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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
発展は止められない 追い求める
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    曇り空 雪になることは無さそうですが日光が無いので寒くなっています。

    寒い一日になるでしょう。

    ニューヨークの寒波は半端じゃないほど凄い様です もし東京にそうした強い寒波が来たら混乱は著しいでしょう。

     

    安定した晴天が自然からの最高の贈り物です。

    東京はその点とても恵まれています。

    今日は曇りですが明日から晴天が戻って来るでしょう。

     

    株価が凄いです米国ではどんどん右肩上がりで天井知らずの感が有ります。

    素人から見ていると危なっかしい綱渡りの様な気がしますが本当に大丈夫なんでしょうか。

    天候も突然猛吹雪が襲って来ますが経済もそうならないとは言い切れないことを歴史が教えています。

     

    発展はいつでも後退を許しません。

    発展し続けねばならないのですから当事者(人間)は辛い日々になります。

    他の動物に発展と言うカテゴリーは無いでしょう(進化論は有っても)人間特有の現象です。

     

    前進有るのみ日頃の行動は未来に向かっています。

    一定の水準に達すればそれで十分だろうと思うのですが満足は限りなく上方に持って行きます。

    その行動は次々に継続されて無限大になり終着駅など有りません。

     

    人は死にますが死と言う現象は発展になんら関係が無いかのように後から後から発展させる人が出てきます。

    そして発展は競争に拍車をかけることになります。

    有能な人を集めて集団ごとに競争します。

     

    もしこれが競争ではなく共同だったらと思うのです。

    有能な人が一か所に集まり発展させるべきエネルギーを一つにまとめ上げたら今の発展速度を急速化出来ると思います。

    原爆を作ったときのアインシュタインやその他の人々は集団で開発した様です。

     

    その為かどうか第二次世界大戦の終局に間に合ったのでしょう。

    しかしその利用方法が大量殺傷につながったことにアインシュタイン等の関係者は悔やんだようです。

    今北朝鮮がアインシュタインの開発した技術を手に入れようと必死で模索しています。

     

    ですがもし人間の世界社会を平穏に維持しようと考えれば原爆の製法を公にしてもいいでしょう。

    誰でも作れるようにすれば誰でも持てるようにすれば使う事が出来なくなります。

    戦争に核を使うことになったら地球の生物が無くなってしまうわけで破滅と言う現象が起きます。

     

    ですから核は使わない理論が成立します。

    兎も角 人は競争をしなければならない様に作られて居るかのようにあらゆるところで行われています。

    共同、共有、共生などの言葉が有りますが現実には有り得ない現象・行為です。

     

    一堂に会して人間の発展はどうすべきか どこに終着させればいいのか どうすれば安堵の世界が作れるのか 等々会合が持てればいいと思うのですが人間は決してその行為をしません。

    愚かな生き物だと思うのですがこれが神が与えた性でしょうか。

     

    愚かさを感じないのが人です 特に自分と言う第一人称には対しては絶対的な信頼を持っています。

    馬鹿な事だと思っても実行するのが人・人間です。

    後悔と言う言葉が生まれたのは人間の性を言っているのです。

     

    発展を追い求める愚かさに人間は決して気づかないでしょう。

    逆に発展が無くて人の集団が成立しないと思っているのです。

    結論は発展では無く競争と戦いに明け暮れる人間の愚かさなのです。

     

    自然の生き物は他の生物に生命を奪われる事を必死で護衛することだけで生きてます。

    そこには新しい考えや道具など持ち込みません、その生物が発生したときから普遍です。

    発展が無いから生きられない事では無いのです 逆なんです発展は邪魔なのです。

    | 自然・模索の連続 | 09:29 | - | - | - | - |
    それぞれに器(うつわ)がある。飛躍した器外行動だったか。
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      こうも寒くては聴衆もマイクの声を長くは聞いてられない。

