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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
健康年齢と平均寿命の差が大きすぎます。
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    寒さは状態化して来ましたので慣れた感じがします。

    対応が上手くなった様です。それ程考えずに外出時にはこれを着てと言うパターン化が出来ました。

    季節の変わり目は何を着ればいいのかと悩みますがね。

     

    今日は七草ですから雑炊を作りましょうか。

    そう言えば雑炊など最近はすっかり忘れてました、子供のころは雑炊をよく食べました。

    特に冬は雑炊を食べると身体が暖まるのですしかしそれだけじゃないんです。

     

    経済的に雑炊は助かるんですお米の量を減らすことが出来ます 即ち雑炊にするとお米が倍近く膨らみますから見掛けお椀にいっぱい入れても通常の半分ぐらいしか入ってないんです。

    それに汁がお腹を膨らまします野菜もいっぱい入ります。となれば結果的に少量のお米でお腹を満たせます。

     

    そう言う理由から戦後間もない時期はこうした食べ物を作ったのです。

    覚えてませんが代用食と言ってお米の代わりにさつま芋を食べた時も有ったようです。

    何分食べ物が不足してましたから我々はたらふく食べると言う習慣は有りませんでした。

     

    いつでも腹が減ってましたし肥満児などいませんでした。

    現代の過剰摂取など夢でした。

    しかし栄養が足りなかったのですが病気らしいものは有りませんでした。

     

    今はサプリメントで栄養不足を補うようなCMが多いですがそんなことをしなくても豊富な食物を食べていれば何ら病気は襲って来ません。

    ともかくスーパーや食品店で並んでいる食料品の豊富さは驚くばかりです。

    その中から好きなもの 嫌いでも食べねばと思うもの デザートの果物等々好き勝手な選択ができます。

     

    これ程恵まれた時代なのに病気になっています。

    健康年齢と言う表現が有るそうで平均寿命との関連について報道されてました。

    日本では男で9歳の差 女性で12歳の差が出ていると言います。

     

    これは健康から病気になっている期間を示していると言うことだそうで、男は9年間女性で12年間病気していると言う解釈です。

    平均寿命が90歳とすれば10年近くは病気しながら生きているのですから老人の病院通いは当然の姿です。

    もし平均寿命まで病気などしなければどんなにいい人生を送ることができるでしょうか。

     

    早期発見早期治療の名目で検査が盛んに行われますがこれも過剰ではないかと思います。

    一年に一度健康診断を受けますが毎年何処かに異常がある数値があるのは当然と思います。

    しかし数字が何を意味しているかはハッキリと判明してないでしょう 医師もこの数字は高いから何々の病気になりますよと宣言しません。

     

    数字が高いから食い物に注意してくださいとか運動をしてくださいとかの簡単なアドバイスしか有りません。

    医師も分かってないなあと思うのが常です。

    先ずは現代の食べ物を自分で料理して味を吟味して最適の量を食べていれば普通の健康状態は保てると思っています。

     

    加工品の冷凍食品やレトルト、インスタントだけに頼っていれば病気が襲って来ること間違いなしと確信してます

    或いは外食の安いものだけをチョイスしていればこれも当然ながら発病の元です。

    これ程恵まれた食品群が並んでいるのですから自分で選び自分で作り満足をすれば病気は自ずと遠のきます。

     

    病は気からと言うことですが 病は食物の選択からとも言えます。

    健康年齢を延ばすことによって医療費の削減効果につながります。

    この点(健康年齢)を長寿国日本では一番求めねばならない時代になっていると思います。

     

     

    | 自然・未来の方向 | 08:45 | - | - | - | - |
    中国が世界を制する時が近づいているか?
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      又しても雨の一日になった。

      こうも天候が悪い年は有っただろうかと思う。

      悪天候に追加で台風が来ると言うから二重苦になってしまう。

       

      それにしても沖縄は暑いようだ。

      友人からのメールでも暑くて大変だと書いてあった。

      異常気象が原因か。

       

