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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
正月が明日来る 準備で多忙
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    今日は曇り空だから寒いと感じるのであろう。

    いつもはこの時間太陽が入って来るのでだんだん窓際におれなくなる。

    しかし今朝は窓際がすーすーして冷え込む。

     

    窓のガラスも二重にすればいいのだろうが普及するには時間がかかりそうだ。

    確かパナソニックだったかテレビ画面を利用して二重ガラス窓様に開発すると言うニュースを読んだ。

    テレビ画面はどうやら二重構造になっているので技術の応用で済むと言う。

     

    現状はガラスを二枚使う方式であるそうで、パナソニックの方式は薄さが特徴だと言ってた。

    今のガラスと同程度の厚みならばサッシを変えずにガラスだけ変えればいいわけで費用負担が安くなる。

    是非早く現実になってもらいたい。

     

    正月が明日に迫って来た。

    いよいよだなあと言う印象だ。

    さてこれから材料はほぼ入手したので 作る方に専念する。

     

    殆ど手作りにする予定 かまぼこと伊達巻は買ってきたがそれ以外に10品ほど作る。

    夕方は年越しそばも作る。と言うのも街のお蕎麦屋さんと言う店がこの近所に無いのだ。

    昨年までは近所のお蕎麦屋さんでと言うものだったがそれがここでは無いのだ。ちょっと残念である。

     

    それにしても正月はお料理をいっぱい作るのは何故かである。

    昔は訪問客が有るために用意しなければ間に合わないから しかし現代は訪問客など皆無だ。

    家族だけなら普通よりちょっと多めで良いはずだがお重箱三段に入れるものを作るんだからね。

     

    だがお重箱もちっちゃいね 子供のころのお重箱の半分程度かな。

    でも小さくても入れてみると結構はいるんだから 品数も増やさねばならないのだ。

    と言うことで今年最後の腕自慢をこれからやる。楽しいのであるから張り切る。

    | 自然・伝統的な感覚 | 08:16 | - | - | - | - |
    法を遵守することを何故政治家は出来ないのか。
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      小雨になって今日から数日はこんな予報です。
      いよいよ秋が深まって来て、紅葉が進むことでしょう。
      高い山はもう雪に覆われていることでしょう、例の御嶽山もすっぽりと雪化粧をしていることでしょう。

      その雪に下に犠牲者がまだ居るとなると、切ない気持ちになります。
      紅葉の素晴らしさを体験して、満足して下山する予定の人びとがまさか惨事に会うなんて想像出来ないことです。
      一時の夢を見て帰らない人になってしまった方々に冥福を祈りたい気持ちでいっぱいです。

      それに引き替え、政治家の不正の数々に驚きが絶えません。
      それぞれの言い分は有るにしても、不正と認めないところが政治家なのでしょうか。
      政治家特有の特権を握ったら、今まで市民だったころとは完全に人が変わってしまうものでしょうかね。

      そんな馬鹿な事が有りますか、そう言って政治家への道に入った人もいるでしょうが、中に入ってしまえば、初心など忘れて唯我独尊になってしまうのです。
      誰に批判されようが自分が常に正しいと思い違いをするのも政治家です。

      それほど強い意志が無ければ政治など出来ない、そう言ういい訳もするでしょうが、そこんところも勘違いしています。
      しかしこれは日本だけに限ったことでは無く、世界中の政治家と言うものはそうした行為・行動・思想を持ています。
      どうしてか、その疑問に答える政治家は居ません。

      現役を引退された方にその辺を聞きたいものですが、決して話しません。
      何か悪魔から押さえつけられているのではないかとさえ思えます。
      ほいど(方言でしょうか、物もらいをする浮浪者)と政治家は一度経験すれば止められない、そんなことを子供の頃に聞いたことが有ります。

      不正が通る世界なのかも知れません、特権そのものです。
      どうしたって、不正してもその特権を握りたい気分は分かるような気がしますが、それは自分個人だけのこと、政治は市民(四民:士農工商)のためのものです。

      どうやら、士族だけのものと勘違いしているような印象を受けます。
      農・工・商人は騙せばいいのだという感覚であろうかと、昔のお代官様ですよね。
      その内の商人についてはお金の持ち主ですから大事にしたい、ですがこれもいろんな利権の絡みで、どの商人が取り立てられるか、まるで江戸時代と変わりません。

      政治家は結局市民でなくなってしまったのです。
      市民の代表者が市民でないと言う不思議さがこの世なのでしょう、浮かばれないのは市民だけです。
      | 自然・伝統的な感覚 | 09:42 | comments(0) | - | - | - |
      法を遵守することを何故政治家は出来ないのか。
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        小雨になって今日から数日はこんな予報です。
        いよいよ秋が深まって来て、紅葉が進むことでしょう。
        高い山はもう雪に覆われていることでしょう、例の御嶽山もすっぽりと雪化粧をしていることでしょう。

        その雪に下に犠牲者がまだ居るとなると、切ない気持ちになります。
        紅葉の素晴らしさを体験して、満足して下山する予定の人びとがまさか惨事に会うなんて想像出来ないことです。
        一時の夢を見て帰らない人になってしまった方々に冥福を祈りたい気持ちでいっぱいです。