      喋っている人は緊張感から寒さなど感じないであろうが聞く側は辛いのだ。

      今日は特に12度しか気温が上がらないと言うから最も厳しい気象条件である。

       

      もう態勢は判明しているから剥(む)きになって頑張らなくてもいいと思うよ。

      ここで一人がプラスなったとしても全体に影響するわけじゃないから。

      又次のチャンスに生かすことにもならないから。

       

      適度に戦いをすればいいのだ。

      真剣な戦いなど最初から考えていなかったようも思える。

      茶番だったのかも知れない。

       

      小池氏の器はせいぜい都知事が精一杯だったんじゃないかな。

      器はそれぞれに天から与えられたものだろうから自分で器を大きく出来るかと言えばどうもそうではなさそうだ。

      努力で器を変えることも出来ない。

       

      即ちその程度なのだ。

      しかし都知事だってりっぱな器であるのだから与えられた権限を今後発揮してくれればいい。

      オリンピックを盛り上げるキャンペーンをどしどしやったらいい。

       

      東京でもオリンピックの感覚がそれほどない、地方にいったらもっともっと感じないだろう。

      日本のお祭りとして前回のオリンピックは盛り上がった。

      オリンピック音頭も毎日のように聞こえてきた。

       

      今は全く聞こえてこない。

      東京は大きな予算も持っている国政など関係なくいろんなことが出来るはずだ。

      沖縄みたいな悩み事も無く都民も不安や不満もそれほどなく過ごしてる。

       

      平和な東京都なのだからもっと暮らしやすさを作ってあげる政治を行えばいいのだ。

      国政の代表などになって旗を振っても都民はそれ程偉いとは思わない。

      小池氏は自分の器を読み違えをしたようだ。

       

      勘違いは誰にもあるものだ。

      神戸製鋼の改ざんだって最初は勘違いだったかも知れないがだんだん普通になってしまって状態化してしまった。

      怖いのは勘違いをそう思わなくなってしまうことだ。

       

      分からないが痴ほう症になった場合は勘違いを正すことが出来なくなった状態ではないかと考える。

      器からはみ出してもそれに感づかないことかも知れない。

      怖いことだが人はそうしたものだ。

       

      寒い日はこたつに入ってこれは真冬のことだが今は街頭車の上にあがることを避けて演説も控えた方が賢明だろう。

      聞く人のためにもその方がベターだ。

      器を考えて行動することは中々至らないものだ、欲望が有る限り、希望が膨らむから・・・

       

      | 自然・模索の連続 | 09:23 | - | - | - | - |
      寒い風になって来た各地で初冠雪、冠は誰の頭に
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        気温が20度を下回ると急に寒いと感じる。

        洋服も変えざるを得ない長袖厚手のモノへとまだ冬の準備は出来てないので箪笥から引っ張り出す。

        取りあえず寒さ対策は出来たが鼻水が垂れて来た。

         

        気温に敏感過ぎる鼻の感度くしゃみ鼻水にはパブロンを早めに。

        実によく効く薬だ逆に大丈夫かと疑いたくなる。

        寒さは東京だけでなく北の方では雪が降っている。

         

        初冠雪の便りが来る季節か八甲田山なども昨日であった。

        ここから見える山は冠雪になるのは平地で雪にならねば無理だ。

        山に雪が冠をかぶっている姿は上品だ。

         

        自然現象の中でいい姿の一番かも知れない。

        実社会に戻ると人間の冠取り合いが今まさに熾烈を極めている。

        日本の首相即ち王様である。

         

        しかし首相と言う呼び名だけで実質冠も無ければ首飾りも無い。

        現代は詰まらない姿である。

        首相は何らかの冠とかを作ったら良いじゃないかと思うがどうだろう。

         

        大昔はその点面白い習慣が有って中国などは前後にすだれみたいなじゃらじゃらした冠?を着けていたからね。

        欧州の王様は金の冠にいろんな彫り物を施して、昔小学校の学芸会で金の冠をかぶったことが有る。

        良いと思うがな。

         

