がますます上がります。

      給料だって我々の時代の様に毎年150%から200%の上昇など無いのですからね。

      我々は倍々ゲームのような上昇でしたよ、数年で10万円の給料になってましたよ。

       

      ですから返済が楽に出来たしいっぺんに返済も出来たんです。

      現代は給料が上がらず日常生活は経費が嵩むし、お金不足になってます。

      と言うことで返済が出来ずに個人破産をする方向を選択しているようです。

       

      しかし本人だけじゃ無いのです、保証人となった親も自己破産しているのです。

      そうでしょう、親は現役で働いていればまだしも年金生活であれば返済に協力するゆとりは無いでしょう。

      親子お互いに大学を出でることで奨学金など返済に困らないと思っていたでしょうが多額の奨学金で有ったために苦難の道になってしまったのでしょう。

       

      今後も増え続ける自己破産をどこかで制御せねばならないでしょう。

      お金は有れば使ってしまうのが人の行為です。

      少なければその中でやりくりするものです、少なければ工夫して利口な使い方をします。

       

      不思議に思った奨学金返済の自己破産に驚きを感じたのです。

      大学に入ることが本当に必要でしょうか、高校で十分な勉強をしているはずです、大学は必要ないと言っても過言では有りません。

      社会人として十分すぎる教育を高校までに受けています。

       

       

       

      | 自然・疑惑 | 09:33 | - | - | - | - |
      誰の仕業乱降下、強震の台湾でけが人が、怖いものです。
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        好天に恵まれて今日もやる気十分です。

        若干寒いですが春間近を感じています、北陸では大雪に見舞われて大変でしょうね。

        降っている時も大変ですがその後も苦労が続きます。

         

        今朝がたの台湾での地震は怖かったでしょうね。

        日本人の旅行客にけが人が出たとか、外国で病気やケガをすることほどつらい事は有りません。

        平時の備えしかしていないのですから突発的な事故に有ったら慌ててしまいます。

         

        無事に帰国されることを望みます。

        地震はいつ何時来るのか分かりませんが常々気にかけています。

        災害は忘れたころにやって来ると言う諺を思い出すのです。

         

        ですが備えはと言うと万全を期す努力に欠けています。

        水程度はなんとか用意してますがこの寒さに大地震に出くわしたら防寒と言う面で用意が不十分です。

        寝袋程度まで買っておかないといけないかも知れません。友人はちゃんと用意してます。

         

        何にしても不備な事は大けがにつながります。

        今回の株価乱降下は誰の仕掛けか分かりませんが突然の事ゆえ誰もがびっくりしたでしょうね。

        今日は買い戻しされているようですから一先ず安定化するのでしょう。

         

        しかし大暴落と言うシナリオは決していい結果が生まれない気がします。

        今朝の記事に中国の車及びスマホ販売が鈍化或いは減退してきたと言います。

        スマホなど4億台以上の市場だとか、日本人が赤ちゃんまで持つとしても1億ちょっとでしょう、その4倍以上の市場です。

         

        そこに1%違っても数字にすれば400万台以上ですから凄い数字です。

        販売が上昇している時は品不足で済みますが売れないとなるとこれは深刻です。

        今や中国が世界中の経済を動かしているような感じです。

         

        そこで起きている事、これが気がかりです。

        車販売も十数%の落ち込みだとか、車も世界中で一番売れている国が中国だと言いますから、その影響力はじわじわと浸透して来るでしょう。

        現在は世界経済が堅調だから安心だと政府の見解ですがこれもいつ何時変わるか分からないことです。

         

        その為に企業は備えをしていると言う訳でしょうか、じっと資金をため込んでいます。

        しかしこれは籠城と同じことで蓄えもだんだん減っていまって枯渇したときに降参となります。

        その辺がどう展開するか人の世は難し過ぎます。

         

        これほど人の社会を複雑に作った神様は気まぐれだったんでしょうか。

        もう少し自然体に近づけて欲しかった気がします。

        もう少し単純でも良かったと思います。

         