      中国は着々と計画通りに進んでいるような感じがする。

      全人代(中国共産党大会)で5年計画を立てそれを実行して行く将来への発展へと歩を一歩一歩歩んでいる。

      将棋の歩は一番低い活躍しか出来ないが無ければ攻撃も出来ない重要な駒である。

       

      一歩即ち一つしか進めないのだがこれが着実に前進すると非常に怖い事になる、金にもなり得るからだ。

      20年前だろうか中国に何回か行ったがその当時は北京も高層ビルは少なかったし住宅も古かった。

      しかし今は映像でみたり友人のメール写真を見たりしたらとても敵わない状態だ。

       

      それも北京や上海だけじゃなく以前に行った武漢もハルピンでもどこでも高層ビルや高層マンション住宅で埋まっている。

      これは恐ろしいほどの発展ぶりだ。

      その要因は世界の工場になっているからだろう。

       

      日本だけじゃなく欧米からも工場生産を請け負っているから大変な生産規模であろう。

      それらは国家の指導で特別区などと言う重点主義を取っているから開発もスムースに行くのである。

      日本は特別区に獣医の大学を作るだけでも認可から何々まで疑惑などと言う問題を引き起こしている。

       

      これじゃ統制ガバナンスなど有ったものではない。

      コーポレートガバナンスが問題になっているが国のガバナンスがどうなっているかも問題にしなければならないのだが騒がない。

      このままだと中国に相当引き離されて米国様から中国様に切り替えねばならなくなる日が来るであろう。

       

      だって2020年までに何々、2035年までに何々をすると発表している。

      日本はどうであろうか、2020年までに何をオリンピックだけでそれ以外は具体性の物件は無い、ましてや2035年までに何を分からない。

      こうして未来への道が見えていれば国民も進む方向の舵取りが容易であろう。

       

      この先アジアだけにとどまらず西へ西へと道・路を広げている。一帯一路である。

      大国世界一になるのももうすぐであろうと誰もが想像できる。

      社会主義がどんなものかソ連で失敗したかに見えたが中国では成功している。

       

      国土と人口が膨大であれば力を出すことは容易だ。

      経済だって1億人と13億人の国民数では圧倒的に後者が有利だ。

      100円ショップで売られているものは殆ど中国製それを日本人は一生懸命に買う。

       

      日本で作られている高級化粧品などは中国人観光客から買ってもらえる。

      しかし100円の商品の方が圧倒的に多い金額であろう。

      どこを見ても劣勢は日本である。

       

      そんな日本を何とかせい!と言うのが今回の選挙であろうが変わらないのだ。

      相変わらず自民党公明党の集団が仕切る訳だ。

      またまた中国に距離を離されてしまうことになる。

       

      米国と蜜月はいいけでもこのままでは衰退して行くことが目に見えてきそうだ。

      2020年2035年の計画を作成しておかねばならないはず、選挙中でも考えてもらいたい。

      | 自然・未来の方向 | 09:46 | - | - | - | - |
      秋の空高く運気が昇る
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        今日は最高の天気になった。

        10月1日都民の日しかし日曜日に重なったので一日損したような気がする。

        と生徒は思っているかも。

         

        こちらは毎日が休日だから何ら関係ないが。

        今日は都営の施設が無料で開放される。

        動物園もそうだし有料の公園も美術館もいろんなところに人が集まる。

         

        無料ほど有りがたいものは無いが混雑は嫌だ。

        特に動物園は人の山になるだろう。

         

        これ以上ない天候だからどこかに行きたいが混雑を避けることの方が賢明かと思う。

        こちらはいつでも行けるから。

        早速選挙運動が始まっている、事前の運動は禁止のはずが堂々と候補者風な人が演説している。

         

        それも公明党の旗をいっぱいあちこちに立てながらだ。

        定めし選挙戦だ。

        いいのかと思う。

         

