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自然の豊かさを心の泉に

地球上の大自然は素晴らしい。その豊かさに抱かれて。
成長と衰退、生物に与えられた宿命
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    6時ごろ起床しますが、その時間帯は野鳥の活動が活発ですさましい鳴き声を発しています。

    ヒヨドリが多いようで決して綺麗な鳴き声ではありません。

    可愛い名前に似合わないギーギーみたいな雑音的音声です。

     

    ヒバリもいるのかも知れません、綺麗なピーピー音も有ります。

    それにしても朝の野鳥たちはなぜあんなにも騒がしいのでしょうかね。

    ついで8時ごろになると、今度は校庭に子供たちが溢れてそれはそれは大音響になります。

     

    小学校の授業が始まると、今度は下の保育園の幼児たちが庭に出て来て、これまた高音のキーキー声が聞こえて来ます。

    今はその幼児声が耳に届いています。

    小さな幼児でも何かを一生懸命に話をしているんですが、相手に通じようが通じまいがそれ程関係がなさそうです、独立独歩です。

     

    こうして子供たちは日々成長しているのです。

    成長の度合いもマチマチですが有る一定の形まで行きます。

    それが大人と言うものなんでしょう。

     

    そして大人になった瞬間から、即ちピーク頂上になった時から今度は下山、衰退が始まるのです。

    ですから成長する時間は生き物にとっては瞬時の出来事かも知れません。

    成長と言う重要な時期は十分に成長することを妨げない様にしてあげるのが大人の役割でしょう。

     

    成長はもちろん体力も有りますが、頭脳の発達も同時に進行しています。

    頭脳の成長は体力と違って終点が無いかも知れません。

    ですから体つくりに懸命になって貰いたいです。

     

    そんな成長期にスマホで時間を費やす子供たちが多いのかアップルでは新しいソフトを開発して、子供にスマホ制限を加えると言います。

    確かに、スマホは頭脳への影響は有っても体力作りへの貢献は無いでしょう、逆に体力消耗になっているような気がします。

    自然の営み、成長と衰退、これを誰も変更させることが出来ません。

     

    成長を見守ってあげたい、老人もその気持ちを持ち続けたいです。

    何か手伝いもしたい気分です、中々仲間に入れませんがね、昔の大家族時代は良かったでしょうね、年齢差100歳なども有ったでしょうから。

    | 自然 | 09:30 | - | - | - | - |
    やはり地球は消滅するのか。
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      大型の台風で被害が出ないことを祈る。

      先日の米国のハリケーン被害の写真を見ると想像外に悲惨である。

      ヨットハーバーが壊滅していたが元に戻ることが出来るのだろうか。

       

      大型程度ならまだ大丈夫なのか巨大台風に発達したらどうなるのだろうか。

      自然は恐ろしいの一言だ・

       

      それにしても地球は必ず消滅するようだ。

      ナショナルジオグラフィック(光テレビ)を良く見るのだが実に未来を見ることが出来そうな気がする。

      太陽が膨張してどんどん大きくなって地球は太陽に飲み込まれて無くなってしまうと言う。

       

      50億年先の様だがどうもそうなることは明らかだ。

      太陽系は残り50億年だと言える。

      それまで人類が地球に住んでいられるかどうかは別問題だが。

       

      しかし50億年先の人類はどんな姿なのか、生活なのか想像できない。

      100年先だって考えられない。

      現代が1000年前と比べたらどんなに変化しているか、比較にならない。

       

      産業革命と言う化け物が生まれたことで地球が大変化した。

      そしてどんどん速度を加速して変化が変化を呼び過去を捨てている。

      前だけを見ながら進む、振り向く事は殆ど無い。

       

      過去の出来事はすべて忘れ去り新たな展開のみに終始する。

      ヒストリーチャンネル(光テレビ)はそうした忘れ去られたことを思い起こす為に製作しているのか、兎も角面白い。

      巨大な建造物がどうやってエジプトやいろんな所で建造されたのか謎である。

       

      巨大な石をどうやって持ち上げたのか、現代の技術でやろうとすれば大型クレーンを何十台も必要とすると言う。

      どうやら別の星から超能力者が地球に来たのではと本気で考えている。

      それも有り得るかも知れない、土星に人類に似た生き物が居たことがカッシーニ(土星探査機)が教えてくれそうだ。

       