        全てに言えることは単純明快で有れば日常なんら気をもむことが無いのですが、複雑怪奇ですから日々悩み心配し憎しみや悲しみ等々を経験せねばなりません。

        鳩たちは餌を探すのに車道まで動き回りますが食べるものを探すと言う単純な行動だけです。

         

        そこには危ないよと親鳥が注意をすることも無ければ歩道を歩きなさいとも言われない、実に簡単な生き方をしています。

        人ももうちょと気楽な生き方が出来ると良いのですが乱降下に大きなショックを受けたり大変なものです。

        春もすぐそこまで来ています、春爛漫の気分を早く味わいたいです。

         

         

        | 自然・疑惑 | 10:11 | - | - | - | - |
        人出不足の倒産、不足している人材
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          寒気が再び日本を襲っているような予報です。

          ここ都内でも影響が出るのかどうかこの先雪マークは出てませんがどうなりましょう。

          残雪はほぼ消されて残り僅かになりました。

           

          今朝の気温も4℃と上がって来ましたが零下よりも寒い感じを受けるのはなんでしょうかね。

          節分も過ぎましたし気分は春です。

          春節も間もなく来ます。

           

          今朝の記事で人手不足で倒産が増えているという事です。

          人手不足とは仕事が多くなって来たのでそう言う現象が起きているか、退社して人が減ったかです。

          多くは仕事の量が増えたのに人手が居ない為に出来ないと言うことらしいです。

           

          この現象は何を意味しているのか解説が有りませんから分かりません。

          考えてみれば今まで通りの仕事量だったら倒産もしないで済むはずと思います。

          40年もの間運送業をしていた会社が仕事量が多くなって倒産したといいます。

           

          どこかに矛盾があります、仕事量を増やさなければ会社が運営できなかったのかどうかも書かれてませんが、従来通りにやっていれば50年でも次の時代でも続いたと思えるのです。

          景気が良くなると好景気倒産が出て来るのもこうした矛盾した仕事量によるものと思われます。

           

          人手不足の多くは働き手と言うよりも管理者不足を言っているようです。

          現場を管理する人がほしいというのです。

          解決策はヘッドハンティングをしてくれる会社に委託する例が多いと言います。

           

          何百万も出してヘッドハンティングしているとも言います。

          そこで考えるのは管理を行ったことのある有能な退職者はいっぱいいます。

          年齢を考慮し過ぎです。

           

          60歳を超えた場合は現場に立たせない方針が多いのでしょうが、70歳でも何ら支障がない年齢です。

          実際に現場で働いている下請けの業者の社長などは70歳以上がいっぱいいます。

          兎も角、定年退職者の利用が人手不足の解消に早道です。

           

          多くの企業は60歳を超えると定年扱いして給料も減り現場も行かなくなっているかと思います。

          こうした定年待ちの会社員はたくさんいるはずです。

          この人材を利用しなければ人手不足はいつまでも続くでしょう。

           

          人口減少によって限られた労働力人口になっている訳で、定年延長とは言っても企業に残っているだけで、給料取りになってます。

          折角多くの経験を持っている定年間近組の人材をどんどん別の企業に分散させることが大事です。

          ヘッドハンティングは若さが条件になります、しかし現実には今の仕事をこなさねばならない訳で、そのためには年齢など考慮する必要が無いかと思うのです。

           

          もっと進めて退職者の経験を募って年齢制限を解除したら眠っている人材はいっぱいあります。

          何故かと言うと我々はともかく多くの経験を積んでいます、景気は現代よりももっと凄かったんです。

          ですから何でも経験することが出来たんです。

           

          老人が多くなった現代に老人を活用しない方法がどんに無駄かを早急に気づいて欲しいのです。

          例えば、内部の仕事をしている若者を現場に立たせて、内部の仕事は老人に任せることだってできます。

          CPへの入力仕事など80歳だって出来ます。

           

          80歳などよぼよぼと思うでしょうがとんでもないです。

          一年中元気に飛び回っている人が多いのです。

          そう考えると人手不足は自ら作っているようなもので、応用活用する意欲に欠けているからです。

           

