RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

02
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
--
>>
<<
--

自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
蓋を開けて見なければ分からない 新年の幕開け
0

    快晴の毎日に感謝の気持ちが湧きます。

    暖房も殆ど使わなくて済みます。エアコンも電気ストーブも全くつける必要がないのですから助かります。

    ただし外は風が有るときは非常に寒いですがそれでもパンダのように着ぶくれしなくても十分です。

     

    良い正月が続きます。

    三が日が過ぎれば正月気分は無くなりますが実は元日から最近の雰囲気は正月気分が有りません。

    どこか寂しい感じです 綺麗な衣装・着物を着ている人を殆ど見かけません。

     

    何処かに真新しさを感じるのが正月なんですがどうもその辺が無いんです。

    正月用に新しいセーターなどを用意して着るのもいいと思うのですがそんな雰囲気も有りません。

    正月のおせち料理も手作りよりも市販の出来合いのもので間に合わせることが多いでしょうか。

     

    年末に20品余りも作ったのですが今年の年末はどうするか悩ましいところです。

    今年はどんな年になるのかもう蓋が開けられましたがまだまだ詰まっているものが見えて来ません。

    いろんな予測が入り混じって話が飛び交っていることでしょう。

     

    中身は良い事も悪い事も入っています。

    多くは悪い事がメディアで取り上げられ話題になります。

    良い事も多いのですがこちらは話題性が低いのでしょうか新聞の一面を飾ることが少ないです。

     

    世間は悪い事に興味を示し良い事には振り向かないものです。

    良い事は瞬間に通過してしまいますが悪い事は尾を引いて長く続きます。

    加計や森友などは今年に入ってからも消えないでしょう。

     

    良い事か悪い事かの境目に有る様なものも有ります 豊洲新市場が今年10月に移転すると言いますが良いと言う人と嫌だと言う人が混在しています。

    これはいつの世も同じこと 時代とは前進していると思っていますがどうやら人の世自体は変わらない気がします。

    秀吉の時代と今との比較をしてみれば人の意志と言う面では変わってない様な気がするんです。

     

    当時は戦国時代で能力主義でした上手く立ち回れば殿様になれましたし他国を占領することも出来ました。

    現代も会社の勢いが有れば買収して他の会社を傘下に収めています 占領と同じ事です。

    強い弱いは世の常 人の世です。

     

    今年の箱はパンドラの箱なのかどうか 不幸が先行し希望が望めないのか 希望の党もパンドラの箱だったのか分からないです。

    開けてしまった箱の中身に興味深々です。

    手品であれば仕掛けが有りますが現実の社会では予測不可能です。

     

    どうなるのか期待したい気分ですが 裏切られたら大変です。

    そう言えば今朝方初夢を見ました とても気分のいい夢でした ですが突然目覚ましのチャイムが鳴って目が覚めてしまったんです。

    残念な事でした パンドラの夢?だったんでしょうかね。

    | 自然・安堵 | 10:11 | - | - | - | - |
    謹賀新年
    0

      新年が明けました。

      おめでたい事です。

      この一年が無事に過ごせることを祈ります。

       

      こうして始まる一年ですがいよいよ365日がスタートしました。

      カレンダーも汚れが無いし平穏な地球が存在しています。

      しかし日時が経つと汚いものに汚染されて醜いカレンダーになってしまいます。

       

      いつでも清廉潔白なカレンダーであってほしい。

      人の世は何故汚れを容認し 一方では汚染を実行するのか 他の動物には無いことです。

      自然の営みを不自然にするのが人であるなら 人は地球上にいない方がいいのです。

       

      正月を迎え誰もが良い年を過ごしたいと願います。

      しかし汚染者は今年どれだけのものを獲得するかを考えているでしょう いやもう元旦から実行しているでしょう。

      誰かが振り込め詐欺の餌食になっているでしょう。

       

      綺麗な表だけが有る訳じゃなく汚い裏表紙も有るのです。

      これが表裏一体綺麗なものが保たれたらこの世は皆安堵の気持ちを持てます。

      安堵こそが頼りなのです。

       

      初詣で何を願うか 家内安全でありましょう 安寧を願うのです。

      何も無いことを願うのです。

      欲望よりも安寧です 平穏さえあればいいのです。

       

      ミサイルが飛んできても日本に落ちなければいいのです。

      どうぞミサイル開発を進めてくださいと しかし日本にだけは通過させてください。

      その保証が有れば日本人は安寧できます。

       

