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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
貨幣価値が下がったら、トルコの生活はどうなるのでしょう。
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    昨日の雷雨は凄かった、連続的にピカゴロゴロでした。

    写真に残そうと思って狙ったんですが、シャッターを切る段階で光は消えています、ダメでした。

    何とか、と思って、そうか動画で撮ればと、そうしたら綺麗に写すことが出来ました。

    直線的な稲妻を綺麗に画像に収めました。

     

    音も録音されていますから迫力もあり、これから動画を活用したいと思いましたね。

    それにしても、突然の様にトルコのリラが下落しているとか、どういう現象になるのでしょうかね。

    国内の貨幣価値は同じでしょうが、対外的に下がってしまう、となると輸入品が高くなると言うことです。

     

    逆に外国貨幣を持っていればトルコでものを買えば安く買える。

    そんな訳で外国からの観光客がドット押し寄せているとか、人間はそういう行動を平気で行うものです。

    普段はブランド品など使わないのにこの時とばかりにシャネルやグッチを買う、何だか浅ましい感じがします。

     

    ありが普段は餌探しが大変ですが、この時期セミの亡骸がいっぱいあります、ご馳走が転がっています。

    しかし自分の分だけ巣に運べばいいのです、漁(あさ)る必要はないのです。

    人間は有れば無くなるまで漁ります、そして無くなれば又別のところを漁ります。

     

    節操がないと言えます。

    それは兎も角リラが安くなり国民生活はどう変わるのか今後のニュースを見ていきたいと思ってます。

    トランプ政権はまだまだいろんな仕掛けをしてくると思います、その動向が今後の世界に甚大な影響を及ぼすことになりそうな予想を持ちます。

     

    世界の様相が一変する可能性も有ります。

    武力戦争は無いでしょうが経済戦争はエスカレートすること確実になると思います。

    貿易戦争の言葉が飛び交っていますが、戦争と言う言葉自体が危惧を感じさせます。

     

    戦争状態とは話し合いで物事が解決するようなものではない、と言えるでしょう。

    となれば、どちらかが敗北するまでの戦いとなります。

    しばらくは戦術と戦術との合戦が行われるでしょう。

     

    リラもその一環でしょうから、次の的ターゲットはどこでしょうか。

    円安が急激に進んだ場合はどんな対策をすべきか知っておきたいものです。

     

    | 自然・不安 | 09:28 | - | - | - | - |
    台風もこの地区は無難に通過しましたが、現在は先般の被災地へ。
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      台風の行くへが心配です、今は広島近辺のようですが何も無く通過してもらいたいです。

      先般の傷跡が生々しく残っているところに、少しでも打撃を与えれば傷口は大きくなってしまいます。

      そうならない事を祈ります。

       

      昨日は時折豪雨が来ましたが長くは続かなかったので、無事通過しました。

      あの豪雨が先般の被災地域で長く数日も続いたのでしょうから、それは想像を超える惨事です。

      人は経験則で行動していますから、経験の無い事は比較的軽く考えがちです。

       

      豪雨とは言ってもそれほど続くもんじゃない、これが経験則です。

      しかし降りやまない、これは危険だと言う感覚まで達するのは中々です。

      飛行機でも何時も安定飛行と言うか揺れを感じなければ怖いと言う感覚は有りません。

       

      しかし雨天で上空の気流も不安定な時に乗ればどれほど揺れて、どれほど恐怖を感じるか、経験しないと分かりません。

      福岡から伊丹に飛んだ時に経験しました、ですが同乗していた友人はこれが飛行機なのかと、何ら心配して無かったです。

      危険とは経験しないと軽く見がちです、そのことで災難に有ってしまうことも有ります。

       

      東日本大震災の時もこの海岸には津波など来るはずがないと思った人がどれほどいたでしょうか、常に安全だと思っていたのに経験した事の無い津波が押し寄せたと言うことでしょう。

      その結果が悲惨なな結末を迎えてしまったのです。

       