      宇宙は何千年の単位で大きな変化をしているかも。

      実に自然現象は人類の頭脳では解明できないことがいっぱいある。

      そんなこんなで不思議な地球に住んでいる事が生まれたことが幸せなのだろう。

       

      戦争などしている暇が有ったら自然と接することに注力すべきだろう。

      いずれは無くなる地球、存在している間だけでも人類は楽しむことに専念した方がいい。

      解散総選挙なども騒がしいことだけ、自然体で自然に埋没出来ればいいじゃないか。

      人のなす事に一々批判したり評論したり、つまらない事ばかりだ。

      | 自然 | 09:02 | - | - | - | - |
      傷の怖さ、回復不能も
      0
        そろそろ開花するでしょう桜、実に待ち遠しいです。
        枝の先端は徐々にピンクがかって来てます。
        今日もこれから公園の桜街道に確認しに行きます。

        傷を付けるととても気になることって結構有ります。
        フローリングに物を落として窪んだりしたら、もう直りません。
        或いは家具などを移動させたりして、小さなすり傷を作っても大変な事をしたと後悔します。

        その傷は殆ど永久的に残ってしまいます。
        もの即ち物質だけでなく心の傷も出来るのです。
        こちらはとても大きな問題になります。
        初めは些細な傷も徐々に大きくなって行くことも有ります。
        逆に傷を忘れてしまい、何も無かったと言う事も有ります。
        ですが、多くは傷を生涯持ち合わせてしまう事が多いと思います。

        その為に勉学し、正しい事をする様に自分を育ませています。
        しかし世の中は複雑怪奇、多少にかかわらず傷が付くチャンスが有ります。
        又、積極的に傷を付ける場合もあるかと思います。
        それは嘘をついて世渡りする人でしょう。

        たまたまですが、韓国での調査、信用出来る職業の中で最下位は政治家と言うのです。
        一番は先生即ち教育者です。
        日本での調査があるかどうか知りませんが、政治家が下の方である事は想定出来ます。
        稲田氏の発言も正直嘘の上塗りをしている様な気がします。
        もっと大物の安倍首相がもし嘘をついていたら、日本の政治は根底から崩れる気がします。

        首相夫人の問題が何か?を解明する事になりそうですが、問題が大き過ぎます。
        こうした問題はその方の大きな傷になり事でしょう。
        過去の政治家は傷を作った人がたくさん居ます。
        一般人で嘘や不正をするにはチャンスが少ないせいでしょうか?傷が少ない気がします。
        逆に政治家はいろんな面でチャンス到来(傷を作れる)が限りなく有るのでしょうか?

        政治家は自分に傷をつけない様にする事に気を配る暇がないのか?次々と問題を膨らませます。
        大事な身体(神体)、父母から授かったものを大事に傷を付けずに一生を終わらせたいものです。
        | 自然 | 09:43 | comments(0) | - | - | - |
        やはり年末は多忙。
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          鳥たちに年末なんか無いでしょう、いつもと変わらず飛び回って、餌をさがして一日が終わります。
          人間も原始人は鳥と同じだったんでしょうね。
           
          原始人は裸の生活だったんでしょうから、冬の寒い地域に住まなかったのかも知れません。
          雪でも降ったら食い物だって無いですから、死活問題になります。
           
          しかし鳥はいたって元気にこの寒さの中、ピーチクパーチク騒がしく活動しています。
          その点、人間は気温に対する異常な敏感さがあるようで、原始人から受け継いでいるのでしょう、原始人のDNAが我々の細胞の中に有るんですかね。

          人の世、ともかく自然からかけ離れたところ、そこで生活している、年末は多忙に活動します。
          さてっと、今日は大掃除、明日は買い物、明後日はお料理つくり、さてさてゴーゴーですわ。​​
          | 自然 | 09:09 | comments(0) | - | - | - |
          休みのない生き物、就寝だけが休息。熟睡する。
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            びゅーびゅーと風が鳴いています。
            北風の冷たさが身に応えましす、長袖、靴下を着用しました。

            このまま、まっしぐらに寒さへ突入するのでしょうかね。
            春の三寒四温は秋にはないのでしょうか。
            温もり、この言葉が欲しい気分です、風呂の中が一番です。

            寒さでも、暑さでも、人は動物は植物はあらゆる生物は活動し続けます。
            この生き物は休息というものから回避させられている、そんな気がします。
            しかし休息という言葉は存在します。