          退職し何もすることのない人たちは労働意欲が無いかと言えばウソです。

          どこかで働けるチャンスがあれば何処にでも行きます。

          シルバー人材センターと言う自治体で管理している組織が有ります、登録したこともあります。

           

          しかし仕事は自治体の関連事業しか無いのです、民間との共同作業が無いのです。

          ですから人手不足とは関係が無くここでは仕事待ちです。

          80歳まで仕事が出来るのです。

           

          民間でもこうした組織を作ってみてはどうだろうかと思います。

          日本活力シルバーセンターとかが出来れば一番で登録し仕事に就きます。

          まだまだ活量が溢れていますから活用範囲が有りますよ。

          | 自然・疑惑 | 09:03 | - | - | - | - |
          攻防の意味合いが曖昧、時間内と言う制限の中で。
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            雪が降っています。

            屋根が真っ白になっていますが1,2センチ程度の積雪でしょう。

            先日の場合と大分違いますがそれでも都内で積雪になるほどの雪は珍しいです。

             

            何時まで降るのか分かりませんが校庭もほぼ真っ白になってしまって子供たちは再び数日の間は走り回っての遊びは出来ないです。

            体育館の中で走っているのが見えます何となく可哀そうな、しかし雪国の子供たちはもっともっと長い間校庭など使えません、ここの子供たちは幸せです。

            地域によって大きな差が生まれる自然の現象、自然界には平等と言う言葉が通用しません。

             

            あれま!どんどん降り方が激しくなってきました、雪の形が大きいですから積もる速度も速くなりますか。

            攻防と言うことが好きな人の社会です。

            特に政治の世界は攻防の連続です。

             

            国会が開かれていますが与野党の攻防合戦に明け暮れています。

            多くの攻防は時間内で行われます、即ち制限時間が有るわけです。

            ですから十分なと言う攻防が無くいつでも中途半端で終わってます、結論など得られないまま。

             

            十分なと言う時間は多分に得られないことかもしれません、裁判所のように時間が使われれば別ですが。

            そうなるとやり方を変えることも必要かとも、大事な時間をどう使うか、と言うよりも大事な課題であれば十分に攻防すべきだとも。

            一般企業は大事な時には時間など制限など儲けずにとことんやりますが、官庁は時間で動いているだけで延長戦は避けます。

             

            戦国時代は勝つまでが終点です、日没になったから今日は止め、明日の朝から戦闘開始なんて悠長なものじゃ無かった様に思います。

            時間制限は何を意味するのか、多くの難題を抱えているにも関わらず徹底した解決に至らないこと多々です。

            結局解決無しに実行される事が多いから次々に問題が出て来るような気がします。

             

            攻防はパフォーマンスかと思わせる節があります、ですが秀吉の様に相手の心を読んで方策を考えるのも手です。

            家康を従えたのも秀吉ならではの方法です、目上に立つ人はそこんところを上手くやるのも良いかとも。

            兎も角、ギクシャクしたいきり立っての攻防は見ていると苛立ちます。

             

            国会中継はとても大事なことだと思うのですが国民のどれだけの人が見ているでしょうか。

            国会の中での攻防が喜劇の様に面白くせよという訳じゃないですが引き付けるものも欲しいです。

            見ていてテレビから離れられないそんな雰囲気が欲しいものです。

             

            政治はそうした要素を持っているもので国民は物凄く興味を抱く内容がいっぱいあります。

            しかし魅力が無いのです、攻防の中身がお粗末なんです、子供の攻防的な感じさえ持ちます。

            国会の議員たちの行動は国民には全く分かりませんがテレビ放映されていることだけが国会の様な印象を持ってるのですから、そこんところを魅力的な攻防にして貰いたいきがします。

             

            雪はそろそろやみそうな雰囲気になって来ました。

            どうなか、まだ降り続きますかな、自然の動きはとてもワクワクします。

            人の世も攻防の連続です、そこにはワクワク感が有っても良いじゃないかと、強弱もその一つです。

             

             

            | 自然・疑惑 | 09:33 | - | - | - | - |
            仮想と言っても現実に使われている、仮想の本音は?
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              今朝は寒さが緩んだ様に見受けられます。