      自然とは怖い存在である、この事を肝に銘じて置きたいものです。

      異常な自然の動きを気象庁は常に情報を流しています、しかし経験していない情報には耳を傾けません。

      ここんところを改めるべきでしょう、貴重な情報を素直に受け入れて災害に会わない事が重要な経験則です。

      | 自然・不安 | 09:33 | - | - | - | - |
      自然に親しむには余りにも残酷
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        真夏日の中での作業はどれほど辛いでしょうか、それも泥やゴミとの戦いですから普段に起きない仕事です。

        どんなに一生懸命に作業をしたって生産性から見ればゼロの仕事です。

        何とも過酷すぎます。

         

        自然がもたらした災害と言うものは残酷そのものです。

        水浸しになったら殆どが再生出来ないものばかりです。

        今の家庭で使っているものは電化製品など、水に浸かったら漏電の恐れがありますから使えないでしょう。

         

        家具だって泥だらけになってしまって清掃など無理でしょう、結局廃棄するしか手が無いのです。

        尊い人命も150人以上になってしまって、まだまだ行方不明者もいるといいます、自然の猛威に唖然として何も言えません。

        しかし自然だけの問題だったんでしょうか、これほど世の中が発展し天気予報もスーパーコンピューターを何台も使って豪雨の兆候を知り得たのではないかと思います。

         

        しかし分かっていたはずの豪雨に対して、人の備えが不十分だったと指摘されても反論は出来そうも有りません。

        被害者を出さない、これが自治体の行政の最大の課題でしょう。

        気象庁が警戒を発表しても自治体がのんきに構えていたら、被害は出るのは当たり前です。

         

        ですから、自然災害とは言っても人災とも言えます。

        被害が出てから自治体は右往左往して自衛隊の派遣を要請したりしていますが、予報が出た時点で被害の想定を行ない、事前に自衛隊に派遣準備をしてもらうとか、いち早く現場に来てもらって対応をするとか、やるべきことが有ったはずです。

        そこんところが自治体の弱さだろうと思います。

         

        自治体は枝葉の様に分割しているのでしょうから、小さな自治体にどんな力が有るでしょうか、精々住民票の管理程度が出来る程度の自治体も有るでしょう。

        そんな田舎の自治体が被害に直面するのですから、どうにも被害を出さない様な対応は出来ません。

        被害が出る前に、即ち危機管理と言う面は大きな自治体が面倒を見なければ出来るはずが有りません。

         

        自然災害と言ってしまえば事が収まるのではないです、被害を犠牲者を出さない、これが行政の最も大事な仕事です。

        危機管理こそ行政の一番大事な仕事です。

        自然は過酷です、それを野放図に見ているだけでは災害と言うものを容認しているのと同じです。

         

        河川が氾濫する、これは大昔からの現象です、江戸時代などもその氾濫を抑えるためにどれだけの普請をしたか、小説の材料です。

        しかしこれほど発展した現代も同じような災害を出しているのです。

        何も発展していないじゃないかと、そう言われても反論は出来ません。

         

        自然の残酷さは日本だけでは有りません、アフリカとかサウジ半島とか気温が50度にも達したとか、残酷極まりないです。

        日本は豪雨対策だけでもしておきたいもの、犠牲者が出ない方策を行政に関わる人々は真剣に考えてもらいたい。

        自然の過酷さを知っているのは被害者や犠牲者だけです、それを国民みんなが知らねばなりません。

         

         

        | 自然・不安 | 09:32 | - | - | - | - |
        痛ましい命を救えなかったのか、数字がどんどん大きくなって心が痛みます。
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          真夏の日差しが強くて外の仕事は出来そうも有りませんが、被災地ではそんな言い訳は通用しないでしょう。

          一刻も早く被害に会ったところを復旧せねばと、心の余裕など無いかと思います。

          本当に無念です。

           

          犠牲者の数がどんどん増えてしまって、数字を見るたびに心痛に襲われます。

          どうにかならなかったのか、その思いでいっぱいです。

          酒を飲んで談笑もいいでしょうが(自民党議員)、一方では非常事態の雨が降っていたんです。

           