            では、どんな時が、そう思うと、無いんじゃないか、と回答が来そうです。
            結局、気分的なものであって、実際には休息という現象は無いのかも知れません。

            しかし寝るという現象は休息と考えてもいいかな、そう思うのです。
            就寝、これが一番の頼みとなる「休み」でしょう。

            そこで、ぐっすりと熟睡、爆睡する、これが本来の姿でしょう。
            子供たちは昼の間、ともかく活動します、小さな子供ほど運動量が多いかと、その分、夜は爆睡しています。
            夢を見る暇もないほど熟睡の時です。

            しかし、大人になると、どうしたって夜更(よふ)かし、就寝時間は少なく、そして熟睡もできない、そんな状態が普通でしょうか。
            サプリメントで熟睡できますよ、ってなCMが有るくらいに、寝ることが難しい世の中になりました。
            すなわち、熟睡できない、これは裏返せば、活動が不足している、そんな気がします。

            十分な、子供たちのように、運動・活動をすれば、自然に休息が必要となり、熟睡を要求されるかと思います。
            特に、老人になれば、活動範囲も限られて、足腰も弱まり、気持ちも内向きになり、どうしたって運動量は減ります。
            その分、休息を求められないから、熟睡の時間が少なくなります。

            やはり、運動、体を動かす、活動する、これは生物に与えられた本能でありましょう。
            この本能を邪魔するもの、これが意識なんでしょうかね。
            こうしちゃいけない、ここは要注意、これ以上は無理だ、などなど邪推が先に来て、活動をストップさせます。

            ともかく、休息を必要とするまで活動をしないといけない、そんな気がして、昼の時間は外出する習慣を持っています。
            生物の営み、それは人間以外のものを見れば、人は如何に活動していないか、知らされます。
            ここに集まるスズメは一日中動き回って、餌(残り飯)を欲しがります。

            ちょっと食べて、又飛び回り、又食べに来ます。
            とても羽を休める暇が有りません。
            まるで、子供の動きとしている気がします。
            そこまで、人は動かねばならないのでしょう、一時も動きを止めてはいけないものなんでしょう。

            生物としてこの地球上に存在している以上、活動を積極的に行うよう心がけたい、そんな気になりました。
            そして休息・熟睡が待っています。
            サプリメントは必要ない、このことです。
            | 自然 | 09:51 | comments(0) | - | - | - |
            視界が広がり、自然が見えました。
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              今朝は久しぶりに日本晴れ、晴天の青空を見ました。
              しかし今は雲が80%程度支配しています。
              やはり梅雨の天気は青空が似合わないんでしょうかね。

              雨が来そうもないですから、先ずは気分よろしい。
              しかし明日は一日小雨模様の予報、今日は早々とお出かけしたいところです。
              弁当も用意しましたし、後は行き先の選定だけです。

              昨日小雨で自転車に乗っていて、メガネに小粒の水滴が付きました。
              それでメガネをはずして見たんです。
              そうしたら、なんとなく視界が変わったんです。

              なんだろうかな、気づきませんでした。
              はっと気づいたのはメガネをはずすと、視界が物凄く広くなったんです。
              上の方に大木の枝が見えました。

              ええ、と感じたんです。
              メガネをかけていると、上の方向に目が行きません。
              メガネ上部の枠に遮られて、ほとんど上の方向が見えません。

              それがメガネをはずしたら、空が簡単にみられるんです。
              多少の驚きを感じました。
              今迄視界の狭いものに慣れてしまっていたのでしょう。

              こんな状態はメガネだけでは無いような気がします。
              何かを通して見る、このことが広さを遮ります。
              直接と間接ではないんでしょうが、ちょっと違った風に見える気がします。

              メガネの恩恵にありがたいと思っていますが、しかし反面窮屈な状態にさせられていた気がします。
              視界が広がる、それに驚いた訳ですから、随分長い間その狭い空間に押し込められていたわけです
              これからはメガネを出来るだけはずして生活しようと思い、実験的に行っています。

              実にいい感じですが、見えないは危険を伴いますので、注意しながら行っています。
              広い、これはとても快適です。
              青空は広さの象徴でしょう、今朝の気分は最高でした、そのように視界の方も快適にしたいのです。
              | 自然 | 09:35 | comments(0) | - | - | - |
              間髪を入れず、次の葉っぱ。
              0
                天気予報はこの先一週間程度、曇り空が続く模様です。
                桜の時期が過ぎて、花見も終わり、それほど天気が気になりません。

