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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
平均以上か以下かで違った生き方に、不思議な現象
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    何処かで春の足音が聞こえているはずですが依然として風は冷たく外出も楽になりません。

    眠たさを感じるのは春の証でしょうか、こたつの温もりのせいでしょうか、ともかく8時間以上も寝ているのに眠気が襲って来ます。

    昼飯後にうとうとしてしまいます。

     

    校庭の子供たちは今朝も元気に運動場を走っています、今朝は上半身裸になっている子はいない様です。

    寒いのかな。

    その走りを見ていると早い子と全くのろのろでついていくのがやっとの子がいます。

     

    早い子は異常な速さに見えて凄いなと感心してしまいます。

    平昌オリンピックでもその速さを競い合って金メダルを得るのです。

    小平選手などは他を寄せ付けない速さで滑ったのでしょう、凄いなと思いますがやはり子供のころから運動に関しては関心が高かったんでしょう。

     

    標準以上の運動神経の持ち主だったのか、ともかく一流ともなると標準を桁はずれに上回っています。

    ある点から以上、以下と言う評価をされてしまうこの世、適当に平準化が出来ないものです。

    自己評価もそうした観点から判断してしまって、以下ならば劣等感に悩まされます、以上ならば有頂天になることにもなります。

     

    ですが、生き方と言うものに標準など無い気がするのです。

    同じ生き方をすることなど出来っこないのですから、夫婦でさえ一緒に屋根の下に住んでいても違った生き方をしているのです。

    同じように、これが標準の基準で有ろうかと、しかしそれから多少遅かったからってどこに違いを見出すのかです。

     

    競技ともなればメダルが得られるかどうかですが、多くはメダルに届かないのです。

    届かないからって標準以下でもないのです、その地域ではずば抜けた成績で選ばれて来ているのですから、いいじゃないですか。

    競い合う事に拘り過ぎない方がいい生き方になるような気がします。

     

    藤井翔太さんは標準とか平均とかを論するところが無いかも知れません。

    突出した頭脳を持っているので、計り知れない能力を持っていると感じます。

    ともかく、凄いと言う表現しか見つかりません。

     

    ですが我々凡人でも生まれた以上、天命がくるまで生きが長がらえねばなりません。

    標準以上でも以下でもそれに従うしか無いのです。

    天命も天性も自分の力では変える事が出来ないのでしょう。

     

    そんな風に世の中を見ていれば良いのじゃないかと。

    平凡な生活でも誰にも迷惑を掛けないし、楽しいことだってたくさん経験出来ます。

    昨夜久しぶりに居酒屋で一人酒をしました、相変わらず周りの話声は厭世的な内容が多く聞こえて来ます。

     

    誰々がどうだこうだとか、言って見れば標準以下だから困りもの的なことで話題が続きます。

    見方を変えてあの人を引き上げるにはどうしたらいいか的な発想が生まれないのが人の世です。

    そんな訳でのんびりと歩んでもいいじゃないかと、標準に拘らずに生き方も自分流で十分でしょう。

     

    楽しさが一日に一回経験できれば幸いと思って過ごせば悔いのない人生になります。

    見方を変える、事が難しいですが、変えてみようかと思うことは簡単に出来ます。

    簡単が楽ですし良いです。楽あれば苦ありもありますか、楽だけを求めて過ぎて苦渋が待っていますか?

     

    | 自然・個性の特質 | 09:47 | - | - | - | - |
    気を使う人、反面人に気を使わせます。
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      もう天気、気候の話をしたくないほど失望の毎日です。
      「何日になったかね、この天候は、」今朝はそんな会話になりました。
      寒さも加わって、朝顔が可哀そうです、開こうとしている花びらが途中で中断しているんです。
      少しでも太陽が当たってくれれば、美しい花を見せられるのに、残念です、そう叫んでいます。

      もちろん天候に左右されない花も有ります、切り花で菊などは元気に花の寿命を延ばして、すでに2週間も咲いています。
      松葉牡丹などは小さい花ですが、次々と咲き続けています。
      目の前の木々も今年の暑さのためですか、幹が伸びたようです。
      自然界をそのまま相手にしている木々や動物たち、何ら不思議な天候とは思っていないのでしょう。