        学会の人々も集合号令が出たのかたくさん集まっていた。

        多分公明党は危機感を抱いているだろう。

        前回は都民ファーストの会(小池氏)と手を組んで選挙したが、今度は希望の党(小池氏)と戦うのだから容易ではない。

         

        それも投票率が上がるであろうからいよいよ組織票だけでは足りなくなるだろう。

        必死さを感じる。

        この天気はどの党に運気をもたらすのか都民の日に掛ける候補者は多いはず。

         

        三都物語も終わりいよいよ選挙も中盤にさしかかったと言えるであろう。

        東京名古屋大阪とすれば日本の三大都市、ここを抑えれば日本を牛耳ることになると思うが一概にそうも言えない。

        地方の田舎は依然として自民党の地番だ。

         

        都市部は弱いが田舎部は強いのが自民党である。

        しかし今度はどうなるかが田舎次第である。

        今回ほど田舎が重要視されることは今までに無かったのではと思う。

         

        田舎を制するものが国を制するなんていえるかも。

        今日は田舎も晴天に恵まれているだろうが果たしてどんな動きになっているのか気がかりである。

        運気をものにするものが勝つのだ。

        | 自然・未来の方向 | 08:58 | - | - | - | - |
        高齢でない73歳の活躍
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          メキシコで大地震が有ったそうだから犠牲者に冥福をしたい。

          自然災害は大型化しているような気がする。

          先日のハリケーンもメキシコ湾で起きている・

           

          どうもあちらの様子は全く知見に無いのでどういうものか想像するだけだ。

          自然の動きが危うくなって来ているのか気になるところだ。

          関東大地震説も決して消える訳じゃなく気構えだけはしておきたい。

           

          メキシコで32年前にも大地震に見舞われていて、その日防災訓練をして後に起きたと言うから何かの巡りあわせかと思ってしまう。

          関東大震災も9月1日これは忘れてはならないことだろう。

          嫌な話だが9.11のことも脳裏に浮かんでしまう、9と1の組み合わせが何かを暗示しているのか。

           

          今朝は曇天になったが保育園の子供たちには天気など気にしない元気に大声を出しているのだ。

          ともかく元気さに脱帽だ。

          大声もそうだが走り回る勢いも凄いのだ。

           

          73歳の社長と言えばオーナー社長かと思ってしまうが実は生え抜きの社長である。

          フジテレビ・メディア・ホールディングスの社長に6月就任した人だ。

          宮内氏である。

           

          どうしても社長は若返りと言うイメージが一般的だが73歳となれば誰でも驚くだろう。

          我々の年齢でこの社会で活躍できるのはそう多くは無い。
          勿論高齢でも自分の持ち味を発揮して社会に貢献している人もいるだろうが会社の視聴率低下を何とか食い止める為に抜擢されたと聞く。

           

          所謂会社の立て直しだ。

          そこに73歳と言う年齢が現れた事に驚嘆するのだ。

          会見と言うかインタビーの記事を読むととても意欲的で過去のやり方を全面的に改革し指示系統を確立すると言う。

           

          多くは会社と言う組織は順列に従って指示系統が複雑化する。

          取締役から始まって作業する担当者に届くまでにどれだけの人が介入するか、所謂ハンコが何個押されるのかである。

          会合では意見を言うことが重要と思って反対意見も出す。

           

          結論は中々出ない結果改革は頓挫する。

          このパターンが衰退する現象場面だ。

          勢いが有る会社は担当者の意見で進められて結果が思った以上になることが普通だ。

           

          無茶だと思えることが実は成功へのきっかけになるが、多くは拒否反応が優先して自己防衛に走ることが普通だ。

          特に自分の地位を確保したい連中にそれが顕著である。

          73歳と言う年齢はそうした保護主義などもうない、同時に自由解放主義に走る。

           