          豪雨で多少の犠牲者は出るだろう程度の思考しかもってなかったとしたら、もはや国家の安全を任せられません。

          常に非常事態を想定した政治をしなければ、こうした異常な災害になってしまうのです。

          絶対に災害を止めるべき対応が必要不可欠になっています。

           

          多くは住宅に問題が有ります、先進国でこれほど災害で犠牲者がでる例は有りません。

          災害の国と言う不名誉な環境ですが、その対応については全く野放しです。

          犠牲者の原因は殆どが住宅・家です。

           

          崩壊などで中に住んでいた方々が犠牲になったと言うとんでもない原因です。

          住宅がしっかりしていれば、犠牲者は出ない事が分かっているのですが、何も施策をしません。

          勝手に住宅を作らせて(建築許可)、安全と言う点では耐震・火災のみです。

           

          木造住宅は昔は25年と言われていますが、今は70年とか言ってますがそれも老朽化でぼろぼろの状態まで使っての話です。

          RC鉄筋コンクリート造にしなければこうした災害時に耐える建物じゃない事を誰でも知っています。

          しかしそうしないのが日本の行政です。

           

          このまま改善・改革無しに進めば、当然の様に豪雨に耐えられずに犠牲者の発生が出る事は明らかです。

          これから台風も豪雨をもたらします、行政・政治家はどれほの犠牲を出せば気が付くのでしょうか。

          都市造りに関しては、抜本的な改革が必要です。

           

          何回も指摘していますが、住宅は5階以上のRC構造物にすること、道路は広く、川も広く、広い公園をたくさん作る、これだけで自然災害は90%防げると思います。

          狭い国土を自分のモノにする、即ち持ち家です、土地が無ければ空に向かうしか無いのですから(ジャックと豆の木)、高層化が生まれて当然です。

           

          しかしそれは目的とする土地の利用とは別な内容で作らています。

          とにかく、必要なのは頑丈な家に住めると言う条件です。

          川が氾濫しても5階の建物が水に埋まることは無いでしょう、そして集合して住む訳ですから連絡も楽に出来ますし、安否の確認も確実に出来ます。

           

          一戸建ての住宅が何故多く建てられるのか、日本人として日本に住んでいて、最大の不思議さを感じています。

          過去に一戸建て住宅に住んだ経験は戦後の疎開していた当時です、結婚後はRC構想の住宅だけです。

          木造一戸建て住宅に寝ることは不安でなりません。

           

          地震だけじゃなく、豪雨だってそうです、台風も、津波も、竜巻も、災害になると必ず犠牲者が出るのはこうした住宅が原因ですが、しかしメディアも政府も木造住宅の欠陥についての話は全く聞きません。

          先進国の住宅はRCか古いものは石造りです。

           

          200年など普通です、頑丈そのものです、実際にRC構造の建物を取り壊している現場を見かける事が多いと思いますが、中々壊れません。

          100年など平気でしょう、インフラのメンテナンスをしっかりしていればですが。

          さて、こうした考えが有っても実際には行政に届きません、届いたところで、政治家は票集めに住民のお祭りやイベントに出る程度で、頭の中に災害防止など無いのですから。

           

          日本人は何年先に本来の危機意識が持てるのでしょうか。

          | 自然・不安 | 10:11 | - | - | - | - |
          震災はいつ来るのか?待っている訳じゃ無いですが。
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            梅雨の中休みと言うそうですがそろそろ梅雨明けになる時期ではと思います。

            7月が目の前に来ましたからもう夏だ!と騒ぎたい気分です。

            昨日は園児たちが庭でホースから出る水でびしょ濡れになって遊んでいました。

             

            夏の本番が来たんじゃないかと思っているのかも知れません。

            その無邪気な水の戯れに平和を感じさせます。

            水の不足な国はいっぱい有るはずです、一滴の水も無駄に出来ない地域からすれば日本は天国でしょう。

             

            毎日シャワーも出来ますし、風呂にも入れます、豊富な水資源には感謝せねばなりません。

            しかし熱中症で病院に搬送される方々は水の補給が足りなかったとも言いますから、忘れずに水は持参すべきでしょう。

            そして震災になれば一番に水が求められます。

             