                花が散り次の状況が間髪を入れずに登場します。
                この自然の姿に驚嘆さえ覚えます。

                花の落ちるのを待っているかのように、葉っぱが出て来るんですからね。
                植物のこうした様子を見ていると人間以上に能力を持っているような気になります。
                その点、人は教育しなければ脳の成長をさせることが出来ないかも知れません。

                やはり植物の方が動物よりも優れものではないかと思う時です。
                確かに、近所の桜並木は多分100年以上も経っていると思われます。
                実に長い寿命が植物には備わっています。

                その寿命を長らえるのは自然体で有ることが大事なんでしょうかね。
                人間は自然体で過ごすのは寝ている時程度で、それ以外は不自然な脳の働きをさせているように思います。
                何故に人と言うものはこうまでも思考するんでしょうかね。

                何も考えずに、無理な行動もせずに、自然体で生きていればいいものを、欲望と言う大きな気持ちを持っているものです。
                無欲になれば、しかし決してそこに到達することが出来ない、しない、これが人なんでしょう。
                ですから、行動でも、思考でも、次に来る、そのことが分からないし、植物のような間髪などの行動が出来ないのでしょう。

                実に植物が凄いか、そこを感じなければ、そう思います。
                綺麗だった今年のさくら、では何か寂しいさを感じてしまいます。
                もっともっと自然の姿を観察しておきたい気分です。
                | 自然 | 09:55 | comments(0) | - | - | - |
                花冷(び)え、風の向きが変わる時。
                0
                  今朝も強い風が吹き荒れている感じです。

                  桜の花が咲き始めの時、このような冷え込みが有ります。

                  花冷えでしょうかね、徐々に風邪の症状も無くなり、回復の兆しが見えましたがこの寒さでぶり返しそうな気がします。

                  注意を怠らないようにしたいです。

                  花粉も多く、くしゃみの連発、なんともこの時期大変です。

                  自然現象とは中々一足飛びに進まないものですね。

                  三寒四温もそう言う自然の進捗状況を表しているのでしょう。

                  桜も開花しましたが、ここで急に足止めを食った感じで、まだ1分咲に至っていません。

                  季節が変わる時、風が変わります。

                  今日はまだ北風ですが、明日は南風に変わりそうです。

                  そうなれば、この冷たい空気がこんどは暖かく感じるのではと、一日だけで変化が有るんですから大気と言うものは計り知れないエネルギーを持っていると感じてしまいます。

                  宇宙空間に浮いている小さな小さな地球、その地球上を大気が包んでいます。

                  大切な大気ですが、その大気によって人はいろんな影響を受けて生きています。

                  自然の中で生きていることが良く分かります。

                  宇宙空間に住んでいるとは常日頃思うことなどあまり考えませんが、実際にはそうなんです。

                  日頃は如何に身近なことしか頭に浮かばないかを知らされます。

                  もし宇宙空間を自由に飛び回れたら、火星にも、土星にも行って見たい気がします。

                  そこには花冷えなど無いでしょうね。

                  本当に身の回りだけしか思考に無いのはなんとも人が持つ優秀な頭脳を駆使しないことを物語っています。

                  人に優秀な頭脳を与えてくれた神に申し訳ない気がします。

                  人の生き方、本当に理想的なものはどんなことをすればいいんでしょうかね。

                  やっと気分も良くなって、風邪から解放されそうですから、じっくりと勉強したいものです。
                  | 自然 | 09:13 | comments(0) | - | - | - |
                  じっと手を見る、実に皺(しわ)が多い。
                  0
                    今朝は寒かったですね。
                    寒暖計は1度を指していました。
                    この寒暖計は零度以下は無く、マイナスになったら何度か分かりません。
                    しかし昼になれば10度を超える予報ですから多少安心です。

                    それにしても雪国の寒さは大変でしょうね。
                    この寒い時期は雪国で4年間過ごした時分を思い出してしまいます。
                    寮生活でしたが、学校の校舎を寮に利用していたんでしょう、ガラス窓から雪が入り込んできたんですよ。

                    今では想像も出来ないほどの環境でした。
                    しかしそんな寒さにも耐えていたんです、今はそのような状況で生活できないかも知れません。
                    エアコン、電気カーペット、電気ストーブ、ガスストーブ、暖かい衣類などなど、当時と比較したら雲泥の違いが有ります。