      一年は平穏・安寧だけでも十分です。

      欲望が間違いを犯す要素だろうと思います。

      昨年のいや過去の嫌な悪夢が再現しないことを祈るのですが 再現は繰り返すのです。

       

      それに対応出来るかどうか 人の欲に標的されているので 不可能と言えるでしょう。

      平穏を破る 安寧を破壊する 標的になることを意識すべきでしょう。

      毒針を持った害虫を退治出来ないのですから。

      | 自然・安堵 | 09:10 | - | - | - | - |
      残り僅かと言っても実は続くのである
      0

        年末の好天は歓迎する。

        大掃除も楽に出来るし買い物で自転車に乗るのも問題なしだ。

        しかし雪が降ったりみぞれになったりしたらこれは大変である。

         

        太平洋側に住んでいることがこの時期とても有りがたい。

        雪国での4年間の生活経験があるがこうした好天など全くないから雲泥の差がある。

        これほど不公平は無いと言える。

         

        今年も残り2日となったがそれ程深く考えなくてもいいかと思った。

        なる程日々は続いているわけでカレンダーが新しくなるだけなのである。

        年号が変わるだけなのだが大層に考えてしまうのである。

         

        今年はどうだった そして来年こそ何々する そんな意気込みが入るのだ。

        それが新年の良い処だろうがその始まりだけを強調してその後はだらだらと坂道を駆け下りてしまう。

        又普通の日々に戻ってしまう。

         

        新年が特別なわけじゃないのに特別扱いしてしまうのだ。

        これは子供のころに経験したものが残像的に残るのであろう。

        確かに正月が特別な日から普通の日々と変わらない日になっている。

         

        コンビニでもスーパーでも総菜屋オリジンでも飲食店でも居酒屋でも遊戯場でもう正月休みが無いのだ。

        何か違和感を覚えたものだが考えによってはその現象こそが普通なんだろう。

        人間以外の動物に特別な日は無いのである。

         

        魚だって普通に生きているしライオンだって腹がすいたら獲物を取らねばならない。

        正月など無いのだそれを特別にしたのはカレンダーの始まりからだろう。

        それも冬の寒い時期に南半球は真夏だろうが これを春に設定されていたら正月も気候が良くて良かったと思うのだ。

         

        北国の正月は用意するだけでも大変だろう 寒さも手伝って大掃除だって出来ない 雪の中にすっぽり家ごと隠れてしまっているから。

        もし春ならば雪も無くなり日光の下に楽な正月を迎えられるだろう。

        どうも変な時期にカレンダーが更新される。

         

        であるから正月は個人的に決めてもいいかも 実は自分の誕生日が本当の正月であると思う。

        即ち特別な日であるのだ。

        誕生日には絶対にお祝いし豪華にご馳走を食べ特別扱いを受けるべきなのだ。

         

        それ以外は特別な日など無くてもいいのかも知れない。

        と思うのだがやはり年末・正月の行事は特別に考えてしまっている。

        可笑しいことと思うがどうしようもない 習慣と惰性の流れかも。

        | 自然・安堵 | 09:05 | - | - | - | - |
        経験で知るもの
        0

          快晴、実にこの言葉がぴったりな今の天候だ。

          快い晴れであるからして気分は高揚している。

          だが残念なことに数日前から鼻水が出っぱなしで困ってる。

           

          風邪なのかも知れないが医者には行っていない。

          昨日どうにも我慢が出来なかったので薬屋に行ってみたら、「はながつらいかぜに」と言うものがあったから買った。

          そして飲んだら30分ぐらいしたら鼻水が止まった。

           

          驚くほど効くものだ。

          鼻水が垂れて来てテッシュが間に合わない程流れ落ちる状態がピタッと収まったのだ。

          嘘でしょうと言うほどの効き目であった。

           

          何が原因かは医者に行って聞いて無いので分からないが鼻が敏感過ぎるのかも知れない。

          ともかく今朝もまだ鼻水は止まっているし、薬も一回だけしか飲んでない。

          だから今日は快晴快適なのである、しかし何となくムズムズ感が有るので若干心配だ。

           

          花粉症の症状を持っているから鼻水には慣れているがこれ程ひどい症状は無い。

          と言うわけで注意しならが過ごすことにする。

          今日は歯医者に行く日なので治療中に鼻水が出たら大変だ、女医さんに申し訳ないから。

           