      その点、人は気にしだしたら、気になることしかりです。
      そう、気にする、気を使う、気になる、いろんな心の動きが有ります。
      特に、気にする人、何かをするにしても、その人のためにと、一生懸命に気にしながら行動します。
      こうすれば、きっと楽になるだろうとか、これをしてあげれば次の行動がスムースになるとか、いろんな面で気を使います。

      しかし、そんな人と一緒に居ると、とても気になって仕方がないのです。
      そうしなくてもいいよ、それは自分でするからね、って言うと、これが逆に、したいんだからやらせて、となります。
      どうもチグハグな状態になってしまうことが有ります。
      お互いに、お互いを思う気持ちが有るので、衝突しているのでしょうかね。

      どうもしっくり来ないのです、けづめってい(方言です)気分になってしまいます。
      もっと大らかに、もっと自然体でいいのにと、そんな気分になるのですが、几帳面と言うか、人にしてあげたい気持ちが旺盛と言うか、ま、極端な話は出しゃばらないで、と言うことになります。
      しかし、「やってあげたい」の気持ちだけは無視できません。

      ですから、体調を考えて、疲れている時はしなくてもいいよ、と言います。
      ここんところです、疲れていないんです、これが問題なんです。
      なんとも、気疲れしてしまうのです。
      出しゃばり、これはどうも癖、性格なのかも知れません。

      癖や性格を直すことは困難ですから、一生涯変わらないのでしょうね。
      修正する、直(なお)す、変える、それは並大抵の努力では出来ません。
      誰かが修正の音頭を取ってくれていればいいのですが、そんな人も中々いません。
      と言うか、そんな人が煩(わずら)わしくさえ感じてしまいます。

      どうにも、人の性格は困ったものです。
      人に気を使う、しかし、一方では人に気を使わせている、そのことに気づきませんからね。
      お互い様、これが普通で一般的で当たり前のことです。
      ですが、一方的に気遣いばかりですと、お互い様が崩れて、ギクシャクしてしまいます。

      そこんところが難しい人間様です。
      人と自然とが敵対関係になっては、うまくことが運びません。
      人と人も同様に敵対関係にならないことが大事です、しかし皆それぞれ敵対しています。
      誰かが大臣になれば、なりたい人はガッカリします。

      大臣の椅子は限られています、しかし座りたい、お互いに競争です。
      そこには気遣いよりも蹴落としが起きているでしょう。
      その方が自然体かも知れません。
      気を使う、それよりも競争の方が自然体なんですかね。
      | 自然・個性の特質 | 08:46 | comments(0) | - | - | - |
      子供、大人の分別はどこでするのでしょうか。
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        北風が強く吹いています、この時期でも北風は冷たいものです。
        自然の特質はそうしたものですか、北風は冷たい、南風は暖かい、ごく自然なことなんですね。
        今年はエルニューニョ現象で、冷夏を予想されていますが、北風と関係が有るんでしょうかね。
        大きな自然現象は人の知恵(知見)の及ぶとことろではないのでしょうか。

        大人になっても子供っぽい、そんな表現が有ります。
        大人と子供の違いと言うか、見きわめ、分別とはどこに基準が有るんでしょうかね。
        たぶんですよ、子供は自分のことだけで精いっぱいに生きています。
        しかし、大人は自分以外に他人を知っている、意識している、のではないかと思います。

        即ち、自分以外のことを認識して日々を過ごしているのが大人だろうかと、そんな気がします。
        では、大人らしいとは、ここんところが大事なことでは無いかと思います。
        らしさ、その意味合いはどうやら、他人のためにどれだけしているか、そのことではと考えます。

        大人に成りきれない、これは何時までも自分だけに限定した生き方をしている姿のような気がします。
        年齢の面から見ると、20歳が境目かも知れません。
        しかし、大人っぽい20歳以下の子供も多く見かけます。
        それは大人らしい仕草、仕事、行いをしていることが分かるときです。

        大人らしい、やはり他人のことを気になり、そして他人のために行動している姿です。
        どうしたって、この世は他人との共同生活です。
        自分のためだけをしていればいい、そうではなく、他人のことをすることで、自分が生きていることを認識するわけです。