          複雑な組織を簡単に単純に風通しのいい雰囲気を作ることが一番だ。

          組織に乗っかって日々を過ごし高給を貰って豪華マンションに住んで満足している輩には改革は出来ない。

          複雑さの中にいることが安泰なのだ。

           

          そして会社が衰退しようが視聴率が凋落しようが給料には関係ないし上流階級に居座っていることが出来る幹部は一番いい思いをしているのだ。

          トップほど苦労人はいないだろう、73歳までに至るまでも会社で苦労し続けたと言うから宮内氏は会社と一体化したオーナーと同じかも知れない、頑張ってもらいたい。

           

          確か日本電産の社長(名前忘れた)も73歳であった、オーナーだが兎も角凄い。

          年齢を忘れて頑張って貰いたいエールを送る。

          | 自然・未来の方向 | 10:01 | - | - | - | - |
          長期の目標目的が難しい
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            今日も曇天。

            もうこの言葉を使い過ぎるほど出てきてしまう。

            一体東京の空は晴天に恵まれないのでしょうか。

             

            明日は晴天域になると予報ですが信用できなくなって来た。

            スッキリとした秋の空天高くを見たい。

             

            そうした日々の中の行動は何かを目的にしていることは確かである。

            殆どが漠然としたものだが例えば公園の散歩を毎日欠かすことなく歩いている。

            何の目的だろうかなど余り考えていない。

             

            しかし理屈をつけるとしたら体力維持とか体重を増やさない様にエネルギーを消耗するとか。

            或いは森林浴の気持ちよさとかもある。

            だがちゃんとした目的意識を掲げているかどうかと言われるとそれ程のものは無い。

             

            日々そうした活動をして夕方が来て寝ている何か侘しさも感じる。

            数的な目標は立てやすいが体力などは換算するものが見当たらない。

            実に目標目的と言うものが漠然としているかが分かる。

             

            大よそこの世がどの方向に進むのか誰が目標を立て目的地へ誘導するのだろうか。

            最近は何々首脳会議などが多い。

            何かと言うと首脳が集まっている。

             

            そして会合後に統一的な話し合い内容が発表される。

            所謂集団でこの世界を引っ張ろうとしている。

            しかしそこに独裁者が居る一国を仲間に引き入れようとしても中々言うことを聞かない。

             

            結果制裁とか威圧とか窮地に追いやる意見で一致する。

            それでも相手は無視するので手が付けられない。

            世界をある者が統一することが出来たらいいかも知れない。

             

            国を統治するように世界を統治する。

            世界は一国であると言う思想だ。

            これを目標に世界中が行動したら面白いことになると思う。

             

            例えば大統領(?)選挙運動の時は世界中を回らねばならない、何年もかかるだろう。

            だから選挙などしない、じゃどうやって指導者を選ぶか。

            指導者は天性生まれて来た時に決まっているようになるかも。

             

            その人が誕生しそして昇天するまでその方の導きでこの世が統治されるのだ。

            何だか宗教的な雰囲気があるが全く次元の違った指導者であるのだ。

            未来ずーっと先の未来はきっとそうした世界の支配者が現れそうな気がしてきた。

             

            北の脅威など考える必要が無くなる世界である。

            住民も自由に世界中を移動して住める時代背景だ。

            南国に住みたいと思ったらそちらの方面に移動願いを出せば簡単に行ける。

             

            国際の扉がないのだから住民票の移動だけで済む。

            そんな未来像を目標にできたらいいなと夢見た。

            現実はどうしてどうして国境と言う堀(外堀内堀)がガンとして統一を阻んでいる。

             

            醜い自己顕示欲に支配されて。

            | 自然・未来の方向 | 09:11 | - | - | - | - |
            元気な子供たち将来を背負う
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              今朝は清々しい気分も良い。

              湿度が高い割には快適だ。

              小学校の校庭では授業が始まるまで大騒ぎ走ったり大声をだしたり、ともかく元気だ。

               