          そんなこんなといろんな経験をするものだ。

          経験則と言う物差しが有るようだが頭だけの計測と違って実に説得力がある。

          自分に対しても他人に対しても、特に自分には安心感を与えてくれる。

           

          こうした経験から人は善悪を理解するこのだろう。

          国会でも丁寧な説明と言うフレーズが横行しているが実際には何も説明されていないと言う。

          それは直接問題に関わった人の話を聞けないからではなかろうか。

           

          外野の人の話では具体性が無く真実かどうかも掴みにくい、森友学園の場合も値段を決めた人が居るはずであるからその人に算出条件を聞けば一発で説明が着くと思う。

          文章が処分してしまって証拠が無くなっていると言う程度で茶を濁すのは無く、当事者に直接聞くことだ。

           

          しかし国会と言う場は議員同士の結束が固いのか、国会は国会議員だけの場だと主張する。

          その国会議員が経験不足の人がワンンさと居る、何が出来るか分かっているのか疑問符が着く。

          議員を選ぶ選挙では人を選ぶと言う形に変えないといつまでたっても日本の政治は不明朗が続くだろう。

           

          議員がそうだから国を牛耳る官僚たちも不明朗が当たり前と不要と思える文章は消してしまうのだ。

          官庁は不要かどうかは自分たちで決められる、企業ならば7年間かな必要書類と言う名目で保管が義務付けられている、

          だから内部調査でどんどん明らかにされてしまう、神戸製鋼や日産などの問題も保管資料で全てが明らかにされる。

           

          しかし官庁は違うのだからどうしようもない、不利な文章は抹殺してしまう、これに携わった人々はどんな気分でいるのだろうか。

          官僚を退官後の日々はどうなんだろうか、あの時の文章は残して置くべきであったと言う気持ちは無いのだろうか。

          全てあれで良かったと結論づけるのだろうか。

           

          首相が嘘を付ける様に環境を整えるのが官僚なんだろうか、国は豊富なお金・財産を持っている、それを官僚が自由に処分できるのであるから凄い、いや必ず国会議員が関連しているのだ。

          首相のお友達に安く引き渡すのが口利きなのだ。

           

          そんなこんなで実際の経験者の談話を聞きたいのが市民の意向であろう。

          実態を知るには経験者以外に無いのだから当事者が前面に出て来て話せばいい、週刊誌に載せてもいいじゃないかと思う。

          メディアも何らかの手を使うことに努力を払ってもらいたい気分だ。

          | 自然・安堵 | 09:50 | - | - | - | - |
          溝は埋まらない
          0

            いい天気になって太陽光が部屋の中に入り込んでいる。

            折角の太陽だがカーテンを閉めて日よけしているのが勿体ない気分だ。

            今日は気温も高くなりそうなので外出が一番であろう。

             

            どうも話が見えないとか言う場面が有る。

            言っていることが理解されないし、言われていることが的外れになる。

            こうしたことは一般的普通なのかも知れない。

             

            即ち相手をどれほど考えているかによるものだと思う。

            普段は利害に関係のない人と人の交わりではそれ程真剣な会話など無い。

            差し迫った危機でもなければ何ら会話に神経を使う事など無い。

             

            しかし関係が深い場合は別だ。

            お互いに利害を重要視しての会話は真剣だしお互いに主張することが度を超すことだってある。

            それが溝を生むことになってそうなるともう問題が大きくなるものだ。

             

            確かに城を作る条件に堀がある。

            二重に三重に堀を廻(めぐ)らして或いは自然の要塞として川を利用する場合がある。

            今日は久しぶりにパソコンの反応が遅いので困っている。

             

            ここんところとても順調な状態だったのだが今朝はパソコンと意志が通じないまさに溝が出来てしまった。

            冗談は兎も角溝などと言うものは堀と比べたら小さなものだがそれが大障害になってしまうのだ。

            人の気持ち言い分などは大して重いものじゃ無いのだが大げさに考えてしまう、認識し過ぎてしまう。

             

            パソコンがどうも調子が出ない、溝が埋まらない、この辺で中止にする。

            もうこの程度を書くのに30分も要した、出かけた方がいい。

            | 自然・安堵 | 09:43 | - | - | - | - |
            自然界には台風が有るが政治には無い無風状態
            0

              台風が通過したのは夜中の3時ごろであろうか猛烈な風雨であった。

              目が覚めて外を見たら近くの公園の大木が大揺れしていた。

              滅多に強風など来ないから木々たちも戸惑っていたのではと思う。

               