        その辺が中々自覚出来ないことが多いような思いです。
        自分さえよければ、これが子供っぽい、大人になれていない証(あかし)です。
        歩きながらのスマホ、歩行中の喫煙、いろんな場面が独りよがり、即ち子供なんです。
        可愛らしい行為ならば許して上げますが、危険を伴うことは決して行ってはいけません。

        他人の目を常に意識し、そして他人のために何が出来るかも思考の中に有った方がいいのです。
        そうすることで、日々の中に潤(うるお)いも出ますし、自分も磨かれます。
        その結果が楽しい、嬉しい、感激、いろいろな感情に浸りますので、面白い人生を過ごすことが出来ます。
        当然自分の事は自分でしなければなりません、他人任せにするなどと考えてはいけないと思いますよ。

        自分のこと以外に余力がたくさん有るのですから、その分を他人のためにすることなんです。
        大人、それはとてもいい響きです、子供、それは未熟の姿を見せているのです。
        大人になること、これはこの世を美しくさせるのではと、今、気づきました。
        | 自然・個性の特質 | 08:51 | comments(0) | - | - | - |
        気づかずに、結構多いことです。
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          今朝起床後、着替えして、食事の用意やらなんやかんやしていて、気づかなかったんですが靴下をはいていなかったんです。
          もう靴下が無くてもいい陽気になったことを発見した思いです。
          重大な発見と思える出来事です、これを待っていたんですからね。
          このまま春の陽気が続いてくれることを願うのです、しかし、花冷えとか梅雨の冷え込みとか有ります。

          その気づかないことって、日常の活動ではほとんどのような気がします。
          会話でも自分のこと(癖等)に気を使って無いことが多いです。
          もうちょっと気を付けて話したら、と思うのですが、成り行きでしかないんです。
          丁寧さ、このことが足りないのです。

          何事も丁寧にしなければならないのに、何故か急ぎ働(ばたら)きになっています。
          鬼平犯科帳の中の急ぎ働きは殺傷をものともしない盗賊のことを言うのですが、どうも丁寧さが無いと乱暴になってしまいます。
          日々の行動に半分でもいいですから、気を回した行動をしたいです。

          会話の話にしても、大声で罵声を上げながらの居酒屋は再三書いていますが、気になるものです。
          気づかない、これは罪深いことにもつながります。
          習慣・癖とは本人を別扱いしているのかも、無意識の世界に引き込んでいるようなものです。

          今朝の靴下も気づかなかった、無意識の中での行動でした。
          何かそこんところがちょっと気になると言うか、抜けていると言うか、一抹の寂しさを感じてしまいます。
          ま、そんな訳で世(外出)に出た時には他人に迷惑を掛けないように気遣いをしたい気持ちです。
          気づき、それは絆につながるような気がします。
          | 自然・個性の特質 | 09:18 | comments(0) | - | - | - |
          訓練の結果が出せる人、これが天才なんでしょうか。
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            晴天に恵まれて、その後が小春日より、と言いたいところですが、寒くてとても厳しい冬です。
            北風の冷たさを身にしみて感じます。
            水も冷たいです、洗い物をするとき、野菜などは温水にしませんから、辛いところです。
            毎朝野菜ジュースを作っていますが、10種類以上の野菜を入れますので、一々冷たい水で洗いますから、手がしびれます。

            指先が真っ赤になってしまいます、北国の子のほっぺたが真っ赤なのは冷たい北風のためでしょう。
            早く春が来ればと、念願していますが、これだけは祈りなど天が受け入れてくれません。
            しかし、昨日さくらの木を見ましたら、枝にちっちゃな枝が出ていて、この先端が少しふくらみを感じさせました。
            さくらは徐々に時期がくれば、準備を始めているのですね。

            オリンピックもたけなわですが、優勝者と言う名誉に輝くのはたったの一人です。
            その他多くの選手はその栄誉を受けることが出来ません。
            そのたった一人、これが天才的な何かを持ち合わせているのではと、そう思うのです。

            訓練、練習は誰でも相当に、誰にも負けないくらいに行なうものです。
            しかし、どんなに練習量を増やしても、科学的な内容を取り入れても、体力を充実させても、やはり優勝者は予想に近い人がなります。
            これはやはり練習が身につき、自分のものに出来る人、それが天才なのでしょう。