            その震災も本当にまじかに迫っているのです。

            首都圏の直下型地震や南海トラフ地震などは想像も出来ない程の確立にあがっています。

            いつ来ても不思議ではないほど近づいているのですが、人は備えをしないのがこれまた不思議です。

             

            出かける時に震災になったら、そんな考えは持ち合わせが無いでしょう。

            何事も起こることはない、この信念が硬いわけです。

            確率が高いとは言ってもそれほど気にすることはない、普段の生活スタイルで日々を送る、普段通りに。

             

            ですが、どうも気になるんです、1995年は阪神、2011年東日本、2016年熊本そして先日2018年大阪直下型、時間的な間隔が早くなってます。

            6年、5年、2年と間隔に大型地震が来ています。

            2018年の今年は他にも長野とか島根とかでも動いています。

             

            震災を待っている訳じゃ無いのですが、不気味な不安を持たざるを得ません。

            遠出の時は現金を少し多めに持って行くとか、もし地震にあったらと最低の備えを持って出るとか、気持ちに余裕を持って行動したい気分です。

            そんな中で2020年の東京オリンピックが気がかりなんです。

             

            阪神から25年経ちます、東日本から9年後です、その辺に首都圏に震災が来る想像はぬぐい切れません。

            必ず来る、確率100%ですから、しかしいつ来るかは誰も分からないのです。

            先日の大阪での路傍の防犯カメラに映っていた場面、猫が地震が来る直前に物凄い勢いで飛び出してました、そして地震の最中に今度は同じ勢いで戻ってきていました。

             

            動物は地震を前もって察知できるのでしょうか、同様の映像をずーっと以前にアメリカだったか犬が地震の来る直前に外に飛び出しました、全く同じ光景に今回もビックリです。

            今も地震を起こすであろうエネルギーを蓄えている自然現象に人はおびえねばなりません。

             

            出来ることだけはしておきたい気持ちですが中々そこに到達していません、気がかりと準備は別物でしょうか。

            | 自然・不安 | 09:49 | - | - | - | - |
            天候の変化が急激体調管理に注意
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              昨日は高温、多湿のせいか道路沿いに老人が倒れていました。

              多分熱中症になったのではと思いました。

              数人が周りで見守ってましたが救急車がなかなか来ませんでした、他にも熱中症になった人が多かったのかどうか。

               

              そして今日は気温が昨日と比較して11度も低いといいます。

              確かに寒いです。

              雨模様ですから日中も気温が上がらないでしょう。

               

              台風の影響も有りそうですから荒れた天気になると思われます。

              体調管理が難しいですが、風邪だけは引きたくないです。

              無理せずにのんびり過ごす予定です。

               

              ハワイやグアテマラ火山は恐ろしい自然現象です。

              活火山とは言っても本格的に噴火するとは思ってもいなかったでしょうから、地元の人々の驚きは大変なものでしょう。

              家を失った事による今後の生活はどうなるのか、火山灰でコーヒー栽培が不可能になってしまった、これもどうすればいいのか。

               

              自然災害とは言え、生活に影響する被害は本当に困る事でしょう。

              日本も地震国ですからいつ何時被害を受けるか分かりません。

              被害が来るところに住まなければいいのに、と言っても昔からそこに住んでいれば離れられないのが普通です。

               

              災害が起きたら即刻避難することを心掛けていたいものです。

              | 自然・不安 | 09:25 | - | - | - | - |
              開放と閉鎖、昔はどこでも開放
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                涼しい風が流れています、まだ真夏の暑さまでもう少し時間が有りそうです。

                そろそろ6月になれば梅雨に入りますが、先日沖縄の友人からのメールでは空梅雨だとか雨が少なと書いてました。

                水不足が心配とまで言ってました、島国ですから雨が頼りです。

                 

                今日は静かな日曜日になっています、昨日は中学校の運動会が有りましたからちょっと騒がしい状態でした。

                面白い事に走る選手の名前を紹介するのです、まるで陸上の世界選手権の様な感じです、走る側も気分がいいかね。

                出身国ではなく、赤とか緑とか黄色とかで区別してました。

                 