        その首相に誰がなるのか22日に決まる。

        もう決まっていると言ってもいいかも知れないが首相となる人が居ない様にも見える。

        最後(10日)には出て来るのだろうが今は様子見しているようだ。

         

        ここまで策を講じているのは秀吉風の行動だ。

        一気呵成に練り上げた行動に出て来るだろう。

        秀吉の天下取りは並大抵の努力では無かった様だ。

         

        自分の行動を誰にも知らせない様にあちこちと策をめぐらせて自分を隠密化させたと言う。

        実際に首相になることは大変な行動をせねばなるまい。

        報道されてしまえば策がばれてしまう。

         

        前原氏(味方)にだって自分の策を見せてはいけないのだ。

        時間は切迫しているが時間稼ぎも必要なのだ。

        後何日と日を追っているはず秀吉は寝ることもせずに頑張ったと言う、馬上で寝たときも有ったと言う。

         

        移動中(の飛行機や新幹線や車)に寝ているのかも知れない。

        現代版秀吉が誕生するかどうか数日後まで目を離せない。

        面白い小説が出来そうだ。ノーベル文学賞をもらえるかな?

        | 自然・模索の連続 | 09:27 | - | - | - | - |
        目的、希望に叶うものが有れば、ユニクロ。
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          一雨(ひとあめ)ごとに気温が下がって来る時期です。

          もう朝の気温(外)は10度を下回ってます。

          すきま風が冷たく感じます。

           

          まだ秋だと思っていると風邪を引いてしまいます、冬の洋装に変えないと油断大敵です。

          それにしても冬の洋服は暖かいものが欲しいもの。

          だんだん重ね着をして、身体が膨らんで来ます。

           

          そんなときに、薄くて暖かい素材の服は最適です。

          ここんところユニクロに行って買い物をしていますが、実にこの目的を叶えるのもがいっぱい有ります。

          下着はヒートテックとかで、兎も角温かいのです。

           

          そして、ズボン(今じゃパンツと言うのかな)も素材がいろいろあって、薄くて軽くて温かいのがたくさん並べてあります。

          特に女性ものはファッションで選ぶ人が多いのでしょう、物凄く種類が多いです。

          それもちゃんとヒットするように縫製されているようで、試着すると直しが要らないのです。

           

          ピタッと決まるんですね。

          そして価格帯は希望に沿っているのです。

          そうしたものを買い求める客が多いのを見て実感です。

           

          デパート内にあるユニクロ、他の売り場には無い盛況です。

          デパートの紳士売り場など、人っ子一人もいませんから、勿体ないと思います。

          そこに有るのものは希望に適したものが並んでいないのです。

           

          商売は売り手が買い手に満足をしてもらうことで成立します。

          満足とは、誰でも同様な気持ちを持っているでしょう。

          そこに目を向けない商売は人が集まらないし、売れないと決まり切っています。

           

          デパートの縮小、閉店が相次いでいます、それは当然のことで、売れない商品を並べて、採算が合うわけがない、誰でも思います。

          もし、誰もいない店で、洋服を買うとしたら、べらぼうに高い(利益)お金を払うことになります。

          それじゃ、デパートが崩壊するのも当たり前、ユニクロの一人勝になる訳です。

           

          ユニクロがうまく行っている、それを真似ない衣料品会社も出てこないのが不思議です。

          ユニクロと同程度の会社が生まれれば、我々消費者はもっと希望も、目的も、価値も多く得られるでしょう。

          会計するときに並ぶ客数、他店で見ることが出来ません。

           

          デパートなどはお金を払って店員に預けますが、店員はどこかに移動して会計を済ませてきます、そしてレシートとお釣りをもらいます。

          そんな悠長な会計の仕方など旧式そのものです。

          最近では自動で会計出来るようになって来てます。

           

          デパートがなぜ旧態依然として改革をしないのか不思議そのものです。

          銀座の松屋デパートが新装で開店するかと思いきや、デパートは止めたと言います。

          これが正解です、その代わりに今までに見たことが無いようなショッピングモールが出来るそうです。

           