              プールに氷が出来てませんでした、外気温も零下になってませんでしたから春近しと気持ちが膨らみます。

              しかし木曜日は再度雪が降る予報ですから安心出来ないです。

               

              校庭の雪がやっと残りわずかになり運動も可能になりつつありますが木曜日に降れば再び閉鎖になります。

              子供たちはうずうずしているかも、身体をじっとさせて置くことが出来ないでしょう。

              空は半分以上雲がかかっています、雲の隙間から太陽光が見え隠れしていてますが風は無く暖かい一日になりましょうか。

               

              仮想通貨と言うものが今世紀に入ってから出て来たものの様です。

              いったい何でこんなものがと思いますが人は過去にないものを作りたい心境が有るんです。

              新しい、これだけで魅力的だし興味が引かれます。

               

              そしてどんどんエスカレートして今では1000種類の仮想通貨があると言います。

              しかし仮想通貨と言う言葉が気になります。

              新通貨と言わないで何故仮想と言う幻的な名前にしているのか、誰が付けたのでしょうか。

               

              仮想とは実際には無いことでしょう、しかし実際に存在し利用しているのです。

              仮想じゃなく現実なんですがこの点が混乱する気味悪いものです。

              言い換えれば「お化け」ですか足が付いていないふわふわした物体なのでしょうか。

               

              決してそうではなく、通貨としても機能を発揮しています。

              買い物も出来るしFXまがいの儲けも出来る訳です。

              現実にある通貨要素を十分に持っているのに仮想と言います。

               

              これはマヤカシではないかと混乱させるだけではないかと、分らないことだらけです。

              子供がおもちゃの遊びの中で使うコインや紙幣と同じものです。

              それをネットに載せて使える様にしてしまった、これはどう見たって胡散臭いものです。

               

              しかし人と言うものは胡散臭いなど関係が無く金が儲かれば飛びつくのです。

              最初はどの程度から始まるか分かりませんが100倍200倍に価値が上がれば当然儲かるのは当たり前です。

              100万円が100倍で10000万円即ち1億円になりますから小銭を持てば20万円でも投入してしまうでしょう。

               

              取引所は一日で兆円の取引をしているとか、その中で儲けはどれだけなのか分かりませんが580億円の補償など簡単に出来るようなものかも知れません。

              ともかく仮想とは通貨ではなく、取引が仮想で現実とかけ離れたものの様な気がします。

              それを実行するには一人でも出来そうな内容ですから銀行などと言った大げさな経費が掛かる事業じゃ無いのです。

               

              仮想とはそうした現実のものからの超隔世したものかとも言えます。

              仮想が現実になった時点で銀行は倒産し日銀が通貨を作らなくてもよい時代になって貨幣と言うものが自分だけのものに変わるのでしょうか。

              通貨即ちお金を持たない時代になるのですか、自分たちがネットで持っている通貨を現実にお金として使い、共通性も何も無視されるのでしょうか。

               

              今は投機の材料に使われている、しかし将来は日本銀行券即ち1万円札など発行しない時代になるのでしょうか。

              仮想から目を覚まして現実と言う場面をもっともっと我々に知らせて欲しいと思います。

              何兆円と言うビットコインの存在は仮想なのか現実なのか、将来はどうなるのか、一般論として専門家に記事を書いてほしい。

               

              もう仮想と言う言葉が無意味になっているのかも知れません。

              新通貨と呼ぶことになるのでしたら実態を知らせる必要があります。

              不安が一段と増えました。北朝鮮のミサイルはビットコインで作られているのではと、仮想してみました。

              | 自然・疑惑 | 09:45 | - | - | - | - |
              今年も隠蔽(いんぺい)問題が多かった
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                寒気が襲って来ているようで一段と冬化粧が進んでいる様です。

                ここから富士山は見えませんが(見えるところもあるが)話によるとソフトクリームの様だと表現してました。

                佐渡の映像を見ましたがブルドウザーで雪を除去していました、佐渡に雪が降ることを初めて見ました。

                 

                年の瀬で今年もどうあがいても数日で終わりです。

                残りの日々を大掃除やらなんやかんやであっという間に過ぎてしまいます。

                正月の料理もしなければならないし休む暇も有りません。

                 