                6月2日は小学校の運動会です、これはもっと騒がしい事になりますよ。

                ま、ベランダから見下ろしながらの観戦になりますから楽しみです、晴れて欲しいです。

                日曜日ですから今日は練習もなく校庭には誰もいません、いろんな白線が描かれた校庭が寂しそうです。

                 

                そう言えば、学校って自由に入ることが出来ないのです、しっかりとした鉄条門が有りますから。

                我々の時代は門は有りましたが、そこには入場を禁止するものは何も有りませんでした。

                いつでも誰でも校庭に、校舎に入れました。

                 

                即ち開放状態でした。

                現代は閉鎖されていますから自由に入れません、せいぜい選挙の投票する時に入れる程度です。

                何となく閉鎖の世の中って寂しい感じがします。

                 

                学校だけじゃ無いです、家だって開放したまま出かけたんです。

                お隣さんにちょっと出かけて来ますよ、って声をかけておくだけです。

                家の鍵など無かったし、鍵っ子などいる訳が無かったです。

                 

                現代は鍵も二重にしたり、セキュリティ会社に依頼したり、ともかく厳重な処置をしています。

                それでも事件が起きる訳ですが、人間遮断と言う行為はどこかに狂いが生じるのではと思います。

                それは振り込め詐欺の格好の場になっているかもしれません。

                 

                何故ならば、家の中は個室、即ち自分の世界に閉じこもります。

                ですから、詐欺する側には都合が良いのです、個人への攻撃がし易いのです。

                閉鎖的これが曲者です。

                 

                思考が狭くなってしまっている様に思えるのです、解放感が無くなると深刻になりがちです。

                活動も制限したくなります。

                何にしても閉鎖的は良くない傾向ですが、この世はどんどん閉鎖的な動きになって行くように感じます。

                 

                この辺で開放と言う気分を皆が持って、気持ちがルンルンになれたらいいのにね。

                北朝鮮もいよいよ開放の時が来たのかも、閉鎖社会では発展や進展が遅れてしまうことを悟ったのではと思う次第です。

                | 自然・不安 | 09:41 | - | - | - | - |
                寒暖の差に戸惑いを感じます。
                0

                  いやはや急に気温が下がって寒い事ビックリです。

                  校庭では子供たちが相変わらず元気に走っていますが、寒くはないんだろうかと心配になります。

                  15度程度は有るのですが、もう既に25度対応の身体になってしまったのでしょうか。

                   

                  身体と言う物体は慣性に従順なのかも知れません。

                  ちょっと変化しただけで異常に感じ方が変わってしまいます。

                  先ずは風邪を引かない様に注意が必要だろうと思います。

                   

                  いつも思う事ですが天候ほど気になるものは有りません。

                  毎日起きた時に今日はどうだろうかと、そして明日は1週間先はと日々気になるのです。

                  気候に疎くなれたらいいですがね。

                   

                  人類が始まった時は他の動物と同じように家などもなく洞窟で生活していたのであろうから、その時は天気に鈍感だったのではと思う。

                  喰うものを探すのには天気に左右されたでしょうが雨の時はじっとしていたんでしょう。

                  成す術もなく、しかし現代は寒かろうが暑かろうがじっと我慢するなど出来ません。

                   

                  計画通りの行動を起こす、雨だから休息するなどしないのです。

                  実に人の生き方は過酷そのものです。

                  そんなに一生懸命に生きてもどれほどの価値を生めるのか多少疑問です。

                   

                  昨夜は久しぶりに銚子丸と言うすし屋に行きました、雨がひどかったのでお客さんは一人もいませんでした。

                  3人でテーブル席に座っていろんなものを頼んで食べました。

                  現代は口頭で注文することなく、タブレットのメニューからチョイスしてタッチすれば注文OKです。

                   

                  たくさん食べて、美味しく頂きました。

                  最近の魚事情は不漁ではないかと思うのでしたが実に美味しいネタがたくさんあり嬉しい限りでした。

                  魚の漁獲も天候次第でしょう、しかしそれ以外にも漁獲し過ぎで枯渇して来たものも有るのではと思います。

                   