          来年の4月ごろオープンですか、楽しみです、銀座の花、日本の顔になるかも知れません。

          工事用の外壁が取り壊され、建物の表が見えています、壮観です、期待がいっぱいです。

          今、希望と言うものが少なくなってしまった感が有ります。

           

          希望は人間の根幹です、希望無くして生きがいはあるかどうか。

          「希望」この言葉を忘れることが出来ません。

          小学6年生の時に、習字の大会があり、この「希望」を書くことになったのです。

           

          残念ながら、賞をもらえる秀作は出来ませんでしたが、希望は絶対に忘れられない言葉になっています。

          | 自然・模索の連続 | 09:39 | comments(0) | - | - | - |
          右下がり阻止不能
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            梅雨空の毎日、早く梅雨明けして夏の青空を望みたいです。

            明日は海の日、海水浴に行きたい気分ですが、やはりギラギラの太陽が無いと、海の雰囲気が損なわれます。

            熱い砂の上を裸足でアッチチと歩くのが夏のいいところです。

             

            ああ行きたいなあ。

            書店の衰退の話が記事に有りました。

            2015年の書店の数は1万3400店だそうです。

            2000年と比較すると8,000店も減ったといいます。

             

            確かに、この近所でも昨年でしたか店を閉めました。

            それから本屋さんに行く機会がめっきり減りました。

            ま、手元に有る本の数は多いですから、読み返ししていればいいので、新しく買いたいとも思いませんが。

             

            しかし何気なく本屋さんに行くのが楽しいんです。

            行けば買いたくもなるし、興味のある本に出合うと、嬉しくも有ります。

            そうして無駄になりそうな気もする本の買い物、実に衝動買いに引かれてしまうんです。

             

            これが本屋さんが無いとなると、行動が鈍ります。

            電車に乗って本屋さんに行く、どうも納得が行きません。

            又、人との待ち合わせに本屋さんをのぞくことも楽しいし、買ってしまうこともあります。

             

            それが有る駅前に有った書店も無くなり、コンビニに変わってました。

            だったら、もう少し歩けば大きな書店があったはずと探したら、やはり閉店したのか、有りませんでした。

            ともかく、こうして書店が無くなるのを目の当たりに感じます。

             

            確かに、電車の中で本を広げている人は滅多に見ません。

            多くはスマホ、しかし老眼鏡をかけている人、即ち高齢者は本を取り出して、メガネを取り換えて、しおりの部分から読み始めます。

            昔は、電車の中は本を読みながら移動するのが普通でした。

             

            この先も本が売れない傾向になるのでしょう。

            しかし本と言っても小説が多いですが、実に小説の世界は別世界です。

            楽しい、面白い、嬉しい、愉快、悲しい、可愛そう等々気持ちの全てを感じることが出来ます。

             

            場面の想定、想像することも自分なりの世界です。

            映画、映像と違うのがこの想像です。

            勝手に街の風景を作り上げるのです。

             

            本の魅力は奥が深いですが、何故衰退するのでしょうか。

            昔、活版印刷など無かった時代は借りた本を写して読んだようですが、本への憧れは人の本望でしょう。

            もうこの右下がりの書店数、回復は不可能かも知れません。

             

            実に寂しいものを感じます。

            近くの本屋さんもシャッターを閉めたまま、又開けてくれる日を待っているんですが、いかがなものか。

            | 自然・模索の連続 | 08:11 | comments(0) | - | - | - |
            不正が後を絶たない、人間社会に必要な事なんでしょうか。
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              夏、蝉の声、騒がしい、暑苦しい、どんどん発展する言葉が有ります。
              やっと来た夏がもう耐えられないほどの暑さに見舞われて、熱中症になりそうです。
              朝は湿度が90%も有り、クーラーをかけないと蒸し暑くて床がべとべとでした。
              料理を作っている時、ガスの火力の強さに、身体が火照(ほて)ってきて、これまた熱中症気味でした。