              当然木々に巣を作っている野鳥たちはどんな風に避難したのだろうか。

              我々のように避難場所を確保してそこに野鳥たちが集合して過ごしたのか、有り得ないとすればどうするのか。

              そう言えば野鳥の声が聞こえてこない、まさか全部被害に有ったのか、これも有り得ない。

               

              自然界は自分たちで台風対策をしていたのだろう。

              先ずは台風一過の晴天を望みたいがまだ空は雲が垂れこめている。

              午後に期待したい。

               

              安泰の選挙結果であったと、大方の人は安堵したことだろう。

              国民はそれほど現在の生活面に苦渋している感じは無いのだ。

              先ずは国も安定しているし自分も多少の不満はあっても支障はない。

               

              そんな雰囲気の日本で新しい事への希望などそれ程の魅力は無かった。

              何々を希望する、これは国民の意見で有り願望だ。

              国民の希望を把握して一緒に事をしましょう、と言う振れ込みならば国民も投票したろうが一団体の希望に国民はついていけなかったのが本音ではなかったか。

               

              結果は予測通り今後も意外性のない政治が行われるだろう。

              株高も順調だし経済成長も上向きだし貿易収支も黒字だし兎も角安定しているのが日本の現状だ。

              このままオリンピックまで順調に進めば海外の人を迎え入れるに十分な体制が出来るだろう。

               

              今後大型選挙も無いことだから落ち着いた経済活動を行なえばいいと思う。

              人間は大変な努力をしなければ生きていけない種類の動物だ。

              野鳥たちは餌を求めるだけ時に子孫を残す行為はするが瞬間的な時間しかない。

               

              パンダだって他の動物だって同じようなものだ。

              しかし人間は違うのだ。

              何かを作り考え何かの行動で何等かの成果を出さねばならない事を要求されるのだ。

               

              何もしなければ喰う事さえ出来なくなってしまう。

              実に厳しい生き方を強いられている。

              常に努力の連続で有る。

               

              そんな中で安定と言う言葉がどれほど貴重かを知っている。

              動乱の中東の様には決して欲していない。

              どんなに希望的な話を聞いても実現するかどうかを疑うのが普通の考えだ。

               

              混乱を選ばない理由は疑いを無くす術である。

              安寧の日々が訪れ静寂さが続くのが一番いいことだ。

              江戸時代が長く続いたのも安定の日々だったからこそであろう。

              | 自然・安堵 | 09:17 | - | - | - | - |
              安堵を求めること、大昔からの課題が未だに未達。
              0

                青空が覗く程度の空模様、逆になれば晴天になります。

                この先どちらが勝つのでしょうか、予報では雲の勝利です。

                しかし、毎日の天気予報を知らせる側も大変なご苦労があるのでしょう。

                 

                あてにされている天気予報ですから、外れれば非難ゴウゴウ、当たれば平然とした反応、やってる方はやりきれないところかも。

                最近はプロ野球に興味を無くしてしまっていますので、ナイターの天気など気にしてませんが、好きだった当時は予報を必ず調べたもんです。

                小雨なら試合がある、行こうかと。

                 

                予測、中々難しいもの。

                未だに巨大地震の予測は分からない、後何年後に来るのか、分かるようになんとか研究して欲しいものです。

                必ず来る、これは分かっているのですから、いつ、どこに、どれほどの大きさのものが、日にちまで分かっていたら随分と安心出来ます。

                 

                人の世、そうした安心に包まれていたいものです。

                しかし、現実は逆で不安の中で生きています、行動しています。

                上から鉄パイプが落ちて来る、そんな危険なことも現実なんです。

                 

                車両の脱線事故、夏ごろでしたかここの私鉄で起きました、上り線で脱線、下り線の電車が寸前で止まってました。

                もし、下り電車が特急でスピードを出していたら、衝突、大惨事になったことを考えたら電車も危険そのもの。

                最近の自転車は電動式でスピードが出ます、上り坂だけでなく平坦な道でも使います、その結果自転車じゃなくバイクと言えます。

                 

                それにぶつけられたら、人は吹っ飛んでしまい、大けがをします。

                自転車も危険な乗り物です。

                スマホも火災を起こす、1社のみの問題では無いと思います、同じ構造の電池をどの機種も使っているのですから。

                 