                  そう言えばアジが品切れでした、ちょっと驚きです、アジほど寿司の定番はないですからね。

                  寿司の食べ方なんか有るかどうか知りませんが、昔ある寿司屋さんで聞いた事が有ります、先ずは青物魚から食べ始めて、どんどん脂肪の多いものへと移行するのがいいと。

                  ですから最後は大トロと言うことでおしまいにするというものです。

                   

                  しかし最初は大トロにしたい気分です。

                  そんなこんなでお腹が膨れたところでお会計と、これもタブレットに注文の品と金額が出ていますから確認が出来ます。

                  便利になったのと、何か板前さんとの距離感を感じてしまって若干寂しさもありました。

                   

                  ま、現代は人に関わりを持たない方向になっている、それを当たり前と認識する事になったのです。

                  いいのか悪いのか、時代の変化です。

                  | 自然・不安 | 09:31 | - | - | - | - |
                  手術で患部切除、身体は大丈夫なのか気がかりです。
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                    葉桜になり又来年に期待する時期になって来ました。

                    これから東北方面に場が移ります、最近は北海道でもさくらが有るようですが如何なものか。

                    東北と言えば弘前城のさくらはまだ目に焼き付いています、凄かったの印象でした。

                     

                    これからは緑が徐々に染まる風景に魅了されてきます。

                    地面も地上も緑一色になって夏の日射しを遮ってくれます。

                    自然は毎年同じような風景を繰り返してくれます、その中で人は生き方に変化を持たせられるのでしょう、そこに満足も生まれます。

                     

                    多分に変化のない赤道近辺では洋装の変化が少ないのではと思うのです、シャツ一枚あれば事足りますしショートパンツで間に合うでしょう。

                    夏冬の心配もなくタンスもちっちゃいので間に合うかも、楽ですね。

                    その点四季がはっきりしている日本はそろそろ冬物と夏物の入れ替えをせねばなりません、でも週末は寒気が戻ってくると言うからどうしようかと悩んでいます。

                     

                    約20日前に大腸の一部と膀胱の一部を切除した方の見舞いを数日前に行ってきました。

                    そして今日が退院の日です、先ずは良かったと安堵してます。

                    しかし病院での話はとても想像できない程大変な状況のようでした。

                     

                    病状はおしっこするときに痛みが出て困ったことから始まって、その内に汚物までおしっこに交じってしまったと言う聞いたことも無いものでした。

                    最初はクリニックでの検診で薬を飲む程度でしたが、さすがに汚物が出るとなると気がかりです、総合病院を紹介されていろんな検査をした結果、大腸の外側に突起物が出来ていて、それが膀胱と接触し炎症を起こしたことが判明。

                     

                    膀胱に穴を開けてしまって、大腸の汚物が膀胱に入り込んだと言う現象でした。

                    どうもこうした病気は有るようです、事例としては少ないようですが。

                    早速5時間の手術で患部となっている部分を切除した訳ですが、その分量はなんと手のひらにいっぱい(長さ約30僉砲砲覆襪發里任靴燭噺世い泙后

                     

                    突起物がある部分を全部除いたのでしょうが、その部分が無くても大丈夫なのかと心配になりました。

                    膀胱は一部切り取ったようですから容積が小さくなっただけでしょうが、大腸は2m程度有るとは言ってもどうなんでしょうかね。

                    大腸は主に水分除去の役割なんでしょうが、他にも重要な役割があるかと思うのです。

                     

                    現代は手術と言う技術は優れているんでしょうから、簡単に行うようですけども、どこか嫌な感じです。

                    そして手術後の翌日から歩行してくださいと言うことだったそうです、手術後に縫い合わせた部分がくっ付くかどうかはガスがでるかどうかで判断することは昔から聞いていますが今もその方法で確認しているようです。

                    ガスが下から出ない場合は口へ上がってくるようで、出来るだけ動くことが大事だと言います。

                     