              何にしても、これから暑さ対策が肝心です。
              快適なエアコンですが、今月の電気料金が心配と、無理に経済観念を働かせると、とんでもないことになります。
              この暑さは異常ですから、常に快適さを望みたいです。

              不正を起こす原因はどこに有るのでしょうか。
              この疑問は愚問でしょうね。
              不正は当然のように、大気の変動で風吹くように、起きています。
              どこでも、所構わずに吹き荒れています。

              台風ならば進路が有りますが、普通の風はごく自然に吹いています。
              その風が不正の風とすれば、頂けるものでは有りません。
              心地よい微風に、木陰で昼寝、そんな場面を想像しながら昼寝をするんですが、こと不正の風では眠ることが出来ません。
              中国の不正は今回だけでなく、長年の継続事なんでしょう、習慣的に行っていたんでしょう。

              不正が正常に思えるようになっては、もう判断の基準が無くなっています。
              何回も自転車の右側通行について書いていますが、右側通行が不正だと思わない、普通の状態だと勘違いしている、これが習慣的な行動でしょう。
              不正は自分が決めて実行することです、他人の情報を盗んで人へ売りつける、これも不正なのに自分の判断は実行に移してしまうのです。

              なぜか、それが愚問だとすれば、この世は不正の言葉も必要が無い、そんな気がします。
              やはり、正規(正しい)のものを大事にしてこそ、人間らしさが有るのでは無いかと思うのです。
              庶民は本当に正しく生きようとしています、しかし庶民を騙そうとする輩(やから)がいることに腹立たしく思います。
              不正のマンネリ化、これが恐ろしいことにつながりかねません。

              次々に人の論文を利用して、博士号を取ったり、ネイチャーに発表したり、これも不正の小さな時に摘み取っていなかったから、大それた論文まで発展したのでしょう。
              マンネリ化した論文利用術です。
              これが最近は一般化している、と言う現象が不正として判断されていない、これは大変な問題です。

              しかし、不正が王道になっている現代社会、不正をしなければ損をする、そんな感覚は空恐ろしいのです。
              警察がどんなに多くいても、不正を防ぐことが出来ません。
              取り締まることさえ難しいのです。
              それよりも、人が不正をしない、としっかりとした約束事を遵守(じゅんしゅ)すれば、警察は遊んでいられるのです。

              どうにもならない人の世、その点、蝉の世界は遵守事項など無くても、ちゃんと鳴くことも出来るし、食事も出来ます。
              ただ人にとってはうるさいですが、夏の風物ですから、嫌がってはいけません。
              遵守事項が無い、これが人の世にも通じれば、どんなに楽園の天国に近づけるでしょうかね。
              心の泉、この言葉が好きです。
              心に美しい水(山奥のせせらぎ)を湛(たた)えていれば、不正など思考するはずが無いのです。

              不正は泥水(どぶ川)から発生する、ハエや蚊のようなものです。
              人から嫌がられる種類のものです。
              不正を起こせば、当然巷(ちまた)から嫌悪されます、どんなに頭を下げてもね。
              止めなさい、そう言ったところで、ハエや蚊が居なくなるこの世では無いので、残念ながら、これ以上書いてもしかたがない、そんな権論でしょうかね。
              嘆かわしい、この世、しかし捨てるわけにいかないこの世、せめて自分だけは不正の蚊にならないように、心がけます。
               
              | 自然・模索の連続 | 09:08 | comments(0) | - | - | - |
              未知の道に挑(いど)む、これが冒険でしょう。
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                台風の季節にはまだ早いのですが、今度の8号台風は大型で凄いもんです。
                自然の現象が今までに無いほどの規模になって行くのでしょうか。
                地球の温暖化が自然現象を変えてしまうのでしょうか。
                今世紀は始まったばかり、しかし今世紀末はどんな気象になっているのか、どんな地球になっているのか、見ることは出来ません。
                今生まれた赤ちゃんでも、今世紀末を見るのは少ないでしょう。