                    時代は変わり住みやすくなりまいした。
                    寒さ対策もほぼ完ぺきです。
                    しかし年齢はどんどん積み重ねて来ましたから、手の皺(しわ)を見ると毎年多くなり変わり様が見えてきます。

                    動物は寿命が有るのですが、何時までの寿命かは自分では分かりません。
                    以前に猫を飼っていましたが、猫は最後の時期が分かるようでした。
                    鳥なども寿命が来ると海に行って死ぬとも聞いたことが有りました。
                    本当かどうかは知りませんが、しかしこの辺は鳥が非常に多いですが死骸は見ることが有りません。

                    自然に、と言う言葉は知っているのに、その自然に年を取ることを忘れている気がします。
                    テレビCMで何歳若くなるから「この製品を」と、それはそれは洪水のごとく溢れかえっています。
                    若さがそんなに貴重なんでしょうか。

                    皺の多くなった顔、それには十分な人生を見ることが出来ます。
                    疎開していたころ、もちろん子供時代ですが、皺の多い農家の方々の顔が今でも目の前に出てきます。
                    微笑ましい顔なんです。
                    優雅な顔なんです。
                    優しい顔なんです。

                    皺は人生そのものを表している気がします。
                    皺の無い顔、どうも変な印象を持ちます。
                    ですから、手に皺が、いいじゃないですか、これからもどんどん皺は多くなり、深くなり、醜くなります。
                    しかし醜いのではなく、いい皺なんです、苦労を称賛しているのです。
                    人は生まれてからずーっと苦労するわけで、その表れが皺なんですから。
                    | 自然 | 09:41 | comments(0) | - | - | - |
                    大人の証(あかし)、自食できることであろうか。
                    0
                      晴天が続き、乾燥が一段と進んでいるような気配を感じます。
                      まるで砂漠のような湿度になっているのではないかと、火災は要注意です。
                      お肌もかさかさになって来ます。

                      この辺で雪でも降って欲しいと思うのですが、まだまだ晴天の天候が続きそうです。
                      そう言えば、砂漠も雨が欲しいのに降らない、だから砂漠になっている訳で自然と言うき厳しさは計り知れません。
                      この寒さで野鳥たちは食べ物に苦労しているようです。

                      つい先日菊の花が咲いていたんですが、いつの間にか無くなっていました。
                      よくよく考えてみると、どうやら野鳥(もずかも)に喰われたもう様です。
                      プランターにたくさんの花を育てているんですがその内の菊だけが対象でした。

                      旨かったのかどうか知る由も有りませんが、菊は人も食べますから鳥たちも餌になるんでしょう。
                      その鳥ですが、親鳥から巣立つのは大人に成った証です。
                      それは自分で食が出来ることを意味していると見ています。

                      明日ですか成人式であちらこちらで花嫁花婿姿のように着飾った若者を見かけます。
                      それは成人となったお祝いです。
                      成人即ち大人になった証です。

                      しかし動物の大人は食を自分で出来ることが条件ですが、人の大人はまだ親に食事を提供されている人々はいっぱいいます。
                      本当に大人と言えるでしょうかね。
                      年(年齢)だけは大人の仲間入り、しかし内実は巣立ちなど出来ないのです。

                      お祝いはめでたいので大いにやって貰いたいのです、しかし本来の大人の姿になってからでも遅くは無いでしょう。
                      食事を自分で出来るまで(自力で)大人の称号はしない方がいいような気がします。
                      どうも大人に成った、酒も自由、たばこも自由、なんもかんも開放された雰囲気になって、親を大事にしなくなる、そんな気分になってしまうような気がします。

                      本来は親に面倒を見てもらっている間は子供であって、大人では無いのです。
                      これが自然の姿です。
                      動物たちは自立(巣立つ)したらもう親からの面倒は一切なし、自分で生きる道を作らねばなりません。

                      そうした厳しさが人にも必要な気がします。
                      厳しさが強ければその分愛情も深くなるような気がします。
                      愛の有る社会、愛情がどこにでも感じられる社会、隣人を愛することが出来る社会、そんな風になるのではないかと思います。

                      本来の厳しい大人を作ることがこれからの人の社会に必要な気がしてなりません。
                      菊の花は喰われましたが、鳥の生きるための行為ですから許して上げたい気がします。
                      冬の鳥たちの生き方はそれほどに厳しいのです。
                      人もそうした厳しさを受けて行くのがいいのではないかと、そんな気分になっています。
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