              老人もそうした場所が有ったら駆けっこでもするのだが、もう老人向け運動場は無い。

              静かに日々をおとなしく過ごすように仕向けられている。

              そうだろうよ、子供たちには未来が開かれている。

               

              老人の未来は過去の思い出ばかりである。

              同じ未来を持っていても丸っきり違っている。

              未来と言っても10年先小学生も二十歳に近付いてしまっている。

               

              将来を決定する時期だ。

              どんな未来が待っているのか。

              皆目今の小学生には見当をつける事が出来ないだろう。

               

              どんどん変化する世の中についていかねばならない。

              急激な変化も出て来る、もしもの事も考慮せねばならないだろう。

              それは北からの戦争挑発である。

               

              今は平静で過ぎたとしてもこの先10年後はミサイルの飛び交う戦争になっているかも知れない。

              小学生たちが大きくなって未来が洋々と広がっていたはずが戦場に駆り出されることになったら、想像するだけでも悲惨である。

              未来とは必ず良いものでなければならない。

               

              今よりも良くなる、これが未来の姿である。

              誰しもがそう望んでいる。

              最悪の戦争など思いたくもない。

               

              しかし一人の独裁者はすべての人々を不幸に陥れる悪魔的な要素を持ち備えている。

              人それは愛を永遠に持っている動物である。

              愛情が有るからこそ生きがいと言う尊崇な気持ちを持ち続けるのだ。

               

              一度(ひとたび)違った道を歩めば迷いながら悪魔に吸引されてしまう。

              未来は悪魔の世界では決してない。

              子供たちの元気さは悪魔に誘導されることはない。

               

              子供たちの未来は透き通った青空のような清々しさが待っててくれることを祈る。

              | 自然・未来の方向 | 08:48 | - | - | - | - |
              変化を求める、不完全で有るが故。
              0

                晴天が現れ、早朝の空(天上)にぽっかりとお月さまが残っていました、有明の月です。

                今はもう見えませんが、月が醸す情緒ってあるような気がします。

                歌心を持たないので、即興で文を作れないのが悔しいところです。

                 

                文学をもうちょっと勉強しておけば良かったと今更ながら思うのです。

                これからでも遅くはない、しかし根気が続かないのが老化の現れでしょうか。

                ここんところ、根気を持つ訓練をして辛くても毎日の行動を続ける、その事に励んでいます。

                 

                そうすると、どこか元気が戻って来て、苦にならなくなります。

                改善とは不満なところを変える行為でしょう。

                世の中いつまで経っても変革・改革の言葉が消えません。

                 

                トランプ大統領が生まれたらいろんな変革が待っていると言います。

                現状にどれだけの不満や不完全が有るのでしょうか。

                測ることが出来ない不満の量、測定方法が無い事に、見つからないことに、それが人の世なんですか。

                 

                完全無欠、これが人の世に有ったら、人はどのように過ごすんでしょうかね。

                改善は一切必要のない社会、不満もない生活、毎日が満足に浸っている、事件も起きない、融和の中でケンカもない、いいんでしょうね。

                まるでロボット人間になっているかも知れません。

                 

                その完全の要求が有るのはこの先も永遠に続くでしょう。

                不完全であるからこそ、人の世なんですが、どうしても完全を目標にしたがる、これも人の心ですかね。

                人が誕生してから何億年も過ぎているのに、まだまだ完全を狙っている、結論は人と言うものは根底が同じですか。

                 

                そう見れば、人は根気強い生き物です。

                生涯を根気強く自分をよく見せるために、化粧をする女性の姿にそれほどまでと、何か虚しさを感じてしまいます。

                髪の毛を染め、一つでも若く見せたいなど、自分の不完全さへの挑戦でしか有りません。

                 

                その点、男性は白髪でも、つるっぱげでも気にしません、不完全でもいいんです。

                この世が不完全であることを知れば、それほど執着しなくてもいいんです。

                しかし人はどうしても完全への見せかけをしたいのです。

                 