                今の状態が今世紀末まで継続するとは思えないし、どんな風に変化するかも予想しにくいのが現代の目でしょう。
                台風の目もどこへ行くのか、急に90度も曲がるのですから、人の生き方もそうならないとは言えません。
                未知と言うものに人は入って行くしかないのです。

                常に人は未知に興味を持ち、その道を探しています。
                それが冒険なんでしょう。
                それほど大げさなものでは無いのですが、昨日友人の案内で、未知(今まで歩いたことのない)の道を歩きました。
                一度も歩いたことが無いところ、新しい一歩を踏み出し、どんどん知らない道を歩きます。

                そして、どんなものが待っているのか、どんな風景を見ることが出来るのか、興味深いものです。
                ここは日本ですから、ある程度は想像できるのですが、全く同じものなど無いから面白いのです。
                神社はどこでも見ることができますが、同じ姿(建物)は有りませんからね。
                約4時間ほど、土地の食べ物を食べたり、飲んだり、風景写真を撮ったり、海岸を歩いたり、のんびりとした時間を過ごしました。

                台風の影響が出て来ていたのでしょうか、沖の方の波が白く見えたり、海岸に打ち付けるしぶきがあったり、自然に接した気分でした。
                まだまだいっぱい有る未知の道、これからもどんどん新しい道へ挑戦するつもりです。
                友人に感謝して別れました。
                今度はこちらの方面に来てもらって、今度は友人の未知の道を案内したいものです。
                人の冒険心はいつまでも消えることが無いのでしょう、消さないことも大事でしょう。
                | 自然・模索の連続 | 08:53 | comments(0) | - | - | - |
                機会損失は少なく有りません。
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                  この天気で台風が来るのでしょうか。
                  と思わせるようないい天気です。
                  久しぶりに全面青空です。
                  視界の中に雲は一つも有りません。

                  しかし、物凄い台風と聞いて、この先の予定が立てにくいものです。
                  丁度11日に外での作業を予定していますが、果たして風雨が激しいのかどうか、予想できずに、ちょいと困っています。
                  台風も直線的に移動してくれればいいものを、急激に本土へ曲がってくるから、始末に負えないのです。
                  台風を呼ぶ神様でも日本に住んでいるんでしょうかね。

                  冗談はさておき、台風のような特別な現象時にも期間損失を招きます。
                  しかし、機会損失はどんな条件でも結構多いのではと、経験的にそう思います。
                  こうして置けばよかったのに、あの時はそうしなかったから勿体ないことをしてしまった。
                  そんな反省・後悔は少なく有りません。

                  号泣県議の話が話題になっていますが、その方も号泣したと言う感情は機会をうまく利用したと思っていたのが、逆になってしまった。
                  その反動だったんでしょうか。
                  カラ出張かどうか分かりませんが、そうする機会に恵めれている(?)議員が実行したことがばれて恥をかく、もっともみすぼらしい姿です。

                  いずれにしろ、機会(いいこと)はそんなにぼろぼろと存在しているわけでは有りませんから、機会が訪れたら損失をしないように、注意したいものです。
                  しかし、その機会を見逃してしまう、これが多いんですね。
                  欲を出しても、結果的に損をすることだっていっぱい有ります。

                  人はそうした損得の中で生きているのでしょうかね。
                  何時も得をしたことだけでは、バランスが崩れますから、損も必要なんでしょう。
                  「バランス・オブ・パワー」と明治維新に言った人が居ました。
                  何事もバランスが必要な事なんでしょう。