                今までに事故が無かっただけかも知れません、今後も危険が皆無と言えないでしょう。

                何事を取り上げても、安心のところから離れてしまって、心配の連続です。

                宝くじ、5億円の宣伝を見て買いたくなると思う反面、当たらないの気分が先行します。

                 

                お金、いつでも不安です、いくら持てば安心するのでしょうか。

                5億円もあれば安心するから、その金額を提示しているのでしょうか。

                安心・安寧の世界が人の世に有るのかどうか、「無い」と言い切ってしまえば諦めもつきますが、「有る」と信じてしまっているこが不安の発生原因なのかも。

                 

                しかし考え次第とも思えます。

                無我の境地に達すれば、不安が解消されると、簡単にそこに行きつけばいいですが、これも人として到達することの難しさ。

                なんたることか、人の生き方は不安を作るためなのか、安心を手放すことなのか、大昔から、モーゼ等が現れて四民を助けるが安心の世界は出来なかった。

                 

                結論は「無い」にすべきか、しかし安堵したい気持ちは待ちたい。

                | 自然・安堵 | 09:01 | comments(0) | - | - | - |
                温もりの中に安心が宿る、不安は消える。
                0

                  冷えて来た、そんな言葉を使いたくなるような陽気になって来ました。

                  急すぎる変化に戸惑いを感じています。

                  素足で床(フローリング)を歩いていますが、今朝は若干ひんやりとしました。

                   

                  スリッパ嫌いなので、これから靴下が必要になります。

                  だんだんと気温が下がって来る時期はどうしても暖かさを欲します。

                  まだ水道の水が冷たいと言う所まで行きませんが、そこに到達すると冬か、と気分が違ってきます。

                   

                  温もりを欲しがる、これは何も寒いからだけではなく、心に不安など有ったときに、寂しさが襲ってきたときに、貧しさに耐えているときに、等々場面がいっぱいあります。

                  この温もりは母親の中で育てられたものでしょうか。

                   

                  赤ちゃんは母に抱かれて、その温もりを感じ、安心してすやすやと眠りにつけます。

                  それがずーっとどこかに残っているんでしょう、永遠に。

                  母親とは自分(誰でも)にとってかけがえのない存在です。

                   

                  動物の世界だって、そうしたもんです。

                  生き物は温もりが唯一の安堵のゆりかごかもしれません。

                  日本では握手をする機会は少ないですが、外国は握手や抱擁を挨拶に使います。

                   

                  これは相手の温もりを感じ、自分の温もりも相手に伝え、お互いに安心するものだと、そんな気がします。

                  ですから、出来るだけ握手をするように心がけています。

                  会ったとき、分かれたとき、握手をして安堵の気持ちを共有したいのです。

                   

                  肌に有る温度、体温はとても優しいものです、熱くもなく、冷たくもなく、実に快いものです。

                  親しい人とは抱擁することもしています。

                  こうなると、安心がぐっと増します。

                   

                  お互いに受け入れる方向に、話もお互いに理解する方向に、嫌悪感など無くなります。

                  生まれたときから、温もりを求めている訳ですから、日本人も大いに握手や抱擁をした方がいいのじゃないかと思うのです。

                  どうも日本人は気取った雰囲気を持ち過ぎですかね。

                   

                  いいじゃないですか、人目(他人の目)など気にしないで、お互いに温もりましょうよ。

                  いい関係が出来ます。

                  大人になると、母親と手をつなぐこともしなくなります。

                   

                  ここに寂しさが生まれて来ます、寂しいさを消すのも、不安を消すのも、母親の温もりです。

                  | 自然・安堵 | 09:53 | comments(0) | - | - | - |
                  日々之好日、平和が何よりです。
                  0

                    天高く、いいですね、秋の雰囲気は。

                    セミも秋を知ってか、すっかり鳴き声が少なくなったし、ミンミンゼミはほとんど鳴きません。

                    動物のセンサーは凄いもんです。

                     

                    今度は秋の合唱、夜通し鈴虫やコオロギが表舞台に現れました。

                    こうして自然はバトンタッチをしているんですね、そこには何らかの行事が有るのかどうか。

                    ご苦労様ですの晩餐会とか、これから始まる歓迎会とか、虫の世界を覗いてみたい気分です。

                     