                    しかし身体にメスを入れたらば当然痛いです、痛み止めを点滴したって痛みが無くなる訳じゃ無いので歩行が出来ないでしょう。

                    相当に苦しい思いをしたことだと思います。

                    ですから見舞いも直ぐに行きたかったのですが大変そうなので2週間たってから行ったのです。

                    そう言う話を聞いて人の施術は無茶と思われることもやっているだと、つくづく思いました。

                     

                    いやはや、病気にはなりたくないと思う事しきりでした。

                    それで今日退院ですがその後も心配です。

                    無事に回復してくれればいいのですが、何か副作用が出たら困ります。

                     

                    ともかく、病気にならない様にするにはどうすべきか、日頃から注意が大事だと思いました、教訓を受けました。

                     

                     

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                    さくら咲き ここから始まる 幸のゆめ
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                      春が来た、それは桜が咲いたと同意語であると思っています。

                      徐々に満開に近付いて来て春を実感するのです。

                      さくらを全世界に提供して春は地球上をさくらで埋め尽くしたらいいと思うのですが、もちろん南半球にも。

                       

                      これほど美しい花は他に何が有りましょうか、欄が素晴らしいとは言ってもさくらに軍配があがります。

                      日本でももっともっとさくらを増やしたらいいと思うのです、今は見どころはどこかと探していますが、どこでも素晴らしい花見が出来るようになればいいです、それには一生懸命に植樹することです。

                      米沢藩が漆(うるし)を100万本植える計画をした時が有りました、至る所に農家の庭まで、武家の庭にも、そう言う御触れが出るといいですね。(漆からろうそくを作ったのです、財政再建、鷹山)

                       

                      30年もたてば立派なさくら並木が出来ます、今からでも遅くは無い、どんどん隙間が有ればさくらを植える、これで春の海外からの観光客は倍増すると思います。

                      春はともかく日本に行って見たい、と言う気分を世界中に思わしめたらいいです。

                      特に欧州、ヨーロッパの人々は日本を知らないのですから、春はさくらの日本へのイメージを描かせたらいいです。

                       

                      ゴッホがもし日本の桜を描いていたらきっと桜の印象は違っていたでしょう、残念です、さくらをゴッホが見たらどんな絵になっていたでしょうか、ひまわりの絵よりも素晴らしい作品が出来たかも知れません。

                      ここんところ毎日公園に行って花見をしていますが、もう少しです、満開までは。

                      でも花見客は満開です、いや満席です、広大な敷地いっぱいに大よそ1000人以上が集まっているかに見えます、今日ざっと数を調べてみます。

                       

                      こころが暖まる気がします、柔和になると言う感じですか、刺々しさが消えてしまうような。

                      小学校は既に春休みに入りました、校庭の桜は5分咲きになりましたが、見る生徒たちがいないのです。

                      何処となくさくらも寂しく感じているように見えます。

                       

                      せっかく綺麗に開いたのに見てくれる子供たちがいないのですから。

                      校庭を花見に解放すればいいのにと思うのですが、門はしっかりと閉めらています。

                      我々の時代は学校に門など無かった、誰でもいつでも校庭に入って花見が出来ました。

                       

                      今日はここでこぶしハーフマラソンが行われています、校庭の先の道を走っています、でも綺麗なさくらに気付いているかどうか。

                      そう言えば高梨がやっと念願だった54勝目を勝ち取りました、祝福してあげたいです。

                      どんなに辛かったか、誰も出来なかった数字を作り上げたんですからさくら同様日本人に力を付けてくれました。

                       

                      さくらは幸・幸運を運ぶような気がします、春は新たな出発の時です。

                      しかし世間はどうも不運を引きづっている様に見えます、森友学園問題、貿易の制裁、円高、株安等々不安材料が目白押しです。

                      自然がやっと芽生えた春と言うのに人間社会は混沌としています、今にもマグマが飛び出しそうな噴火寸前の雰囲気があります。

                       

                      そんな危うい事は忘れて花に浮かれた方がいいでしょう、さてビールをそうだなあ3本ほど持って行こうかね。

                      梅酒も用意しようかな、つまみはチーズがいいです、好きです。

                      天候は絶好の花見日和です。

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