        それに引き替え、政治家の不正の数々に驚きが絶えません。
        それぞれの言い分は有るにしても、不正と認めないところが政治家なのでしょうか。
        政治家特有の特権を握ったら、今まで市民だったころとは完全に人が変わってしまうものでしょうかね。

        そんな馬鹿な事が有りますか、そう言って政治家への道に入った人もいるでしょうが、中に入ってしまえば、初心など忘れて唯我独尊になってしまうのです。
        誰に批判されようが自分が常に正しいと思い違いをするのも政治家です。

        それほど強い意志が無ければ政治など出来ない、そう言ういい訳もするでしょうが、そこんところも勘違いしています。
        しかしこれは日本だけに限ったことでは無く、世界中の政治家と言うものはそうした行為・行動・思想を持ています。
        どうしてか、その疑問に答える政治家は居ません。

        現役を引退された方にその辺を聞きたいものですが、決して話しません。
        何か悪魔から押さえつけられているのではないかとさえ思えます。
        ほいど(方言でしょうか、物もらいをする浮浪者)と政治家は一度経験すれば止められない、そんなことを子供の頃に聞いたことが有ります。

        不正が通る世界なのかも知れません、特権そのものです。
        どうしたって、不正してもその特権を握りたい気分は分かるような気がしますが、それは自分個人だけのこと、政治は市民(四民:士農工商)のためのものです。

        どうやら、士族だけのものと勘違いしているような印象を受けます。
        農・工・商人は騙せばいいのだという感覚であろうかと、昔のお代官様ですよね。
        その内の商人についてはお金の持ち主ですから大事にしたい、ですがこれもいろんな利権の絡みで、どの商人が取り立てられるか、まるで江戸時代と変わりません。

        政治家は結局市民でなくなってしまったのです。
        市民の代表者が市民でないと言う不思議さがこの世なのでしょう、浮かばれないのは市民だけです。
        | 自然・伝統的な感覚 | 09:41 | comments(0) | - | - | - |
        異を唱える、中々出来ない雰囲気が有ります。
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          風が無いと、こんなにも穏やかな天気になるもんです。
          昨日は一日中吹き荒れて、どうも黄砂が来たんじゃないかと思わせる、鼻水が流れっぱなしでした。
          今朝はいくぶんいいですが、まだ若干むずむずが有ります。
          黄砂以外にもPM10、とかPM2.5とかの影響も有るんでしょうか。
          春になると鼻炎の到来です。

          鼻炎(花粉症)は、常は2月の14日から始まります、この日はバレンタインデーですが、鼻水の贈り物が来るんです。
          今の状態は多少早すぎですので、花粉では無いかも知れません。
          やはりPM(微粒子物質)でしょうか、中国に蔓延していますから、日本にも影響は当然あります、米国の西海岸でもこのPMが届いていると報道されていますからね。

          しばらくは、とは言っても5月まで、この鼻炎が続きます、大変長い期間鼻水とのお付き合いです。
          鼻水は汚いものでは有りませんが、しかし、鼻水には細菌がいっぱい含まれていますので、注意が必要なんです。
          そうですよね、身体に入って来る空気、即ち大気汚染は全て鼻に堆積するわけで、そこにはウイルスだって、細菌だって入っていることになります。
          たらたら流していれば、逆に細菌が住めないかも知れないので、清潔を保つことになりますかね。

          一月、沖縄ではさくら祭りをしているのではないでしょうか。
          今日は大寒ですが、春はもうそこまで来ているのでしょう。
          花見、そろそろ計画しています、河津桜(伊豆)に行く予定です、2月から見られるそうですので。

          そんなこんなで、今年も何かと忙しく動きが出てきました。
          そんな中で、「異を唱(とな)える」なんてことに思い到ったのは、家康の本からです。

          家康はどうも新しいもの、方法、革新的なもの、画期的なもの、それに怯えていた節があります。
          三河の田舎風は一番いいとして、或は誰かが行なったものを模倣する、それがいいとしていたようです。
          ですから、家臣から異を唱えられては非常に迷惑であり、そうさせないようにもしていたようです。

          その傾向が江戸時代に延々と続き、その後の日本人に影響を与えてのではと、そんな気がしています。
          何かのテーマ、問題、課題等々について、自由な発言をする場においても、中々自分の意見を言わないのが日本人の特質ではと思います。
          特に東方面の人は、異を唱えるなどはしませんし、方針を曲げるような発言も慎(つつし)みます。

          これはどうも家康の思想が残っているのでは、そう感じています。
          その点、信玄や信長、秀吉などは天才的な思想を発揮して、新しいものを生み出していたそうです。
          ですから、家康の天下ではなく、秀吉の天下が日本に長く続いたら、日本人の性格もずいぶん違ったものになったんでしょう。

          一人の覇者によって、国民の癖(性格)が構成されてしまう、とてもおもしろいものだと、気付きました。
          歴史はそうしたおもしろさがいっぱい有りますので、ついつい魅(ひ)かれてしまいます。
          家康・江戸時代、これが今日の日本の原点になってしまった、そう見ると、世界を見渡すことが大事なことだと思うのです。
          世界はいろんな覇者が入れ替わり立ち代りでしたから、そうした括弧(かっこ)たる思想が生まれなかったのではと思うのです。

          ま、そんな訳で、いろんな角度から歴史小説を読んでいます、楽しいですよ。
          | 自然・伝統的な感覚 | 09:25 | comments(0) | - | - | - |