                    自然は何事も無く過行く一年に乗っています。

                    エルニーニョ現象もラニーニャ現象も知らずに、いや気にせずに、しかし人様は敏感にどうこうと気にしながら、日々を過ごすのです。

                    気象庁がラニーニャ現象になったと発表、今年の冬は暖かいと、そうなると、アパレル業界は打撃を受けるのか、心配事につながります。

                     

                    人の世は余計な事ばかり、自然体で過ごすことが出来ない性分です。

                    何故(なぜゆえ)にそこまで苦労をせねばならないのか、知能とは困りものです。

                    日々平穏に、好日であれば、それ以上何を望むのか、嗚呼嘆き悲しむ。

                     

                    そんな気分、気持ちは昔から現代まで引綱がれて、何ら解決しません。

                    いい天気、いい気候、いい気分、それでいいじゃないかと。

                    新しいスマホが発売された、買わなくてもいいじゃないか、そんな気分だと楽なもんです。

                     

                    しかし新しい、即それに飛びつく、気が気じゃない、見るだけでも見たい、平穏が破られてしまっている気持、静まることを知らないのです。

                    ポケモンそれ遅れじと公園に行く、集まる、その姿に平穏など無い、台風の勢いを感じてしまうのです。

                     

                    もういい、好日が有れば、そう思うのは老人であるからだろうか、核実験を行う人には好日など無いのではと思うのです。

                    いい日旅立ち、この言葉が好きなんです、もちろん歌も。

                    いい日、この響きは朝起きたときに一番先に思うことです。

                     

                    今日もその「いい日」になるはず、懐かしい方と再会出来る日です。

                    楽しさも嬉しさも加わり、最高のいい日になりそうです。

                    | 自然・安堵 | 09:20 | comments(0) | - | - | - |
                    静穏、大事件が無い方が自然
                    0

                      今朝起きたときにシャワーを思わせる雨が降ってました。

                      雷雲だったようで、一時でした。

                      今はやみましたがこの先も曇りや雨の予報が長く続きそうです。

                       

                      秋雨にはまだ早い気もしますが、そろそろ8月も下旬に近づきました。

                      盆休みも終わり、後半に向けて頑張らねばなりません。

                      ともかく、この社会は停止している暇がないほど忙しく働かねばなりません。

                       

                      人間社会とは窮屈な場です。

                      もう少しゆったりと、のんびりと、マイペースで、あくせくしないように出来ないもんでしょうかね。

                      朝のラッシュにもまれて、通勤する方程式は長い間続いています。

                       

                      別の方法が無いかのように、変化も改革も出てきません。

                      働く、この言葉は無条件で人に負担をかけます。

                      お金を得る、その条件が働く、結果は生活を守る、これが日常です。

                       

                      引退して、働くなくても年金が入る、こう言うのもいいです。

                      もう少し先輩たちは55歳で引退し(定年)その後は悠々自適の生活をしていました。

                      今は10年も長く働くことになっていますから、大変な時代です。

                       

                      良い時代が未来かと思ったら、実は人間にとっては苦痛の時代を生んでいるかも知れません。

                      最近は大事件も少なく、平穏な世界です。

                      オリンピックの祭典がその平穏さを物語っています。

                       

                      静けさが支配する世界、何かを強引に変化させなくてもいいじゃないかと。

                      戦争などはもっとも下劣な行動です。

                      平和が一番いいに決まっています、平和とは静けさで有ろうかと思うのです。

                       

                      自然も静かな状態が普通で、台風は異常事態です。

                      自然がもたらす事件は台風とか、それに伴う洪水とか、山火事とか、地震とか、噴火とか、津波とか、いろんなものが有ります。

                      しかし時々、忘れたころに、その程度の頻度です。

                       

                      人間の事件は次々に起きます。

                      それは人間社会の作り方に問題が有るような、人の心の移り気が問題に有るような、中々見極めることが難しいのです。

                      一途に、この考えを通すことの難しさ、ふらふらと変わってしまう気分的なもの、それが人間的と言えるかも知れません。

                       

                      しかし過激にならない、静かさを維持する、興奮しない、等々自然に習うことがいっぱい有りそうです。

                      事件を起こさない、この一途な気持ちを持っていれば、この世は静かに進行すると思う。

                      満員電車、この中に何か問題が隠されている気がします。

                       

                      昼の空っぽな電車、いいもんですよ。

                      静かな空間です、何も起きようが有りません。

                      自然に少しでも近づければ、今はどんどん離れているので、心配です。

                      | 自然・安堵 | 08:45 | comments(0) | - | - | - |