            天才は練習して、訓練して、そのことが自分にぴったり合っていることを知っている人なんでしょう。
            最近のLPGのゴルフでも若い、若干16歳とか17歳とかが、今まで長年戦いをしてきたベテランと肩を並べ、そして優勝をさらってしまうことが多く見られます。
            その人たちを天才少女的な表現をしますが、練習が自分のものになっているのでしょう。

            素晴らしい才能ではないかと、羨ましい限りですが、しかし誰でもがなれるものではないことを、こうして世界の舞台になると、その結果が出るわけです。
            天才は自ずから持って生まれたものではなく、訓練・練習によって見つかるものではないかと、そんな話しがイチローの談話に有ったような気がします。

            モーツアルトだって、ベートーベンだって、天才でしょうが、そこに到るまでには過酷な訓練があり、それに耐え抜き、結果として、素晴らしい作曲を作り上げたのでしょう。
            訓練・練習の賜物、それは天才が自分を知るとき、そして大舞台で優勝を遂げるとき、それを眺めているだけでも嬉しいことです。
             
            | 自然・個性の特質 | 10:23 | comments(0) | - | - | - |
            歴史のおもしろさ、個性的な思考ではと思います。
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              北風がヒューヒュー、ピューピュー、ビュービューなんと表現したらいいのか、ともかく冷たい強風です。
              こんな時は部屋の中でじっとしているのが一番いいです。
              素晴らしい綺麗な空です、しかし空気が冷たくては外出もままならないですかね。
              ちょと買い物に行きたい気分ですが、様子を見てからにしたいです。

              歴史小説のおもしろさ、いろんな楽しみ方が有ります。
              筋書きのおもしろさが一番でしょうか。
              戦国の世がどんな風に進行したのか、そこんところを興味を持ちながら読み進みます。
              誰々が何をしたか、その辺を書いてくれているので、だんだん登場人物が広がり、有名人以外にも知ることが出来ます。

              そう、その(歴史上の)有名人は何故知っているか、それは多分にして学校での教科書に載っていたからではないかと、そう思います。
              そうすると、学校での教材がとても大事なことのように感じられます。
              そこに登場していれば覚えてもいるし、それ以外はほとんど知らないわけです。

              しかし、小説の世界はいっぱい登場してきます。
              どうしてそこまで調べることが出来たのか、不思議なくらいです。
              作家とはそうした調査に相当の時間を費やし、そして書き上げて、本として一冊になるのですね。
              凄いの一言です。

              そんな中で、最近気付き始めたのは指導者(覇者)の思考と行動です。
              もちろん覇者を助ける役目の方々もたくさんいますし、その方々の考え方を参考にしている場合も多いです。
              しかし、結局覇者の考えが実行に移されます。

              現代でも、このことは引き継がれているのですかね、覇者即ちお偉方の思考・方針に基づいて事(処理)を遂行されいます。
              ですから、覇者(お偉い人)になりたがる理由なんでしょう。
              それはともかく、歴史に登場する覇者の思考にいろんなものがあり、そこんところはとてもおもしろいし、楽しいところです。

              実は歴史の勉強(受験)などで、何年に何が起こったかを覚えなければなりませんが、そのためには暗記しなければならず、歴史は嫌がられます。
              しかし、家康が、信玄が、信長が、等々の人々の思考的な勉強であれば、歴史はおもしろくなります。
              その思考の原点から、関が原の戦いをどうのように展開したのか、そんな風に見ていくと、歴史認識がガラッと変わるような気がします。

              それにはいろんな本を読まねばならず、受験勉強では無理ですかね。
              今一次試験の真っ最中でしょうか、歴史を選択している人は問題の年代を思い出しているかも知れません。
              関が原で家康はどんな思考で望んだのか、そんなことを知らずにです。
              ま、受験が済み、希望校に入学したら、こんどこそ時間が有りますから、家康の考えとはどんなものかをじっくり読んで欲しいですね。

              日本の歴史上、家康の存在は大きいですが、考え方についてはどの程度我々日本人に影響しているか、考えてもいいのではないかと、そんな読み方をしています。
               
              | 自然・個性の特質 | 09:43 | comments(0) | - | - | - |