                しかしぎっくり腰の腰痛が治ってないので辛い日々になってます。

                さて今年を振り返ると何とも不思議な出来事が多かったこと。

                会社ぐるみで不正を行っていたことが発覚と言うか表に出てきてしまったとなりますか。

                 

                即ち誰かが隠蔽していたために不正が何十年も行われていたわけです。

                隠蔽の本質は何にかと考えれば知っている人が表に出てこない事です。

                不正を行った張本人が絶対に出てこない記者会見しません。

                 

                これは会社の隠蔽でしかない訳で隠蔽の本質は張本人を隠すことです。

                なぜ隠蔽していた人々を表に出したく無いのでしょうか。

                会社のトップだけが頭を下げて実行部隊はのうのうとしているのでは国民は納得できません。

                 

                逆の見方をすれば隠蔽を会社トップが知らなかったじゃなくてトップが指示していたと解釈されても仕方がないように思います。

                不正が無くならないのもこの体質が変わらない即ちトップだけが頭を下げる行為しかないからです。

                張本人が出てこないのは何故なのかとても不思議です会社が庇う(かばう)必要が有るのでしょうか個人の保護をする必要があるのでしょうか。

                 

                確かに不正は会社の恥ですが不正の温床は張本人が自分が表に出なくてもいいと言う安堵感から来るのでしょうか。

                トップは知らなかったと言う文言が多く聞かれますが何十年も続いた行為を知らないで通るでしょうか。

                疑問はとても複雑で深いものです不愉快そのものです。

                 

                来年はどんな不正が出て来るのか不正をしている輩・張本人は戦々恐々しているのではなかろうか。

                でもバレて元々的な感覚も有るかも知れません。

                日本の製造業それも超大手企業に不正の温床が有るとすれば由々しきことです。

                 

                その裾野である下請け中小企業にまで蔓延していたらと思うとゾッとします。

                せめて中小企業だけは自前の技術で正々堂々とお仕事を続けて貰いたと思います。

                そうすればいい正月が迎えられます、不正を起こす会社は正月など訪れ無いでしょう。

                | 自然・疑惑 | 10:41 | - | - | - | - |
                SNS フェイクニュース 新たな時代背景
                0

                  太陽の位置が真夏と比べたらずいぶんと南に移動しました。

                  ですから朝から太陽が部屋を直撃してきます。

                  8時半ですがもはや一部分に太陽光が入り込んで眩しいのです。

                   

                  ほこりが目立って見えますので掃除を小まめにしています。

                  それにしても気温はどんどん下がって今朝は1度ぐらいじゃないかと思います。

                  ですが身体が慣れました6時過ぎに外でストレッチするのですがブルブルっと来ないです。

                   

                  今朝インドネシアでフェイスニュースから殺人に発展したと言うニュースを読みました。

                  発信元はNHKですからこのニュースは信用できるものだと思いますが誰が発信したか分からないニュースはSNS上に現れて混乱を起こしているようです。

                  新聞もろくに見ない人たちがスマホのニュースを見て信用するんですからSNSってなんだと言いたい気分です。

                   

                  インドネシアでは6000万人がスマホを見ていると言います人口の4割がた持っているそうです。

                  こうなるとフェイクニュースが拡散するのに時間がかからないでしょう。

                  恐ろしい時代になりました。

                   

                  米国の大統領選でもこの話題がありましたがインドネシアでも知事選で起こり現職が落選したと言います。

                  もうこうなってはニュースの基がどこからかを確認しなければ読んではいけないとなります。

                  しかしそこまで調べて読む人は殆どいないでしょう。

                   

                  話題性だけで読むことが多いでしょうからフェイクだろうが何であろうが信用してしまいます。

                  この問題の解決策などスマホ開発者(会社)?は考えて無かったでしょう。

                  即ち予測しうる被害などよりも新しさ儲ける道具になると言う観点から売り出したのだと思います。

                   