                  片足で立つ、この時のバランスは中々難しいです、やはり両足が必要です。
                  機会損失を少なくすることで、残るべきものが多くなりそうな気がします。
                  そんな訳で、これから訪れるであろう、いい機会は大事にしたい気持ちです。
                  そのいい機会、今日有るんです、楽しい一日になります。
                  | 自然・模索の連続 | 08:49 | comments(0) | - | - | - |
                  感情とは不思議なもの、分からないものです。
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                    朝は実に涼しい微風が有り、過ごしやすいものです。
                    秋風でもなく、春風でもなく、夏風でしょうかね。
                    日中の暑さはどうなりますか、30度の予報です。

                    そうした天気に左右される生活の一部、それは感情なんでしょう。
                    感情とはなんと言うものなんでしょうか。
                    一口に言えないものです。
                    いや、どんなに説明しても言い尽くせないものです。

                    とても不思議なものです。
                    この世で不思議なことが多々ありますが、感情ほどわけの分からないものは無いでしょう。
                    どこから生まれるのかも分からないし、どうしてそう思うのかも分かりません。
                    善も有り、悪も有り、それが一つの言葉感情で表します。

                    感情と言う言葉を作った人はどんな状況を想像したんでしょうか。
                    感情と言う言葉はいろんな場面で使い、そしてその意味するところを表現しています。
                    実に曖昧な、実の無い果実のような、風船が大空に飛んでしまったような、明確なものが無いのです。
                    感じ方、これは人さまざま、千差万別、その人にしか分からないものです。

                    感情の動物と言われる人、他の動物には感情が無い、どちらが良いのでしょうか。
                    感情に走って、悪事を働く、そんな表現も有りますが、実在する感情とは有るのでしょうか。
                    悪事は悪事、しかし感情でそうなると言うことが理解しにくいのです。
                    感情が高ぶって恋に落ちる、その恋とはいったいどのように説明すればいいのでしょうか。

                    ともかく、感情を深く考えても、解答は得られるようなものでもなさそうです。
                    不思議と言ってしまえば、それでいいのかも知れません。
                    それほどに人の世界は不思議な国ですからね。
                    不明瞭とも言いますか。
                    | 自然・模索の連続 | 08:13 | comments(0) | - | - | - |
                    知恵を生かすことに力点を置きたい。
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                      今朝の寒さ、空気の冷たさは格別な感じがしました。
                      刃物で切られた痛さを頬に受けます、手先の体温は心臓の半分程度になっていたんではと、そんな気がします。
                      部屋の温度もエアコンを使わず自然体にしていますから、手のぬくもりはなかなかです。
                      春よ来い、早く来い、みいちゃんじゃなくても、待っていますよ。

                      知恵は人間が動物の中で最も優れたものを与えて貰いました。
                      しかし、その知恵をどのように生かすのか、ここんところはフリー(自由)ですから、善悪のすべてに使われます。
                      最近の凶悪な犯罪、知能犯罪、法律の無視、気ままな行動、すべてに知恵を使います。
                      この使い方が間違いだと思う気づく、このちょっとした事が出来ないのですかね。

                      犯罪が後を絶たない、この現象は過去の人間の歴史上でも延々と有ったのです。
                      しかし、現代ほど多くの、多種多様な犯罪は無かったように思います。
                      便利な世になり、その便利さを享受していますが、便利さを利用した犯罪も起きています。
                      知恵とはそのような犯罪に使うために有るのでは無いのです。

                      どうして悪知恵が生まれるのでしょうか。
                      テレビドラマなどは、犯罪の悪知恵とその知恵を明かす知恵との葛藤がほとんどです。
                      知恵比べですが、しかし犯罪が起きてからでは遅いんですよね。
                      もうちょっと犯罪が起きない内に、悪知恵を破壊出来ないものか、人間の限界なのでしょうか。

                      人の知恵は無限(様々)に有るのでしょう。
                      人と言う動物がこの世(地球)を支配しています、支配者は悪の知恵を使ってはいけないのです。
                      善良という言葉が有るように、いいことに知恵は使うものです。
                      知恵を生かす、それは良いことへの導火線です。
                      | 自然・模索の連続 | 09:52 | comments(0) | - | - | - |