                政治は特にその傾向が強いと思います。

                装い、着物は見せる美の追求になってます、政治も同類です、装いの姿を見せて、見せかけで終わるのです。

                どこまで行っても不完全は解消されない、そこに選挙戦と言う変革を訴える場があります。

                 

                これを民主主義と呼ばせています、しかしここにも完全さが無く、次の不満を発生させています。

                一見無駄なことのような感じがしますが、こうした刺激が人の生き方に反映されるのでしょう。

                生き方、それは刺激、ピリッとするもの、驚きなどなどが入り混じって、結局は訳の分からない一生になるのですか。

                 

                結論は出ない、出せないこの世、小野小町はどんな気持ちで、刺激は何だったんでしょう、生涯を終えたのでしょうか。

                やはり完全さを求めたのでしょうか、そしてこれからのトランプも同様な気分でいるのかどうか。

                | 自然・未来の方向 | 09:12 | comments(0) | - | - | - |
                行方(ゆくえ)不透明、行動に制御がかかってしまう。
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                  天気予報は晴れマークが一日中表示されているのに、厚い雲に覆われた空、一体どうなっているの。

                  気温も20度になっているけど、予報通りかどうか、判断がしにくいところです。

                  毎日30分を勢いよく歩くことにしています、約3500〜4000歩ぐらいになります。

                   

                  20分過ぎぐらいから汗ばんで来ます、そうなると一枚脱いでリュックにしまい込みます。

                  リュックは便利なものです、外出時にはリュックに限ります。

                  そろそろ新しい靴を買いたいと思って、物色中です。

                   

                  米国の大統領選が揺れていることから株価が下がりっぱなしだと言います。

                  9日連続の下げは35年ぶりとか、35年前とはどんな時代だったのか解りませんが、何か有ったんでしょう。

                  それにしても先行きが不透明だと、人の考えは控えめになりがちです。

                   

                  行動するにも動きようが無いですから、どうしたってお金を支出しない方向に傾きます。

                  今の世の中が総じてそうした心理が働いているのではと思います。

                  来週は新大統領が決まり、その後にどんな影響が出るのか、全く見通せない状態、今の曇り空のような感じです。

                   

                  心配なのは米国だけじゃなく、世界中に大きな影響が出ます。

                  英国のEU離脱どころの話じゃないかも知れません。

                  もしトランプが勝ったら、世界が震撼するでしょう。

                   

                  怖いの一言です。

                  しかしクリントンがなったら、疑惑騒ぎが収まらないでしょう。

                  どっちにしろ、何かしかの問題・課題が着いて来ます。

                   

                  安定した社会がなぜ出来ないのでしょうか。

                  平穏無事でいいのですが、物議を醸し出すことを好む、人の世なんでしょうか。

                  東京都もいろんな物議が起きています。

                   

                  それを平穏に収められるかどうか小池知事の手腕が問われています。

                  そう簡単じゃないでしょう、物議が物議を呼ぶ、メディアはこれが好きなようで、勝手な言い方をしている御仁も多いです。

                  飯島氏がさっそく小池知事に対する挑戦的な、物議を起こす発言をしているようです。

                   

                  みんなで協力し合って、解決の方向を見つけるべきときに、足を引っ張る言い方はどうかと思う。

                  不透明な未来、そこに描き出される絵がどんなものにすれば良いのか、一人の役者の絵だけではなく、大勢の人々が描かれているといいかと思う。

                  レンブラントの絵を思い出すのです。

                   

                  来週が未来を決める、そう言える週になるのか、何だか面白くなってきた、ゾクゾクしてきた。

                   

                  | 自然・未来の方向 | 09:10 | comments(0) | - | - | - |
                  もっと良くなる、いつでもそう思っています。
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                    雨、待っているときは中々降りません。
                    もう、アジサイも我慢が出来ないようです、干からびてしまって、可哀そうな花になってしまいました。
                    雨の多い梅雨かと思ってましたが、空(から)梅雨(つゆ)ですかね。
                    今日も夕方雨の予想ですが、天気予報が当たればいいなあ、そうアジサイは思っているかも知れません。
                    アジサイにも感情は有るでしょうからね。