                  今後こうしたフェイク内容がどんどん増え続けいよいよ社会問題に発展してしまうでしょう。

                  国際問題にしてもミサイルで日本が狙われていると言う記事があちこちで発信したら本当かと思ってしまいます。

                  現実に無い事柄をさも有る様なニュースは新しいことですから読んでしまうでしょう。

                   

                  そこに落とし穴が有って犯罪やら詐欺やらに発展しないだろうかと心配します。

                  振り込め詐欺の新しい手口にこのフェイクニュースが活用されそうな気がします。

                  新しいリゾートへの融資などと言う触れ込みで広告とも公示とも取れそうな偽(フェイク)官公文書が飛び回ったら引っかかってしまうのではないかと。

                   

                  これは止めようが無いでしょう次々と新手のものが出るでしょうから。

                  兎も角スマホは便利ですが通信を主にしてSNSなどに目を向けさせない方法論が必要でしょう。

                  中国は内容を検閲してどんどん削除する方向になっているとか言論の自由問題が出ていますがフェイクが言論とは言えないと思うのです。

                   

                  今後どうなるのか流れは最悪のところまで進むのでしょうそして崩壊する時代が来るような気がします。

                  言論の自由と言う自由さは果たして正義なのかどうか統制が正義なのか正義論議に発展するかどうか。

                  その間現状が続くわけで惑わされないためにもSNSの活用は出来るだけ必要最小限にしておきたい。

                  | 自然・疑惑 | 09:07 | - | - | - | - |
                  責任の自覚に疑問、不祥事続き。
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                    青空に真っ白な雲が浮かぶ光景、遠方まで見通せる風景、これは台風一過の贈り物である。

                    素晴らしい天候に感謝したい。

                    だが台風の大雨は被害を起こさなかったのか心配だ。

                     

                    その大雨の中買い物に行った、いつもの八百屋さんに客は少なかった。

                    アルバイトの店員も暇を持て余していて寒いを連発していた。

                    野菜類は一応入荷していたようでいつもの通りであった。

                     

                    運ぶ流通に携わる人々のお陰である。

                    台風でも一時も休まずに食い物を運ぶ大変なお仕事である。

                    十分に責任を果たしているここでも感謝だ。

                     

                    しかし責任について野放図になっているのが最近多く発覚している。

                    検査即ち品質の良し悪しを決めるところでいい加減な行為が絶えない。

                    無資格者が検査をする、検査員の当事者のハンコを使わない、誰が検査したか痕跡を残さない。

                     

                    検査していない資格者のハンコじゃ責任は誰なのか分からない。

                    実際にこうしたことが慣例化していたとなると、責任よりもプライドの面で気持ちが悪い。

                    検査の場面をテレビで見たことが有る、確かドイツだったか、大型のトラックだったと思う、その検査員は丁寧な検査をしていた。

                     

                    検査員は多少の問題点でも見逃さない、自分の検査で合格した車は完全な完成車と言えると胸を張るのだ。プライドが高い。

                    それぞれの分野が有るようで、その人は外観塗装についての検査員だった。

                    車は50年ぐらい乗ったが仕事が主だが、その中には塗装面でいえば数年で塗装の一部が破損するのも有った記憶が有る。

                     

                    良い塗装と不良の塗装とが有りそうだ、条件は全く同一に出来るとは限らないのだろう。

                    気候湿度温度時間等々条件が多々るのだから、そこで検査員が合格か不合格かを判断せざるを得ない。

                    しかし無資格者がプライドなど持たない人が結果はどうなるだろうか。

                     

                    JIS規格を守らないと言う製品は今まで使った中で有ったのだろうかと思うのだ。

                    鉄板を丸めて缶体を作る材料の鉄板が品質管理されていないとか、JIS以外だったとか、そのれに付ける部品類がどうだったのか、考えれば恐ろしい出来事だ。

                    JISの取り消しされた企業が今後仕事を継続出来るのだろうか。

                     

                    そこに働く労働者はどうなるだろうか、下請け企業はどうなるのか、波及はとても広い。

                    日本だけじゃない海外からメイドインジャパンは大丈夫かと問われている。

                    それは極僅かなならず者が行った杜撰な行動であった。

                     

                    それも状態化していた。

                    責任など何も感じていない、日々の仕事は給料のため、仕事に熱が入っていない、魂が入っていない。

                    と言う様な表現で済む問題では無い、本人のプライドはどこに置いてきてしまったのか。

                     

                    プライドの無い人間は無責任でもある。

                    責任イコールプライドであり、自己の能力の発揮できる場である。

                    それらを放棄して何が残るのか。

                     

                    何処でも誰でも責任を逃れてはいけないのだ。

                    それは人間失格につながるからだ、プライドは決して喪失してはいけないのだ。

                     

                     

                    | 自然・疑惑 | 09:30 | - | - | - | - |
                    拷問のない社会は腐敗の温床かも。
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                      曇り空になると寒さも厳しく感じます。

                      明るくなりかかったのですが、今はどんよりと薄暗くなって来ました。

                      一日がこんな状態になるのでしょう、恋しい太陽です。

                       

                      江戸時代まで犯罪を調べるために拷問と言う手段が使われてました。

                      鬼平犯科帳でも拷問の場面が出てきます。

                      しかし極限られたときに使われたのでしょう。

                       

                      韓ドラでも朝鮮王朝時代物には必ず拷問シーンが出てきます。

                      拷問の制度は最近まで有ったのはそれなりに必要な処置だったんでしょう。

                      しかし今は人道的な意味合いから拷問は出来ません。

                       

                      その結果が何を生み出したか、その問題点が指摘されません。

                      多分、調べた訳ではないのですが、感覚的に犯罪は物凄い勢いで増えたんじゃないかと思うのです。

                      拷問の有った時代は怖いと言う恐怖心から犯罪は出来ないと強く意識していた、そんな気がします。

                       

                      しかし現代は特別に痛めつけられることも有りませんから、犯罪したって、そう深い罪意識を持たない、そういう風潮ではなかろうかと。

                      豊洲問題もうだうだと調べに対して「我関与せず」の一点張りで逃れようとしている姿が目に浮かびます。

                      もし、拷問をすれば、たちどころに罪を吐くでしょう、鬼平がこの世に再登場したら、拷問が復活したら、豊洲関係者は芋ずる式に検挙されること間違いなし。

                       

                      そして恐怖から犯罪も減り、本当に悪者だけが悪いことをし、拷問され、打ち首になれて、さらし首にする、それぐらいは必要だと思うのです。

                      だって悪いことをしても平気で重ねて犯罪する時代よりもマシです。

                      振り込め詐欺も徹底的な犯罪究明をするには拷問による追及が欠かせないところです。

                       

                      ですが、生ぬるい検察の調べでは詐欺団はどこまでも生き延びてしまいます。

                      拷問の復活を行う、と言う触れ込みだけでも、犯罪は90%程度へるような気がします。

                      現代人は危険に対して敏感ですから。

                       

                      庶民は安心して暮らせるようになるでしょう。

                      豊洲問題も拷問の制度があれば、とっくに誰がどうしたか、分かるはずです。

                      こうした緊張感のない社会になってから、個人の尊重はいいものの、一方では個人の悪は無限大に増えてしまっています。

                       

                      責任感がない、これは判事です。

                      たらい回しも犯罪です。

                      何故か、犯罪を認識しなかった、と言う勝手な判断が間違いだからです。

                       

                      これから先も犯罪、悪者が激増し、悪をしないものは損をする時代になります。

                      嘘も方便、悪も方法、などと言うことになりやしないかと。

                      お白洲、これも復活させることです、裁判所の平等な意見の交換など必要ないこと、調べたら即判決すべきでしょう。

                       

                      それには拷問が大事な要素になります。

                      ロウソクを垂らす、あの熱さは耐えられません、昔その経験をしています、だって子供のころはロウソクは提灯に使いましたから、そして停電の時にも、試しにろうそくを手に流してみたりして。

                       

                      この世の犯罪抑制政策は拷問の復活です、だが十手持ちはだめです、あれはチンピラですから。

                      上手く制度を作ってみては如何かと、この世の立て直しに。

                      | 自然・疑惑 | 09:01 | comments(0) | - | - | - |