                    現時点よりも、もっと良くなる、そう思うことが常です。
                    そのために、いろんな工夫、考え、参考になるものを見たり聞いたり、ともかく忙しく動き回っているのが現実です。
                    しかし、良くなるの気持ちとは裏腹に、思い通りに進むことは少ないです。
                    停滞や後退も有りえます。

                    どうやったら前進し、良くなるのか、このことで人は一生を送るのでしょうかね。
                    現状に満足する、そのことは極(ごく)短い時間でしか有りません。
                    満足の後、不満ではないのですが、何かもっといい方法が有るのではと、そう思ってしまうのです。
                    それほど大げさな改革などでなくてもいいのです。

                    ちょっと変更することでも、見栄(みば)えが良くなったとか、使いやすくなったとか、いい方向になります。
                    幕末の晋作は大きな改革をしようと、いろいろな行動・思考をしました、そして良くなる国(日本)を作ろうとしました。
                    ですが、中々ことは簡単に進みません。
                    大変な苦労をしたんでしょう、ただ天才的な頭脳を持っていたそうですから、想像を超えたものを持ち合わせていたのかも知れません。

                    晋作などの天才と違って、凡人はちょっとしたことで、比較的満足の域に達せます。
                    毎日、「満足することをする」、このことを念頭に置いてこれからも過ごしたい気分です。
                    遠い将来のこと、近い先のこと、いずれも未来のことです。
                    そこに満足がいくつ並んでいるか、作るか、そう思って行動したいと、そんな気になっています。
                    | 自然・未来の方向 | 08:20 | comments(0) | - | - | - |
                    余暇の無くなった現代、瞑想を数分でも。
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                      すっかり水の温度も上がって、水仕事が楽になって来ました。
                      手の荒れも少なくなって来て、ハンドクリームも忘れるくらいです。
                      しかし、今年はエルニーニョ現象が起こるかも知れないとのこと、冷夏が予想されるそうです。
                      ま、先の話はその時、今はいい天気に恵まれ、素晴らしい日々になって大満足です。

                      そんな天気の推移を感じる暇もないほど、現代は切羽づまった感じがします。
                      昨夜の夕日、都内の街並みでも、大きな大きな、真っ赤な太陽を見ることが出来ました。
                      どれだけの人がその夕日の、大きな真っ赤な太陽を見たでしょうか。
                      美しい自然を見たでしょうか。

                      現代はそうした自然に興味も示さない、自然の姿を見逃しています。
                      暇さえあれば、スマホに首っ引(ぴ)き、ゲームに明け暮れています。
                      余暇の時間をどう過ごすか、これが我々の時代人の課題でした。
                      余暇とは時間に余裕ができるという言うことです。

                      しかし、現代は時間に余裕を持つなど、考えられないことでは無いかと思います。
                      ともかく、忙しく時間を過ごしています。
                      情報が溢れていて、その情報を何とか多く得たい気持ちは分かりますが、どんなに情報を集めたところで、その結果が何かを生むものでも有りません。

                      現代にちょっとした時間の泉を作ってみてはと思うのです。
                      余暇も持つと言うことです。
                      自分に、自然に、親に、兄弟に、親友に、何か心のゆったりした時間を持ちたいものです。
                      家庭の生活、それは自分の家族のみ、親兄弟やおじいさんおばあさんとの一緒の住まいなど、無くなりました。

                      心の和(なご)みが欲しい現代です。
                      それには余暇を持てる時間が欲しいのです。
                      余暇は人の成長に大きな役割をするような気がしてます。
                      そうね、成長ですよね、人は今より次の成長が必要なんです。
                      瞑想が必要なのです。
                      | 自然・未来の方向 | 08:48 | comments(0) | - | - | - |